第百四十四話:ドラゴンと意思

「さて、場も盛り上がってきた所だけれど、本題良いかな?」




 ざわざわと緊張感の無い英雄達に向かって、ふと透き通る様な声が響き渡った。


 言霊の英雄イリス。


 自由過ぎるウアカリで育った彼女は、首長という立場になってからも大きく成長している。


 その言葉はどんな状況でも的確に相手を捉え、伝えるべきことを伝達する。


 今は正に、ウアカリを束ねるに相応しい能力の持ち主となっていた。


 そしてその対象は英雄達であっても例外ではない。


 イリスの言葉が響くとすぐに、ざわついていた英雄達は彼女に注目する。




「そうだな。頼んだ、イリス」




 すぐに治まった場を見て、アリエルがそう促した。




「ええ。今日、今から3時間ほど前なんだけれど、ドラゴンが出現したの。それだけならいつもの通りの対処をすれば良いんだけど、予想外の事態が二つ」




 ドラゴンはレインとサニィの二人が全てを討伐し終わってからも、時々現れる。


 ここ二十五年間で現れた最大のものはサンダルとナディア、そしてちょうどその近くを通りかかっていたクーリアとマルスが倒した90mの個体で、平均は45mほど。


 いつも通りの対処とはつまり、確実に倒せる人数で、討伐に向かうことだった。




「一つは、それがこの二十五年間一度も現れなかった100mを超える個体だということ。推定123m、私達でも、単独での討伐は不可能だとされている大きさ」




 レインとの加護を含めて考えたとしても、英雄の中で最も強いエリーが個人で討伐出来るだろう最大のものはおよそ100mだろう。


 そんな予想が、先程のオリヴィアの実験報告から導き出されたところ。


 123mの個体ともなれば、正真正銘の天災だった。




「すぐに報告して調べたところ、出現場所は南大陸中央部『決戦の地』。多くのドラゴンと同じく、今はまだ動いていないみたい」




 ドラゴンというものは、知能が高い。


 それは個体の大きさに比例していて、基本的には歳を重ねる程に巨大に、知的になっていく。


 実は多くの場合危険な個体は60m程度までのそれ程大きくない個体で、強者故の慢心を抱えている様な者達。彼等は時折、本当にただの暇つぶしで、か弱い人類を攻撃する。


 それに対して120mという個体は、無闇に暴れるものではない傾向にあった。


 もちろん、それはあくまで基本的には、であって100%とは言えないのだから、人類の為には始末するしか無いのだけれど。




 今回の個体はどうやらその基本に当てはまる様で、今は動いていないらしい。




 産まれてすぐに動かないのであれば、世界の意思に囁きかけられるのでも無い限り、すぐに人類を滅ぼそうとはしないだろう。




「なるほど。仕掛けるなら今、全員でというわけか」




 イリスの姉、クーリアが冷静に言う。


 いくら知能が高かろうと、ドラゴンが妖狐たまきの様に人間の味方をした例は、今のところ無い。


 かつて人間に語りかけてきた、翡翠竜と呼ばれた150mのドラゴンは世界最初の魔王となってしまったし、それ以降のドラゴンは全て、人間を下等種族と見下している。


 相手が強大過ぎる以上は、速やかに処理をするのが現在では最善となっていた。相手に良心を期待して手痛い反撃を受けては、最悪人類が滅ぶことになる。


 例え心が読めるエリーが居ようと、そこは慎重だった。




 しかし、イリスは姉の言葉に対して首を左右に振った。




「そこで、想定外の二つ目。このドラゴンの出現を、マナちゃんが感知した様なの。これまではそんな様子を一切見せなかった彼女が、ここに来て遂にそれを口に出したみたい」




 これまでのマナは、報告を聞く限りでは魔物の気配を口にすることは無かった。


 魔物を見れば美味しそうだと目を輝かせるらしいし、マナが眠れば魔物が襲いかかってくる。


 むしろ逆に、魔物の方がマナを見ている様だった。




 そう考えて、クーリアは「ん?」と首を傾げる。




「そう言えば、マナは片割れなんだよな? これまでの報告を聞いていてイマイチわからなかったんだが、彼女を魔物が襲う理由ってのはなんなんだ?


 彼女って、言ってみれば魔物のボスみたいなものなんじゃないのか?」




 マナは片割れ、つまり、マナの剣の半分だ。


 全ての陰のマナの大元で、クラウスと同じ力を持っていると考えられている。


 始まりの剣の陰のマナを司る精霊の様なものがマナである。


 クーリアは大雑把に、そう認識していた。




「エリスさんもいる今は良い質問だねお姉ちゃん。いつもならちょっと説教だけど」




 少し呆れた様な顔でイリスは笑う。


 同じ様に首を傾げているエリスを見て、イリスは説明を始めた。




「それはきっと、勇者が皆クラウス君に恐怖するのと同じなんだよ。


 魔物はマナで出来た生き物。


 勇者を殺し、死ぬと分かっていても食らうことが魔物の本能。でも、それは【彼らの生きる価値】なんだよ。


 ウアカリが男を誘って子どもを作るのと同じでね。


 だからそれには躊躇がない。けれど、ただ無意味に死ぬことには恐怖する。


 私達ウアカリだって、一番怖いのは戦場で死ぬことじゃなくて病死でしょ?」




 全員が勇者であるウアカリは、男好きであるのと同時に、魔物との戦いに死を求める。


 戦場で散っていったのならば栄誉ある死。


 ただ、病気で何も出来ずに死ぬことを、何よりも恐れる部族だった。


 つまり、魔物もそれと同じだ。




「なるほど、生まれ落ちた魔物は、基本的には世界の意思とは切り離された独自の意思を持つってことか」




 せっかく生まれてきた命が問答無用で奪われることを、魔物もまた、恐怖する。


 だから魔物達はマナを恐れ、排除しようとする。




「そういうことだね。そして今回のことで分かったのは、魔物の誕生は、マナちゃんが管理しているわけではないみたいだってこと」


「それはまた、どういうことだ?」




 クーリアは再び首を傾げた。


 妹に対して遠慮無く質問を重ねる姉のお陰で、英雄達もまたイリスの考えを聞く姿勢を保つ。




「世界の意思ってのは、そのマナって子のことじゃないのか?」




 かつてそう推測したのは、他でもないイリスだった。


 言霊を操る彼女には、時折世界のざわめきの様なものが聞こえてくることがあった。


 そしてマナが発見されたのとほぼ同時期に、世界に満ちるざわめきの様なものが、突然静かになったのだと言う。


 つまり、世界の意思はマナという少女に姿を変えたのだ。




 それがイリスの推測だった。




「うん、恐らく、世界の意思とマナちゃんは同じだと思う。でも、世界の意思の考えてることってやっぱり私達に理解するのは難しいんだよね。


 考えがころころと変わるのかもしれないし、人格みたいなものがいくつもあるのかもしれないし、もしくは自分の感情を、抑えきれないのかもしれない」




 イリスが出会ったマナという少女は、本当にただの、とても可愛らしい少女だった。


 クラウスにもサラにも懐き、愛想の良い人形の様な白の少女。


 余りの愛らしさに違和感こそ感じたものの、かつて世界の意思に感じたレインを憎み、人間を滅ぼそうとするそれとは、真逆の様な存在だった。




 だからこそ、情報を整理しようと思いながらも、イリスには未だに整理が付かないでいた。




「それだけ聞くと、よくいる弱い人間の様だな」




 ウアカリであるクーリアは、非常にシンプルだ。


 男と戦いさえあれば良い。


 そんな彼女が旅をして気付いたのは、人々は弱いということ。


 全員が楽観的な勇者のウアカリと違い、世界は不安が満ちているということだった。




「もしかしたら、近いのかもしれないね。


 いずれにせよ、魔物を生み出す世界の意思は、マナちゃんの無意識の部分かもしれないし、別人格みたいなものなのかも。


 サラちゃん曰く、マナちゃんはこう言ったらしいんだよ




 なんかちょっと、なまいき。って。




 もしかしたら、魔物は別々に意思を持って、勝手に生まれてくるのかもね」




 今一整理の付いていない状況のまま、イリスは言った。


 120mのドラゴンが生まれることが、マナにとって生意気に感じる。


 その意味がまだよく分からない。


 だからこそ、試してみたいことがあった。




 それを、心を読まずとも見抜く者が居た。




「なるほど、イリスさんの言いたいことが大体分かったよ」




 そう言ったのは、ルークだった。


 世界最高の魔法使いはイリスのこれまでの言葉から、その後に来るだろう提案を、確実に見抜いていた。




「ん? どうしたの、ルー君?」




 苛立たしげに言うルークに異変を感じたのか、妻のエレナは不安げに隣を見た。


 ルークはそんなエレナの前にも手を出すと、イリスを睨みつける様に声を荒げた。




「イリスさんは今回のドラゴン討伐に、クラウス君達を向かわせるつもりだね?


 つまり、サラを僕達すら一人では倒せないドラゴンの前に、放り出すつもりだね?」

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