孤独な花

富士中央公園。杉三と蘭が、芝生の上を移動している。

蘭「どうしたの?いきなり公園に来たいなんて。何かあった?」

杉三「ううん、大したことないけど、たまに来たい事があって。」

二人、飼育池の前に来る。鴨に混じって、白鳥が優雅に泳いでいる。

蘭「そうか、去年の夏から飼い始めたと言っていたな。白鳥。」

杉三「綺麗だなあ。」

暫くいくと、公園の管理事務所があった。

杉三「あれはなに?あそこにある、ちいさなコップみたいなもの?」

蘭「ああ、白鳥のえさだよ。」

杉三「あげていい?」

蘭「いいよ。じゃあ、巾着を出して。」

杉三、巾着を取り出す。

蘭「で、銀の小さくて丸いものを出して。」

杉三「これ?」

と、一円を出す。

蘭「違う違う。これじゃなくて、裏がでこぼこになっている、銀色の

丸いものだよ。」

杉三「これ?」

蘭「正解。これを、管理人のおじさんに渡して。」

杉三「わかった。おじさん、よろしくお願いします。」

管理人「はい、まいどあり。二人は兄弟なの?」

蘭「いえ、違うんですよ。ただの知り合いというだけだけで。」

管理人「そうかあ。二人とも、綺麗だからさあ、兄弟かと思ったよ。

車いすにのっていながら、偉いお兄ちゃんだなあと思った。きっと、

綺麗な人に餌をもらえて、白鳥たちも、喜ぶだろう。はい、白鳥の餌

ね。」

と、杉三に白鳥の餌が入った、紙コップを一つ渡す。

杉三「ありがとうございます!」

蘭「どうも。」

二人、池のほうに戻る。杉三が、池に餌を投げると、こぞって食べに

くる白鳥たち。

杉三「おいしいか?沢山たべな。」

蘭「白鳥をみると、本当に幸せそうだなあ、、、。」

白鳥が杉三の近くにやってくる、その長い首で、杉三の手に乗ってい

る餌を食べる。杉三が、白鳥の体をなでても、全く平気。

そうこうしていると、杉三の手には、えさはなくなってしまう。

蘭「かえろうか。」

杉三「もう、かえるから、違う人に餌をもらいな。君に餌をくれる人

は、直ぐ現れるから、まってなよ。でも、君と遊んでたのしかった。

ありがとうね。」

蘭「人間の子供に語り聞かせているみたいだね。」

すると、一人の女性が池のほうへやってくる。手には白鳥の餌をもっ

ていた。

杉三「ほら、あの方が次のウエイトレスだ。」

白鳥たちは、その女性の方へよっていく。日傘をさし、灰色の着物を

身に着けた彼女は、何か訳があるのだろうか、憂いを帯びた顔だった。

彼女は日傘を下ろし、白鳥の餌を池のほうに投げた。白鳥は直ぐ餌の

ほうに飛んで行った。

杉三「折角、こっちまで来てくれたんだから、そのままあげれば良い

じゃないですか。」

女性「食いつきをしないかと心配で。」

杉三「どうしたんですか?」

女性「何もありませんけど?」

杉三「そんなことありません。顔でわかります。」

女性「顔でわかるって、貴方、超能力があるわけでもないのに。」

蘭「杉ちゃん、いつも言っているでしょうが、他人の話に首を突っ

込んではいけないって。すみません、この人、自閉症で、直ぐ人の

話に口を出すんです。障害者のぼやきとして、忘れてください。さ

あ、杉ちゃん、帰ろう。」

女性「お兄様ですか?」

蘭「違います。」

女性「じゃあ、どこかの介護施設の方でしょうか?」

蘭「でも、ありません。僕が、勝手に世話をしているというか、こ

のひとは、読み書きができないので、こうして付き添っているので

す。」

女性「すごいわねえ、赤の他人なのにそうして世話をして。羨まし

いくらいだわ。」

蘭「すみません。お詫び出しましょうか?」

と、財布を出すと、

女性「良いのよ。」

と、表情が変わり、涙をこぼし続ける。

杉三「良いわけないじゃないですか、涙が出るってことは、きっと、

かなしい証拠ですよ。何があったんです?」

蘭「杉ちゃん!」

女性「そうね、、、悲しい証拠ですよ。杉ちゃんというのかしら、

貴方は幸せね。」

杉三「そうです、僕は幸せですよ。折角だから、名前を名乗ります

ね、影山杉三です。こっちは、伊能蘭です。」

蘭「ああ、とうとう言ってしまったか。」

女性「伊能、、、蘭?」

杉三「そうですよ。伊能蘭です。ほかに名前なんてあるわけがない

でしょうが。芸名は彫りたつだけど、それ以外に何もありません。」

女性「彫りたつ!つまり彫り師の?」

杉三「はい。僕も彫っていただきましたよ。」

蘭「杉ちゃんよせ!節子さん、その節は本当にすみませんでした!」

杉三「二人とも知っているの?」

蘭「知ってるよ。このかたは、うちのアリスが音大時代の同級生だっ

たの。名前は、漆畑節子。そうですよね?」

節子「まさしく、、、その通りよ。でも、貴方、どうして日本に戻

ったの?アリスと結婚して、そのままドイツに住んだのでは?」

蘭「ああ、ちょっと、事情がありまして。悪いのは僕ですけどね。

節子さんも、なぜ日本に戻ってきたんです?アリスが日本より、ドイツのほうが医療は進んでいるといったときいたから、てっきりドイツにいたのかと。」

節子「ええ、確かにそうかもしれないけど、私なりの事情があるの

です。アリスとは、、、。」

蘭「ええ、今もやってますよ。僕も日本で施術しながら、暮らして

いますよ。」

節子「羨ましいというより、嘆かわしく思います。もう貴方とはあ

わないつもりで日本にかえったら、貴方も、日本に帰っていたなん

て。しかもアリスまで巻きこんで。私は、成績がトップになれば友

達ができると思っていて、音大に入ってもできなくて、国を変えた

ら又変わるかなあと思い、ドイツに留学したけど、アリスに邪魔さ

れて、帰国しなければならなかったんですよ!もう忘れよ

うと、思っていたときに、こうして、会うなんて!しかも、貴方は

自閉症という、甘え病をもった人間とつきあっていたなんて!もう、

自分はなんて、運がないのでしょう?私は、もう、死ぬしか方法が

ないのかしら!」

杉三「絶対だめ!」

節子「自閉症の人には、わからないですよ!私の気持ちなんて!」

杉三「でも、だめなものはだめなんです。命ってものはそういうも

のです。だから、絶対だめなんです!」

蘭「自殺はしないで下さい。僕が言うのもおかしいですけど。」

杉三「本当にそうですよ、それに、過去にそういうことがあったと

しても、それを引きずるのはだめです。寧ろ、再会できたと言うこ

とは、うらむのをやめて、償いをするチャンスなんじゃないでしょ

うか。あ、もし、よかったら。」

蘭「どうしたの?」

杉三「僕のうちへ来てくれませんか?」

蘭「杉ちゃん、、、。」

節子「もう、最後だから、行って見る事にするわ。」

蘭「ああ、ありがとうございます。」

節子「じゃあ、行きます。」

杉三「こちらです。」

と、車いすをうごかしはじめる。

蘭「大丈夫なのかなあ。杉ちゃん、言い出したら聞かない人だからね。」

杉三「うるさい。」

蘭「かたまると、すぐこれだ。」

杉三はどんどん進んでいく。蘭は、大きなため息をつく。


杉三の家。夕食の時間。

節子「本当にまだなんですか?もう、あのひと、何をするつもりなんで

しょう?カレーを作るんなら、レトルトで十分なのに。少なくても、そ

の十倍は使いましたよ。ルーにしろ、具材にしろ、お金がかかりすぎま

す。それに、お金の勘定もできないなんて。」

美千恵「まあ、しかたないのよ。昔からそうだったから。」

節子「でも、自閉症の人が、高級なものばかり食べたがるって、不公平

だと思いませんか?私たちは、百円稼ぐのに、どれくらいの苦労がいる

のか、考えたことはないんでしょうけど。」

美千恵「まあ、自閉症だから高級品ばかり食べる、というのは理由には

ならないけれど、本当は高級品を皆で食べるれれば良いんだけどね。」

節子「そうじゃなくて、働けないんだったら高級品を食べる権利はない

と思いませんか?」

美千恵「食べればわかるわよ。」

声「カレーができました。」

節子「ああ、やっとか。」

美千恵「直ぐ行くわ。」

二人、食堂に行く。

杉三「(皿をテーブルに置いて)できました。女性のお客様だから、野菜

カレーにしました。どうぞ食べてください。沢山食べてください。」

節子「仕方ないわね。」

と、カレースプーンをとり、席に座ってカレーを口にする。

節子「お、おいしい!」

美千恵「ありがとう。」

節子「どうしてなのかしら、、、。」

美千恵「味覚は、誰にもごまかすなんてできないのよ。」

節子「悔しいけど、、、おいしいわ。ありがとう。」

美千恵「ほら、お返事しなさい。おいしかったって。」

杉三「うん。」

と、カレーを食べ続ける。

美千恵「ごめんなさいね。礼儀正しくないけど、それが、持ち味と思っ

てね。」

節子「そうですか、、、。でも、ちょっと、悔しいですわ。」

美千恵「あたしたちは、ここであったことを公言したりはしないから、

思ったことはなんでも話しちゃいなさい。ストレスを溜め込むなんて、

これほど馬鹿なことはないから。」

節子「そうですか、じゃあ、言わせて貰います。自閉症の人に、こんな

優しいお母様がいて、支えてくれる人がいるのに、お礼ができないのは、

不公平だし、憎たらしくて仕方ありません。だから、私、明日で失礼し

ます!」

美千恵「まあ、そういう人も何人もいたわ。大きな事を言える立場でも

ないことは確かだし。好きにすれば良いわよ。」

節子「そうですか。では、そうさせていただきますね!」

美千恵「客間に、布団はしいてあるから。それで寝て頂戴ね。」

節子「わかりましたよ!明日朝すぐ出ますから!」

杉三は、カレーを食べたままだった。


翌日。節子は目を覚ました。外は大変明るかった。今何時だろう、と、

思っていると、居間にある柱時計が、十回なった。えっ、どうしてこん

な遅くまで?直ぐに出て行くつもりだったのに、どうしよう!と、思っ

てあわてて立ち上がると、

美千恵「おはよう。よく眠れた?朝ごはんできてるわ。」

節子は、驚きで返答ができなかった。

美千恵「朝ごはんは私が作ったの。杉三が、作りたいってないたけど、

嫌がるだろうからって、私が言い聞かせておいたわ。」

節子「ありがとうございます。」

と、目をこすりながら食堂へ行く。ご飯と味噌汁、オムレツが置いてあ

った。

美千恵「杉三なら、化学調味料はいやだとか、いろいろうるさいんだけ

ど、貴方はそのほうが良いのよね。まあ、大体のひとはそうだけど。」

節子は、やった!と、口にして食堂について、箸を取り、味噌汁を口に

した。

節子「ま、まずい、、、。何で、何でこんなに、、、?」

美千恵「昨日のカレーのせいね。あのカレーは、科学調味料を一切使わ

ないで、作ったのよ。今時、カレールーを使わないで作るカレーなんか

ないでしょ。でも、あの子ったら、カレールーを使うと、食べないのよ

ね。」

節子「では、ルーを使わないでどうやって作るんです?」

美千恵「カレー粉。」

節子「あんな面倒くさいやり方でやるんですか。」

美千恵「そう。あの子は、そういうところが本当に過敏でね。小さい頃

は、無理やり食べさせたけど、そうも行かなくなってきて、自分でカレ

ーを作らせるようにしたら、全く、どこで情報を得たんだか、、、。あ

んな風に凝ったカレーを作るようになっちゃって。だから、材料も高級

品になるの。」

節子「なんとかして無理やり食べさせるわけには行かなかったんですか

?だって食費とか、今時大変でしょう?」

美千恵「大変じゃないといったら嘘になるわ。でもね、こちらが変わる

しかないっていう事例は沢山あるのよね。貴方は若いからわからないか

もしれないけどね。」

節子「そうなんですか、、、。」

と、彼女は化学調味料の味噌汁を飲む。


蘭の家。蘭は、布団で横になっている。

蘭「今日はごめんね。付き添いできないよ。久々に大規模な発作を起こ

してしまって。いま、アリスが戻るから、一緒に行ってきな。」

杉三「それは、気にしなくていいよ。でも、彼女はどうしたら解決できるかなあ。」

蘭「そうだなあ、、、。本当は寂しかっただけなんじゃないかな。あそ

こまで、固まっちゃうと、難しいだろうね。」

杉三「僕、一生懸命カレーを作ったのに。」

蘭「それが、杉ちゃんの、おもてなしだもんね。今回だけは、セラピス

トの先生とかに聞いたほうが言いと思うけど、、、。」

杉三「なんとしてでも、助けてあげたいけど、、、。」

蘭「そうなんだよね、、、。君は言い出したら聞かないから、、、。」

声「ただいま、メール受け取ったわ。あたしが連れて行くから大丈夫だ

からね。」

と言いながら、アリスがやってくる。

アリス「蘭は大丈夫なの?辛いんなら、病院行く?」

蘭「いや、そこまでは要らないよ。薬飲んで寝ていれば大丈夫だと思う。杉ちゃんを、いつも通り、静鉄ストアまで、連れて行ってあげて。」

アリス「わかったわ。蘭も、調子が悪いなと思ったら、直ぐに知らせて

頂戴ね。」

蘭「わかったよ。」

アリス「じゃあ、バス停に行こうか。」

杉三「うん、よろしく。」

アリスは、杉三の車いすをおしてバス停まで連れて行く。


バス停。そこには先客がいた。女性二人。

アリス「あれ、もしかして、お母様と、節子さんでは?」

杉三「節子さん!」

バス停に立っていたのは、紛れもない美千恵と節子だった。節子は、杉

三を見ると、一目散に駆け出して行った。

杉三「まって!まって!」

と、車いすを操作するが、当然のごとく追いつくことはできなかった。

アリス「そこは、工事中で行き止りよ!」

節子は、全速力で走ったが、このあたりの地理は詳しくないために、工

事現場に遭遇してしまった。そのため、杉三たちは追いつくことができ

た。

節子「どうして、こう、付いてないのかしら。私って!」

杉三「付いてないんじゃないんだよ!」

アリス「節子さん、どうして私の顔を見て逃げたのよ!私、貴方のこと

が心配で、貴方に近づいたのに!」

節子「あんたにわかるはずなんかないのよ!貧しい国のひとでありな

がら、なんであんなに優等生になれたのかしら。きっと、最近まで戦争

をしていたところの出身ということで、審査員から同情票をを沢山もら

ったんでしょう?で、なければ、ドイツの音楽大学で、一等賞を

とることなんて、できやしないわ!」

アリス「じゃあ、あんたこそ、無理なプライドは捨てなさいよ!日本人

は自分の殻に篭るというけれど、そういうところが嫌なのよね。あんた

が、毎日寂しそうに、一人で食事してたりしたから、私は、心配して声

を掛けたのよ!それに、あたしのところは、最近まで、戦争をしていて、

すごい大掛かりな戦争までなっちゃったのは確かだけど、あんたたちの、

日本だって、同じようなものじゃない!」

節子「時代が違うわ!もうとっくに終わって、みんな忘れてるわよ、戦

争なんて!」

アリス「そうかしら、色んな所にほころびが残っているように見えるけ

ど!」

美千恵「ちょっと、待ってください。お二人は、一体何があったんです

か。アリスさんの出身国は確かに最近まで戦争をしていたのは確かでし

ょうが、、、。」

アリス「すみません、、、。こういうわけなんです。」


回想、ドイツのコンサートホール。ピアノのコンクールが行われている。

アリスはショパンのピアノ協奏曲第二番を演奏する聴衆から、大拍手が

おこる。

続いて、節子の演奏。節子は、同じくショパンの、ピアノ協奏曲一番を演

奏。審査員たちは高く評価したが、アリスほど、聴衆の受けはよくなか

った。

結果発表。

審査員長「(ドイツ語)えー、順位を発表します。一位、漆畑節子さん。

二位、、、。」

呆然とするアリスの隣で、節子は大喜び。結局アリスは順位に入らなか

った。

聴衆「(ドイツ語)おい、どういうことだ!あのアルバニアの女のほうが、

よほど上手かったじゃないか!」

聴衆「(ドイツ語)順位撤回だ!彼女のほうを一位にして、日本の女は、

最下位にしてしまえ!」

聴衆「(ドイツ語)日本なんて、何十年も平和ボケしているのに、彼女の

国では戦争が最近まであったんだ!そのような中で、一生懸命練習して

きた彼女を、ほめてやれよ!音楽というものは、本来そういうものじゃ

ないのか!」

暫く、間が開いて、

審査員長「(ドイツ語)わかりました。アリスさんを、聴衆賞に、いたし

ます。」

大拍手が起こる。アリスは記念のカップを受け取り、インタビューを求

めた報道陣の前で、こういった。

アリス「(アルバニア語)今まで、生きた中で、一番幸せです。ありがと

ございました!」

と、聴衆に向かって最敬礼する。会場が割れんばかりの大拍手だった。


回想終わり。

美千恵「そうだったんですか。確かに、ヨーロッパでは、個性を尊重す

る風習がありますからね。」

節子「そうなんです。あのあと、私は、アリスを馬鹿にした女とされ、

コンサートとか、殆どできなかったんです。でも、アリスは、そのお陰

で、ヨーロッパ各地で演奏会をしました。勿論、日本とヨーロッパでは、

感性が違うのはわかります。だけど、その日から私とアリスは、全然ち

がう人間になってしまったんです。本当に悔しかった。中には、ときが

立てば解決してくれるとか、忘れてしまえという人もいましたが、時が

立てば立つほど、憎しみというのは、強くなっていくものなのです。」

美千恵「で、結局、日本に戻ってきたわけね。」

節子「そうなんです。ドイツで鬱病の診断受けていて。」

アリス「あたしは、ドイツにいい医者がいるとか、いろいろ、情報を提供したりしたけど、故郷にはかなわないですわ。みんな、無視されてしまいました。」

美千恵「二人は、仲良しだったの?」

節子「はじめは、いい人だと思ってた。でも、コンクールで不正をしてからは、いい人に見せかけておきながら、同情票に、調子に乗りすぎていることに気がついてないんだと、確信したわ。」

アリス「きっと、忘れてると思うけど、貴方とアルプスに登ったり、サイクリングしたり、有名なピアニストのリサイタルにいったり。私は、おぼえているわ。みんな、私には貴重な思い出。全部記録してあるの。」

節子「そう。どうせ、空襲で焼けたとか、言う気でしょ。悲劇のヒロインにはなりたくないわね。あんたみたいに。」

アリス「そんなことはないわ、私は単にピアノを弾いていただけよ。回りの人が、ちやほやするから悪いのよ!私はなにもしてない!」

節子「嘘をいわないで!あんたの回りに、何人の報道陣がつめかけたか、勘定してみなさいよ!」

美千恵「どうしようもないことってあるのよね。人間のちからが、及ばないというか。神様にしかできないというか。」

杉三「同じじゃないですか。」

節子「同じ?」

アリス「どういうこと?」

杉三「アリスさんの国も、日本も、同じように大きな戦争の発端になっ

た国で、同じように破れた国です。だから、いくら時代が違うとか言っ

ても、同じことなんです。だって、それだけが事実だから。」

アリス「まあ、、、きっかけは違うけど。」

杉三「そうなのかも知れないけれど、考えることはみんな同じ。幸せに

なりたいだけですよ。それが極端すぎるから戦争になるんです。コンク

ールだってそうです。本当は順位なんかつけるべきじゃないんですよ。

でも、皆比べっこするのが大好きなんですよね。」

アリス「でも、もしかして私、本当に申し訳ない事をしたのかもしれないわ。彼女

にたいして。」

杉三「そんなの、気にしないでいいんですよ。だって、コンクールで点

数をつけたのは、お二人じゃないでしょう?それに、気が付かないから、

戦争になるんじゃないかな。」

アリス「杉ちゃんは、時々そういうことをいうのよね。あたしたちが見

落としていることに気付いてる。」

美千恵「これを機に、お二人で仲良くしませんか?御互いのすれ違いを

証明してくれたんだから。」

アリス「ええ、そうする。少なくとも私はね。」

節子「どうして、、、。」

杉三「節子さんも、時代はこれからも変わっていくことに気が付いてく

ださい。」

節子「でも、、、。」

杉三「でも、じゃなくて。過去はもう取り戻せないですから。人間は後

ろには進めません。」

節子「悔しいけど、、、。」

アリス「杉ちゃんの言うとおりにして御覧なさいよ!」

節子「どうして、私の気持ちには誰も、触れてはくれないの?私は、教

訓がほしいわけじゃないわ。そうじゃなくて、、、。私が辛かった過去

をきいて、そうか、お前もそうだったのかと、言ってくれる人がほしい

だけなのに、、、。」

杉三「僕は良くわかるよ。」

節子「いいえ、普通の人にいってほしい。」

アリス「それは、ある意味人種差別ではないですか?」

節子「そんなことはないわ。私は、もうだめなのよ。ごめんね。もう、

疲れたわ。楽になりたい。御免なさい。私、行くわ。もっと、いい場所

を自分で探すから。もう、貴方たちの下には、あらわれないから。ごめ

んなさい、、、。」

節子は、三人にせを向けて、もと来た道をかえっていった。誰も、それを

止めることはできなかった。

彼女が荷物を持って出て行くのを、蘭が窓からずっと、見ていた。

蘭「元気でね、、、。」

彼女は、それさえ聞くことができなかった。ただ、乾いた道路をみつめ

ていた。

それ以降、漆畑節子の行方はわからなくなった。ただ、彼女の演奏を録

音したディスクが、店に山のように積み上げられて、次々と、抜かれて

いった。

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