第六十話:二日目

 大会二日目、この日のメインはやはり最後に出て来る英雄サンダルだが、他にもウアカリの二位も注目の的だった。


 2mを超える巨体の斧槍を持った褐色美人で、正にウアカリの戦士という風貌の選手。

 カーリーという19歳の若手で、世界的に勇者の出生率が低下している中、未だに全ての国民が女に生まれ、且つ勇者である国の実力者。

 彼女もウアカリ戦士の例に漏れず、男の強さを見抜く力しか持ち合わせていないと高らかに宣言した後、豪快に斧槍を振り回してパフォーマンスをする。


「おお、彼女は強そうだ。クーリアさんより大きいな」


 振り回す斧槍がブォンブォンと風を引き裂く音は、50m程離れた観客席にまで届いてくる。

 それを見て、マナも目を輝かせた。


「かっこいいー! まなもああなりたい!」

「ふふふ、お母さまとくらべたらまだまだね」


 何やらブリジット姫も対抗しているが、この二人は始まってからずっと似たような感じを続けている。

 尤も姫様はずっとお母様の方がと繰り返して、マナはクラウスの方がと繰り返していたので、マナが反応すること自体が珍しい。

 そしてマナが反応した通り、カーリーは強かった。

 単純なポールアームズを使った力技は、リーチも長く威力も高い為に躱すだけでも苦労する。

 相手が勇者だったからこそはっきりとしたが、懐に入ったとしても、それは弱点にはならない。

 金属製のポール部分は棍としての役割も兼ねていて、持ち方を変えれば剣を打ち入れる隙が無い。

 ならばと突きを試そうにも、少しでも距離を離そうものなら鋭い斬撃か石突部分での打撃が飛んでくる。

 本来なら振りが遅くなる刃の大きい斧槍も、長身の怪力自慢が扱えば、まるで隙の無い威圧感の塊となってしまうのだということをはっきりと目にした辺りで、相手の勇者は吹き飛ばされて決着となった。


「おおー! ねえくらうす、あの人とくらうす、どっちがちからもち?」


 ぱちぱちと手を叩きながらマナが尋ねると、クラウスもうーんと頭を悩ませる。

 最近では単純な力比べなら大抵の人には勝てる自信があるけれど、と前置きをしてから。


「僕は剣しか扱ったことないから、あんな風に大きい武器を振り回したことないんだよね。力だけなら彼女には負けるかもしれない。もちろん、戦ったら僕が勝つけどね」


 隣のエレナがふふふと笑うのを聞きながらマナに言えば、マナは「やっぱくらうすも出たらよかったのにー」と少しだけ不満げにした。


 その後は特に目立った選手は出てこず、その日の最後の試合、凄まじい声援が会場内に轟いた。

 それは耳をつんざくような高音の、所謂黄色い声援というものだ。


 英雄の中でも、人気というものがある。

 最も人気な英雄は三十年程前に活躍した女性英雄。

 勇者ながら魔法の発展に尽力し、現代魔法の母とも呼ばれる女性。

 デーモンを倒せば一流と呼ばれる世の中で、一頭で一都市を滅ぼせると言われるドラゴンを始めて公式の場で単独撃破し、世界を百年に渡って悩ませ続けた呪いを解いた英雄の中の英雄。


 聖女サニィは過去三十年に渡って、不動の人気を維持し続けてきた。


 その人気は信者すら生み出す程で、憧れを超えて畏敬の念を抱く者も多く、半ば宗教化していると言っても過言ではない。


 そんな聖女に次いで人気の高い英雄が、美姫オリヴィア。魔王レインの二人の弟子の内の一人で、魔王となった師匠を自らの命を賭して倒したという美談と、その圧倒的な美貌から、これまた人気の衰えない英雄だ。

 世界各地で彼女を題材にした劇が演じられている。


 余談ではあるが、エレナが演出を担当する劇団では、主人公オリヴィアはまるで本人そのものに見える幻術を役者にかけている為に、飛び抜けて人気が高い。


 そして存命の英雄で最も人気が高い英雄は誰かとなれば、現在耳がはち切れんばかりの声援を、涼しい顔で受け止めているアリーナ上の美益荒男である。


 世界で最も恰好良い男に、ルークに倍程の差を付けて大勝した甘いマスクの勇者。

 当然の様に英雄が上位二つを独占し、残りは誰? と言った状態になっているのが悲しい賞なのだが、それはともかく。


 現状最も人気のある選手は誰かと言われれば、加速する英雄【ハヤブサ】サンダルだ。

 魔法使いの男はほぼルークを応援するが、女は誰だろうが大抵はサンダルのファン。

 もしも魔王が生きていたら鼻で笑いそうな状況ながら、アリーナに立つ男は冷静だった。

 微笑を湛えながら一周手を振り礼をする。


 すると当然ながら声援は更に増し、試合相手にとっては完全にアウェーの様相となってしまう。

 しかしそれも、杞憂だった。


 サンダルが腰の剣に手を掛けた瞬間に、会場は静寂に包まれる。

 英雄の放つ刃を突き付ける様な緊張感が、観客達の騒ぐ余裕すらも失わせてしまったからだ。


「おお、あれが英雄サンダル。確かに最も恰好良い男という言葉にも頷けるな」


 思わず、クラウスもそんな感嘆の言葉を漏らしてしまう。

 それは今までの全ての選手と違っていた。

 エリザベートの戦いには余裕しか無く緊張感等欠片も存在しなかったし、同じ様に会場の一部を黙らせてしまう様な緊張感を放つ者も居た。

 しかし、剣に手を掛けるという動作だけで全ての観客が思わず黙り込んでしまう様程の緊張感を放つ者は居なかった。

 恐らくクラウスなら、同じ様に全員を一瞬にして黙らせることは出来るだろう。


 しかし、その黙らせ方の本質はまるで違う。

 殺気の凄まじいクラウスならば、恐怖による威圧で黙らせることになる。

 しかしサンダルの放つ緊張感はむしろ、見惚れてしまう様な張り詰めた美しさだ。


「少しだけ、母さんに似てるな」


 野生的な美しさが持つ緊張感のサンダルに対して、オリヴィアは突き詰めた繊細さの放つ緊張感と言う意味で本質的には違うものの、どちらも美しいことには変わりない。

 思わず母親大好きなクラウスをもって思わずそう唸ってしまう程、サンダルの刃は鋭かった。


 勝負は、一瞬だった。

 始めの号令が響いてから決着まで、2秒もかかりはしなかっただろう。

 相手も同じく剣を扱う勇者だったらしいのだが、なんの力なのか、どんな身体能力を持っているのか、一切分からない。

 相手は突っ込んで来るサンダルに対して自ら突っ込めば状況判断の時間は短くなるし、下がれば加速によってより対処が難しくなると考えたのだろう。

 その場に構えたまま、動かなかった。

 もしかしたら、動けなかったのかもしれない。

 一瞬後には、その喉元には剣が突き付けられていて、降参を宣言していた。


 ――。


 速いが、思った程ではない。

 クラウスが抱いた感想は、そんなものだった。

 僅か50mの加速ではその本領を発揮出来ないのか、サンダルの一撃はクラウスにとって脅威とはとてもではないが言えるものでは無かった。

 とは言え、たったの50mの加速でも自分よりは速い。

 限界速度はあれど、走る程に加速するのならば、文字通り加速度的にその脅威度は増していき、ある速度を境にいきなり対応しきれなくなるのだろうということは想像に易い。

 相手を見て、一先ず試した最初の一手が今回はそのまま決まり手になった。

 そう考えた方が良いのだろう。


 現に剣に手を掛けた時の脅威度は、相手を降参させた一撃よりも遥かに高いものを、クラウスは感じていた。

 油断はしてしまうとは言え、毎月の奇襲で鍛えられた直感は相当なものがある。

 あくまで直感なので外す事も多々あるものの、低いものを高いと誤解するならまだしも、高いものを低いと誤解することは無くなっていた。


「ある意味では、ストームハートよりも底が見えないな」

「サンダルさんは魔王戦が終わってからも、魔王戦前と殆ど変わらない鍛錬を続けてるみたいだもの。あれはきっと全力の一手ではあるのだろうけれど、全開の一手ではないわ」


 エレナの解説を聞いて、クラウスは相手にした場合のシミュレーションを始める。

 50mで繰り出せる全力の一手があれならば、やはり最善手は加速しきる前に叩くことだ。止まるのも引くのも悪手で、勝ちたければ前に出るべきだった。

 あの威圧感は恐らく、相手を前に出させない為の手札の一つなのだろう。

 それに怖気付いて前に出ることが出来ないという時点で、ほぼ負けは決まっている様なもの。

 だからこそ、サンダルは敢えて一直線に踏み込んだのだ。

 前に出られない相手の弱さを見抜いて、旋回で加速距離を稼ぐこともせずに、クラウスなら止められる一手を敢えて打つことにした。


「となるとやっぱり、実戦経験は僕よりも遥かに上なんですね」


 下手に距離を稼げば、相手が冷静さを取り戻し反撃の手に出るかもしれない。

 ならば、怖気付いている様子を一瞬で判断して、一瞬で最善手に向けて距離を詰める。


 サンダルのそれは決して相手を舐めている訳ではなく、むしろ最大限の警戒をしたからこその一瞬の決着だったのだろう。

 その証拠に、数拍後に膝を着く相手の額には冷や汗が浮かんでいたし、それに更に遅れて声援が轟いた。


「あの人は何度も何度も負けてる人だもの。負ける相手にすら全力を見せて敬意を払うという意味では、本当に格好良い英雄ね。

 もちろん、私はルー君の方が格好良いと思うけれど」

「……そうですか」


 ストームハートがやった様に相手に手を差し伸べ、何事か呟いた後にハグをすると、離れる際には礼をする英雄。

 確かにそれを見ていると、英雄の在り方はこれが正しいのだと思ってしまうのだった。

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