人生最高の景色とは

@92kamyu

第1話

五月


大雨

PM18:30

(なんでだ、なんでだよ。こんな事になるなんて…)

東京都大田区の駅から5分のはずれにある居酒屋 庄や。

「いらっしゃいませー!お待ちしておりました!80名でご予約の宇津木様ですね。」

毎年5月となると居酒屋は歓迎会シーズンも終え客足が遠のいていくのだが、今年は遅れた歓迎会という事で小学校の歓迎会が行われたのである。

「では脱ぎっぱなしでお願いします!」

続々教員と思しき人達がゾロゾロと入ってくる。まあ歓迎会のお決まりとして、歓迎される新人は校長やら教頭といった重役に押し付けられ、中堅の学年主任あたりがわんさか呑んで盛り上がるものである。

都内の清光学院大学に通う3年生の羽田 結人は基本的に働きたくないのだ。一行を宴会場に案内した羽田は厨房前の通りでぼやく。

「なんで五月のこんな大雨に80名なんて予約入ってるんすか〜」

この店の店長 佐田は答える。

「小学校で保護者からクレームがあったみたいでその対応で歓迎会が遅れたんだとよ。」

小学校で盗難事件があったらしく、保護者の説明会などに手間取っていてそれどころではなかったのだ。兎にも角にもトラブルが終結したということもあってかかなりの賑わっていた。

うちの居酒屋では20名以上の宴会の場合は10%OFFになる代わりに、瓶ビールがファーストオーダーとなる決まりがある。この小学校もこれが目当てで来たのだった。

「まあ、俺はさっさと帰ってくれるなら何名でもいいけどな。」

佐田は付け足して返す。

何を隠そう10%OFFのサービスを考えたのも店長なのである。これは客引き目的もあるが、何より佐田店長がオーダーを取るのが非常に面倒になるからという裏の目的があったからだ。それもこれも案外好評で正式に採用となったので結果オーライなんだろう。

そして時間が経ち時刻は20:30になりラストオーダーも出し終わり、新規のお客さんも来る気配がなくなった頃に入り口のドアが開いた。

「いらっしゃいませー!!」

反射的に羽田は言っていた。もはや職業病である。

入り口に立っていたのは1人の女性のである。おもむろに口を開いた。

「あのーバイトの石川です。」

「は?」

羽田は体感で10秒ほど止まった気がした。すぐに後ろから佐田店長が声をかけた。

「今日からの石川……」

「夏帆です!石川 夏帆です!よろしくお願いします!!」

深々と頭を下げた石川は視界に佐田店長と羽田を据えてこう言われた。

「んー…次回から裏口から来てね。」

苦笑いしながら佐田店長が言う。

石川は今までの落ち着きがペットボトルから水が流れていくようになくなっていく。

「あっ、、……すいませぇん!!次回から気をつけます!!」

「じゃあ更衣室で制服に着替えて、厨房の方に来てねー」

佐田は気楽な口調で言う。

石川は一目散に更衣室に向かって行った。

ところで羽田はというとずっと呆気にとられていた。まるで鳩が豆鉄砲をくらったように突っ立っていた。

「おい、突っ立ってないで空いたグラス下げて来い!もう宇津木さんのとこしかいないし、それになにより…早く帰らせたいから!」

「いや、、、新人さん来るなら言ってくださいよ〜。」

「あれ?言ってなかったっけ??まあ、あれだよ。仕事に慣れてもらうために最後の片付けだけ呼んだんだよ。」

佐田がとぼけた風に答え、羽田はもーと言いながらそそくさグラスを片づけに行った。

80名という嵐のようなお客たちも満足げな笑みを浮かべて、会計を済ませ、何人か靴を履き間違えたようだがなんとか帰って行った。



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