第17話:少女は強さの根源を見つめる

 「戦闘訓練って具体的には何をやるんですか?」


 朝、再び歩き出した二人は相変わらず青い道を作りながら、街に向けて進む。

 魔法を扱う訓練は順調。すでに花の道は殆ど自然と作られるまでになっている。

 サニィに足りないものは咄嗟の対応力と経験、そして相手を倒すイメージだ。

 何故か倒すイメージはレインにはきっちりと向けられているが、それがどんな相手にも出来るとは限らない。

 ならば一先ずはある意味で暴力を振るっても許されるとサニィ自身が考えているレインを相手に戦うのが大きな経験となるだろう。

 今まではレインは常にサニィに対しては一定の笑みを崩さずに向かい合ってきた。しかし、それがただ少し真面目な顔をするだけでかかるプレッシャーは尋常なものでは無くなる。

 最初はその空気を経験することにする。


 「だから、俺は一切何もしない。お前に向かって少々の防御をしながらゆっくり歩くだけ。それを止めてみせよ、ってのが戦闘訓練第一だ。安心しろ。殺気も発さなければ、傷つけることなど有り得ない」

 「レインさんの守るとか、何もしないとか、正直嫌な予感しかしないんですけど……。ちなみに殺気を発するとどうなるんですか?」

 「お前は確実に漏らす」

 「……」

 「お前は確実に漏らす」

 「2回も言わなくて良いですから! この変態! 良いでしょう! 殺ってやりますよ!!」


 サニィの覚悟が完了したのを見ると、レインは150m程離れ、それまで湛えていた優しさを解く。笑みを止める。たったそれだけで、場の空気が凍りつくのをサニィは感じた。

 これで殺気を発してすらいない? ただ真顔になっただけ? 確かに殺されそうな感じはしないけれど、私は何を相手にしているの?

 私は、ロッククライミングにでも挑戦しようとしてたっけ?


 確かに、これならレインの言っていたことは事実だ。もし殺気を放たれたら……。

 冷や汗がサニィの頬を伝うのと同時、巨大な圧力が前方から迫り始めた。時速4kmほど。確かにゆっくりとした歩きだ。サニィの元にたどり着くまで3分弱。


 (どうしよう、何をすればあれを止められる? 圧力で押し返す? いや、そんなの想像がつかない。じゃあ、昨日の様に植物で、いや、あれも平然と防がれたはず。どうしよう、どうしよう……)


 そんなことを考えている間にも、【それ】はどんどん近づいてくる。

 何も思い浮かばない。何故か、アレの方向に花は咲くけど。

 咄嗟にその派生、植物の魔法で止めようとしてみるものの、やはりあれを止められるイメージは出来ない。

 か、雷? でも、それも昨日みたいに避けられる……?


 一昨日覚えた刃の魔法を繰り出しても、それすらいとも簡単に止められる。

 そして【それ】はついにサニィの目の前まで辿り着くと、右手をあげる。

 「ひ、ひぃ!」思わず目を瞑って縮こまると、それまでの圧力はふっと消え、代わりに頭の上に優しく何かが置かれる。

 思わず涙を流しながら見上げると、そこには藍色の瞳の青年が全身を蔦に巻かれながらも、いつもの笑みをたたえてサニィを見下ろしていた。


 「さて、今のが実戦に少しだけ近い空気ってやつだが、どうだった?」

 「う……、ちょっと、怖かったです。何も出来ませんでした」

 「そうだな。魔法の出力も昨日までより遥かに低かった。勝てないとイメージしてしまうとこうなる。ただ、最後は無意識に俺を蔦で抑えようとしてたな。それは合格だ」

 「……あんまり嬉しくはないですけど。でも毎日やってください。私、強くなりますから」

 「ああ、毎日頭を撫でてやろう」

 「違います。と言うか何もしないって言っといて頭を撫でるなんてやっぱり嘘吐きじゃないですか!

 ……でも、情けなかった私への罰と言うことで今日は許してあげます」


 「まあ、頭を撫でられたくなければ俺を止めてみせることだ」そんなことを言いながら歩き出すレインに付いて、再びサニィは青い花を咲かせる。

 この訓練は自然と防御の訓練へと繋がっている。それは確かに認められた。

 ならば、無意識にレインをも抑えられるような植物を咲かせられるまではこれを続けよう。

 どっちにしろ今は、マナの心配をしなくても良いんだし。

 サニィはほんの少しだけ掴んだことを、しっかりと心の中で復習していた。


 レインはサニィに無理をさせない。させてもほんの一時だけ。

 今日の緊張感に慣れてしまえば実戦で驕りが出てしまい、それは失敗を招く。

 圧力で殆どの魔物は今日のレインに劣るのだ。

 だから一日の戦闘訓練は一回だけ。それを彼女も分かっていた。

 努力は量ではなく質が重要だ。

 「時間がないから効率的に行こう」

 再びそう言うレインを見て、サニィは少しばかり強くなるイメージが掴めた気がした。

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