だちゅら

美術館。杉三が、じっくりと絵本の原画を見ている。

蘭「杉ちゃん、文字を読めないのに絵本の原画なんかみてどうするの?」

杉三「どうするって何が?」

蘭「だって、絵だけみてもお話が読めないのなら、面白くないんじゃないの?」

杉三「大丈夫。お話なんかしない方がいい。それよりも筆の運びや、色合いとかをみたい。」

蘭「なるほどね。視点がちがうわけか。」

と、ため息をつく。

しばらくいくと、「はなのしま」という、絵本の原画が展示されているところに行き着く。その絵は、ブラマンクのような、荒々しいタッチで、妖艶な絵であった。

蘭「はなのしま、ね。」

杉三「これは、誰が書いたの?」

蘭「増田朗。」

杉三「書き方が上手だね。この花は何て名前?」

蘭「だちゅら。」

それは、下向きに垂れ下がった、百合のような白い花だった。

杉三「だちゅら?変わった名前。」

蘭「そういえば、僕も彫ったことがある。綺麗な花だけど、毒があるんだ。江戸時代、世界で初めて全身麻酔を作ったひとが、この植物を使って、手術してるんだよ。」

杉三「すごい花だね。このお話を書いたひとは、そういうことを知っていたのかな?」

蘭「どうかな。実際のストーリーは江戸時代、見知らぬ島に迷い混んで、早飛脚として更正していく、女性の話だからね。まあ、二十年以上前に出版されている本だから、忘れちゃったけどね。」

すると、杉三の隣で海鳴りの絵を見ていた男性が、涙をこぼして泣きはじめた。

杉三「ど、どうしたんです?」

男性「忘れちゃったとは、何事だ!聖書よりも大事な本なのに!」

杉三「ああ、クリスチャンの方ですか?」

男性「何!お前も神に恵まれた甘えっ子なのか?どうしてこんな変な者にしか会えないんだろう、俺は!」

杉三「僕は、読み書きはできないけど、絵を見ることはできます。」

男性「卑しい障害者の癖に、ここへ来るもんじゃない!健常なやつらはみんないじめっ子で、障害のあるやつは、てつだってもらっているのに、感謝もなにもしないで、いい子ぶっている。ああ、なんと嘆かわしい。増田朗が泣くぜ。」

蘭「ちょっとまってください。僕らは確かに歩くのは不自由なのかもしれないけど、仕方ないことであるから、いい子ぶってはいません。お金が必要なときは、ちゃんと払っていますし、障害があるからということで、外出する権利がないといったら、市民平等に反することになります。」

男性「へ!お前たちみたいな国のお金で食べさせてもらうようなやつらは、直ちにガス室送りにするべきだな!お前、学校はどこにいったんだ!」

蘭「小学校は、養護学校でしたが、中学校はドイツのギムナジウムで、大学はドイツの大学にいきました。」

男性「で、最終学歴は?」

蘭「大学院の博士課程です。」

男性「本当に金持ちなんだな!歩けないくせに金があって、ドイツのお偉い学校にいって、のこのこ帰ってくるなんて!で、お前、結婚しているのか?」

蘭「ええ。妻が一人います。子供はいないけれど。」

男性「そうか。そうであるべきだな!お前みたいな綺麗事ばかり言っているやつは、殺してやりたいほど憎い!本当は車裂きの刑にしてやりたい!」

蘭「でも、逮捕されて、終身刑あたりになって、刑務所にいくしかないでしょう。」

杉三「助けて!人殺しだ!」

蘭「杉ちゃん、泣かなくても大丈夫!ただの世間話みたいなもんだから!」

しかし、杉三には通じず、泣き張らす。スタッフの人が駆けつけてきて、

スタッフ「ど、どうされたんですか?」

杉三「ひ、人殺しですよ!はやくつかまえてください!」

男性「いや、私は人殺しではありません。単に過去にあった辛さを忘れられないだけです。」

杉三「違うんです!違うんです!その人は、いののことを車裂きの刑にすると言ったんですよ!」

男性「車裂きの刑なんて、実現できるはずないでしょ、あれは、古代中国であった刑罰ですから。」

杉三「いえ、違います!なんで言葉が通じないんですか!僕は確かにききました!」

蘭「ごめんなさい、このひとは、自閉症なのです。」

男性「史上最悪だ!」

スタッフ「申し訳ないですが、他のお客様の迷惑にもなりますので、お引き取りを。」

蘭「わかりました。もう帰ります。さあ、杉ちゃん、帰ろう。」

杉三「人殺し!」

蘭「もうすぐ捕まるよ。だから、かえろう。」

男性「いいこと言ってくれるね、お兄さん。」

蘭「僕は兄弟ではありません、友人です。もう帰りますから。」

と、美術館の出口に向かっていく。

泣き叫ぶ杉三を、スタッフが放りなげるように、出口へつき出す。


蘭の家

食事をしている蘭とアリス

アリス「で、杉ちゃんはどうしてる?」

蘭「お母さんに迎えに来てもらって、僕は一人で帰ったよ。人殺しだ、人殺しだって泣き続けて、どうしようもなかったから。」

アリス「ほんと、そうなるのはこまるわね。まあ、それを前提にして外出しないとまずいでしょうけど。でも、そうしか考えられない杉ちゃんは、かわいそう、とも言えるわね。」

蘭「まあね。持ち味でもあるんだけど、今の時代はなかなか。」

アリス「蘭も、気を付けて。また、体調崩したら、大変なことになるわ。お客さんだってたくさんいるんだし。」

蘭「そう、もう疲れはてたよ。今日は洗濯物干せない。」

アリス「いいわよ、あたしやるから。ご飯を食べたらすぐ眠ってね。」

蘭「わかったよ。」


とあるワンルームマンション。よくあるおしゃれなマンションではなく、看板には、

「精神障害者ホーム」

と、かかれている。その中の、一室。廊下を渡って、狭い部屋に入ると、大量の本の山。しかも小説ではなく、ほとんどが子供のための絵本である。ちゃぶ台に座って、一人の男が、増田朗と書かれた絵本を読んでいる。

男は、隣にあるノートパソコンを動かし始める。


翌日

蘭が杉三の家にやってくる。

蘭「こんにちは。」

美千恵「あ、来てくれたの、ありがとう。」

蘭「で、杉ちゃんは、まだ、部屋に閉じ籠ったままですか?」

美千恵「そうなのよ。水しか飲んでいないわ。」

蘭「そうですか。彼の前では、建前など通用しないんですね。」

美千恵「そうね。時間がたつのを待つしかないわね。それにしても、はなのしまが展示されていたのは、私も驚いたわ。あれ、出版されたの、二十年以上前よね。あの本の主人公がやり続ける役目って、今となったらみんな、スマートフォンで簡単にできちゃう話って聞いたけど。」

蘭「そうですよ。時代設定が江戸時代でしたよね。今となってはもう、時代錯誤ですよ。」

美千恵「増田朗さんだって、この世の人じゃないんだし。確か、今年、十三回忌をやったとかきいたわ。」

蘭「はい。大物の教育者がたくさん見えていました。テレビで中継されてましたよ。彼も、享年36と、非常に短命な作家でしたけど、本だけが一人歩きしているようなところはありましたね。特に『はなのしま』は、衝撃のベストセラーでしたから。」

美千恵「私、恥ずかしい話だけど、その本読んだことないのよ。」

蘭「今となっては読まない方が良いですよ。あのような綺麗な場面は、この時代には作ることはできませんから。」

美千恵「解ったわ。」

蘭「杉ちゃんに買い物にいこうと、伝えてくれませんか。」

美千恵「ちょっと待って。」

と、部屋に入っていく。数分後、玄関にもどってきて、

美千恵「ダメね、悔しさのあまり、熱を出してる。病院にいって、熱冷ましもらわなきゃ。」

蘭「悔しいというか、多分エアコンをつけっぱなしなだけでしょう。じゃあ、タクシー呼んできますよ。」

美千恵「わるいわね。やってもらっちゃって。」

蘭「いえ、構いませんよ。つれていった僕にも責任はありますから。」

蘭は、スマートフォンを取りだし、ダイヤルした。


池本クリニック

蘭と、杉三、美千恵が病院に入る。

美千恵「飛び入りでごめんなさい。ちょっと熱があるから、見てやっていただきたいのだけど。」

受付「はい、わかりました。じゃあ、そちらでおまちください。」

幸いにも、病院は空いていた。

声「お大事にどうぞ。」

と、同時に中年の男性が診察室から現れる。

蘭「あれ?あのひと。」

男性も蘭に気がついて、

男性「よう、いのじゃないか!」

蘭「華岡!なんでまた、病院に来たんだよ。」

杉三「だれですか、この人は。」

華岡「ちょっと鼻水がすごくてね。ああ、名乗るのを忘れていました、華岡保夫です。職業は、静岡県警に勤めています。階級は警視です。」

蘭「そうか。そこまでなったか。大したものだな。あ、このひとは、僕がドイツにいたころギムナジウムで同級生だったんですよ。ドイツですから、日本人は貴重で、結構仲良くしていました。」

看護師「影山さんどうぞ。」

華岡「ちょっと、いのと話をさせてくれませんか?ある事件を捜査していまして。」

美千恵「いいわよ、私がいくから。久しぶりにあった友達だし、思出話に花を咲かせなさいよ。」

蘭「では、カフェスペースにいこう。」

美千恵は杉三を診察室につれていき、蘭と、華岡はカフェスペースにいく。

華岡「(お茶を飲みながら)君の職業を悪だと感じたことは一度もないが、ちょっと聞いてほしいことがある。いいかな?」

蘭「いいよ。偏見を持たれて当たり前だからな。」

華岡「君は、中国の獅子を彫った客はいないか?」

蘭「いないね。中国自体好きではないし、中国の柄を彫ったことは一度もない。僕が彫るのは、日本の伝統的な吉祥紋様だけだから。」

華岡「そうか。君の知っている中で、中国の柄を得意とする彫り師はいる?」

蘭「知らないよ。師匠に聞いてみたらいるかもしれないが、僕の回りにはいない。何か、調べているのか?」

華岡「実は最近、図書館にある『はなのしま』という絵本がページを破られるという、事件があるんだ。目撃者の話によると、破ったのは左腕に中国獅子の入れ墨をした男だと言うのだが、それ以降、情報が得られない。」

蘭「お役にたてなくてごめんね。中国獅子は一度も彫ったことはない。確かに、客の話を聞いていると、暴力団の一人なのかなと思われるようなそぶりを見せる人はいるが、今回は役にたたなかったな。」

華岡「残念だな。また、捜査をしなおさないと。」

不意に車椅子の音がして、

杉三「診察おわったよ、蘭。」

蘭「お帰り。お母さんは?」

杉三「いま薬もらってる。あなたは、蘭の友達で、刑事さん。だったよね?」

華岡「よく聞き取れたね。熱があるのに。」

杉三「僕は影山杉三です。よろしく。」

華岡「華岡保夫です。」

二人、握手をする。

蘭「変な事件ばっかりおきていて、華岡さんも大変だね。一体なんで、あの絵本が、いまになって狙われるんだろう。」

杉三「あの絵本って?」

華岡「『はなのしま』だよ。富士市内全部の図書館に、蔵書されているが、ページを破って持ち去る事件が多発しているんだって。」

杉三「そうか、やっぱり!」

蘭「やっぱり?」

杉三「犯人は、あの展示会でみかけた、人殺しだ!僕が見たのは間違いじゃなかった!」

蘭「杉ちゃん、あの人は人殺しではないよ。」

華岡「本当にそんな人がいたのかい?」

蘭「うん、ちょっと様子がおかしい人がいたんだよ。ただ、杉ちゃんのいうような、人殺しではないと思う。ただの、読みすぎじゃないのかな。」

華岡「いや、彼のような人の証言は、真実以上に真実な時がある。その展示会は、どこで行われていたの?」

蘭「富士美術館。もう、終わってしまったと思うけど。」

華岡「ありがとう。よい証言が得られたな。では、捜査会議があるから、署にもどって、更に捜査していくよ。ご協力ありがとう。」

と、もう一度握手して、病院から出ていく。

杉三「よかった。僕の見たものは確かだったんだね。」

蘭「何なんだろうね。もう一度事件の概要をききたかったな。」

薬をもらってきた美千恵がやってきて、

美千恵「あら、刑事さんは?」

杉三「署に戻るって。」

美千恵「もしかしたら、『はなのしま』が破られたという事件を見てたのかしら。また、やられたみたいだわよ。今度は、本が川に捨てられていたみたいで。さっき、テレビでながれていたわ。」

杉三「ひどいことするなあ。」

美千恵「さあ、帰りましょう。熱が下がるまで寝てなさいよ。」

杉三「ええ、そんな。これから、買い物に。」

美千恵「だめ、ちゃんと風邪を直してからにしなさいよ。」

蘭「杉ちゃんは、熱があってもいつもと変わらないね。顔をみても、熱があるとすぐわかるのに。」

美千恵「四十度近くあっても、こんな感じなのよ。」

蘭「本当だ。不思議だなあ。」

三人、病院から出ていく。


翌日。薬のお陰で、杉三の熱はすぐ下がり、買い物が出きるようになった。いつも通り、蘭と二人で買い物に出掛けた。必要なものをみんなかごにいれて、レジへ行き、

蘭「いま、四千円だから、茶色いお札を出して。それが一万円札と言うものだから。」

杉三「これ?」

蘭「それは千円だよ。とても足りないよ。もう一枚、男の人を描いたお札があるでしょう?」

杉三「これ?」

蘭「そうだよ。じゃあ、それを店員さんに渡して。」

杉三「はい。」

と、レジ係りに手渡す。

レジ係り「ありがとうございます。では、六千円のお返しです。」

と、お釣りを渡し、彼の買い物かごを、袋に入れるカウンターに置く。

杉三「ありがとうございます。」

と、手の甲をむけてバイバイする。そして、蘭と、品物の袋詰めを手早くやって、風呂敷で包んで膝の上におき、出口へむかう。

出口近くに、花屋がある。入り口に白いはなをつけた植物が置いてある。

杉三「だちゅらだ。増田さんの絵は、すごくきれいに描かれていたけど、本物はちょっと。」

蘭「僕はだちゅらというものは、あまり好きではないよ。確かにきれいだけど、何となく色っぽい気がして。それに、毒もあるんだし。」

杉三「毒でも、麻酔薬になったのなら、悪いものじゃないじゃない。」

蘭「そうだけど、あの人は偉い人だからできるのであって、僕らが食べると、最悪、死亡するらしいよ。」

杉三「その人が、良いことに使っているんだから、いいんじゃない?」

蘭「杉ちゃんの発想はいつも変わってるよ。」

一人の男が二人に近づいてくる。

男性「すみません。富士駅はどこですか?」

蘭「富士駅?新富士の間違いでは?」

男性「はい、富士駅と新富士駅を取り違えてしまいました。」

蘭「富士は、ここからだと遠いですよ。歩いていくより、タクシーを使った方がいいと思います。」

杉三「僕らも、みんなのタクシーで帰るんだし、家から富士駅は近いから、相乗りしませんか?土地勘ないみたいだから。」

蘭「お金がかかりすぎないかな。」

男性「いや、ぜひおねがいします。なにしろ、富士は初めてでして、このかたが言うように、土地勘など全くありません。お金がかかるようでしたら、ちゃんと払いますので。」

蘭「そうですか、いずれにしても遠いので、30分は乗ります。それでもよければ。」

男性「わかりました。ちゃんと代金は出しますからね。」

蘭「じゃあ、よびだしてきます。」

と、スマートフォンをダイヤルする。数分後にタクシーが到着し、三人は運転手に介助してもらいながらタクシーに乗り込む。

運転手「お客さんは、お仕事でこちらへ?」

男性「はい、まさしくその通りです。」

蘭「何をしているんですか?お仕事。」

男性「塾講師です。普段は東京にいるのですが、今日は、代役でこちらに来ました。」

蘭「いわゆる、チェーン店みたいな塾ですか?桐栄予備校みたいな。」

男性「はい、桐栄予備校です。」

蘭「桐栄ね。日本全国どこにでもある予備校ですね。」

杉三「ものすごいスパルタ教育で有名なところでしょ?」

蘭「それは、言わない方がいいよ。すみません、このひとは、」

男性「いや、どんどん伝えて頂きたいです。この腐りきった世の中を変えていくのは、学校にはできない時代になってしまった。さらに、教師や生徒同士のいじめも、甚だしい。」

杉三「確かにいまは、傷ついた子は多いですね。」

男性「だからこそだめなんです。傷ついた子はさっさと退学して、通信制の高校にいって、青春を謳歌する。しかし、傷ついたとしても、そういうところに行かせて貰えなかった子の方が、遥かに被害は大きい。それを防ぐには、勉強するしかないんですよね。私の方からしたら、よい学校に行かせてもらった人の方が、いじめた子の方より憎たらしいですな。」

蘭「そうかもしれませんね。」

男性「あなたは、いじめられていましたか?」

蘭「まあ、虐められたというよりは、僕は元々歩けないので、日本の学校は合いませんでした。日本の教育は、点数と、進学率しか名をあげることができません。 歩けない者には、活躍の場がない。」

男性「つまり、通信制の高校にいかせてもらったんですか?」

蘭「ドイツにいきましたよ。ギムナジウムに。」

男性「なるほど、つまりあなたも、等星のようなところにいったんですな。」

蘭「等星は、僕が小学生時代にはありませんでした。日本では、まだ、不登校が流行ってなかった時代だったんです。だから、はやくから対策をしていた、ドイツにいったんですよ。」

男性「失礼ですが、お年はおいくつですか?」

蘭「四十六です。」

男性「なんですか、そんな綺麗なお顔で、四十六にもなるんですか?」

蘭「はい。等星にいかなかったということから、推測できるでしょう。等星ができたのは、十年近くあとです。その頃になれば、クラスに一人は、不登校がでるように成りましたし。」

杉三「とうせいってなに?」

蘭「等星中等教育学校のことだよ。」

杉三「ギムナジウムのこと?」

蘭「まあ近いかな。でも、全然スパルタ教育ではなくて、ものすごく面倒をみてくれる、中等教育学校だよ。」

杉三「そんなのあるんだ。」

男性「なんですか、あなたは、それを知らないんですか?」

杉三「ええ、知りません。僕は読み書きができないので。」

男性「読み書きができない!なんたる、嘆かわしいことですか!それでは、自立なんか到底できませんね。なぜ、学校にいかなかったんです?」

杉三「いっても、ただ、机に座っているだけで、何にも意味がありません。疲れるだけですから。」

男性「あなたは、『はなのしま』も、読めないのですか?」

杉三「読めません。」

男性「あなたはいじめられっ子でしたか?」

杉三「いじめというか、からかわれることはあります。あきめくらと言って。それは、しょうがない事ですよ。誰でも、他人の不幸が一番笑えるようにできてますから。」

男性「あなたは、読み書きができないといっておきながら、心はものすごく美しい人ですな。この、タクシーの中で、終わってしまうのは、もったいない。私も、今月いっぱいは、こちらにいますので、どうでしょう?お茶でも、しませんか?」

杉三「はい、特に今月は用事もないので、大丈夫ですよ。蘭もいっしょに、お願いしますね、僕、一人ではいけないから。」

男性「わかりました。私は、土日も補習がありまして、平日の昼間しか空いていないのですが、いかがですか?」

蘭「僕らは、いつでも空いていますよ。」

男性「わかりました。では、来週の金曜あたりは、どうですか?」

蘭「13日ですか。13の金曜日。あんまり縁起はよくないけど。」

男性「そんなの、気にしませんよ。ぜひ、お会いできるのを楽しみにしています。場所は、どうしますか?」

蘭「車イスが入れるカフェは限られています。スターバックスや、ドトールは、窮屈しますね。なので、ホテルすみかのレストランにきてくれます?」

男性「わかりました!お時間はどういたしましょう?」

蘭「11時位でどうですか?」

男性「わかりました。よろしくお願いいたします。本当に嬉しいです。」

運転手「富士駅に着きましたよ。お時間かかり過ぎてすみません。主要な道路が渋滞しすぎておりまして。」

蘭「いいですよ。どうせ、決まった道しか、いけないのは、よく知ってますから。」

運転手「そうですね。新しい道をみつけても、順応は極めて難しいかたは、他にも何人かいますので。では、運賃は、1000円だけにしておきます。」

蘭「お宅はお値段も良心的だし、サービスもありがたいですよ。じゃあ、これですね。」

と、1000円を渡す。

運転手「ありがとうございます。またご予定がありましたら、ご予約もできますし、運転手の指名も可能ですから、ぜひ、ご利用ください。」

杉三「ありがとうございます。」

運転手は、二人を車イスごと出してやり、男性も、タクシーをおりる。

杉三「じゃあ、お待ちしておりますので。」

男性「はい、わかりました。では、よろしくお願いしますね。」

杉三は手の甲をむけて、バイバイする。男性は駅の階段を上っていく。

蘭「さて、僕らも帰ろうか。」

杉三「そうだね。」

二人、道路を移動する。

蘭「あのひと、お会いしたいといいながら、名前を言わなかったね。なんだか、変な人だったな。」

杉三「まあ、いいんじゃない?いまは、本名知らなくても、会いに行く人はたくさんいるよ。インターネットで出会ったとか。」

蘭「杉ちゃんは、知らなくてもいいことは、知ってるんだね。」

と、ため息をつく。


金曜日。

ホテルすみかにあるカフェレストランに、杉三と、蘭は入店する。

蘭「杉ちゃんは、本当に気が早いね。まだ、待ち合わせ時間には一時間近くあるよ。」

杉三「おくれるより、いいじゃないか。遅れたら困るでしょ、お茶でも、飲んでよう。」

蘭「はあ、しょうがないな。」

二人はウエイトレスに案内され、席につく。

窓の近くにだちゅらの花をいれた花瓶が飾られていた。

1時間後。

男性「いやいや、遅くなりました。」

と、汗をふきふきやってくる。

蘭「お待ちしていました。名をもうしあげると、伊能蘭です。」

杉三「影山杉三です。」

男性「すみません、名乗るのを忘れていました。私は佐々木典太です。」

三人、互いに頭を下げて、席につく。

ウエイトレス「お客様、当店は、120分間の、イタリアンブッフェになっておりますが、よろしいですか?」

杉三「え、ここは、普通のイタリアンレストランじゃなかったの?」

ウエイトレス「はい、今月からブッフェ形式に変更いたしました。」

杉三「え、、、。」

蘭「知りませんでした。それじゃあ、お代は払いますから、お手伝いを一人、お願いできませんか?」

ウエイトレス「承知しました。少々お待ちください。」

佐々木「僕がやりますから、大丈夫です。ご覧の通り歩けますので。お手伝いは不要ですよ。」

ウエイトレス「わかりました。では、おねがいします。メニュー写真を置いておきますので、参考にしてください。」

佐々木「はい、喜んで。」

ウエイトレスは、厨房に戻っていく。

佐々木「なにか食べたいものはありますか?」

蘭「僕はとりあえずペペロンチーノ。」

佐々木はパスタのコーナーにいき、ペペロンチーノを皿にいれて、蘭の前に置く。

蘭「杉ちゃんは、なに食べる?」

杉三「棊子麺。」

蘭「うどん屋じゃないんだから、棊子麺はないよ。」

杉三「これは?」

と、写真を指差すと、フェトチーネで作られた、ガルボナーラが写っていた。

蘭「ああ、これか。棊子麺ににてるから、間違えたんだね。これは、フェトチーネというんだよ。佐々木さん、杉ちゃんにガルボナーラを持ってきてあげてくれる?」

佐々木「はい、わかりました。」

と、再びパスタのコーナーにいき、ガルボナーラを皿に入れて杉三の前におく。 そして、自分のものを取りに行こうとすると、

杉三「これ、違うよ。」

佐々木「え?ガルボナーラだけど?」

杉三「違うよ。お皿の色が。だから、違うよ。」

写真の皿には、確かにフェトチーネのガルボナーラがのっている。

佐々木「どこが?」

写真をみると、赤いお皿にガルボナーラが乗っているが、杉三の前に置かれているのは、青いお皿だった。

佐々木「皿の色くらい、たいした違いはないじゃないか。」

杉三「ちがうよ。この写真とまったく一緒でなければ、同じものとはいえないよ。」

蘭「ごめんなさい、こだわりがものすごく強いんです。」

佐々木「どういう事ですか?」

蘭「自閉症です。仕方ないとおもってください。」

急に佐々木の顔が強ばった。佐々木は、きりりと唇を噛み、血が唇から垂れ落ちた。

杉三「ねえ、これ、本当に違うんだ!どうして言葉が通用しないの!」

蘭「杉ちゃん!回りのお客さんの、迷惑になるでしょうが!」

杉三「ちがうよ!ちがうよ!お皿の色が違うんだよ!それだけなんだよ!」

厨房の中から、エプロンをした男性が出てきて、杉三に近づいてくる。

蘭「シェフ、本当に申し訳ありません。僕のちょっとしたミスでした。お代、ちゃんと払いますから、今日のところは。」

シェフ「いやいや、謝るのは、こちらです。先日、赤いお皿が、ウエイトレスのミスで割れてしまいましてね。一枚もないんですよ。早急に、赤いお皿を用意させますので、今日はお許しください。」

蘭「ありがとうございます。こちらも、本当にごめんなさい。」

シェフ「構いません。このホテルのコンセプトは誰でも泊まれるホテルですから、これまでに、お体の不自由なお客様はたくさん見えられましたし杉三さんのような、自閉症の方も、たくさんこられます。その対策をしっかりしなければ、ホテルの意思に背くことになります。今日はたくさん食べてください。赤いお皿を用意したら、すぐ連絡をしますから。」

杉三「きっとね。よろしくね。」

シェフ「責任者の私が用意しましょう。なにか食べたいものはありますか?」

杉三「ビシソワーズスープ。」

と、写真を指差す。

蘭「この器ありますか?」

シェフ「ありますあります。それなら、先日購入したばかりですので。」

蘭「じゃあ、それをお願いしようか。」

シェフは、ガラスの器にビシソワーズスープをたくさんいれて、杉三の前に置く。杉三は、用意されていたさじを持ち。

杉三「うまい、うまい、うまいなあ。」

シェフ「よかったです。」

蘭「ほんとに、利口なのか間抜けなのか分からないですよ。」

シェフ「こういう方は、私たちにはない宝物が一杯ありますよ。介助はたいへんでしょうが、代償は大きいでしょう。今日はたくさん食べてください。では、戻りますね。」

蘭「ありがとうございます。」

シェフは、厨房に戻っていった。

蘭「いいシェフのいるみせだなあ。」

佐々木は、ひたすらに食べ続けていた。

数分後

蘭「あ、もうこんな時間。帰らなくちゃ。」

佐々木「もう、二時間たったんですか?」

蘭「迷惑をかけました。こんどお詫びしますから、今日のところは、お許しください。」

再びウエイトレスがやってきて、

ウエイトレス「シェフから、お二人を送り出すように命をうけました。今日は本当にすみません。杉三さんが、こちらにくるのなら、もっと早く、対応すべきでしたね。 これからも、私どもは、障害を持ったかたにたいして、優しいお店になるように、尽力いたします。」

と、頭を下げる。

蘭「いやいや、こちらの方があんなに迷惑をお掛けしたのに、申し訳ないです。でも、こちらのホテルは、バリアーフリーが行き届いて、素敵なホテルですね。僕らには貴重な存在ですよ。」

ウエイトレス「ありがとうございます。お勘定場にいくと大変でしょうから、こちらで支払いを承ります。」

佐々木「ああ、私が払いますよ。」

蘭「いいんですか?」

佐々木「かまいません。」

ウエイトレス「わかりました。3600円です。」

佐々木は、その通りに支払う。軽く舌打ちする。

蘭「すみません。」

ウエイトレス「どうもありがとうございました。これからの、ホテル作りの、大いに参考にすると、シェフがおっしゃっておりました。では、皆さん、お気を付けてお帰りくださいね。」

蘭「ありがとうございます。」

杉三「またくるよ。バイバイ。」

蘭は、車イスを自分で動かし、杉三は、ウエイトレスに押してもらい、店を出る。

正面玄関

蘭「ありがとうございました。ご迷惑をおかけしてすみません。また、お代を送るようにしますので。」

佐々木「少々、今回はびっくりしましたが、良い勉強になりました。」

蘭「じゃあ、僕らも帰ります。晴れていますし、外の空気を味わいながら帰りますよ。」

杉三「ありがとうございました。」

二人は、車イスを操作して、外へ出ていった。

道路。

蘭「杉ちゃん、どうしてビシソワーズしか、食べなかったの?」

杉三「だちゅらみたいな人だったから。」

蘭「え?だちゅら?どういうこと?説明してよ。」

杉三「僕らをなにかに使おうと、企んでるんじゃないかって。」

蘭「何かって、、、具体的に何に?」

杉三「分からないけど、顔つきが普通の人じゃない。きっと何かあって近づいてきてるんだ。」

蘭「根拠は?」

杉三「なんか、直感でさ。だちゅらも綺麗だけど、裏があるのと一緒だなと。」

蘭「ずるいのか、能力なのか、よくわからないよ。」


数日後

蘭の家。インターフォンが鳴る。

蘭「はい、どなたですか?」

声「佐々木です。」

蘭「来ないだの佐々木さん?」

声「はい、そうです。」

蘭「なんのご用ですか?」

声「お届けしたいものがございまして。」

蘭「はあ、なんでしょう。」

声「とりあえずですね、玄関、あけてくれませんか?大荷物なんで、手が塞がっているんですよ。」

蘭「はあ。それなら、そこに置いておいてください。あとで確認しますので。」

声「いや、生物ですから、すぐに受け取ってくださらないと困ります。こちらへ来てくれませんか?」

蘭「はい、わかりました。」

と、車イスを動かして、玄関に向かう。

引き戸を開けると、佐々木が立っている。その手には、包丁が握られている。

佐々木「この間はよくもひどいことをしてくれましたな。お陰で、私は完全に晒し者でした。お礼といっては難ですが、」

蘭「言わなくてもかまいません。にくまれても仕方ないことですから、受けてたちます。」

佐々木「そんなに簡単に命を落とすなんて、勿体ないですな、若奥さんも、あのあきめくらの男も、こまるでしょう。あなたがいなくては。」

蘭「僕は歩けないし、大した人間じゃありません。」

佐々木「では、あなたの大切な人が代わりに死ぬのなら?」

蘭「どういうことですか?」

佐々木「(蘭の首に包丁を突きつけ)この男はよ!大学院までいって、幸せになっていながら、健常者にたいして、何の礼もできないんだぞ!」

蘭「ああ、まあ、確かにそうかもね。」

佐々木「杉三とかいう、変な名前のやつは、どこにいる?」

蘭「さあ、どこですかね。」

声「おはよう、蘭。」

佐々木「お前か!」

杉三も、玄関先でおきている模様を理解したらしい。

蘭「杉ちゃん、これだけはだめだ、君はいいから、安全なところへ!」

杉三「いかない。僕はいのとずっといる。」

佐々木「お前らはいつまで俺を傷つけたら気がすむんだ!」

蘭「傷ついたのは、そっちの勝手ですよ。全く、なぜ傷つくのか、理由がわかりませんね。勝手に、僕らを悪人にはしないでもらいたいな。」

佐々木「じゃあ、あの時、レストランで、俺が出してやったのに、なぜ礼を言わなかったんだ!」

蘭「そう言うときは、素直に、別で、と、言えばいいんですよ。」

杉三「あっ!」

佐々木「うるさい!」

杉三「あの時の、、、。ほら、腕にちゃんと入ってる!」

うっすらとではあるが、左腕に中国獅子の絵があった。

蘭「入れ墨は、絶対に消せないからな。」

杉三「どうして、『はなのしま』を破いたりしたんだ、あんな綺麗な絵が、めちゃくちゃになる。あのだちゅらの画像だって、」

佐々木「どうせ、お前たちのようなからだに欠陥があるものにはわからないよな。」

杉三「そうですか。じゃあ、もうおわりにしましょう。」

佐々木「ぼけ!例えがわからんのか!欠陥者に俺たちの悩みをうちあけても、わからないだろう!まあ、強いて言えば、俺ははなのしまを求めている。」

杉三「それなのに、本を破ったんですか。」

佐々木「そうだとも!この世は、説教をされまくっているあわれな生徒と、いじめをして、嘲笑っている奴らが混ざってできている!」

杉三「まあ、そうだろうね。」

佐々木「そのなかで、あわれな生徒たちは、みんな等星のような、弱者を救うための学校にいく!等星の奴らは、徹底的な指導を受け、自信をもって世の中に出ることができ、恋愛をして、結婚して、幸せの活動をしている!しかし、等星にいけなくて、いじめにあい続けてきたものには、何の幸運にもありつけない。まわりは、いじめて楽しんでいるものか、等星にいった者よりもさらに病状が悪くなり、コミュニケーションすらできないものばかりだ。俺は、等星にいくことはできなかったばかりか、高校三年間はいじめにあった。大学は進学しなかったが、社会人になっても、俺は、今までの苦しみを分かち合える存在を求めたが、いくら募集しても、そのような存在は一人もいない!」

蘭「当たり前でしょうが。誰だって全く同じ人なんて、いるわけないですよ。」

佐々木「頭が悪いな、お前。俺は、同じように傷ついた人の集まりを探して、ミーティングなんかにも参加したが、皆、過ぎ去った過去の話ばかりして、全く愛想のあるもの何ていなかった!」

蘭「はい、ああいうところは、そのためのものですよ。過去が重たすぎるから、みんなで話し合うもんですからね。そうしないと、立ち上がれない人もいるからね。」

佐々木「へ!全く、間違いを覚えていたなんて、俺の思いやりも、素晴らしい物だ。はなしあうどこか、すすり泣いたり、叫んだり。まあ、動物園のような、ただのバカの集まりさ。俺は手当たり次第、集まりを見学したが、俺と同じように、長年のいじめで、苦しんで、乗り越えてきた女は誰もいない。そう言う女こそ、俺の配偶者にしたいもんだね!」

蘭「で、僕たちに近づいたのはなぜです?」

佐々木「集まりがなくて、さらに出会いもなかったから、お前たちを、出会いの道具にした。お前たちは、すくなくとも、誰かの手を借りないと生きていけないから、そのような女に巡りあわせも、できるんじゃないかと。」

蘭「なんだ、人身売買じゃないですか、それって。」

佐々木「そうさ、すくなくとも、俺たちよりは愛情をかけられているだろうから。」

蘭「あんまり実感はないですけどね。そんなこと。」

佐々木「なに!それなら本当にお前たちは卑怯すぎるぞ!特にお前は、ドイツという、極楽のようなところへいかせてもらっていたなんて、障害者の癖に、あまりにも世の中に対して甘すぎる。俺からしてみれば、釜茹での刑だ。石川五右衛門のように、油で揚げるのではなく、ガソリンで釜茹での刑にしたいものだな!」

蘭「僕を釜茹でにしたって何の意味もありません。他にも、僕より障害の重い人はいるでしょうから。それに、釜茹でにするとしても、人間を入れられるような鍋は、どこにもありませんよ。」

杉三「佐々木さん。」

佐々木「何だ!」

杉三「愛されたことはありますか?」

佐々木「愛する?そうだな、いじめに耐えられる女がふえてくれれば、俺も愛されるだろう。」

杉三「そうじゃなく、過去にです。たぶんきっと、実感がなかったから、あの本に走ってしまったのではないかと。僕は、文字が読めないから、大体の内容しか読めないけど、テレビもスマートフォンも何もなかった時代のお話だから、今となっては、あんまり役に立たない本ですよね。」

蘭「あの本が、理想郷みたいに見えたんですよね、きっと。でも、あれは、明らかに時代錯誤ですよ。」

佐々木「(刃先をさらに蘭の首につけ)お前たち、よく言えるな、この俺に向かって。ただのダメ人間たちよりも、もっと、障害の重いものたちに、こんなことを言われるなんて、なんと嘆かわしいことだろう。いいか、お前たち、口を開くんじゃないぞ。どちらかが口を開いたら、すぐに殺してやる。害虫退治をしてくれた俺を、こころから、誉めてくれることだろう!」

杉三が、車イスを操作して、佐々木に近づき、全身全霊で佐々木に飛びかかる。

佐々木「何をする!」

しかし、肘の痛みは強烈。さらに、奥へ奥へ。

佐々木は、振りほどこうとしたが、杉三はしっかりと捕まっていて放さなかった。

佐々木「退け!この糞野郎!」

蘭から注意が反れる。包丁が蘭の足下におちる。蘭は、急いでスマートフォンをとり、メールを打つ。

佐々木「放せ!放せ!お前もしつこいな!」

蘭「杉ちゃん、時間稼ぎしてくれてありがとう。」

といい、裏の勝手口から外へ出る。そこへ美千恵が戻ってくる。

美千恵「どうしたの、蘭さん。」

蘭「杉ちゃんが大変なんです!いま、うちのなかで立てこもりがあって!」

美千恵「華岡さんには?」

蘭「はい、お願いしました。」

すると、パトカーを飛ばして、華岡が部下をつれてやってくる。

華岡「通報ありがとう。杉三さんはまだ中に?」

蘭「はい。」

華岡「説得しましょう。いきなり突入してしまうと、犯人を刺激して、杉三さんがより、危なくなります。」

美千恵「どうぞ、お願いします。」

華岡は、拡声器を持って、

華岡「犯人に告ぐ。君の要求は何だ。」

佐々木「女を連れてこい。ただの女じゃだめだ。お互いを知り、お互いの辛さをわけあい、一緒に成長していける、はなのしまの女だ。ただ、親の前でごますりをしている女は死ね!」

華岡「そんなことは、到底あり得ない。君の嫌う女性の方が、圧倒的に多い。早く高望みだとあきらめなさい。」

佐々木「 お前はだれだ?警察か?」

華岡「当たり前だ。偏見の塊のような男を捜査しているんだよ。」

佐々木「もう、こんなんばっかり!こんなんばっかり!こんなんばっかり!」

華岡「当たり前だ。犯罪が完成したら、大変なことになるから、始末をしなければ。」

佐々木「そうか!では、俺はいつまでも、この男を放さないぞ!」

蘭「大変なことになったぞ、どうする気?」

美千恵「華岡さん、私に説得させてくれないかしら。」

華岡「大丈夫ですか?」

美千恵「ええ。犯人はあわれすぎる気もするからです。犯罪者に共感してしまうのもいけませんが、それを阻止するためにも。」

部下「素人に説得は難しいのでは?」

華岡「いや、わかりました。お貸し致します。」

美千恵は、拡声器をとり、玄関先に向かって、 話始める。

美千恵「貴女の話をききたいわ。私に何でも話してみてよ。」

佐々木「女か。」

美千恵「そうよ。佐々木さん。あなた、いじめられたんですってね。具体的に何々をされたと聞かれたら、答えるのはお辛いでしょうから敢えて言わないけど、辛かったのよね。」

佐々木は黙っている。

美千恵「お気持ち、よくわかるわ。だれでも、いじめはつらいものよ。殺してやりたくなるほどつらいものよ。あたしの息子も、本当によくいじめられてね。あたしは

もう学校に行かせない方がいいと思って、

退学させたけど。」

佐々木「そうか、そのあとで、等星にいかせたのか。それは、もっと憎いな。傍観は同罪だが、より、良いところに、身を置く奴らの方が、加害者だ。俺のように、高校三年間は、いじめに耐え続けた人間は、良い友人も何も得られないし、辛さをわけあうことだってできない。」

美千恵「一言で言えば、友達がほしかったわけでしょう。三年間いじめられたのなら、誰だってそう思うわよ。」

佐々木「だからこそ、俺はこうして、」

美千恵「いわなくていいわ。でも、友達は作れるわよ。だって、三年間耐えられたんだから。」

佐々木「綺麗事をいっても、通用しないぞ。」

美千恵「綺麗事じゃないわ、あなた、今の学校を知っている?」

佐々木「今?」

美千恵「あなたは償えるからまだいい。でも、いまは、いじめで子供が命を落とす時代になったのよ。その子達を救うのは、教師にはできないし、親にも限界があるの。一番の薬は、一番の友達なの。でも、そう言うものが持てる子供は本当に、一握りしかいない。偉い人にお金をはらって、聞いてもらうしかできない。だから、同じ経験を持つ人が本当に必要なの。あなたも、はなのしまをよんで、過去を懐かしむよりも、そう言う子達を助けあげよう、と、考え直してくれれば、こんな事件を起こす必要も、なかったんじゃないかしら。」

佐々木「、、、。」

美千恵「考え直してほしいわ。」

佐々木の手から刃物がおちる。

華岡「いまだ!突入!」

警察官たちが一斉に玄関に飛び込んで、佐々木をあっという間に捕らえて、護送車にのせていく。

美千恵「杉三は?」

と、家に入ると、滅茶苦茶に壊れていた車イスの残骸のなかで、杉三が震えていた。

蘭「杉ちゃん、よくやった。あの犯人に飛びかかるなんて、大したもんだ。」

杉三「ごめん、車イスまた買わないと。こんな滅茶苦茶にしちゃって。」

美千恵「でも、あんたが無事でよかったわ。」

華岡「お母様の説得が功を奏しました。また、杉三さんが、突入まで、ずっと犯人に噛みついていたことも、感謝です。」

美千恵「いえいえ、お役に立てて嬉しいわ。」

華岡「蘭、からだの方は大丈夫か?また、白い顔だぞ。」

蘭「ええ、お陰さまです。」

美千恵「どうぞ、うちで軽いものでも召し上がってください。」

杉三は華岡に背負ってもらい、蘭は車イスを操作して、全員、杉三の家にいく。

そらは夕焼け。頑張った人への、ごほうびに思われるほど綺麗だった。

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