第百六十三話:その身体は

 クラウスが魔物を恐れない理由、当初それはこう考えられていた。




 始まりの剣を宿しているクラウスにとって、魔物は所詮その一部に過ぎず、恐れる必要が全く無い。


 つまり、クラウスは生まれながらにして凡ゆる魔物よりも強いのではないか、と。




 しかしその推測は、クラウスの成長と共に外れていることが明らかになっていった。




 クラウスは、まるで弱かったのだ。




 英雄達に稽古を付けられてみれば、年相応と言うには体力があるものの、優れた勇者のそれとまでは行かなかった。ゴブリンなどと戦わせてみても、そのアドバンテージは容赦の無さに集約されていた。


 同じ町の勇者として生まれた子供たちが初のゴブリン戦に恐怖する中、クラウスだけは平然とゴブリンを殺し、嬉しそうに笑う。




 訓練では明らかに他の子ども達に劣るクラウス。


 それは魔物との戦闘でも同じく劣っている様に見えたのだけれど、魔物に対して恐怖しない性格が、クラウスを結果的に優れた勇者足らしめていた。




 しかしそれでも、時折町を訪れる英雄の娘サラと比較すれば、児戯に過ぎないレベル。


 魔物相手の実戦では、サラに大きな差を付けられて大敗していた。




 つまり、クラウスにとっても魔物は魔物で、体の一部で取るに足らない存在だから恐怖しないというわけでは無かったのだ。




 ところが、クラウスは魔物に恐怖しない性格ながら、事故を起こすことは無かった。


 英雄に憧れながらも調子に乗って踏み込み過ぎることもなく、自身と相手の強さを冷静に分析して、討伐する。


 生まれながらに頑丈さはあった肉体は攻撃を受けた時にも大怪我を負うこともなく、ただの一度も危険な目に合うことなく、成長していった。




 年齢も十歳を過ぎる頃になれば、サラ以外には他の子ども達には負けない程に勇者らしく強くなり、十五でサラに勝ってからは、町で最も強い勇者として認められる様になっていた。




 クラウスが魔物に恐怖を抱かない理由は、時間と共に、いつのまにか忘れ去られてしまった。




 その問題が再び表面化したのは、クラウスがサラと共に旅を始めてからのことだった。




 ――。




 日は少しばかり遡る。




 キスはしたけれど、その先を求められる気配が全く無い。


 サラはある日、そんな不満を抱いていた。




 別に素っ気ない訳でも、マナが居るから気を遣っているという様子も無い。


 しっかりと恋人らしい距離で居ながらも、何故か肉体的に求められることがない。


 クラウスがただの人では無いのだから、何か理由があるかも知れないと思いながらも、本人に始まりの剣が宿っていることは、まだ伝えることもできない。




 両親に相談しようにも、母は「問題ない、押し倒せ」と言うだろうし、父は発狂するだろう。


 こと恋愛に関しては全く当てにならない両親なのだから、サラは相談も出来ず、不満は少しずつ溜まっていた。




 ちょうどそんな時だった。


 英雄ナディアが、クラウスと会っても良いと連絡をしてきたのは。




 ナディアの出身であるウアカリの女は全員が勇者で、且つ男の強さを見抜く力を持っている。


 その正確さは個々によって様々だけれど、ナディアの力は歴史上でも頭抜けていた。


 魔女と呼ばれる彼女は、凡ゆる男を一目見るだけで、その全てに等しい情報を手に入れることが出来る程。


 そんな彼女にクラウスを診て貰えば、何か理由が分かるのではと踏んだサラは、少し遠回りになるけれど、とクラウスをナディアが住む地へと誘導することにしたのだった。




 ――。




「とても言いにくいんですが、……クラウスが肉体を求めることは有りません」




 魔女は、サラにそう語り始めた。




 それは、よくよく考えれば、確かにどうしようもない話だった。


 剣が宿る方法を知った時点で、もしかしたら推測していなければならなかったことだったのかもしれない。




 それでも、それは、サラにとって余りにも残酷な真実だった。




 ……。




 魔女は、サラに語った。




「クラウスは、既に死んでいます。


 いえ、正確には、クラウスの肉体は、ですが。




 始まりの剣が宿る条件。マナ同士の消滅による細胞の損傷、でしたっけ。その際に一度、確実に。


 今のクラウスの体は、剣が維持しているものです。


 一度死んだはずの肉体を、剣が生きていると錯覚させて成長させている、と言った方が良いのかもしれません。


 つまり、あの子は子どもを作る機能を持っていません。




 ちょうど、あの子の母がそうである様に」




 魔女は、衝撃を隠せないサラに向かって、優しく語りかけた。




「でも、不思議ですね。


 オリヴィアは生きているのだから、たまたま子どもがつくれない体でも恋をしました。


 クラウスは、生きること忘れた・・・・・・・・体なのに、きちんと貴女を好いています。




 あの子の戦いは残酷なのでしょう?


 相手をどの様に傷付けることも、自分が傷付くことも厭わない、それでもなるべく無傷である様、的確に戦う、泥臭い闘いだと聞きました。


 本来ならば、魔物の様に戦って死んでもおかしく無い肉体なのに、彼はオリヴィアの想いをちゃんと理解しています。


 とても恋など出来る体では無い様に見えるのに、それでも貴女と一緒に居たいと望んでいます」




 魔女は、呟く様に言った。




「レインさんの様に、自分の死を受け入れること無く……」




 そこから先は独り言の様に、辛い時はいつでも相談に乗ります、と魔女は呟いた。




 ……。




 一度死んだ人間は、例え剣の願いを持ってしても、綺麗に生き返ることは出来ない。




 狛の村の人々が魔人であった様に、レインが魔王になった様に、クラウスもまた、ただ剣を宿した人では済んでいない。




 それでもサラは、クラウスに深く踏み込むことを、ずっと前から決めていた。


 例え不満に思っても、ショックでも、変わることのない想いは母親譲りだと、少しだけ感謝するのだった。

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