不動明王

ある雨の日。蘭の家。蘭とアリスが朝食を食べている。と、固定電話がなる。

アリス「あたしがでるわ。」

と、受話器をとり、

アリス「はい、伊能です。あ、ご予約のお客様ですか。ごめんなさい、彼は食事中なので、妻の私がうかがいます。何時ごろこれますか?」

声「10時くらいでどうでしょう?」

アリスはカレンダーをみて、

アリス「大丈夫ですよ。じゃあ、お名前をおしえてください。磯貝様ですね、わかりました。おまちしています。」

蘭は、味噌汁を飲み終えて

蘭「新しい方?」

アリス「10時に来るって。中年の人みたいだったわ。」

蘭「めずらしいね。ただ、暴力団とかに属する人は、彫らないから。」

アリス「そんなことは、ないんじゃないかしら。変に気取ってはいなかったわよ。」

蘭「そうか。また、わけありの人かな、、、。」

仕事場に行った蘭は、針やのみなどの道具を出して、新しい客を迎える準備をした。

そうこうしているうちに、十時十分前になり、インターフォンが鳴った。

蘭「どちら様ですか?」

客「磯貝です。」

蘭「どうぞお入りください。おまちしておりました。」

蘭は、玄関に移動する。

蘭「立て付けが悪い玄関で、申し訳ないです。」

客は、一苦労して玄関の戸をあけた。うつむいて、自信をなくしていそうな、男性であった。

蘭「はじめまして、磯貝さん。刺青師の、伊能蘭です。よろしくお願いいたします。」

磯貝「磯貝牧男です、よろしくお願いいたします。」

と、最敬礼をする。

蘭「じゃあ、お入りください。」

と、磯貝を仕事場に案内する。


仕事場。磯貝は用意した椅子に座る。

蘭「まず、こんな柄を彫りたいとか、希望はありますか?」

磯貝「はい、日本伝統刺青を希望します。伝統を背にしょって歩いていたいのです。」

蘭「まず、いっておきますが、威嚇するようなものは、彫りませんよ。暴力団ではないのですから。」

磯貝「そうですか、、、。それは、残念です。不動明王を希望していたのですが。」

蘭「ああ、そういうものですか。僕は、機械彫りはできませんけど、それでもかまいませんか?」

磯貝「はい。手彫りを是非お願いしたいです。」

蘭「わかりました、ありがとうございます。では、下絵をまず作りますので、ご希望を仰ってくださいね。手彫りですから、機械彫りの2倍以上お時間がかかりますが、ご了承ください。」

磯貝「ありがとうございます。よろしくおねがいします。」

蘭「で、宗派などどうします?不動尊といっても、かなりちがいますよ。」

磯貝「金の光です。」

蘭「仏画ですから、宗派を間違えたら困ります。日蓮宗とか、曹洞宗とか、いろいろあるでしょ。」

磯貝「金の光ですよ。先生。」

蘭「不動尊なんですから、仏教ですよ。金の光という宗派は、存在しないはずです。」

磯貝「先生は、テレビみないんですか?金の光新聞の宣伝、よくながれていますし、とっている人も多いですが?」

蘭「はい、みません。テレビは何の役にもたちませんからね。購入したこともないし、その予定もありません。」

磯貝「はあ、先生は、何でも彫れるんじゃないんですか。」

蘭「はい。実際に彫るものは、かぎられていますよ。刺青をするだけで、白眼視される時代でしょ。だから、威嚇するようなもの、般若や、毒蛇は彫らないようにしてるんです。」

磯貝「じゃあ、なにを彫って生計を?」

蘭「花や、木や、吉祥紋様ですね。和彫りといっても、京友禅を模したものばかり彫ってますよ。」

磯貝「じゃあ、あの、タトゥーコンペティションで、彫った龍は、偽りということですか?」

蘭「確かにドイツでは、日本の伝統刺青は、ものすごく評価がたかいですけど、日本では、誤認逮捕の原因にもなりますからね。」

磯貝「ライプツィヒの美術館も哀れですな。」

蘭「仕方のないことですよ。とにかく、偏見の材料になるものは、彫りませんよ。新宗教だって、ひどい事件を起こした原因にもなってますし。もし、それが、正しいとすれば、歩けない人間なぞ存在しない、とでもなりそうな、教えが蔓延しないと思います。」

磯貝「それは先生の、信仰が足りないからですよ。先生がドイツにいって一位をとったのは、神様のおかげです。そうは思いませんか?だって、先生は他の国の刺青師に比べたら何のキャリアもなかったわけですから。そんな人が、一番をとったなんて、通常ではあり得ないことですよ。それは、神様のたまものです。それを、自覚していたら、先生に背中を預けたひとは、もっと増えたでしょう。」

蘭「キャリアに頼るなんて、大した人間じゃありませんよ。人間は、ほんの小さな動物にすぎないんです。それにきがつかないで、自分のキャリアを大っぴらに見せびらかす人間ほど、悪いものは、ありません。僕は、ライプツィヒにいたとき、それを強く感じました。謙虚に生きないと、幸せになんか、なれはしないんですよ。」

磯貝「先生は、ライプツィヒにいたときより、情けない刺青師になりましたね。なんだか、本当に一位になったのかも、疑わしくなってしまうほどです。なんだか、そんな人には、背中を預ける気はなくなりましたな。」

蘭「そうなら、そう思ってください。いくらこちらが話しても、通じなかった事例は、たくさんありますし。僕の方から、無理強いはしません。」

磯貝「わかりました。二度ときませんよ、

こんなところ。」

と、立ち上がり、仕事場を出ていってしまう。

蘭は、大きなため息をつく。

立て付けの悪い戸が、ピシャン!と閉まる音。

数時間後。雨はあがる。蘭は、一人でシリアルを食べる。

再び、インターフォンが鳴る。

声「蘭、お昼終わった?お買い物にいこう。」

蘭「杉ちゃんか。」

また、大きなため息をつき、シリアルの皿を片付けて、玄関の方へ、車いすを操作する。

戸を開けると、杉三が待っている。

杉三「どうしたの?顔色わるいよ。蘭がストレスに弱いの、よく知ってるよ。」

蘭「杉ちゃんには、新宗教なんて、わからないだろうな。」

杉三「みんな、エゴでしか、動かないからね。誰かのためなんて言う人はどこにもないけど、僕の目の前にいる。」

蘭「お世辞が上手だね。杉ちゃんは。」

杉三「単に思ったことを言っただけだよ。」

蘭「きっと、君が社会にでたら、って、考えると怖くなるよ。」

杉三「そんなの気にしないよ。だって、僕、蘭がいないと、買い物できないから。」

蘭「確かに。もっとしっかりしなくちゃね。じゃあ、いくか。」

杉三「うん!」


ショッピングモールへ行く道。道は濡れている。

杉三「すごい雨だったんだね。車いすが汚れるよ。」

蘭「最近は、雨が多いから。梅雨の季節は、とっくに、終わったはずなんだけど。」

ショッピングモールに、到着する。

杉三「あら、すごい人垣だね。なんだろう。」

駐車場で、ワゴン車がとまっていて、その前に、何人かの人が演説している。回りには大勢の人が集まっている。車の車体には、金の光とある。

演説者「えー、今日も、この富士市では、一時間に40ミリ近くの雨がふりました。大渕で、土砂崩れがおき、一歳の男児が助かりましたが、母と姉は死亡してしまい、彼は孤児院に送られたという、ニュースは記憶に新しいでしょう。こうした災いが次々におこるのは、自然への信仰が足りないからではないでしょうか!」

集まっている人たちは、なるほど、という顔をしている。

蘭「そんなに降ったのか。気がつかなかった。」

杉三「僕もしらなかたよ。だだ、降ってるなあ、しか、わからなかったから。」

蘭「あれが、金の光か。」

演説者「それ以前には、東北地方で大地震がおこり、さらに最近では、30人以上が亡くなる、火山の爆発といった、天変地異が頻発しているほか、若い女性が殺害され、遺体を山林に放置するという、人災も多発しています。どんなに、偉い学者がああだこうだといっても、なくなることはありません!根拠がない災害や、人間が弱っていることは、仏様が怒っておられる、と、解釈するしかないのです!金の光は、それを謝罪するために、組織された、新しい宗教法人でございます。皆さんが安全に過ごせますよう、懸命に活動していきますので、どうか、ご寄付をよろしくお願いいたします!」

蘭「馬鹿馬鹿しい。こんなのに、振り回されたらきりがないよ。だから、テレビはほしくないんだ。」

杉三「それに、僕は読み書きできないから。」

二人はショッピングモールに入っていく。その後ろには、小銭をいれていく、チャリンと言う音。

杉三はまた、きしめんとカレールーを買いもとめ、蘭は、支払いの指導をする。

店員「お二人は大変ね。車いすなのに、毎日毎日ここへきて。」

杉三「儲かってるんだからいいでしょう?気にしなくていいよ。」

蘭「それに、僕らも必要だからきているだけで、変な同情は要りませんから。」

店員「でも、大変そうだわ。読み書きができない人を、そうやって連れてくるなんて。」

杉三「僕は幸せだよ。」

店員は、その言葉をきくと、話すのをやめてしまった。杉三は、蘭の指示通りに、金を払った。

杉三「どうもありがとう。また、明日来るから、カレールーと、きしめん、在庫用意しておいて。」

蘭「ありがとうございます。」

二人は買ったものを、風呂敷で包み、そそくさと、ショッピングモールの出口にむかう。

と、そこへ、ビラをたくさん持った、二十歳くらいの青年が飛び込んでくる。しかし、慌てすぎていたのか、自動ドアに頭をぶつける。青年は転倒し、ビラが飛び散る。

杉三「大丈夫?」

と、声をかける。

青年「だ、大丈夫です。ごめんなさい。車いすの方なのに。」

杉三「僕なら全然平気だよ。気にしないでいいよ。ねえ、蘭。」

青年「蘭?」

蘭「君も、金の光か。」

と、呟いて、そこから出ていってしまう。

杉三「ちょっと待てよ!君もご挨拶しなよ!蘭ってわかってくれたんだから、なにか言葉くらい、返してやれよ、おい、蘭!」

蘭「杉ちゃん、君は知らなくていいことには、首を突っ込まない方が良いってことを覚えな。僕は用事があるから、かえるよ。君は、一人では帰れないだろ!」

杉三「蘭!待って!冷たすぎるよ!」

しかし、蘭は振り向かずに、どんどんいってしまう。

杉三「ごめんね、これからも、頑張りな!また会おうね!」

と、いって、蘭のあとを、おいかける。


蘭の家

お茶を飲んでいる杉三と、蘭。

杉三「どうして?」

蘭「どうしてって何が?」

杉三「だって、蘭、今日変だよ。さっき、金の光って言ったけど、あれはなんなの!」

蘭「杉ちゃんには、かなわないな。金の光というのはね、最近、隆盛をきわめている新興宗教なの。まあ、勝手にやってりゃいいんだけど、こういう災害のことをうまくこじつけて、勧誘するから、嫌なんだよね。さっき、その関係者にあったんだ。背中を預けに来た人さ。で、僕が、金の光が公認している不動尊を、彫ることはできないって、断ったら、すごい怒ってでていったよ。」

杉三「不動尊か。本来は、悪をこらしめるためのものだよね。それを、変な風にしているんだね。」

蘭「杉ちゃんも、よく知ってるね。」

杉三「だって、大事なもんじゃないか。みんな、大事でなければ、お賽銭箱なんか、要らないよ。」

蘭「ほんとに、叶わないな。皆が、君のような感性があれば、今の世の中が、もっと楽になるよ。不動尊は、本来であれば、お金儲けのためのものじゃないんだけどね。昔のひとは、偉かったなあ。だって、いくら壊れても、修理して、不動尊を守ってきたんだからさ。それが、お金もうけに利用されるようになるとはね。」

杉三「でも、それを守ろうというひとは、まだまだいると思うよ。だって、どこの世界にも、歩ける人のみでできた国は、一つもないでしょ。」

蘭「杉ちゃん、君はすごいね。そんな哲学まで、持っているとは。その哲学は、文字が読めないからできるんだろうな、きっと。」

杉三「そうかもね。」


数日後

朝食を食べている、蘭とアリス。

アリス「調子よくないの?」

蘭「発作には至らなかったけど。」

アリス「困ったわね。昨日電話あったのよ。新しいお客様。あなたは、先に寝ていたし、調子よくないみたいだから、あえて、起こさなかったけど。もし、だめなら、来週辺りにしましょうか?」

蘭「どんなひと?年齢は?」

アリス「若い男性の方だったわ。なんか、すごく辛そうだった。」

蘭「また、わけありさんかな。とりあえず、打ち合わせだけなら、と、いっておいてよ。」

アリス「わかったわ。できるだけ早いうちに、お返事がほしいみたいだったから、いま、メールしておくわね。」

と、スマートフォンをとりだし、メールを打つ。

すると、すぐに返信の音。

アリス「今日の10時に来たいって。大丈夫?」

蘭「了解したよ。」

アリス「伝えておくわ。」


10時をラジオが告げる。と、インターフォンがなる。

蘭「はい、どうぞ。」

静かに戸が開く。

そこにいたのは、、、。

蘭「あ、あのときの、、、。」

ショッピングモールで転倒した、青年だった。

蘭「どうしてここを?」

青年「はい、スマートフォンで、調べました。」

蘭「あなたも、金の光の関係者ですよね?」

すると、青年は、急に涙を流す。

青年「どこへいっても、、、あそこへ行ったというだけで、人に恨まれるのです。僕は、なにも悪いことはしていないのですが、、、。せめて、先生は味方になってくれると思い、こちらに参りました。でも、やっぱり、死ぬしかないんですね。」

蘭「死ぬしかないなんて、簡単に言う言葉じゃありません。」

青年「みんなそういいます。でも、この気持ちは、消せません。家族は、僕がマインドコントロールされているのをみて、泣きます。でも、脱出できないんです。だから来たんです。」

蘭「マインドコントロール、ですか、、、。確かに苦しいものでは、ありますね。詳しく教えてくれますか?仕事場にきてください。」

青年「お邪魔します。」

蘭は、青年をもう一度みる。磯貝とは、雰囲気が違っていた。青年は、靴をぬいで、家に入っていった。


仕事場。

蘭「どうぞおかけください。まず、お名前をおしえていただきますか?」

青年「山本栄太ともうします。」

蘭「山本栄太さんね。ご職業は?」

栄太「いまは、働いてないです。以前は、金の光で働いていましたが、昨年にやめました。」

蘭「どうしてやめたんですか?」

栄太「僕は、もともと、人の助けをするのが好きなんです。だから、大学も、福祉学部にいきました。」

蘭「偉いじゃないですか。なかなか、福祉にかかわる若い人は少なくなっていますから。」

栄太「そうなんですけど、、、。その道に行ったことを何度も、悔やみました。」

蘭「なぜ?話してみてください。」

栄太「はい、大学を卒業して、ある介護施設に就職しました。仕事はものすごく、ハードでしたけど、お年寄りたちの笑顔をみられて、とても楽しかったです。けど、」

蘭「けど?」

栄太「はい。二年間働いていたのですが、施設の経営者が脱税で逮捕されて、その施設はつぶれてしまいました。僕は、他の施設に転職しましたが、つぶれた施設から転職してきたことで嫌われ、解雇されてしまい、長続きしないんです。結局、三年間に12軒の施設で働きましたが、長くて一月しか仕事が続きませんでした。」

蘭「そこを、金の光につけこまれたんだね。」

栄太「はい。13軒目の施設に応募しようと、躍起になっていたときに、高校の同級生と、たまたまあって、その時に勧誘されて入信しました。はじめの頃は、みんな優しくていい人たちで、布教活動も楽しくて、やっと居場所が見つかったと、思ったんですけど、だんだんに、インチキだな、と、感じるようになって。だって、布教はしても、皆さん嬉しそうじゃないですもの。だから、ああ、悪いところへ来ちゃったなあ、と、後悔してやめたんです。」

蘭「よいことに気がついたね、素晴らしい感性です。これからも、それを大事に持ってほしい。残念ながら、それを生かせる場所も減少しているし、頭がおかしいと、からかうひとの方が多い時代になってしまいました。福祉って、良さそうにみえるけど、一番汚い面が現れるんですよ。いろいろ事情がありまして。それを変えることは、いまの日本では無理ですよ。いま、おいくつなんですか?」

栄太「27です。」

蘭「それなら、またまだ、やれる余地はあります。大学や、就職で人生はおわりじゃありません。あなたは、元々は仏教のかたですか?」

栄太「はい、日蓮宗です。まぐれではありません。」

蘭「わかりました。彫ってさしあげます。不動尊は、悪をこらしめる意味がありますから。」

栄太「ありがとうございます。背中を預けます。」

蘭「マシーンがないので、手彫りになってしまいますが。」

栄太「はい、おねがいします。僕も、伝統はまもりたいし。」

蘭「わかりました。誠意をこめて、彫らせていただきますね。」

栄太「ありがとうございます。」

と、頭をさげる。

蘭「じゃあ、下絵を描きましょうか。」

と、半紙を取りだし筆をとって不動尊の絵を描く。

栄太「すぐに、筋彫りをしてくれませんか?もう、つぶれそうなんです。」

蘭「手彫りですから、すぐにはいきませんよ。それでもいいですか?」

栄太「はい。もう、悲しくてしかたないんです。辛い気持ちが、沸き上がってきて、ほんとうに辛いんです。」

蘭「そうですか。それなら彫りながら辛いことや悲しいことをみんな話してください。手彫りで筋彫りは、時間がかかるし、痛いから、黙っているとストレスになりますからね。僕はちゃんと、お話はきけますから。」

といって、道具を取り上げ、栄太の背に、針を刺し始める。

栄太「僕は、間違えた生き方をしているんじゃないか、と思います。」

蘭「どんなこと?」

栄太「僕は、中学の時に吹奏楽で、フルートをやっていまして、そこから、専門家になりたいな、と思うようになりました。」

蘭「そう。シュリンクスとか、吹いていたのかな?」

栄太「はい。よくやっていましたよ。あのメロディは、たまらなく好きで。ただ、それをするには条件があったんです。」

蘭「つまり、成績がよければ、でしょう?」

栄太「はい、そうなんですよ。何でもそうでした。試験でよい点をとらなければ、部活はやれなかったから。」

蘭「そうか。受験はテクニックだ、というけど。それをこなせたら、うまく切り離しができるかもしれないよね。」

栄太「そうですね。でも、許してはくれなかった。で、大学を出て、働き始めたら、学校が言っていたことは、全部嘘で、ただ、学校の評判をあげたいだけだったと、きがついたのです。」

蘭「そのときの怒りはどうだった?たまらなかったでしょう。心も体も、病気になるひとさえいるよね。」

栄太「本当に、殺人をしようかとも、思いましたよ。どこへいったって、甘えてるとか、自分で考えろとか、偉そうに。勉強に関しては、解らないことがあれば、どんどん質問していいというくせに、それを、実社会でやると、怒られるのですから。」

蘭「そうか。それで、新宗教にいったんだね。それは、本当に辛かったね。」

栄太「いま、何と、、、。」

蘭「単に、辛かっただろうな、と思って。」

栄太「欲しいのはそれですよ。」

蘭「そうだよね、一番の望みは。」

栄太「だって、、、そうじゃないですか、学校にいっていた時は、質問にいったり、点数がとれればよい境遇をもらえたのに、外へ出ると、だめだ、だめだ、ばかりで、何にもやり方がわからないまま、自信がなくなっていきますから、、、。」

蘭「そうだよね。栄太くん見たいなひとは、そう思うよ。僕も君が苦しんでいたのは、よくわかったから。」

栄太「どうして、わかるんですか?」

蘭「その理由で、背中を預けに来た人をたくさん見てきたから。一人じゃないよ。」

栄太「どこにいるんですか?」

蘭「被害者は君だけじゃない。中には 、学校のせいで、本当に悲惨な人生しか送れなかったひともいる。援助交際しかなかったり、覚醒剤に手をそめたり。そういう人には、うんとうんと、本当にうんと、手塩をかけて彫るの。だって、彼らの守り神は人間では、なくなっている。僕は、彫師として、彫ったものが、彼らの守り神になってもらえるように、ずっと彫り続けるの。それは、一生残るものだから。」

栄太「そうなんですか、、、。」

蘭「君は強いね。筋彫りで泣かないとは。きっと、辛い体験があったから、こんなものより、君の心の痛みのほうが、勝っているのかな。」

栄太「い、痛いですよ。」

蘭「わざと言わなくてもいいよ。さて、もう出来上がりだよ。鏡を見てごらん。」

栄太はおそるおそる立ち、用意した鏡で背中をみる。見事な不動尊。

栄太「すごい!」

蘭「あとは、色入れしていこうか。手彫りだから、長くなるけど、こちらも丹精こめて彫るよ。」

栄太「(涙を流して)今日、先生に彫ってもらったことは、一生忘れません。今日を、第二の誕生日にしてください!」

蘭「彫ってから泣くとは、また珍しい。まだまだ、若い。これからが長いんだから、頑張りな。」

栄太「(顔をくしゃくしゃにして)頑張ります!もう、泣かないように!辛いことがあったら、この不動尊を見るようにします!」

そういって、感涙の涙をこぼしていた。

空は、柔らかな青空。

綿雲が漂い、希望をこぼすような光が漏れていた。

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