第六十四話:二本の宝剣

 アリーナに登場したエリスは、一目見て以前と違っていた。

 以前は騎士団がよく使っている汎用型の宝剣を一本使用していた。

 扱いやすいロングソードで、切れ味と耐久力がただの鉄よりも遥かに高い。ただそれだけの宝剣。

 魔物や勇者の部分や遺骨等を決まった配合で練りこむことで作られるこれらは現在の主流武器で、発明した狛の村から世界中に伝えられ、今も世界中の鍛冶屋が作り続けている。

 今回のエリスは以前持っていたそれを持ってはおらず、背に二本のロングソードを背負っている。


「あの宝剣って……、天霧とこどもぺんぎん?」

「こどもぺんぎん? ってなに?」


 クラウスが思わず声に出して言えば、マナが不思議そうな顔で尋ねてくる。

 それも当然だ。【ことりぺんぎん】と突然言われて、それが何か分かる者は世界一人も居ないだろう。


「ことりぺんぎんってのはね、前王様が使ってた宝剣の名前だよ。へ……変わった名前だけど、見た目は白黒の剣らしい」


 思わず変な、と言いそうになってしまう名前だけれど、現王が隣に座っている。

 流石に訂正しながら言うが、王は笑っていた。

 彼は聖女サニィが名付けたというその名前に違和感は抱いているらしい。


「へえー、ブリジットちゃんのままがせおってるのが、ことりぺんぎんとあまぎりなの?」


 そんなことも知らず、マナは呑気にそんなことを言うとそれを肯定したのは現王アーツだった。


「そうだよマナ。英雄ディエゴの剣と王家の宝剣を、我が国の全面バックアップという形でエリスに託したんだ。現状グレーズ王国最高の二本ということになる」

「天霧は汎用の宝剣を更に鋭く堅牢にしたもの。シンプルに強い宝剣で、ことりぺんぎんは伸びたり短くなったりする宝剣だね」


 天霧の性能は恐らく、旭丸を上回るというのがクラウスの予想。

 旭丸は決して壊れない月光を参考に作っているものの切れ味はそれ程でも無いし、耐久性も高いが一生使えるほどでは無い様に感じている。そして何より、無駄に重い。

 その点天霧は全てに於いて平均を大きく上回るという話。

 剣聖ディエゴが使っていたその剣はディエゴの没後誰も使うこと無く大切に保管されていた。


 ことりぺんぎんも同様だ。

 魔王戦前、騎士団でナンバー2だったのは前王だったと言われている。

 そんな前王が使っていた王家の宝剣がことりぺんぎん。

 聖女が名付けた変な名前とは裏腹にその性能は高く、切れ味と耐久性だけで見れば天霧には劣るものの長さが変化する。

 その変化速度も自由自在で、2秒先が見えた前王はその能力と併せて娘の必中に近い様な戦いをしていたといわれている。


 そんな二本の剣をエリスが持ってくるというのならば、それはもう期待して良いだろう。


「へぇ、たのしみだねブリジットちゃん」

「ええ、もちろんお母さまは勝つわ。でも、楽しむ時間もないかもしれないわね」


 剣の話を聞いて興味深げにするマナに対して、姫は胸を張って答える。

 もしかしたら母の三ヶ月間の努力をずっと見てきたのかもしれない。

 対戦相手は、南の大陸の魔法使いらしい。

 軽装で固め、魔法使いらしく杖を持っている。

 魔法使いの厄介な点は、気配では強さが分からないこと。

 勇者はその立ち居振る舞いや、体内に練られたマナのせいなのだろうか、対峙すればある程度の強さは分かることが多い。

 それに対して、あくまで身体に関しては一般人と変わらない魔法使いは、実際に戦ってみなければその強さが分からない。


「でも、落ち着いてるな」

「エリスは特別な相手としばらく鍛錬をしたからね。今なら、相手がストームハートでも全力で戦える」


 八年も前だとは言えボロ負けして引退した前回、初回大会の影響を心配したクラウスだったが、王は大丈夫だと太鼓判を押す。

 実際にエリスの雰囲気はクラウスが戦った時とは随分と違っている様で、その顔は微笑を湛えていた。


「そういうことですか。強そうだ」

「戦ってみたくなったかい?」

「……はい、少し」


 武器の数と立ち居振る舞いが違うということは、戦い方も全く違うということ。

 そして特別な相手が英雄の誰かだということなら、強くなっているのは間違いがない。

 それならば、以前とはどう違うのか単純に楽しみだというのがクラウスの感想。


 戦いは、一瞬だった。


 50mの距離を走って詰めると背後にテレポートするまではクラウスの時と全く変わらなかったが、直前で天霧を投げ付けるとそれの到達とほぼ同時に背後に回る。

 背後からはことりぺんぎんを突きつけ前方から飛んできた天霧をキャッチすれば、首が双方から剣に挟まれる形になり、魔法使いはたまらず降参してしまった。

 相手も突き進んでくるエリスに魔法を放っていたが、それは極々短いテレポートか体技で回避すれば、次は高速で飛んでくる剣にどう対処するかを考えるので精一杯だったらしい。

 直後に消えたエリスが何処に行ったのかを一瞬考えた隙に天霧への対処も遅くなり、気づけば決着は付いていたという形。

 魔法使いは思考さえ一瞬封じれば、その身体能力はただの一般人と変わらないという事実を上手く利用した形となった。

 それに、一つ気づいたことある。


「エリス様のテレポートは2秒に一度では?」

「ああ、それはね、どうやら鍛錬を重ねれば距離に応じてクールダウンの時間は短く出来るらしい。現状10mで2秒。1mなら0.5秒程度までは短く出来るみたいだ。勇者の力は成長するって話だからな」


 噂に聞く壁を越えるとはまた違う様にも思えるが、とアーツは付け加えて説明する。


「ちなみにエリスの目標は英雄エリーらしい。ちょっと似てただろ?」


 そんな風に自慢げにする国王を見てグレーズの内情はともかく、やはりこの人はエリーのことは憎からず思っているのだと実感する。

 レインに関してのことは仕方ないと割り切れる程度には、その態度は微笑ましく見えたものだった。

 ただ、一つだけ意味の釈然としないことがある。


「あの、僕英雄エリーの戦いは見たことが無いんですが……」

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