第五十一話:そんなお二人に朗報ですよ。このウアカリが壊滅の危機だそうです。
場所は戻って、女戦士の国ウアカリ。
ここには国でただ一人だけ、特殊な力を持った戦士がいる。
現在では首長ナディアと共にしのぎを削っている、クーリアの妹イリスだ。
彼女はその特殊な力も相まって、誰よりも幅広い戦い方が出来るのが特徴だ。
鬼神と聖女の時代にはその力の影響もあって器用貧乏と悔しい思いをしたものだったが、今ではかつての首長クーリアをも超えて名実共にウアカリナンバー2として君臨している。
「ふう、我が妹ながら強くなったな」
ナディアとのわだかまりも解消した後、イリスと共に訓練していたクーリアは笑いながら言う。
昔はお姉ちゃんの後ろに付いて回っていた彼女が、たった一人で凄まじい戦闘能力を得たことが素直に誇らしい。
「ふふ、頑張ったよ。私はきっと、英雄候補でアリエル王女の次に倒れちゃいけない人間だって自覚してるから」
褒められたことが少しだけ恥ずかしそうに、しかし胸を張ってイリスは答える。
彼女のその特殊な力は、聖女に程近い。
世界に満ちるマナに語りかけ、その力を分け与えてもらう。人の本質に語りかけ、その精神を整える。
つまり、魔法の様な力が使える戦士だ。
勇者の体内にはマナが練り込まれており、魔法使いにはマナを溜め込む機関が備わっている。そこに異常が発生した場合に、彼女はそれを整えることが出来る。
それは世界に満ちるマナにも同様だ。
但し、その対象は『聖女の書』に書かれている【陽のマナ】に限られる。
彼女さえ生きていれば、場合によっては瀕死の人を治療出来る上、精神に異常をきたしても整えることが出来る。
その上で魔法使いと違い、不意を突かれても勇者でウアカリの戦士だ。そう簡単に死ぬこともない。
更には呪文さえ唱えれば攻撃的な超常現象を引き起こすことも出来る。
つまり、現在の彼女はルークとオリヴィアを足して二で割った様な万能性を持つ。
もちろん、なんでも出来るという事はそれだけ複雑だ。流石に魔法事象ではルークに敵わないし、近接戦闘でオリヴィアに敵うべくもない。
しかし出来ることを、自分自身の役割を突き詰めた彼女は、その器用貧乏と言われた欠点を見事に克服して万能と言われるまでに成長した。
今では『聖女サニィ』を継ぐ一人、『聖戦士イリス』等と呼ばれている。
「そうだな。流石はアタシの妹だ」
「ふふふ、もう私もお姉ちゃんには負けないよ。もちろんナディアさんとは違う理由だけどね」
理由は違えど三者三様、負けられない理由がある。
その中でも一人その理由が弱かったイリスも、姉を乗り越え今や立派な戦士だ。
今姉に再び抜かれてしまったら、自分はきっとそこで再び姉に甘えてしまう。たったそれだけの理由だけれど、それがイリスが負けられない理由。
姉の幸せの為にも、負けられない。
イリスが強くなった理由は、結局のところたったそれだけ。
「おはようございます。今日も早くから鍛錬とは精が出ますね」
いつもの広場で鍛錬を続ける二人の下に、首長ナディアがやってくる。
中々気分が良さそうに、少しのステップを踏みながら。
「ああ、お前に負けたままはやっぱり悔しいからな」
「私ももっと強くならないと。目標はライラさんです」
二人もそんなナディアに応える様に言う。
「そんなお二人に朗報ですよ。このウアカリが壊滅の危機だそうです。大きいドラゴンが一匹、生まれたみたいです」
そんなことを相変わらず嬉しそうに、ナディアは言う。
ウアカリにドラゴンといえば、過去の伝説だ。
かつて魔王を倒した二人の英雄、ヴィクトリアとフィリオナというウアカリの双子戦士が五人でドラゴンを討伐したというのが、レインが現れる前の最少人数記録。
それは正に、ヴィクトリアの再来と呼ばれるクーリアの為の試練だ。
「よし、三人でそいつを倒そう」
「ええ、そのつもりです。もし私達が負けたら私達の故郷は壊滅。楽しいですね」
「楽しくはないですよナディアさん、責任重大ですよ……」
イリスの少し冷めたツッコミに、ナディアは尚も少し気分良さげに返す。
「大丈夫。アルカナウィンドのライラがデーモンロードを一人で倒したじゃないですか。と言うことは私はドラゴンを倒さなければならないのです」
結局何が大丈夫なのかは分からないが、ナディアの実力は本物だ。
ライラとナディアは57戦57分け。世界最大の大国アルカナウィンドの最終兵器と同等の強さを持つ彼女がそう言うということは、それはほぼ勝利に等しい。
レインに本気の執着を見せる感情的な彼女だが、戦闘に関してだけは世界の誰よりも冷静だ。冷徹とも言える。そんな彼女が大丈夫だと言うのであれば、きっと大丈夫なのだろう。
そうして三人は、ドラゴンの生まれたらしき地へと向かう。
半分は故郷を守る為、半分は自分の誇りの為、ウアカリの三戦士は他の戦士達に見送られながら、死地へと旅立つ。
――。
南極の大陸、そこには今一人の魔法使いが来ていた。
尾は九本、人の姿を一旦止め、最も楽に魔法を使える形で歩く。
背にはリュックを背追い、その中には『聖女の魔法書』を大切にしまっている。
「これがペンギン、変わった生き物。聖女が動物好きと言うのも、これを見ると少し分かる。そして、妾の予想が正しければ、ここにアレがあるはず……」
九尾の妖狐に怯える様子もなく近づいてくるペンギン達を見ながら、確認する様に呟いて狐は進む。
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