歴史教師と時空の落とし穴(14)

千馬章吾

14

 ここは、山の上のようだ。しかし、どこの山なのかは分からない。前方すぐそこには崖があり、そして振り返ると背後は森が広がっていた。

「また別の場所…。何とか助かったみたい…ね。そしてここは山中(さんちゅう)か。頂上ではないよね。でもどこかしら。日本なのは間違い無い、とは思うけれど……。あ、あれはもしや……?」

 頂上ではなくとも頂上に近いようだ。故に眺めが良い。山も多いが、山を挟めばそこには平野が広がっている。向こうの方に変わった形の物が見えたので、望遠鏡をバッグから取り出して見てみる。

「鍵穴みたいな形…あ!そうだ!あああれは、『前方後円墳』だわ!こんな所で見れるなんて!」

 そう。ここから見えたのは、広野部に広がる、前方後円墳だったのだ。古墳時代では最盛期とも呼ばれ、古墳時代中期に建てられた巨大円墳だった。

 そこで暦は、またも参考書を出して確認してみる。

(前方後円墳……四世紀末から五世紀に掛けて造られた古墳。内部には竪穴式石室と横穴式石室の両方があって、副葬品は…土師器に須恵器、甲冑(かっちゅう)、剣、馬具などの武具か。それから、人や動物などの形をした、形象埴輪があった筈ね。あれは日本列島の平野部に建てられた古墳ね。現代でも有名な古墳の一つね。巨大だし。)

「ふうわああぁぁ~~。」

暦は、大きく欠伸をしながら背伸びをして、両手を思い切り上へ伸ばす。大きく手伸びをしたのだった。そしてこう思った。

(ここからの方が全体がよく見れるし、すぐ近くだとまた入りたくなって仕様が無くなっちゃいそうだし。仮にも歴史教師である私なら、つい興味津津になっちゃうしね。でも、次こそ捕まれば殺されちゃうかも知れないし…………つまり位置がここで丁度良かったかな、と。ああそれにしても、平成時代なんかよりは、ずっとずっと空気も美味しくて気持ち良いなあ。きっとまだ古墳時代に違いないわ。)

 そしてこの時、暦は他についても思い出したのだった。

 埼玉県には、稲荷山古墳があり、福岡県には岩戸山古墳がある事も。稲荷山古墳も、中期に建てられた古墳で、この頃は大和政権の勢力が東国地方にまで及んでいた。江戸船山古墳出土太刀銘文と共に、漢字の使用例の早い遺物だったと言う。岩戸山古墳の方は、後期に建てられた古墳で、五二七年、筑紫国造の磐井が大和政権の新羅征討を阻む為、古墳最大の内乱を起こした。これは「磐井の乱」と言う。石人・石馬で知られるその古墳は、その磐井の墓とされる。

 ここで暦は、勿論バッグは肩に掛けたまま、三角座りをして涼み始めた。目を瞑ってじっと耳を澄ませると、小鳥の囀(さえず)りが聞こえて来た。

「ふう、いい気持ち。さっきの荒野よりは涼しくて良いわね。古墳の内部にも負けてないかな。でも古墳の中は、涼しくても、ちょっと臭うわよね…………。」

「ウウーーッ。」

「え?」

 その時、何かが聞こえた。獣の唸り声だ。恐(おそ)る恐る背後を振り返る。

「キャッ!そんな!ただの犬…じゃないわよね…。」

 見れば、そこにいたのは、毛並みは黄土色に近い色、形は柴犬と似ていたが、身体は柴犬にしては大き過ぎると思ったのだ。でもドーベルマンやグレート・デンでもないようだ。ドーベルマン程大きくもない。しかし目付きも牙も異様に鋭く、涎を垂らしている。そしてウウー、ウウーと唸り続けているのだ。

「ウウォウウゥゥゥ…………。」

「きゃ…もしかして…狼!?…それとも、狂犬病にでも罹った野犬かしら!?ううん。これはやっぱり狼かも。きっとそうだわ。この時代は、やっぱり日本にも沢山いたのね。絶対、これは現代じゃないでしょうし…………。と、兎に角、狼とかじゃ洒落になんないわね!!」

 暦は逃げようにも、前方は崖だったので逃げようがなかった。

(もしかして、私、こんな所で食べられちゃう運命なの?!……でも食べられて死ぬのは、絶対嫌だわ!助けて。ワープ出来ないかな?嗚呼、どうしよう。後ろが狼、前が高い崖、挟み撃ちだわ。八方美人…でも何でもないそれなりの美人だけど、そんな私が、こ、こ、こんなところで八方塞がりなんて!)

「あっ!池だわ!」

見ると、崖の下にはそこそこの大きさの池があった。

「一か八か…飛び込もうかしら。そこそこ深ければ助かるかも…食われるよりマシね。」

「ウワアアオオォォゥゥーーッッ!!」

狼は突進して来た。

「エエイッッ!!」

暦は、直後に池目掛けて思いっ切り崖を飛び降りた。真っ逆様に落ちる、落ちる…………。

「やった。池に向かって真っ直ぐね。この際、びしょ濡れになっても良いわ。助かればね。」

 暦の頭部が水に触れる直前だった。またどんよりした感覚に捉われたのは。

(あら、頭の天辺ぐらいしか濡れずに済んだみたいね。良かった。ふうう。一時はどうなる事かと思ったな。)



気が付けば、今度は海岸だ!そしてすぐ傍にまた古墳だ!

(うわあ!また古墳ね!次は、ごく普通の円墳かしら?いや、ごく普通って言っても、この時代じゃ電動の機械も何も無い故、人手で造るからやっぱりとても大変よね。一つ造るのに百年は掛かってるしね。この頃は、もしかして形成期とも言われる、古墳時代の前期……かな?……じゃあ三世紀から四世紀の終わりまでよね。後程、前方後円墳も造られるわね。あ、と言う事は、…………やだあ、また過去に降りちゃったのね。)

「もう中に入るのはやめておこうかな。次こそ捕まるかも知れないし。捕まれば逃げ場は無いから、そのままワープもタイムスリップも出来なければ命の保証は無いし。それから、狼とか猛獣にも気を付けないといけないなあ。日本の狼は明治時代には滅んだけど、この時代じゃもう大昔だもんね。うようよいて可笑しくないわね、と。」

とまたぶつぶつ言ってしまうのだった。好きで声に出している訳ではないのだが。

 このまま紀元前まで遡れば、元の時代に帰れるだろうか、と暦は思ったのだった。勝手に時間旅行を楽しみつつも、不安、恐怖も釣られるように募って行くばかりだ。

(さて、参考書でも開いて、と。もう古墳の中には入らなくて良いわね。どうせ現場まで来ちゃってるし、十分よね。ここは本の資料を見て照らし合わせるだけで我慢、我慢、と。)

 参考書に書かれていた通りのようだった。近畿・瀬戸内海沿岸の円墳、竪穴式石室、副葬品は、土師器(どじき)、鏡、玉、碧玉(へきぎょく)などの呪術的宝器が共に埋葬、か。それと、円筒埴輪があるのね。

「ふう、納得、納得。と。ん?うわああああああ!!つ、津波!!と思ったら、あら!あら!また時空間――っっ!?!?でも、これまでのよりもずっと大きいわね……………………。」

津波が来たのだが、暦に向かって来る津波の表面は、波頭から下まで全体的にずっとまた可笑しな青黒い色に変わり、そのまま暦を飲み込んだ。

(やっぱり、苦しくない…ああ良かった。あの津波には、水には呑まれる訳じゃないみたい。でも、またワープ、そう、時空転移するのね。溺れるよりはマシかも。でも、今度はどこかなぁ………??余程変な所にさえ着かなければまだ良いけれど。狼や虎や熊の巣の近くじゃ絶対嫌ね。いや、そうなればもうあっと言う間に絶体絶命かも。死んじゃったらもう帰れないだろうし……。嗚呼。くわばらくわばら、だわ…………………………。)

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