第18話:百の羆と戦う感覚で

 「ねぇレインさん、正直な話、私の今の強さってどの程度なんですか?」


 サニィはふと気になったことを訪ねる。

 レインが相手だと、多少成長した所で、全く意味がない様に感じてしまう。

 相手は人外の中の人外だと分かっていても、実戦経験など一度もないのだから不安なのだ。


 「そうだな。確かに俺が相手ではモチベーションも持たないかもしれない。お前みたいに無限のマナを持っている以上、自分が強いと思い込むことも重要なことだしな」

 「レインさんはおかしいってのも分かってはいるんですけどね……」

 「それは仕方ない。俺は魔王も倒すつもりだったんだから、圧倒的じゃなけりゃ話にならん。

さて、サニィの強さだけど、現状ではオーガの群れ100匹分くらいかな」

 「え……?」

 「思ったより弱かったか? しかし気にすることは無い。お前はこれからどんどん強くなる。何せ――」

 「い、いや、ちょっと待ってください。オーガ100匹分?」


 サニィが困惑するのも無理は無い。オーガは一撃で人の脳漿をぶちまける膂力と3mを超える体躯を持った人食い鬼だ。

 お母さんとお父さんが二人揃っても、100匹なんて纏めて相手に出来るわけがない。

 個々に撃破していくのなら二人なら楽勝だろうけど、群れは無理だ。

 それを一人で倒せるってのは完全な化け物。

 ……今の私がそんな化け物レベル?

 いや、聞き間違いだろうとサニィは若干のパニックを起こす。


 「ああ、お前の切断魔法はかなり優秀だ。今でも一撃で7mも地面を切り裂けるんだ。

 そして防御魔法も強いぞ。何気にそこらの岩なんか粉々になるくらいの力で締め付けてくるからな。

 それに雷。あれ、事前に心臓を避けて受けなきゃ死んでるからな? 確実に心臓を狙ってくるものだから、絶対に人に向けるなよ?

 ま、結果的に、冷静に魔法を連発すれば俺の予想じゃ、大体97匹辺りで相討ちと言った所だろうな」

 「えーと、ゴブリン97匹ってことですよね?」


 ゴブリンは最も弱いモンスターだ。10歳の子供程度。それでも97匹が殺そうと襲い掛かってきたのと相討ちなら十分強いだろう。

 うん。そう納得してみるものの。


 「いいや、オーガだ。3mの体躯のアレだ。ゴブリンなんかお前が疲れて動けなくなるまでいくらでも倒せるだろ」

 「え、えーと、ちなみにレインさんはオーガ換算で言うと?」 

 「俺は地上の全てがオーガで埋め尽くされても負けん」

 「で、ですよねー」


 ついつい気になって聞いてみたものの、自分の強さの想像が全くつかない。

 ただの一匹にすら負けたのにいきなり100匹近くと同じ位と言われても、そんなわけないだろうと思ってしまう。

 きっとレインは事実を言っているんだろう。しかし、想像がつかない以上は戦ったらやっぱり97匹までは行かないんだろうなぁ。ポジティブに考えて40匹だって思っておこう。

 そんなサニィの考えていることを見抜いたのかレインは「まあジャングルまで行けば分かるさ」そんな風に苦笑する。


 「ま、ともかくサニィにはもう少し自信をつけて貰いたいところだ。……そうだな、例えばお前がどんなミスをしようが俺が必ずフォローする。それを理解するだけでも少しは楽になるものだろう?」

 「い、いやぁー……。あの、レインさんが今まで私にしてきたこと分かってます? レインさんのフォローって言われてもそれが怖いんですけど……」


 「それはおかしいな。傷一つ付けてないはずだが」言いながら首を傾げるレインはやはり天然と言うやつのようだ。少しばかり微笑ましい。

 サニィはそんなレインを見て苦笑すると、「今日の夜はなんの訓練をしますか?」と問い、花を咲かせる。最近の夜の訓練は彼女にとって新しい発見の場だ。比較対象がおかしいだけで、あれは確かに力になっているのを感じるもの。

 しかしレインはこう告げる。


 「今日は休みにしようと思う」

 「え? なんでですか?」

 「毎日30km程歩きながら訓練を続けてるんだ。体もしんどいだろう?」

 「え? ……全然ですけど…………」


 そういえば、レインと訓練をしている最中は非常に疲れる。ついていけない感じがする。

 でも、歩きながら最大規模の花を咲かせるいつもの移動訓練は、言われてみれば全く疲れていない。

 気づかないうちに肉体強化の魔法でも使っていたんだろうか?

 でも、それなら杖を通してマナが動くはず。そんな気配もしなかったけれど……。

 サニィが起こっていることに考えを巡らせていると、レインはこちらを見る。しかし、何も掴めるものはない様だ。


 「俺の力じゃさっぱり分からんな。少しばかり疑問も出てきたが、それはまあ置いておこう。それじゃ、今日の訓練は近接格闘術だ。お前はやはりまずは護身を極めたほうが良い。オーガに負けた思い出がお前自身の強さを否定している」

 「了解です!」


  ――。


 「はぁ、……はあ。やっぱりスパルタ……」


 いつもの様に夕飯を終え、訓練を終えると、サニィは地面にべったりと尻を着き、ふにゃりと崩折れながらそんなことを呟く。

 本日の訓練、レイン式魔法使い用近接格闘術は、杖と魔法を用いた護身術だ。

 魔法を織り交ぜながら杖を使って防御と攻撃をする自衛手段。そもそも魔法使いは咄嗟の出来事に弱いため、多少の護身術は習うのだが、あまり実践で的なものではない。

 その為サニィも急に威圧されると「ひぃっ」と縮こまってしまうのである。

 今回は少なくともそれを取り除く為の訓練だったが、サニィは筋が良かった。

 それでつい面白くなったレインが、いつもながらやりすぎてしまったと言う訳だ。


 「すまない。今日はここまでハードにやるつもりはなかった……」

 「まあ、良いです。何か掴めたし。……ちなみにあの攻めはオーガ何匹分くらいですか?」

 「あれは……270……」


 相変わらず規模がおかしい。

 そんな風に突っ込みたいものの、何かもうどうでも良いや。成長できてるのは分かってるし。

 サニィはこの日を境に、何か少し吹っ切れた。


 残り【1814→1813日】

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