第六十一話:三日目

 二日目の英雄は、見るからに英雄然としていた。

 黄色い声援を浴びる必要は全く無いにしても、守るべき大衆が存在しなければ英雄もまた存在しない。

 逆に言えば、人々が英雄を作っていると言っても過言ではない。

 そういう面から見れば、人気のあまり無いストームハートに比べてサンダルは【本当の英雄】だと言えるだろう。

 もちろん魔王を打ち倒したメンバーの一人なので本物の英雄には変わりないが、もしも母の言う【本当の英雄】がストームハートを指すのだとすれば、人気の関係無い所にも英雄の条件はあるのかもしれない。

 それはともかくとしても、どんな弱者に対しても全力で挑むサンダルの様子が人々に深く感動を与えるのも無理はない。

 常に挑戦者であり続けるその姿勢は、正に人々が理想としている英雄だった。


 サンダルの人気は顔だけではない。


 それが初めて出会った英雄の一試合を見たクラウスの感想。

 弱者に対しても油断の無い姿勢は参考にしなければと改めて思い直すことになった。


 そして三日目。

 この日の最初の試合は、再び英雄から始まる。

 三日目の第一試合に出てくる英雄は【万能者イリス】だ。

 現在生き延びている英雄で最も堅牢だと言われる彼女は、呪文を用いて魔法現象を引き起こし、盾と鉈の様な剣で防御主体の近接戦闘を行う最強のハイブリッド。

 勇者の肉体と魔法使いの広範囲殲滅能力、回復能力を併せ持つイリスを倒すには速攻で試合を決めなければ、異常な攻撃力が無ければ決して勝てないとまで言われている。

 その為、ルークとの試合は毎回ド派手な魔法の撃ち合いが繰り広げられ、最終的になんとかイリスの分厚い防御を突破して勝利を納めるというパターンが八年間続いている。


 そんなイリスもまた、人気者だった。

 サンダルに向けられるような黄色い声援と野太い声援が半々に上がる会場は、再び狂気に包まれたように騒がしくなった。


「マナ、イリスさんの戦いは面白いよ。魔法を使える勇者なんだ」

「ほんと!?」


 途端に目を輝かせるマナの視線の先の入口から、イリスが入場してくる。

 ウアカリの特徴的な褐色の肌と黒髪に、ウアカリとしては相当小柄な体躯。

 手に付けた中型の盾に、背に背負った鉈の様な剣。

 そしてアリーナに入るなり、ちょっと焦った様にお辞儀をする姿は、先の二人の英雄とはまるで違っていた。


「イリスちゃんはいつまで経っても視線の集中する人前に慣れないのが初々しくて良いのよね」

「ウアカリの首長になってもう25年位経つんですよね……」

「知ってる人と知らない人の視線は違うんだって。ほら、声が聞こえちゃうから」


 言葉の真意を読み取れるイリスは毎回違う会場で、毎回違う視線と言葉に晒されることで緊張してしまうらしい。

 子供の頃からイリスには接しているものの、再び意外な一面を見られることが、なんだか少し面白いと思うクラウスだった。


 イリスの対戦相手は、東の大陸アルカナウィンドから独立した小国の新進気鋭だという魔法使いだった。

 筋骨隆々肉体派の暑苦しい魔法使いらしく炎の魔法を得意としている二十二歳だという青年。

 見た目は立派な髭を蓄えているせいで三十代後半に見えてしまうのだが、見た目だけなら強そうだと言える。


 勇者も魔法使いも、見た目も実際の強さは殆ど関連性が無い。

 ウアカリの女戦士達が皆筋肉質で大柄、且つ美人なのは様々な見方があるが、戦士である上に男を無理矢理にでも虜にする力を持つ見た目になっている、という説が有力だ。

 とは言え英雄エリーは150cmにも満たない身長で大柄のウアカリ達を腕相撲でなぎ倒しチャンピオンになったと言うのだから、やはり勇者間では見た目は全く関係が無いと言えるだろう。


 ただし、魔法使いは少しだけ違う。

 魔法使いの自身の見た目は魔法のイメージに若干の影響を与えることが研究で分かっている。

 小柄な魔法使いはどうしても巨大な生き物に対して引け目を感じる部分があるせいか、肉体強化系の魔法は苦手な傾向にあるし、化粧の得意な女性は実際の見た目よりも強く魅了の魔法を扱える傾向にある。

 しかし、強く理想をイメージ出来るのならその限りではない。

 小柄な人間が格闘で大男を薙ぎ倒すの本気で格好良いと信じきり、武術を修める様な魔法使いであれば、その理想を現実に出来るのが魔法使いでもある。

 ただし、その場合はその修行中に大柄な勇者に肉弾戦でボロ負けでもしてしまえば、自身の肉体がまるで格闘に向いていないことを思い知ることになってしまい、二度と格闘戦に適した魔法を習熟することが出来なくなってしまう可能性も高いのだが……。


 その点で、筋骨隆々の髭を蓄えた暑苦しい青年というスタイルの魔法使いが炎の魔法が得意だというのは、見た目ともマッチしてその威力を常に発揮出来るだろう。

 見た目と強さが関係無いと言うのは、あくまで実際の強さの話だ。

 筋骨隆々の男がめちゃくちゃ弱かったり、幼子にしか見えない少女がめちゃくちゃ強かったり、そんなことが現実的に起こり得る、ということ。

 そんな意味では、ルークは理想よりも自身の見た目や思想に適した魔法を扱うことを推奨している。

 その為、エレナは悪夢のイメージである黒や濃い紫の服を積極的に着用しているし、ルークも同じく重力をイメージしやすいと言う無彩色の服装を好んでいる。

 娘のサラだけが、基本的にカラフルな服装を好むのだけれど、それも彼女のスタイルには適している。


 さて、青年の格好は赤いローブに長さ3mにも及ぶ巨大な槍だ。

 たったそれだけで炎の魔法と肉弾戦に秀でているのだと主張しているのだが、長槍というものを見るに、肉弾戦よりも炎の魔法が主体だということが分かる。


「フハハハハ、英雄イリス殿、おれの腕試しに付き合ってもらおうか!」


 青年はそんなことを会場全体に轟く大声で告げると、イリスは柔らかく頷いた。

 言葉の真意を読み取れるイリスからして、巨大な青年は好ましかった。

 ウアカリらしい褐色の肌ながら小柄でそれ程筋肉質でもないイリスは熱心な男のファンが付いている。

 ウアカリは美しいという常識を打ち崩し、ウアカリながら可愛いと、かつて人気を得た英雄がイリスである。ウアカリの特徴として年齢を重ねても老けるのが遅いというものがある。

 何故かその特徴だけはイリスにも受け継がれたらしく、四十歳を過ぎても若い見た目を保っている。

 その人気は未だに衰えず、しばしばイリスからすれば露骨に邪な視線を向けてくる対戦相手が存在する程。

 それに対して、この青年は本気で自分の実力を試したいというだけだった。


 イリスは戦士だ。


 ウアカリとは違う力を持ってしまいながら誰よりもウアカリらしい戦士で在りたいと願っている勇者。

 他のウアカリの様に邪な視線を悦んだりすることは出来ない為にそんな真面目な態度になってしまうものの、正々堂々の青年の態度に少しばかりの喜びを感じていた。


 そのせいだろうか、イリスはやり過ぎてしまった。


 青年の炎の魔法に対して、更に強力な炎の呪文で対抗し、歓喜の声をあげる青年に気分を良くして更に火力を強化する。

 当然の様に両者の間では業火が吹き荒れ、青年が近付いていかないのは当然のこと、イリスも近付かず、50mもの距離を保ったままの炎合戦が始まった。


 そうなればどうなるか。

 一瞬でも炎のコントロールを失った方が業火に襲われ、大惨事になる。

 青年の炎は大したものだった。

 そして大したものだったが故に、イリスも加減を見誤ってしまった。

 イメージを重視する通常の魔法使いに対して、イリスはイメージでは魔法を使えない。

 イリスはマナに語りかけ魔法現象を引き起こして貰うという特殊な勇者だ。イメージは殆ど関係が無く、呪文の文言次第で威力や範囲が調整される。

 つまり、細かい調整が苦手なのだ。


 青年は根性で炎をコントロールし続けたが、イリスの予想を超える大火力の呪文に対抗手段が無くなり、かと言って引く気も無く、他の魔法を使い逸らそうにもそのイメージをする間に確実に押し切られ大火傷が必至の状態になってしまった。


 最終的には全身から汗を吐き出し、それも枯れ、脱水症状で倒れてしまったところで決着となった。

 気付いた時には既に危険な状態で、やってしまった本人であるイリスを始め、すぐに駆けつけたエレナ、そしてエレナからの念話を受けて飛んできたルークの魔法によってようやく意識を取り戻し、なんとか一命を取り留めるという状況。


「ふう、あの子、英雄相手に真っ向勝負は危ないって。特に今回は相手が悪いもの。ルー君や他の勇者が相手なら加減出来るけど、私やイリスさんは加減出来ないから……」


 観客席に戻ってくるなり呟くエレナはそんな言葉に続いて、「私が相手だったら多分死んでたから、まだイリスさんで良かったってところね」と冷静に状況を分析していた。

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