第五十二話:なんでライラさんが二番でナディアさんが三番なの?

 ヴェラトゥーラ共和国の魔物討伐に当たっていた魔法使いの二人は、昼食時に入った喫茶店でしばしのんびりとしていた。

 エレナは新聞を読みながら、ルークは魔法書を開いて新しい魔法の可能性を考えている。

 エレナの読む新聞はちょうど最新の勇者ランキングが記されているものだ。

 これを記載している新聞社は四年前から聖女の恩恵転移魔法で世界中に簡単に移動できる様になったことにより、様々なニュースを世界に発信する様になっていた。その中でも特に人気の高い記事が勇者や魔法使いの強さに関する記事だ。


 『雷姫とは誰なのか』『南の大陸の消失する魔物は勇者のせいだった』『騎士団張ディエゴの強さの秘密』『天才ルークに聞く魔法の極意』『怪物ライラの拳の威力』


 そんな様々な記事が、人々の注目を集めていた。


「ルー君これ見て」


 エレナは新聞をルークに見せると、そこには勇者のランキングが記されている。

 鬼神の友人と言われるサンダルにだけは会ったことがないが、その内容はほぼ完全に納得できるもの。

 少しだけ驚きの表情を浮かべながら感想を言う。


「よくこんな正確なランキングが書けるね」

「勇者の力なのかな」

「オリヴィアさんの名前が知られてすぐってことは、名前を知ることが条件とかなのかな。どっかでサンダルさんにも接触したんだろうけど、こんなに強いんだね」


 上位三人は別格としても、そこに迫る強さを持つディエゴよりも強い。

 その情報を知れただけでも大きな収穫だ。

 現に、サンダルは現在世界で最も大きな戦果をあげている勇者なのだと中枢にいるアリエル・エリーゼは言っていた。


「加速する勇者って魔人様は言ってたよね」


 エレナの言う魔人様は鬼神レインのことだ。彼女は始めて会った時にレインに鍛錬をつけられて以来、魔人様と呼んで慕っている。


「そうだね、南の大陸の魔物消失は全てサンダルさんの仕業。普通の人には見えない程速く動けるみたいだだよ」


 南の大陸東部では魔物に襲われ窮地に陥っても絶望してはいけない。少しでも長く生き延びれば突風と共に魔物が消失することがある。

 6年ほど前から、そんなことを言う商人や冒険者、集落の人々がどんどん増えている。それをしているのが鬼神の友人サンダルだ。七英雄ヘルメスの子孫にして現在ではアリエルも頼りにしている最強クラスの勇者の一人。

 まあ、連絡は未だに取れないのだが……。


「オリヴィアさんとどっちが速いか気になるね」

「そうだねぇ。多分、お互い構えて戦ったらオリヴィアさんだろうけど、不意に出会ったら分からないってところかなぁ」


 オリヴィアは現在、ルークの知る限り最も速い勇者だ。

 それでも、通常の人と変わらない動体視力のルークでも、ギリギリ何かが動くのは見える。

 もう少し運動の得意なエレナは更にもう少し見えるらしい。

 見られたことすらないサンダルの速さは、不意に現れたとしてもオリヴィアを超えている可能性が高い。


「ルー君のことだし勘じゃないよね」

「うん、ランキングと噂と実際のオリヴィアさんの強さを考えると、だいたいそんな感じだと思うってだけだけどね」

「このランキングってそんな信用できる感じ?」


 紅茶をティーポットから注ぎながら、エレナは尋ねる。

 感覚としては確かに正しいと思うが、天才と呼ばれるルークの目にはこのランキングがどの様に写っているのかが気になった。


「うん、オリヴィアさんが一番は間違いないし、ライラさんが二番でナディアさんが三番も納得できる」


 ルークが言った所で、エレナは首をかしげる。


「なんでライラさんが二番でナディアさんが三番なの?」


 質問の意図はすぐに分かる。

 二人の実力は出会ってから今まで、全く同じだ。

 むしろ誰の目から見ても、戦いたくないのはライラよりもむしろナディアの方だと言うだろう。


「ああ、それはね、ナディアさんは全てを武器として利用するのに対して、ライラさんは武器を使えないから」

「…………?」


 答えたところで再び首をかしげる。


「そうだな、ライラさんは全力出す為にあえてハンデを科してるからね。彼女だけ素手なんだよ。しかも、場合によっては敵の素肌しか攻撃できない」

「……あー、なるほど。素手同士ならライラさんってことね」

「大体そんな感じ。多分武器を使っても勝敗は付かないだろうしね」


 ライラの持つ特殊な力は、徒手空拳に於いて最大限の力を発揮する。

 しかしかと言って、武器を扱えないわけではない。

 魔物相手には武器を使うメリットが無い為に普段は武器を使わないが、人が相手ならば武器を持とうが持たまいが大した差がない。

 そんな中であらゆる手段を使って勝ちに来るナディアに、どの様な対応をしても引き分けになるのだ。


 つまり、素手同士ならライラの方が強い。


 それはナディアが一番分かっているようで、ライラを倒すために武器を新調したこともあるくらいだ。

 とは言え、どれだけ本気で戦ってもライラもナディアを倒すことは出来ないらしい。

 だからこそ、二人は最高のライバルとしていつまでも張り合っている。

 まあその中身は、男絡みなのだが……。


「ふんふん、ってことは確かにこのランキングは凄いかも」

「そうそう、エリーちゃんを6位ってのも凄いよね。レインさんの一番弟子って情報は既に出てるはずなのに」

「確かにねー。ところで、私達は?」


 そこには勇者の名前しか載っておらず、魔法使いの二人は載っていない。

 今のところエリーにはきっちり勝ち越しているルークが載っていない辺り、エレナにとっては少しだけ不満だ。


「まあ、魔法使いは勇者と構造が違うからね。僕とエレナは名前も出てるのに魔法使いランキングは作られない辺り、難しいんだよ」

「先生だったら載ってたって考えると少しだけもやっとするね」

「ははは、仕方ないよ。最近は鍛錬した魔法使いの方が下手な勇者よりよっぽど強いって風潮だったし、調度良いんだよ。魔法使いに過度な期待をかけることを僕は推奨しないからね」


 魔法使いはパニックに陥ればただの人。

 ただの人ではない勇者と一緒にされるどころかそれ以上の期待をかけられることはいつか大事故に発展しかねない。

 だからこそ、基本的には勇者が前に出て魔法使いは後方支援が丁度いい。

 誰しもが認める最強の魔法使いであるルークの考えは、ずっと変わらない。


 なのでそれを分かっているエレナもこう答える。


「確かに、勇者と魔法使いの違い、先生の『魔法書』がみんなに行き渡りかけてる今が一番理解されてないかもね……」


 皮肉なことにその日の午前中ピンチに陥っていたキャラバンを救った所、護衛をしていた冒険者の勇者から嫌味を言われたことを思い出したのだった。

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