第百四十三話:選ばれた理由
「そう、私達が出した結論なんだけどね」
エリーは続ける。
その先の話は世間に公表すれば、現代の英雄の価値を覆すには十分過ぎるものだった。
「私達【藍の魔王】を倒した英雄は、本当はただ強めな勇者で、ドラゴンを一人で討伐なんか出来ないのが当然の人間達だったはずなんだ。
もちろん、鍛錬は誰よりもしてきたと思う。鍛錬どころか実践も、エリスはオリ姉の話で知ってると思うけれど、命の危機に晒されるはずの敵を相手にしてきたんだよ。
そんな実績だけは事実として存在した。
だからエリス、あなたを弟子にしたの」
エリーはエリスを見つめながら続けた。
エリスもまた、その言葉を正面から受け止める。
その理由は簡単だった。
どんな理由があろうとも、エリーの戦闘技術は天才的だと、身をもって知っていたから。
「でも、私達は負けない。
自分よりも明らかに強いはずの相手と戦っても、絶対に勝ってしまう。
そしてどれだけ鍛錬を重ねた英雄が相手でも、エリザベート・ストームハートは真面目に戦う限りどうしても負けないんだよ」
大会を9連覇した最強の勇者は語る。
勝てるのではなく、負けられないのだと。
だから英雄達の本当の強さは、実は大会の順位通りではないのかもしれない、と。
少しだけ落ち込んだ様に言うエリーの言葉に、ナディアが続く。
「その理由が、レインさんの力というわけですね。
絶対勝利のその力は、きっと知らぬ間に、彼が鍛えた私達にも及ぶことになったわけです。
最もその影響を強く受けたのが他でもないあの女・・・なのは言うまでもないんですが、次いでオリヴィアとエリー。
後は想像通りというわけです。
上位三人以外は無意識なのかもしれませんが、そんな訳で私達は彼に順位付けされていたんですよ」
そう語る表情は、それほど嫌そうなものではなかった。
「私とライラは同順位だったみたいです」
微笑みながら言う。
死んでしまったライバルを想うその様子は、最早魔女と言うには少し似合わないのかもしれない。そんな風に、その場にいた多くの者が感じたとも知らずに。
空気が和んだ所で口を開いたのは、史上最弱の英雄だった。
不老不死、しかし一対一ではデーモンが限界。
そんな、ぎりぎり一流に届く程度の強さしか無い英雄マルスだ。
「逆に、元から英雄と言われていた僕は彼に尊敬されてしまった為か、鍛えられることもなかった。
だから僕の強さは彼に出会ってからも変わらない。今となっては、少しだけ彼に師事してもらうことが必要だったかなと思っているよ」
もう十分過ぎるほどに戦ったのだから、なるべく無理をしないで欲しい。
そんなレインの方針に、英雄達は皆同意していた。
新しく強い力に希望を感じたマルスもまた、それに納得した形だった。
レインの生前は個人の鍛錬を程々にすることに留めていたマルスは現在、英雄クーリアを伴侶としている。
旅をする二人は時折危険な目に合う様で、その度に無力を実感する様だった。
クーリアもまた、早々に成長が止まってしまった為だ。
「鍛えられさえすれば限界を遥か超えられる。しかしそんな加護にも限界はあった。
クーリアの成長に限界があった理由は未だ完全には分かっていないが、流石に分かっていることはある。
魔王に匹敵する様な力は本人しか得られない。聖女サニィすら、魔王には勝てなかった様だしな。
だけどな、妾達が揃えば勝てるだろう。きっとそれがあの人にも分かってたんだろうな。
英雄レインは聖女サニィと共に、呪いへの勝利という形でその命の幕を下ろすこととなった。
今となっては分からないことだが、もしかしたら本当は、英雄レインは呪いになんか罹っていなかったのかもしれないな」
そう説明したのは、アリエルだった。
母をレインに殺され、自らの力に振り回された英雄。
彼女は特に、苦渋の決断を下した英雄の一人だった。
戦争こそ起こらないものの、今や世界で孤立した小国家と成り果てた、かつての世界最大国家の女王。
魔王支持と捉えられる発言を繰り返し、狂ってしまったと、多くの人に勘違いをされたまま、それを否定しない人物だった。
そんなアリエルの友人が、その言葉を引き継いだ。
「もしも師匠が生きていれば、魔王は脅威ですらなかったし、もしも魔王が師匠でなければ、準備を整えて誰も死なずに倒せたかもしれない。
もしものことは分からないけれど、それでも師匠が居なければ、魔王に殺された人数は何千何万って数になってたと思う」
実際、過去の魔王討伐での死者数は平均で三万を超える。
七英雄と呼ばれていた人々が参加した内、五度の魔王戦は、その犠牲者が特に少ないものだった。
そして一度は、初めての魔王討伐。
そんな中、僅か五十三人の犠牲者で済んだ藍の魔王戦は、別格とも言える被害の少なさだった。
だからこそ今は単に【英雄】と呼ぶ場合、それに参加した中で、直接魔王に対峙したエリー、オリヴィア、ナディア、ルーク、エレナ、サンダル、クーリア、マルス、そして命を落としてしまったが、勝利へのきっかけを作ったライラとディエゴの十人を指すことが多い。
そんなメンバーを見渡して、エリーは続けた。
「大会に参加してみると、やっぱりデーモン討伐で一流だって言われるのに納得する出来るくらい、皆弱いからね」
「あはは、一国のトップレベルの人達が弱い、ですか。……納得は、出来ますが」
師の歯に衣着せぬ言い方に、思わず苦笑してしまうエリス。
しかしそれも、英雄達の理不尽な強さを知れば納得するしかなかった。
いざ修行で剣を合わせれば、それは最早勝ち負けではなく、どれだけ耐えられるかの挑戦でしかない。
そんな風に苦笑するエリスの心を読んだのか、エリーもまた苦笑して。
「でもさ、本来なら私達だって、エリスと同じレベルかもっと下だったかもしれないんだよ。
間違いなくエリスは才能あるから。でも、たった40mのドラゴンを倒すにも、きっとエリスレベルが五人はいる。
それが師匠のおかげでこんな少人数で魔王を倒せたんだから、――」
エリーの言葉を、魔女ナディアが遮った。
「レインさんに怒りを向ける愚かな人間達は皆間違っているんですよ」
まるで魔王の眷属かの様な妖しい雰囲気で言う魔女に、英雄達はつい笑い出してしまう。
直接レインを知る者達に囲まれて初めて、エリスはやはり何も知らなかったことを実感して、思わず唖然としてしまう。
「ふふ、相変わらずナディアさんは極端ですわね。
わたくしもそう言いたいところではありますけれど、強大な力に怯えてしまうのは、やはり仕方ないことではありますから」
オリヴィアはエリスとアーツを見て、言った。
ナディアの言ったことは、反魔王レインを掲げる国家の王であるアーツと、王妃であるエリスのことを暗に非難している様にも見えたからだ。
しかしいつものことなのか、唖然としているエリスに対して、アーツは微笑んでいた。
英雄達がただ単にレインの信者だったのなら、そんな表情など出来るわけがない。
そう考えていると、発端の魔女が口を開いた。
「ただ、エリス。私はあなたの夫を、義父を非難しているわけではありませんよ。
むしろ誇りなさい。
一人勝手に動いたはずの王が殺されて、それだけ民が怒れるのですから。その子であるアーツが、力無き国王が、見事国を纏めていられるのですから
それだけ二人は愛されているということなのですから」
あえて、最も愛されていた王女だった英雄オリヴィアのことは口に出さずに、
「それは誇りなさい」
そう、力強く言い切った。
それに最も力強く頷いたのは敵国のボスであるアリエルと、名前を出されなかったオリヴィアで。
エリスは王妃として、王とは何かを、これから更に深く学ぶことを決意した。
そして、「はい!」と答えようとしたところで、この英雄達は、真面目なだけで終わる集団ではないことも同時に理解することになった。
「ナディアさん、君は何度グレーズを滅ぼしたいと言ったか覚えてるかな?」
きっとあえて言うことにしたのだろう。苦笑いのサンダルに、ナディアはナイフを投げつけると、こう答えるのだった。
「人前では一度も言ってませんよ」
それを見てアーツもまた、エリスにこう言うのだ。
「ほら、我が国の本当の敵はアルカナウィンドではなく、スーサリアなんだよ」
そう、笑いながら。
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