第六十三話:闘いの前

 三日目のレベルは、総じて高かった。

 もちろん高かったとは言ってもそれなりで、英雄達にはまるで敵わないレベルではあるのだけれど、少なくともエリックと良い試合をするかどうかという所。

 エリックの実力はストームハートの試合だけを見ても殆ど分からないので、大半は想像になるがそのくらい。

 流石は国のトップと言うだけはあって、デーモン数匹ならば問題無く相手に出来る実力者が揃っていた。


 技術に長けた者、発想に秀でた者、単純に身体能力が高い者、徹底的に運の良い者。

 様々な者達の戦いを見て、クラウスでもそれなりに満足が出来た。

 もしかしたらデーモン数匹はクラウスにとってまるで大したことは無かったのかも知れないけれど、少なくとも満足だ、と言えてしまう程度には、四日目が気になっていたのだった。


 一回戦最終日には、王妃であるエリス、幼馴染であるサラ、そしてその父である英雄ルークが出てくる。

 直接戦ったことがあるその三人の試合が、クラウスは楽しみだった。

 それはもう、三日目のイリスの試合以外はどうでも良いと言えてしまう程に。


「エリス様はどんな戦法を取るんだろう。サラの修行はどれくらい進んだんだろう。……二人のどちらかに立ちはだかるルークさんは、どんな魔法を見せてくれるんだろう」


 宿に帰った後も年甲斐もなくわくわくとしていると、マナもそんなクラウスを見て顔を綻ばせる。


「さら、ゆーしょーできるかな」

「僕も見てみないことには分からないな。でも、僕じゃ優勝は難しい。サラが優勝する程成長してたら尻に敷かれることになっちゃうからそれはそれで困るぞ……」


 敢えて不可能だとは言わず、そわそわしながら答えると、マナも同じくそわそわとし始める。


「く、くらうすはだれがゆーしょーすると思うの?」

「うーん、そうだな、僕も個人的にはサラに頑張って貰いたいけど、やっぱり一番底が知れないのはストームハートかな。サンダルさんも間違いなく強いけど、ストームハートにはどうやって勝てば良いのかまだ分からない」


 魔法を魔法をまともに使えなくしてしまうあの力が、勇者には効かないとは限らない。

 クラウスは特殊な力はまだ何も自覚していないが、それもどこに作用するのか分からない。

 サンダルも一度も勝っていないのだから、強いのは間違いないものの、どう強いのかがまだ読み取れなかった。

 一つだけ言えるのは、身体能力の部分でもパワーに限れば間違いなく勇者の中でも上位だということ。人を25m放り投げておいて、それ程大変にしていないのだから間違いない。

 クラウス自身ならばもっと飛ばせるのは確実だけれど、それはストームハートも同じだろう。

 本気を出しながらも常に余裕の態度を崩さない姿勢も相まって、底がどこにあるのか分からないのは彼女が一番だと言える。


「さらはむずかしい?」

「それは、明日を楽しみにしておくしかないよ。僕達はサラがどれだけ強くなったのか知らないからね」

「そっか。うん。おうえんする」


 元々のサラの力でも、出場者の大半よりは強かった。

 しかし国でトップと世界トップは次元が違う。英雄と呼ばれるストームハート、サンダル、イリスの三人にはどうあがいても修行前までのサラでは足元にも及ばなかったし、恐らくは王妃エリスにも勝てない可能性が高かった。

 エリスは英雄にこそ及ばないものの、今回の挑戦者の中ではウアカリのカーリーと並んでずば抜けているだろう。

 なんとかその位置には並んでいて欲しいと思いつつ、その日は眠ることにした。


 そして四日目、遂にクラウスもマナも気にかけている二人の挑戦者が表舞台に姿を現わすことになる。


 一体どんな強さになっているのだろうと考えながらなんとなくで試合を観ていると、ブリジット姫がそわそわとし始めた。


「ブリジットちゃん、ブリジットちゃんのままはまださきだよ」


 何故かブリジットちゃんだけは流暢に言えるマナがそう嗜めるが、ブリジット姫はそわそわと落ち着かない様子だ。

 しかしそれも仕方ない様に思う。

 会場の熱気は凄まじいし、これまで三人の英雄の実力を見てきている。これまで骨のある挑戦者も居た。

 何より、真剣を使った戦いだ。

 今の魔法技術があれば故意でない限り死ぬことはまず無いにしろ、力が拮抗した二人の戦いでは、大怪我を負っての決着も多い。

 治るとは言え、母がこの場に出て来るのだと考えるだけで、落ち着かなくなってしまうのも当然だ。


「うぅ、分かってるわ。分かってはいるのだけれど、お母さまだいじょうぶかしら……」


 始まる前はあれだけ強気だったにも関わらずこんな風になってしまっているブリジット姫を見ていると、思わずクラウスも笑いかけてしまう。


「大丈夫ですよ姫。エリス殿下は今回の参加者でもトップクラスで間違いない。直接闘った僕が言うんだから間違いありません」

「クラウスさんがそんなに強くなかったらどうするの?」


 どうやら姫は随分とねネガティヴになっているらしい。

 確かにクラウスの強さが今回の参加者の中でも大した位置に無いのなら、あっさりと負けてしまってもおかしくはない。

 クラウスの戦いを実際に見ていると言っても、勝てる勝てないはあくまでクラウスの主観で判断していることでしかない。

 ところが、ここで意外な助け舟があった。


「大丈夫よブリジット姫、クラウス君は正直英雄レベルだもの。最近はルー君も勝つのはしんどくなってきてるって言ってる。そのクラウス君があなたのお母さまは強いって言ってるのだから、間違いなく強いわ」


 そしてそのまま、ごくあっさりとクラウスにとって衝撃的なことを言い始める。


「英雄エリーも、グレーズにはエリス・アンダーソンが居るから大丈夫って言ってるくらいなんだから」


 それに対して真っ先に反応したのは、ジャムのジョンだった。


「エレナの姉さん、俺たちジャムが軍人で国を守る立場なんだが……」


 それに対するエレナの答えは、あいも変わらずあっさりとしたものだった。


「あら、そう言えば四人組のそこそこな魔法使いも居たものね。うん、忘れてたけど大丈夫」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る