第二十七話:小鬼の王
マナの発言は異常だ。
言わずとも、本能が常識として知っている筈の、魔物は食べられないという事実。
ゼリーに似ているスライムならば子どもがその存在を知らなければ間違いで済まされる。
しかし、今回ばかりはどう考えても擁護のしようが無い。
ゴブリンキングは成人男性よりも大柄な2m程の体躯に、100kgは軽々超えるだろう筋肉質な体。そして醜悪な容貌に錆色の肉体。
ただのゴブリンではさほど意識しないが、こいつは明確な悪臭を放つ。
一言で表すなら、気持ち悪いという言葉がよく当てはまる魔物だ。
発酵食品で悪臭を放つが美味しいとか、そんなものではない。
気持ち悪く臭い上に、魔物だから当然食べることは不可能で、食べるという発想すら人間であれば思い浮かぶことがない存在。
それがゴブリンキングだった。
その強さはデーモンを凌ぎ、過去に魔王になった個体も存在する程の強さを持ち、例え一流の勇者であっても討伐には難儀する程。
何より問題なのが、キングと名がつくだけあって、多数のゴブリンを従えている。
その力の影響か、マナが目を覚ましているにも関わらず従えられたゴブリンたちも姿を現し、マナに対して警戒心を顕にしている。
「くらうす、あれたべていい?」
尚もそう尋ねるマナの頭を胸元で少し強めに押さえつける。
少なからずの動揺はある。
明らかな異常を示し始めたマナが何者なのか、どうしても気になってしまう。
それは少なくとも人間ではないことが確定してしまう発言だ。
しかし、そう動揺してばかりもいられない。
これから対峙する敵は、マナを連れた状態で会った中で最も強い敵。
クラウス一人ではまるで問題ではないその相手も、明らかなハンデを抱えていれば話は別になる。
マナにあまり負担をかけない速度でしか動けず、且つマナを傷つけない様に立ち回らなければならない。
そうなれば、例え雑魚のゴブリンですら、二百程の数がいる現状は驚異となりかねない。
何より、ゴブリンキングは剣術を扱うと言う。
ほぼ現れないその魔物の練度はあまり聞かないが、技というものは厄介だ。
それは一般人ながらオーガやトロールを簡単に屠る母を見ていれば明らかで、たかがデーモン程度の膂力だと言われているとはいえ油断は出来ないだろう。
もちろん普通に考えればデーモンの膂力は勇者にとっても凄まじく、クラウスにとってはその程度という考えが既に常軌を逸していることは別にして。
押さえつけられて「ふにゅ」と声を漏らすマナを離さない様に注意しながら剣を前に出して構える。
すると、両手剣を持ったキングも手の違いはあるもののまた同じように構えた。
それだけで、少しばかり理解した。
「なるほど、猿真似か」
生まれたてでデーモンよりも強いのであれば、勇者を屠ることも普通にあるだろう。
そうなれば、倒す前に部下達をけしかければ、その剣を盗むことが出来るかもしれない。
人間の為の技術を馬鹿なゴブリンが扱うというのは流石に出来すぎている。
となれば、長引く程不利で、相手が絶対に真似できないことをしてやれば良い。
「マナ、少し加速するからしっかり捕まってな」
「ん」
流石のマナにもクラウスの真剣さが伝わったのだろうか、ひしっとしがみついてくる。
それを確認してクラウスは踏み込んだ。
ゴブリンキングの左方、一本の大樹の方へ。
ふっと息を吐きながら、幹の左側を切りつける。
そのまま後ろに回って、後ろからも一閃。
正確に同じ高さ、角度で入れられた大樹の幹は残り、四分の一を残すのみ。
それを、先ほどまでゴブリンキングが居た方向に向けて思いっきり蹴り倒せば、樹高30m程のその樹はゴブリンキング達に向かって襲いかかる。
ちょうど木々の合間を縫うように計算されたそれを、ゴブリンの知能で真似など出来る訳もなし。
ゴブリンキングは、それを難なく回避する。
流石に葉の空気抵抗もある樹が倒れるのを待ってくれるほど鈍くは無いらしい。
しかしそれで、もう充分だった。
敢えて体の中心よりもズレて倒れる様に狙った樹を避けるのに、わざわざ遠い方を選ぶ様な駆け引きを出来るゴブリンは存在しない。
ゴブリンキングは、クラウスから向かって樹の左側に飛び出してくる。
後は、それが回避した位置に駆け寄ると、内側から力任せに剣を振るうだけだ。
バックハンドの要領で背筋を活用した、斬撃ですらない力任せの一撃は、更に駆け寄る際に回転を入れて威力を増してある。
技術を盗む敵ならば、盗めないものを使えば良い。
技術とすら呼べない稚拙な力任せの斬撃。ただただ頑丈な剣を使った、なんの捻りもないただの暴力。
両手剣でなんとかそれを防ぐゴブリンキングは、本来なら吹き飛ばされて受身をとって終わりだろう。
だが今回は残念ながら、吹き飛ぶだけの空間が存在しない。
その体は大樹にぶち当たると、その衝撃でめりめりと音を立てる。
やがて両手で押し返そうとしている両手剣もゴブリンキング側に押し戻され、両刃のその剣は次第にその錆色の体へと沈んで行く。
それはほぼ一瞬のことだった。
もしかしたら足でクラウスを押しのけようとすればなんとかなる可能性があったのかもしれない。
しかしそんな時間は存在しなかった。
もちろん、足で押しのけようとしても無駄な様に、クラウスの右足はゴブリンの両足を跨ぐように深く踏み込まれていたけれど。
クラウスはゴブリンキング自身が持っていた剣でゴブリンキングを仕留めたことを確認すると、即座に周囲のゴブリンの掃討を開始する。
勇者にとって理想的な肉体と称されたクラウスに対して膂力の勝負に持ち込まれた時点でゴブリンキングの敗北は決定していた。クラウスを倒すのならせめて、闇討ちに徹するべきだったのだ。
とは言え、初めて強者と対峙した若いゴブリンキングに、その判断をしろというのは酷なものだったのかもしれない。
振り返り怯えているゴブリンを殲滅する。
全て終わった時にもやはりマナは怯える様子一つ見せなかった。
もちろん見せない様にはしたけれど、マナから漏れた言葉はこんな一言だった。
「くらうす、もうたべれる?」
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