第3話 美人
私はオーナーを見つけると声をかける。
「専属の料理人を雇ってほしいと?」
「はい、そうです」
「このお店はどれも、利益や効率を重視したものだけです。これではお客様にとてもご提供できるものではありません」
「そうかい?僕はとても美味しく頂いてるよ」
「オーナーの個人的なご意見は聞いていません」
「工場一括生産の何がいけないんだい?安く、速く、大量に、常にお客様に提供できるっていうのもすごく大事だと思うよ?僕のお店は小さな規模だけど、大手さんは何処でもやってるじゃない。出来合いのものが嫌だったら食べに来なければいいんだよ。それでも人は食べにくる。これがお客様が望んでいる結果なんじゃないのお?」
「そう言う話ではなくてですね・・・」
「どういう話なのかな?」
「私が美味しくない料理をお客様に出すのが嫌なんです」
「君はこのお店の料理は全部不味いとおもってるの?」
「はい」
「うわー。正直だなあ。僕、軽くショックだよ」
「何とかお願いします」
「君、思ったより我がままだね」
「私は、このお店を少しでも良くしようと・・・」
「あーいいよ、そんな無理に取り繕わなくても。僕そういうの要らないから」
「ところでさ、僕のアイデアも聞いてよ」
「・・・なんでしょうか?」
オーナーは企画書を私に渡した。
「『名刺でGO!君も指名ゲットだぜ!』何ですかこれは?」
「お店の女の子全員に顔写真入りの名刺作るんだよ。それでね、注文聞きにいったお客さん全員に配るんだよ。お客さんから写真撮る指名もらえたら君たち女の子に指名料が入るって企画」
「どこのキャバクラの話なんですか?」
「ん?僕のお店の話だよ?」
「ここはメイド喫茶ですよね?」
「うん。そだよ」
「もしかして、ここでこの企画をやるんですか?」
「うん。いいアイデアでしょ?」
「私は反対です」
「ええ?なんで?ありきたり過ぎるから?」
「私たちはメイドであってアイドルではありませんから」
「なんだよそれえ。僕が折角苦労してかわいい子集めたってのに少しくらい自慢したっていいじゃないか」
「オーナーはどんな基準で先輩メイド方を雇っているんですか?」
「顔だよ?」
「たったそれだけですか?」
「うん」
「僕のお店の子、みんな可愛いでしょ?」
「中身はいいんですか?」
「堅いなあ。君は。可愛い子の失敗なんて僕、いくらでも許しちゃうよ?」
「じゃあなんで私を雇ったのですか?」
「え?だって君、めちゃくちゃ美人じゃん」
「私は美人じゃありません!」
「うっそ!マジでそれ言ってんの?」
「本当に、今までそんないい加減な基準で選んできたのですか?」
「何言ってんだよ。見た目は重要だよ?」
「女の価値は顔で決まりません」
「あー、君そのセリフあんま他で言わない方がいいよ。君のその顔で言われても誰も納得しないから」
「だったら、今すぐ私を首にしてください」
「え?普通に嫌ですけど?」
「・・・・・とにかく、料理人さんの件、お願いします!」
「うわー、怒っちゃったよ。君、折角の美人が台無しだよ?」
「ですから!私は!」
「あー、分かった、分かった。飛び切りの美人料理人探してくるよ。期待して待っててね」
私は力一杯、オーナーに向けて金属トレーを投げる。
「痛い!君、暴力はよくないよ?」
「いつでも暴れていいって言ったのはあなたです」
「そういう意味じゃないんだけどなあ・・・」
私は厨房へ、自分のまかない料理を食べに戻る。
私の皿の中にゴキブリの死骸が入れられている。
「あら、美人メイドさんは私たちの作った料理まずいんですってね?今まで気づかなくて御免なさいね。でもあなたと違って私達ブスだから許してね」
先輩メイドのリーダー、綾子が私に言う。
先輩メイド達はしたり顔で私の行動を観察している。
私は料理の皿を掴むと、全て口の中に入れる。
強烈な悪臭が口の中に広がる。
私は水で胃の中に無理矢理押し込む。
綾子達の顔が引きつる。
「あんた、頭おかしいんじゃなの?」
私は綾子に近づく。
「こっちに来るな!ゴキブリ女!」
一斉に厨房から綾子達先輩メイドが駆け出して行った。
私は急いでトイレに行き、スプーンをのどの奥にいれ胃の中のものを吐き出した。
自分でもなぜ食べたのかわからない。
吐き気が止まらない。
胃の中が空になっても唾液と胃酸だけが口から出る。
私は吐き気が収まると、鏡で身なりを整える。
「ざまあみろ」
私は鏡に向かって呟く。
私の行動が正しいかどうか、誰にも決められたくない。
きっと、あの時の私ができるの最善の行動なはず。
私は祖母の教えをを守っているだけ。
食べ物の好き嫌いは良くないから。
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