第8話 生命とは捕食すること

瞑った瞳を開くと痛みを感じない、私の目は開くことができたのだ

真っ先に映ったのは何もない無地の空間と四角い部屋のような密室

目の前にブロンドでポニーテールの色気のあるドレスを着た女性が立っていた


「あなたは…?」


紅く透明感のあるリップから女は発声した。


「私はバーガンディ、ここはあなたの意識の中。

ここであなたは一年間訓練するわ」

「一年間…!

けどそんな時間どうやって…」

言葉を詰まらせた私に大人の女性は口を出した



「あなたにその素質があるか見極めるわ。

それとこの世界では一年間でも現実では数分間よ。

言ったでしょう?ここはあなたの意識の中」

そういって彼女は朱い刃のダガーを手渡した

私はとぼけたような顔をして理解が及ばずにいた。


「全力で、私を殺してみなさい」

両腕を広げ女は両手にダガーを携えていた。



「でも…そんなのことはできないわ」

「一ついいかしら?

この世界では生きていくために力がなくてはならない。

力ないものは捕食され、命や大切なものを失うのよ。

それはあなたもそうだったはず

来なさい、私を仇だと思うの」


私の中で良心が働いていた

それはためこんだ怒りや、心の傷を見せることを恐れ

自分の中にある心を抑制していたのだろう

私は真っ赤なダガーを構えて、駆け足で間合いを詰めた

真っ白な部屋の中、二人に緊張が走った


瞬間、私は先手を打った

相手の胸を定めて勢いよく突きを繰り出した

しかし彼女は両手のダガーで弾いた

直後、反動を受けた私の右手は斜め左に下がった

ふと気づくと背筋がひやりとした

私の首元にダガーが突きつけられていたからである


「やはりまだ早いわね。

いいわ、残すところあと三百六十四日。

あなたが私を心から追い出せるか勝負よ」


それから気の遠くなるような時間、私たちは戦った

幾度となくダガーを振り回すが、かすれることもなくバーガンディに触れることはなかった


「はぁ…はぁ…どうしたらいいの…?」


実際に体を動かすわけではないからか疲れるという感覚はなかった

しかし、一向に先が見えない虚無感と自分の弱さに心が折れそうになる

半年が過ぎるころ、私の中である感情が芽生え始めた

徐々に私の心の位置が動き、形作る精神はストレスという重石に潰され変形し始めていた


「どうしたのかしら?

道化師はあなたを殺す価値もない人間と思い、

あなたが何もできなかったから弟や両親を失ったのよ?」


「…ッ!」

心臓が脈打つ鼓動が増した

胸をえぐられた思いがはだけてむき出しの憎しみが、私の中身を支配した

痛み悲しみ虚無感と怒り憎悪、そうその復讐心は一時の感情を占めて

精神の色を変えた



女は意味を含めて発言した

「あなたが弱いからよ」


その時すべての感情が逆流した

心が喰らう感情を洗いざらい吐き出した

私の内部のもうひとつの人格は姿を見せた


「うるせえよ!」

私はずっと振り回していた短刀を突き出した

しかし、彼女のダガーで受け身をとる


「あんたになにがわかるんだよ!

失ったものの苦しみや心の傷を!

それがわかるってのかよ!」

私は詰め込んだものを無理やりぶつけた。

失ったはずの目で私は涙した


つばぜり合いをしながら二人は左に足を運ぶ

それは俊敏な動きで私は間合いを引き、手を下げ後ろに下がった

バーガンディはそこだと前へ足を出した


瞬く間に私は刃を前にして踏み込んだ

油断した大人の女性は胸にそれは埋まった

紅く滴る雫が一滴一滴とこぼれるとグラスを逆さにして落ちる赤ワインのように

傷口から溢れた


「私の負けよ。

あなたはあなたの心を騙して見せた

ここはあなたの心の中、思うことはすべてわかるわ

それでも自分自身を騙すこと、それができることをわかりたかったのよ」


私は咄嗟に理解した、自分自身を騙し彼らとともに戦う人間になるということを

そのために修行を課して適任か見抜いたのだろうと


「あなたはこれから組織として生き、時には人を殺すことになるわ

そのときあなたはあなたのことを騙すの

もう一つの心を失ったときあなたは不必要な人間になる」



「それと、これだけは忘れないで、あなたはあなたの目で見たことを信じなさい

全てが正しいと思わないことよ?

一人前のレディになったら、その時はまた会いましょう」


ニコッと笑ったドレスの似合う女性は砂のような粒子になって消えた

それは風に吹かれ、目の前に真っ白な部屋だけが残る

徐々に明かりは消えていき気づけば辺りは暗くなっていて意識もなかった

私の中の殺人意識それは恐ろしくも、私ではあるのだ

確かに心の中で拡大していることが、憎悪が巣くうのが理解できた


遠くない未来目が覚めれば、私は初めて人を殺す時が来るだろう


でもそれはまた別の話。

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