第二十六話:少しの昔話
魔物を食べるという発想が人間には存在しない。
勇者が食べればその力は中和され弱まるし、魔法使いや人間が食べれば魔物に近付いてしまうことによって凶暴化する。
人間という種は、それを誰に教えられなくとも知っている。
それは実際に試したから知っているわけではなく、『聖女の魔法書』を読み解いたことで知った事実ではあるけれど、誰もそれを試すことなどない程度には、人間の本能に常識として刻まれていることだった。
オーガやトロールといった食人鬼は勇者だろうと魔法使いだろうと、もちろん普通の人間だろうと食べるのが本能だ。
それらは勇者を食べれば力を落とし、最悪死に至るにも関わらず、平気で勇者を食する。
それが魔物の本能だ。
勇者と魔物はそもそも、根本的に違う存在である。
今の言葉で言えば、勇者は人間にマナが宿った存在で、魔物は魔素そのもの。
しかし、かつては陰陽のマナと呼ばれたそれを、マナと魔素と分けて考えてしまっている時点で、その本質を理解することなど出来はしない。
何故なら今、その二つの違いを真に気にしている者など、『藍の魔王』から凡ゆる情報を受け取った英雄エリーを始め、英雄達と一部の国の上層部しか居ないのだから。
勇者と魔物は、実は対になる存在などではない。
少しだけ、昔話をすることにする。
実は魔物の起源というものは、勇者よりも新しい。
勇者の起源は約千年程昔のこと。
それは人間がまだ、人間同士で戦争を行っている時のことだった。
最初はある地域を中心に、超常現象を引き起こす人間が生まれ始めた。
彼らは異人と呼ばれ、その不思議な力を使用してある者は戦争で活躍し、ある者は奇跡を起こして信者を増やし、またある者は自由に生きた。
魔物が最初に世界に出現したのは、それから約五十年程経過してからのことだった。
世界に最初に生まれた緑色のドラゴンは、人類の敵として世界に君臨した。
明確に人類に敵対すると宣言しつつ、しかし直接的には殆ど戦わないドラゴン。
それは時に戦場に現れ両陣営を絶大な力で荒らし回り、時に小さな町を滅ぼした。
纏まらない人類では対抗できない存在。
それが最初の魔物、緑のドラゴン。
人類にとって敵は強大だった。
日に日に増える魔物と、君臨する圧倒的なドラゴン。
それは人々が戦争をする暇など無くなる程に。
世界が魔物を人類共通の敵として認識した頃、異人達は既に人類の意向とは関係無く魔物との戦いを繰り広げていた。
まるで使命であるかの如く魔物と戦い続ける異人と、日々魔物の恐怖に怯える人々。
いつしか異人達は人間にも恐れられる存在になりはじめていた。
それも当然だ。
異人は魔物に引けを取らない身体能力を発揮し、個体によっては魔物を圧倒的な力で蹂躙する兵器の様なものに見え始めていたから。
それは人間であるということを除けば、驚異だけなら魔物と変わらない。
ただの人間では決して勝てないオーガの群れに単身乗り込んで殲滅して行く程の力を持った者が、自分の欲望の為にその力を振るえばどうなるか。
弱い人間達はそんなことを考え始めてしまったらしい。
魔法使いという存在が現れ始めたのはそれよりも更に後だ。
一部の人間がドラゴンの扱う超常現象が異人のそれとは違うことに気づいたことをきっかけに、実はドラゴンが情報を漏らしていたことをきっかけに、道具を使ってイメージを練ることで微弱な超常現象を引き起こすことが出来る者が現れ始めていた。
それは異人よりは明らかに弱いが、籠城ではそれなりに効果を発揮する、人間としては・・・・・・・優秀な者達。
日々魔物と血で血を洗う戦いを繰り広げている不気味な異人とは別にして、彼らは重宝された。
それからしばらくの時を経て、国を超えて一つに纏まった人類は魔法という力を得たことで人口を増やし、魔物と対等以上に渡り合える様になっていた。
もちろんそれでも主力は、それまでの人類史で徐々に上手い具合に扱える様になった異人なのだけれど。
それが大体、500年程前。
緑のドラゴンが最初の魔王になる、少し前。
異人達が勇者と呼ばれるようになる話は以前の通り、最初の魔王を勇敢に倒したことが理由。
それまで、魔物よりも起源を先にする勇者は、概ね人々に恐れられる存在だったと言って良い。
ところが、人々は知らない。
最初期の異人達はそれ程強くなく、緑のドラゴン一匹で充分に世界を滅ぼせたという事実を。
何故ドラゴンが世界を滅ぼさなかったのかを。
そして何故、魔王という装置が作り出されたのかを。
全てを知っていた緑のドラゴンが魔王となってしまったことで、その理由を知る者は、誰一人居なくなってしまった。
魔物は勇者を殺し、時にはその肉を喰らう。
しかし勇者を魔物を殺しはするが、その肉は喰らわない。
魔物を殺す魔物も一部存在するが、魔物は魔物を喰らわない。
魔物を喰らう存在は、喰らいたいと思う存在は、たった一つを除いて存在しないのだった。
何故勇者が生まれたのか、何故魔物が生みだされたのか。
その原因は、実はたった一つの偶然だ。
もしかしたらそれは、たった一つの意思だったと言っても良いのかもしれない。
今となっては随分と歪んでしまった意思だけれど、最初の原因は恐らく純粋な……。
――。
……どうやらそれはそろそろ、疲れてしまったらしいけれど。
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