第二十五話:魔物を見て

 マナが眠ると、やはり魔物が襲ってくる。

 いや、マナが眠ると襲ってくるというよりかは、マナが起きていると魔物は襲ってこないと言ったほうが正しいのかもしれない。

 魔物の気配が近くにあることをクラウスはずっと気づいていた。

 確実にマナを守れる位置でいつも通りのやりとりをして、隙に見える様にマナを一人にさせてみたものの、それでもそれをチャンスと見て襲ってくることが無く、一定の距離を保っていた。


「ゴブリンか」


 気配からしても強い魔物ではないとは分かっていた。

 しかし出てきたのはクラウスの予想よりも遥かに弱小なゴブリンが5匹。

 予想よりも弱い分には構わないが、相変わらずクラウスは気配を読むのが少々苦手らしい。

 今回は最大限の警戒をして、敵がデーモンロードクラスでもマナを守れるように構えていたのが少し馬鹿らしくなりながらも、気を抜かずに対峙する。


 でも、ゴブリンならちょうど良い。

 そう思って、その動きを確かめてみる。

 一般人と大して変わらない強さしかないゴブリンには、どう頑張っても負けることが無い。

 例え剣で切りつけられたとしても、それが宝剣で無ければゴブリン程度の力でクラウスの肉体に傷を付けることなど出来はしない。

 連中が持っていた武器は、ガラクタ同然だった。

 一匹は冒険者が落としたのだろう歯の欠けた剣。一匹は棍棒で、一匹は弓。そして残りの二匹は素手。


 まずは手始めに、眠っているマナを狙うかどうかを確かめてみる。

 マナ狙いの攻撃以外は全てその身で受けると考えて、まず一撃目。剣のゴブリンがマナを狙って突きを放つと、それを旭丸の腹で受け止める。

 ゴブリン程度の剣速に剣の腹をぴったり合わせる程度のことは造作もない。

 そこから微動だにしない剣を見て驚愕の表情を浮かべる剣のゴブリンの後ろから、弓のゴブリンが矢を射ってくる。

 それも、明らかなマナ狙い。

 右手の剣を逆手に持ち替えつつ、矢をその指と柄の間で受け止めると、そのまま左回転で身をひるがえす。

 ちょうど、棍棒のゴブリンがやはりマナを狙って剣の個体と代わり武器を振り下ろしてくる。

 それを回りながら背で受け流せば検証も終わりで良いだろう。


「やっぱりマナ狙い……」


 それだけ確認出来れば充分だ。


 逆手で持っていた旭丸で襲いかかってきていた一匹の素手のゴブリンの喉を切り裂きながらそれを手放して、弓のゴブリンへ向かって投げ飛ばす。剣は鋭く回転しながら弓のゴブリンの胴を凪ぐと、背後の樹に突き刺さって停止する。

 そのままキャッチしていた矢も少し遅れて手放せば、左側に受け流していたゴブリンの脳天に突き刺さる。


 ゴブリンも連携には長けたもの。一端後ろに逸れていた剣のゴブリンが右側が迫ってくる。

 とは言え、クラウスにとってはそんなものはスローモーションと変わらない。

 もう一回転しながら左足で振り下ろす剣の腹に靴底を当てて逸らしつつ地面に押し付ければ、次にくる右足でその胴を蹴って一撃。

 残った一匹にぶち当てれば、そいつは樹に刺さった旭丸にぶつかって真っ二つ。

 無事にその場から一歩も移動せず、ゴブリン五匹の処理は完了した。


 それはかつての英雄で言えばエリーに近い技術。

 とは言えエリーの様に臨機応変奇想天外なものではなく、単に身体能力の高さと正確に動く体を利用した先読みと計算の成せる技。


「今のはエリー叔母さんが見て合格って言うかな……。旭丸は投げない方が良かったか?」


 そんな反省をしつつ、エリー叔母さん・・・・・・・の弟子は周囲の安全を再び確認して樹に刺さった宝剣を引き抜いた。


 ――。


 それからもやはり、エリーが起きている時には魔物は現れず、眠るとエリーを狙って襲いかかってくる。

 しかしそれも、しばらくの間だった。

 どうやらマナが起きていれば襲いかかって来ない魔物は、デーモン程度までらしい。


「遂にこの時が来たか」

「くらうす?」

「マナ、僕にしっかりしがみついてな。魔物だ」


 気配は大量だった。

 その中でも一際大きかったものが、一匹。

 どうかマナが起きている時には襲いかかってくるなよ、と願いながらその気配が囲う中を歩いていた。

 ところが、その一際大きな気配を通り過ぎた直後。

 それは明確に姿を現して、背後からクラウス達を睨めつけていた。


 だからこそクラウスはそう言って、右手でマナの頭を首元に押し付けるようにして、目を塞ごうとした。

 魔物を見せないようにではなく、魔物を殺すのを見せない様にする為に。

 きっとクラウスはその時油断していたのだ。

 魔物を見ることはこの先必ずあるんだから、と。

 残虐に殺すところさえ見せなければ全く問題が無いのだと。


 一度マナが口にしたあの言葉が勘違いではなかったのだと把握しておくべきだったのだ。

 凡ゆる魔物がマナを見てその驚異を感じ取って殺そうとしていることを理解するべきだったのだ。

 マナという存在は魔物ではない。

 しかし、当然ながら、勇者ですらない存在であるということを、予め知っておくべきだったのだ。


 そうでなければ世界は永遠に、魔物と人間が殺し合う・・・・・・・・・・平和なものでいられたのかもしれない。


 マナは頭を抑えられる間際、後ろから迫ってきている魔物、ゴブリンキングを見てこう言った。


「くらうす、あれ、おいしそう!」

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