第五十三話:はあ、あの『魔女』は化け物ですよ
女戦士ウアカリでは、現在三人の戦士の話題で連日浮ついた様に祭りが繰り返されている。
かつての英雄ヴィクトリア、フィリオナの最小討伐人数五人を塗り替える、三人での巨大ドラゴン討伐に成功した戦士達を讃える祭りだ。
ドラゴンはサイズによって明確にその強さを変える。
大きな程質量は増し、鱗は分厚くその強度を増していく。
魔法の力もそれに比例する様に強くなり、基本的には長い時を生きることによって知能も増していく。
今回生まれた個体は生まれたばかりということもあって知能はそれほどでもなかったが、生まれた直後と言うには余りにも巨大だった。
その大きさは約80m、オリヴィアが個人で討伐したものが50mだとすると、その強さは二倍どころではない。
首を持ち帰った三人は、まず生存を喜ばれる前に、その首の大きさに驚愕された。そんな個体ならば、襲われれば国が滅んでもおかしくはない。それを三人で討伐するなどということは、数年前まであり得ないことだった。
みんなが喜びに満ち溢れる中、しかしそれでも、首長ナディアの顔色はそれ程優れなかった。
「はぁ」
飲めや歌えや国中が盛り上がってる中、ナディアは一応外には出ているものの、屋台の前に置かれたテーブルでお茶を片手に溜息を吐いている。
「全く、いつまで溜息吐いてるんだナディア」
クーリアはイリスと共に、そんなナディアを訪ねてくる。傍にマルスの姿はなく、姉妹で祭りを楽しんでいるらしい。
「私は恥ずかしいですよ」
はあとまた嘆息しながら、ナディアは言う。
「たかが80mのドラゴンを一人で倒せませんでした」
そもそもドラゴンは国単位で抵抗する相手だ。魔王ならば世界。
それをたった三人で討伐したという事は、歴史に残る大成果なはず。しかしそれを、ナディアは一人で倒そうとして失敗していた。
すぐにサポートに入ったイリスに治療され、三人体制となってからは比較的簡単に討伐出来たのだが、一人では及ばない。
一見余りにも傲慢な意見の様だが、その理由をクーリアもイリスもよく知っている。
「そうだな、私達もそうだが、鍛錬が足りないかもしれない」
クーリアもそれに同意する。
今のナディアに仕方ないと告げる事ほど酷なことはない。
「レインさんなら、15秒」
「そうだな」
「魔女サニィさんなら、2分位」
「……ああ、多分な」
「私は負け」
「ライラも一人では無理だろう」
「はあ、あの『魔女』は化け物ですよ」
本当のライバルの名前を出しても食いつかない程に落ち込んでいる。『魔女』の異名はお前だとツッコミを入れることはやめておいた方が良いだろう。
クーリアは頭をぽりぽりと掻きながら、何と言おうか考えたところで、イリスが前に出た。
「ナディアさん、落ち込むことはないですよ」
両手で拳を作って、ぐっと握り込みながら言う。
「なんでですか?ドラゴン位一人で倒せないとレインさんに並ぶには足りないじゃないですか」
お茶をずずずと吸いながら、ナディアは不機嫌そうに答える。励ましなど無意味だ。
聖女に勝てない現実は、ナディアがレインを手に入れられないのと同義。
彼女にとってはなんとか聖女を乗り越えることこそが、自分を納得させる方法だった。
しかし、それを分かっていて、あえてイリスは続ける。
今までは心の乱れこそあったものの順調だった為にあえて伝えなかったことがある。
「それはもっともな意見かもしれないです。でも、ナディアさんは一つ大事なことを忘れてますよ」
「なんです?」
聖女を超え、レインさん私を選んどけば良かったですねと自分を納得させたいナディアに、今までは言わなかった言葉。
言ってしまえば姉の様に成長を止めてしまう可能性があるからこそ言わなかったものの、今の心の乱れ方はそれに近い。いや、より深刻に見える。
この四年間彼女は何度も生死の狭間を彷徨いながら鍛錬を重ねてきたのだ。
かつてのレインの鍛錬の様に、毎日の様に限界を超える程に積み重ねてきたことを、ずっと一緒に居たイリスと、半分程一緒に居たクーリアはよく知っている。
これならば負けても仕方ないと思う程に、ナディアは自分をいじめ抜いてきたことを、よく知っている。
だからこそ一人でドラゴンを倒せなかった今、放っておけば、落ち込んだ気持ちを抉る様にドラゴン討伐凄いねーなどと無遠慮に戦士達に言われ、更に落ち込んでしまうかも知れない。
そうなれば、彼女を立ち直らせることはイリスにすら難しくなるかもしれない。
今そうなる位ならば、彼女が忘れている真実を伝えて成長を止めてしまった方が遥かに良い。
「ナディアさんは忘れてるかもしれないですけど、魔王討伐軍の前身、魔王討伐隊はレインさんが組織したものです。ナディアさんはその創立メンバー。つまり、ナディアさんはレインさんに選ばれてるんです」
強引な理論だとは思う。
しかし、イリスは確信していた。
ナディアはレインに狂っている。今までの行動パターンや発言を聞いた限り、これが通じるはず。
上手くいけば元気になって妄想に耽り始めるはずだ。上手くいかなくても、笑顔位は見せるはず。
そう思っての発言だったのだが、ナディアの反応は思っていたのと違った。
すっと立ち上がると、隣に置いていた武器を背中に背負い、腰に差し、歩き出そうとする。
「おい、どうしたんだナディア?」
「何を言ってるんですかクーリアさん、レインさんに選ばれた私がドラゴン程度に負けてちゃ話にならないですよ。修行してきます。あ、ちょっと首長辞めますね」
「ちょ、おい!」
「……」
そのまま止めるのも聞かず、ナディアは駆け出した。
既に酒を飲んでいるクーリアは咄嗟に反応出来ず、イリスは余りの効果に唖然としていた。ナディアは過去に、レインを落とす為の修行と言ってあっさりと仕事を辞めた経験があることを思い出す。
「……お姉ちゃん」
「なんだ?」
「もし帰ってこなったら首長、どうなるの?」
「そりゃ、次に強いイリスになるんだよ」
「えええええええええ!!?」
ウアカリ初、特に男好きと言うわけでもない小柄な首長が誕生したのは、その1ヶ月ほど跡のことだった。
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