第5話 綾子
「あんた、よくここにいるわよね?やっぱり頭おかしいの?」
綾子は私の顔を見るなり、喧嘩腰に私に向かって言い放った。
「あなたのお陰で、今日はお店に出られています。」
私は綾子にこんな事は絶対に言いたくないのだけれでも、念のために言う。
「はぁ?」
綾子は片眉を吊り上げて私の顔を睨み付ける。
「あなたとお話したら、元気が出てきたのでお店にこれたからお礼を言いたかったのです。」
綾子は私から視線を逸らすと、黙ってテーブルを拭きに行った。
私の頭はまだくらくらし、肩の疲労感はまるでとれず錘を抱え込んでる感じがする。
気力だけで立っているのがやっとなんだけれども、メイド服を着てお店に立っていれば大体の事は乗り切れる自信はある。
「綾子さん」
私は綾子に近づき声をかける。
彼女は返事をせず、無言でテーブルを拭き続けている。
「私、オーナーの女じゃありませんから」
私は彼女から出た発言を否定する。
彼女がどういういきさつで、そう考えたのかはわからないけれどもちゃんと言っておかないとこれから、色々と話が進んでいきそうにないはず。
「どうでもいい」
「え?」
私は彼女の声が小さかったため、思わず聞き返してしまう。
「どうでもいっていってんの!うざいんだよ!ゴキブリ!」
彼女の返事を聞き、私の頭に血が上る。
ここで私も、声を荒げて言い返すだけでは何も解決しない。
私はぐっと奥歯を噛みしめる。
「もう少し、お話しませんか?私の何がいけないのか、教えてほしいの」
綾子は答えない。
彼女はテーブルを拭き続ける。
「あなたの立場もわかる。いきなり訳のわからない新人がやってきて、我が物顔で好き勝手やったら誰だって怒るのは当たり前だもの」
これは私の本心だ。
このお店に来るきっかけであるオーナーと出会った時、私は本当にボロボロだった。
お店に来た時、綾子たちが楽しそうにメイドをしているのがとても羨ましかった。
私は覚悟を決めて綾子に許しを請う。
「綾子さん、あなた達の事がとても羨ましかった。だから」
私は言葉に詰まる。自分で思う以上に抵抗が強い。
「だからなに?」
綾子がようやく返事をする。
「生意気なこと言って申し訳ありませんでした。どうか私を皆さんの、メイド仲間として入れてほしいの」
私は深々と頭を下げる。
「勝手にしなさいよ。どうせ私が嫌がってもオーナーにたのむんでしょ?」
綾子は吐き捨てるように言う。
「私は決してあの人に頼んだりはしません。それでは意味がないから」
彼女たちが私を徹底的に嫌っているのを私はようやく素直に認められた。
残念な事にこうなれるまでには時間がかかり過ぎた。
彼女たちが私を受け入れてくれるようになるのは決して簡単な事ではない事はよくわかってる。
私はこれから彼女たちの事を知っていくことから始めたい。
「私はあんたの事なんか絶対認めないから」
綾子は私を睨み付ける。
「いますぐ仲間に入れてほしいなんて思ってないわ。私はあたなの、綾子さんの事が知りたいの」
「心にも無い事平気で言えるんだね。さすがオーナーの女ね」
綾子は冷ややかな笑みを私に見せる。
「綾子さん、それはあなたの誤解です」
「女を使って、仕事もらった卑怯者に何で私の事を話さなきゃなんないわけ?」
私は言葉に詰まる。
私は綾子と視線を合わせ続ける。
カランコロン
誰かが店内に入ってきたようだ。
先輩メイドの誰かが声をかけると、小さな男の子の声が聞こえる。
男の子は私と綾子の前に割って入って来るなり、綾子に抱きついた。
「お姉ちゃん、お腹すいた!」
綾子は当惑しながら、しゃがみ込みかわいい来客に目線を合わせる。
「圭太、どうしてここに居るの!お店に来ちゃダメだっていつも言ってるでしょ!」
圭太はランドセルを背負い、短パンに運動靴、学校指定の上着を着ていた。
「だって、お腹すいたもん」
「綾子さん、良かったらその子と一緒に厨房で休憩を取られてきては如何ですか。綾子さん、ずっと休憩していないですよね」
私は一先ず綾子との会話を諦めて、お腹を空かしている目の前の男の子が気になった。
「あんたには関係ないでしょ?引っ込んでなさいよ!」
綾子は私を睨む。
「お姉ちゃん、あの人と喧嘩しているの?」
圭太が綾子に言う。
困ったような顔をする綾子
「圭太には関係ない。あんたは心配しなくていい」
綾子は圭太に微笑みかける
「あの人も、ママみたいにお姉ちゃんの事嫌いなの?」
不安な顔をする圭太。
「圭太、ママの話はしないって約束でしょ?」
綾子は厳しい顔を圭太に見せる。
「やだ!僕ママに会いたいもん!」
圭太は大声で泣きだした。
綾子は圭太を抱きしめる。
圭太は綾子の胸の中で嗚咽を漏らしていた。
私は黙ってみている事しか出来なかった自分が腹立たしくなった。
私は綾子の前で正座をし、深々と三つ指をついて頭を下げた。
「綾子さん、どうかその子と一緒に厨房で休憩を取ってきてください。お願いします」
私は頭を下げたまま、声を上げる。綾子からの返事はない。
「人は悲しい時や寂しい時が絶対あります。そんな時はみんなお腹が減っています。食事をすれば問題が解決するわけじゃありません。でも、食べている時ほんの一瞬でもの嫌な思いを忘れる事が出来るんです。その子はとてもお腹が減っていいます。申し訳ありませんが、お二人の話を私は聞きました。私にはどうする事もできません。ですけど、これだけは言わせてください。」
私は顔を綾子に見せる。
「お願いですから、厨房でまかない料理を食べてきてください」
綾子は私の眼を見ると直ぐに目線を外した。
「圭太、お腹減ってるんでしょ?お店の奥でお姉ちゃんと一緒にご飯食べよ?」
綾子は諭すように優しく圭太に声をかける。
圭太は目を擦りながら黙ってうなずいた。
「ほら、圭太、あの人にちゃんとお礼言いなさい。」
綾子は圭太の手を引き、私の前まで来た。
「おねえさん、ありがとうございます」
圭太は泣きはらした顔を私に見せながら頭をさげるがまだもじもじしている。
「圭太君、どうしたの?」
私が声をかける。
「おねえさん、僕のお姉ちゃんをどうか嫌いにならないで下さい」
私は顔が真っ青になった。
私は咄嗟に綾子の顔を見る。
綾子は無表情だった。彼女はそのまま圭太の手を引き、厨房へと向かっていった。
後日、私は先輩メイドから綾子と圭太のやり取りの話を聞いた。
圭太は綾子に私について質問をした時、綾子は私の事を自分の上司だと説明したらしい。
綾子が圭太に余計な心配をさせたくないからそう説明したのか、詳しくは分からないのだけれども、彼女が私の事を少しは受け入れてくれたのかもしれない。
細かい人間関係の駆け引きは私にはできない。
私は愚直にメイドとして努めたい。
お腹が減っている人が目の前にいれば、料理を振る舞わずにはいられない。
何故なら私はメイドであり、ここはメイド喫茶だから。
難しい理由なんて、後から好きなだけ考えればいいだけの話です。
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