ショッピングモール。杉三と、蘭は、それぞれのご飯の材料を買い求め、店をでる。

店の前にある駐車場に、一台のワゴン車がとまっている。

杉三「あれ、なんだろ。」

と、ワゴン車を指差す。

蘭が目をやると、警官と、中年の女性が口論しているのが見える。

警官「だから、太っているからって、シートベルトを閉めない理由にはなりませんよ。」

女性「太ってるわけじゃないんです!私、先程もいいましたけど、」

杉三は、そこへ近寄って、

杉三「お巡りさん、このかた、赤ちゃん。」

女性「ほらみてよ、こうしてわかってくれる人がいるじゃないの。(鞄を開けて)母子手帳よ!ほら!」

警官「あ、ああ、すみませんでした、聞き流してください!」

と、去っていく。

杉三「全く、嫌なお巡りさんですね。新しい命を宿した人に、酷いこというなんて。いつ産まれるんですか?」

女性「もうすぐ臨月なのよ、だから、来月くらいかな。」

杉三「いいなあ、もう名前とか、性別とか、みんなわかっているんでしょ、いまの 医学なら。楽しみですね。」

蘭が杉三のもとへやってくる。

蘭「杉ちゃん、赤ちゃんは女の人の特権だよ。だから、根掘り葉掘りきいては、」

女性「いえいえ、いいんですよ。そんなに、重要視してませんから、私。お二人は、車いすに乗られているけど、帰りの足は大丈夫?」

蘭「はい、新富士までいって、あとは、タクシーで。」

女性「タクシー、呼ぶと高いわよ。これも、縁だと思うから、帰り、乗っていかない?どちらにすんでるの?」

蘭「東洋寺のあたりです。でも、負担がかかってしまわないでしょうか?」

女性「全然そんなことはないわ。もし、不安だったら、私の名義でヘルパーを頼むこともできるわよ。」

蘭「ヘルパーは、65歳以上でないと。」

女性「ああ、うちの会社の人たちよ。私は、斎藤英子。障害のある人のための、外出支援をやっているの。本来は夫がやっているんだけどね。」

といって、二人に名刺をわたす。

蘭「僕は、伊能蘭です。こちらは、影山杉三。よろしくどうぞ。」

と、彼女の手をにぎる。

杉三「どうぞよろしく。」

再度、握手する。

英子「じゃあ、いこうか。」

と、車についているボタンを押すと、スロープがでてくる。先に杉三がのり、次に蘭がのる。

英子は、エンジンをかけて車を動かしはじめる。

杉三「本当にいまの時代はいいなあ。」

蘭「どういうこと?」

杉三「赤ちゃんいる人ものれるんだもんね。僕の母ちゃんの友達は、車にのってて、流産したりしてたから。」

蘭「そんなこと言うなよ。」

英子「いいのよ。人をのせるなんて、めったにないんだから。声をききたいわ。」

杉三「赤ちゃんのお父さんは乗らないんですか?」

英子「さあ、どうかしらね。」

杉三「どうかしらねって、お父さんがいるから、赤ちゃんができるわけだし。」

英子「父親の話はしたくないわ。」

数分後、東洋寺が見えてくる。

英子「ここでいいかしら。」

蘭「大丈夫ですよ。本当にありがとうございました。」

英子は、車をとめて、ドアを開け、また、スロープを出して二人をおろす。

蘭「本当にありがとうございます。助かりました。」

杉三「こんどは、赤ちゃんと一緒に会いたいな。」

英子「いいわよ。あたしも、よくあの店には通っているし。もしかしたら、つれていくようになるかもしれないし。そうそう、知り合ったのも何かの縁だから、メールアドレス、教えてほしいわ。だめ?」

杉三「僕は読み書きができない。」

英子「一応、これ私のアカウントなの。よかったら、どうぞ。」

電話番号と、メールアドレスが書かれていた。

蘭「ありがとうございます。あとで、メール、送っておきます。」

英子「嬉しい!ありがとう。じゃあ、いつでもメールしてね。」

と、ワゴン車にのって、帰っていく。

蘭「一体、僕らは何をしたんだろうね。」

杉三「いいんじゃない、乗せてきてもらったんだし。」

蘭「杉ちゃんは、複雑なことは単純に考えるんだね。」


英子の屋敷。

英子「ただいま。」

彼女の母親、秀子が出迎える。

秀子「大丈夫だったかい?」

英子「ええ、お陰さまで。買い物もしてきたわ。久さんは?」

秀子「さっき、買い物にいった。どうせまた、パチンコにうつつを抜かしているわよ。とにかく、部屋にはいりなさい。」

英子「ありがとう。」

二人、食堂にいく。

英子「ああ、全く。赤ちゃん宿すって大変ね。」

秀子「ねえ、英子。」

英子「何?」

秀子「久さんと、別れたら?」

英子「何でまた!赤ちゃんだっているのに。」

秀子「養育費だけ出させればいいわよ。それに、私だってまだ働けるし。そうしないと、あんたが危なくて見てはいられないわよ。」

英子「でも、久さんは、カッとしやすい人かもしれないけど、悪い人じゃないわよ。」

秀子「どこがいいのよ?毎日毎日、お酒に酔って、暴れるだけじゃないの。お父さんもそうだったけど、おんなじ思いを、あんたと赤ちゃんにはさせたくないのよ。」

英子「そんな、、、。」

秀子「お父さんのことは、忘れろしか言えなかったけど、そんなこと、私ができるはずがないから、おんなじ心の傷を背負って生きていてほしくはないわ。」

英子「そう、、、。」

秀子「考えといてね。」

数時間後、夫の久が帰ってくる。

久「帰ったぞ。おい、英子、どこにいる!」

英子「すみません、いま、晩御飯の支度していて。」

久「そういうことは、亭主の俺が来る前に終わらせておくものだ!」

と、英子の頬を打つ。

英子「ごめんなさい!」

すると、床の間から秀子がやってくる。

秀子「これ以上この子をいじめるのは、やめてくれませんか。もう、でていってください!娘は、一人の体ではないんです!」

久「婆さん、それはお前の子じゃなくて、俺たちの子なんだから、口をださないでもらいたいね。」

秀子「いいえ、私は、母親です。その子は私の血を引く子でもあるのです。」

久「うるせえんだよ、ばばあ、殺してやろうか!」

と、そばにあったゴルフのクラブを振り上げる。

秀子「きゃあっ!」

と、廊下を走りだす。

英子「久さんやめて!別れたりはしないから!」

と、久の体を捕まえて、なんとか、クラブを落とすことには成功した。

久「覚えてろ!」

と、玄関から出ていってしまう。

英子は、急いで母のもとにかけより、

英子「ママ!大丈夫?」

しかし、秀子は、言葉を言うことができない。数分後、

秀子「やめてください!お父さん、私に何かするのはいいけれど、この子にだけは、

やめてください!」

といって、自分の腹をみる。

英子「おんなじ事があったのね。」

秀子に薬を飲んでねてもらい、英子は自分の部屋に戻る。と、漠然と不安になってくる。涙があふれてくる。

英子「ああ、もう!」

と、自分の膝を叩き、

英子「いつまでも、落ち込んではいられないわ。」

英子は、スマートフォンをとりだして、ダイヤルする。


杉三のいえ。杉三と美千恵が夕食を食べていると、家の固定電話がなる。

美千恵「はい、影山でございます。」

声「あの、伊能蘭さんの御宅ですか?」

美千恵「いえ、ちがいます。こちらは影山です。間違った番号を回したんですよ。」

声「では、正しい番号を教えてくれませんか?」

美千恵「は?あなた、何者ですか?」

杉三が、電話に近づいて

杉三「母ちゃん、僕が出る。」

美千恵「お知り合い?」

杉三「受話器貸して。」

美千恵「はい。」

と、受話器を彼に渡す。

杉三「もしもし、あ、英子さん。どうしたんですか?」

英子「あなたのところへ匿ってもらえないかしら。」

杉三「まあ、確かに余っている部屋はありますけど。父ちゃんが、生前使っていて。」

英子「一月だけでいいから、そこにいさせてくれない?お代はあとで出すから。」

杉三「一体、どうしたんです?」

英子「DVが酷いのよ。」

杉三「なんですか、DVって。」

英子「主人の暴力が酷くて。」

美千恵「杉三、ちょっとかして。」

杉三、美千恵に受話器を手渡す。

美千恵「もしもし、いったいどういう事情なんでしょう?ええ、ああ、そういうことですか。身重の方では不安でしょうから、いらしてください。はい、お母様も、ですね。もし、よかったら、DVシェルターも、紹介しますからね。しばらく、お預かりできますよ。」

と、電話をきる。

美千恵「蘭さんにも、電話しましょうか。知らせた方が、いいでしょうから。」

と、再びダイヤルする。


数時間後、ワゴン車が到着する。 蘭とアリスも、杉三たちと、いっしょにいる。

蘭「英子さん、大丈夫ですか?」

英子「私よりも母の方が。」

秀子は、まだ、顔を覆いながら、ないているのである。

アリス「これはひどいわ。戦時中みたい。あたしの故郷は、東欧だけど、最近まで戦争をしてたから。」

蘭「アリス、彼女を病院につれていってあげな。村野精神科。」

英子「精神科ですか!それは怖くありませんか?」

アリス「いえいえ、大丈夫ですよ。村野精神科は、とても優しい先生よ。それに、よほどの事がない限り、入院にはならないわよ。じゃあ、お母様、いきましょうか。」

アリスは、秀子の手を握り、そっと彼女の肩に手をやって、自分のボルボにのせてやる。

美千恵「どうぞ御上がりください。お茶でものんで、ゆっくりしてくださいよ。あら、随分立派ね。予定日は?」

英子「来月くらいです。」

美千恵「そう。あとすこしね。初産なの?」

英子「はい。」

美千恵「その顔からみると、あなた、三十代でしょう?中毒症とかは、大丈夫なの?」

英子「はい、36歳です。いまのところないですけど、不安はありますね。」

美千恵「産婦人科には、行っているんでしょう?」

英子「いますけど、、、夫の職場が近いから、正直通いたくないし。」

美千恵「そうよね、ごめんなさい。」

杉三「僕らが探してあげる!」

蘭「おい、女のひとの話に、首を突っ込むなよ。」

杉三「いいじゃないか。男性にできるのは、情報を集めることじゃないか。」

蘭「そうだけど、でも、出産というのは、」

杉三「どこに通っていたんです?」

英子「私は、中央病院です。」

美千恵「あそこはやめた方がいいわよ。市が経営する病院なんて、大したことないんだから。分娩室も汚いし、看護師の態度も最悪って、いわれてるわ。」

英子「それは言われましたけど、そこ以外近いところがなくて。きっと、最初で最後の出産になると思うから、病院の方がよいとは、思いましたけど。」

美千恵「そうよね。ちょっと職場のわかい人に聞いてみようかな。」

杉三「僕だったら、手術室みたいなところは、嫌だな。」

蘭「確かにそういう人もいるよね。」

蘭のスマートフォンが鳴る。

蘭「はい、あ、アリス。うん、ああ、そうなの。わかったよ。もう帰るんだね。」

と、電話を切る。

蘭「お母様、いわゆるトラウマが出てしまったようで、自分がうけたDVと、お嬢様がされていたDVと重なってしまったようなんです。すぐ落ち着きを取り戻したから、もう帰ってきますよ。」

杉三「ああ、もう、病院がパンクするんだな。」

蘭「そうですよ。だから、入院したいといっても、通らないんです。」

英子「よかったです。母には、孫にあたるわけですから、見せてやりたいわ。あたしたち、ずっと父から、暴力があったから、母には、はやく楽になってもらいたくて、結婚しても、子供がなかなかできなかったんです。あたし、結婚して、13年にもなるんですよ。それでやっとですから。私も、夫も兄弟はないし、ずっと子供がほしいなと言い続けたんですけど、ちっともできなくて。」

杉三「で、だんなさんが暴力を?」

英子「それもあると思います。夫は、妾の子で、本家では随分冷たい扱いだったようてすし。私がもっと、しっかりしているべきでしたでしょう。」

杉三「そうですか。それは、悲しいですね。しかし、暴力を振るうのは、いけないことです。英子さんはなにも悪くなんかありません。僕も、父を亡くしましたけど、母がしっかりやってくれました。だから、いわゆる、シンママも、悪くないと、おもいます。」

蘭「杉ちゃんは、たまに、哲学的なことをいうんだなあ。」

玄関の戸があく。

アリス「ただいまあ、お母様、帰ってきましたよ。」

英子「ママ!」

と、秀子のもとへいく。

秀子「ごめんね、心配かけちゃって。」

美千恵「よかった。心配なくて。お客様ようの布団を敷いたから、よく休んで頂戴。」

秀子「この度は、本当にありがとうございます。」

美千恵「いえいえ、お互い様です。」

蘭「じゃあ、僕らも家に帰ろうか。」

アリス「そうね。何かあったら連絡頂戴。じゃあ、また明日。」

と、車いすの蘭を押して、帰っていった。


数日後、和裁教室を終えた杉三が、電車から下ろしてもらって、改札口に入る。とおるために、スイカをタッチするが、金額が足りなかったのか、ストッパーが閉まってしまう。

杉三「わあ、どうしよう!」

彼の後ろを歩いていたわかい女性が、それを見て立ち止まり、

女性「どうしたの?」

杉三「改札から出られない!」

女性「駅員さん、よんできてあげる。」

杉三「あ、ありがとうございます。」

と、頭を下げる。

女性が駅員をつれてきて、

駅員「はいはい、えーと、300円不足しておりますね。こちらで、払っていただけませんか?」

杉三「300円、、、。」

駅員「早くだしてくださいよ。」

杉三「(巾着をだして)って、どれが300円なんですか。」

女性「ちょっとお財布を拝見していい?」

杉三、彼女に巾着を渡す。

女性「はい、これね、100円玉三つ。これで、300円。はいどうぞ、駅員さん。」

と、300円をはらって、改札口を通っていく。

杉三「ありがとうございました。助けていただいて。」

と、右手を出す。

女性「いいのよ、気にしないで。きっと、ディスレクシアの人かな?と、思ったのよ。どこにも、そういう人はいるって、しってるから。」

杉三「それでも、一期一会ですから。」

女性「まあ、丁寧ね。(と、右手を握る。)他の人にはなかなかないわよね。そんな、丁寧に接してくれるなんて。」

杉三「(手を離し)大学生の方ですか?」

女性「ううん、働いてない。けど、、、。あ、ごめんなさい、急いでいるのに、わるかったわ。」

杉三「急いでなんかいませんよ、けど、なんですか?」

女性「いや、大したことはないわ。」

杉三「教えてください。僕は中途半端が嫌なんです。」

女性「私なんて、なんのやくにもたたないわ。」

杉三「進路といいますと?」

と、にわか雨がふってくる。

杉三「あ、雨、、、。」

女性「そんなに強くはないから、大したことなく止むと思うわ。お着物が濡れちゃうから、どこかでお茶でものんでましょうか。」

杉三「そうだね。」

二人、駅の近くのカフェに入る。

杉三「お名前、何て言うですか?」

女性「橘立子。」

杉三「響きがいいですね。僕は影山杉三です。」

立子「どうぞよろしく。」

杉三「で、何を悩んでいるんですか?」

立子「男性のあなたにいうのは、難しいけど、本当にしたい仕事ができないのよ。私、助産師の資格あるんだけど、産婦人科をやめたの。」

杉三「へえ、素敵ですね。一番素晴らしい仕事じゃないですか!」

立子「資格とった理由は、母から聞いたの。私を産んだとき、しかん発作で倒れてしまって、三日くらい昏睡状態だったんですって。だから、出産を補助する仕事につきたいのよね。私の性分として、いろんな資格を次から次へと取得するより、助産師だけに絞った方がいいわ。もし、他をとるなら、とりたいときに、いけばいいし。しばらくは、助産師としてやりたい。だから、助産院で働きたかったのよ。だけど、」

杉三「だけど、なんですか?」

立子「学校の教師と来たら、助産師学校は、国公立じゃないからって、看護大学にいけと、うるさかったの。だから、負けたくないって、私、結局助産師学校にいって、資格をとったけど、産科しか働くところがなくて。」

杉三「産科は、なぜいけないんですか?」

立子「自分達の昇格の道具にしか、妊婦さんと、赤ちゃんを取り扱わないからよ。」

杉三「道具?」

立子「そうなのよ。会議やら研修やらで、妊婦さんのことや、赤ちゃんのことを、綺麗な文書で書かなきゃいけないのに、実際の高い地位の介護者の態度は、まるで私に従いなさい、という、わがまま女王みたいだわ。それだもの、少子化が進むわけよね。親身になって、分娩を手伝わないことも、理由の一つじゃないかしら。」

杉三「心の綺麗な方ですね。それなら、産科をやめる必要もないじゃないですか。妊婦さんたちは、親身になって、もらう方が嬉しいとおもいますけど。」

立子「考えてみるとね、高校時代から助産師になりたいと考えていたけど、看護大学で、授業のなかで取得する方が、良かったのかもしれないわ。今は、一つだけ、では生き抜けない時代だなあと思うのよ。高校生のころは、道は単純でまっすぐじゃなきゃだめって思っていたけど、いまは、複数の資格を持っていないと、やっていけないのよね。私は、余計なことは、考えないで、赤ちゃんを産むのを手伝うだけに、従事して生きたかったんだけど、大間違いだったわ。もしかしたら、教師がいった方が、正しいのかも。」

杉三「いいえ、教師より、素晴らしい考えじゃないですか。ぜひ、よき助産師になってくださいよ。」

立子「ありがとう!うれしいわ。ねえ、連絡先を教えるから、またお会いしましょうよ。なんか、あなたに聞いてもらうと、立ち上がろうと思えるわ。あなたみたいな人には、嘘が通用しないんだって、よくわかったから。」

杉三「はい、僕もかまいませんよ。綺麗なひとほど、吐き出す間がないのは知ってますし。大丈夫ですよ。また、おあいしましょう。」

立子「不思議な能力ね。あなたみたいな人って。」

と、ルーズリフを取り出して、自分の名前と、電話番号を書き、杉三に渡す。杉三は、それを巾着にしまう。

杉三「残念ながら、僕は、文字が書けない、、、。」

立子「一期一会って、難しいわね。結局、そうやって、二度と会えないんだもの。私、本当に、あなたに話して吹っ切れたわ。成長したら、私を見てほしい。でも、その人に、会えないなんて。」

杉三「また、会うこともあるかもしれませんよ。チャラいひとは、やたらいるけど、一生懸命やるひとは、少ないから。繋がれるんじゃないかな。一生懸命同士。」

立子「ほんと、あなたはロマンチストね。文字を書けたら、詩集でもだせそう。」

杉三「いえ、バカの一つ覚えです。」

雨が小降りになってくる。

杉三「もう、かえらないと。」

立子「あら、もう、そんな時間?此処のお代は私が出すわ。」

杉三「でも、」

立子「いいのよ、私に払わせて。あなたに会えて本当によかったから、お礼をさせて頂戴。」

杉三「お言葉に甘えます。」

立子は、伝票をもってレジでお代を支払い、杉三の車いすを押してカフェをでる。

杉三「ありがとうございました。またお会いしましょうね。」

立子「ありがとう!」

杉三、手の甲を向けてバイバイする。


杉三の家。杉三と、蘭が夕食を食べている。

蘭「助産師か。珍しいね。お母様が難産だったという、理由も純粋だな。いまは、資格商法の温床みたいになっているからさ。看護大学って。」

杉三「僕も感心したよ。彼女の感性が、つぶれないように祈らなきゃ。」

秀子が、味噌汁の入ったお椀を二人の前におく。

杉三「秀子さんの味噌汁、美味しいですね。お母さんの味って気がします。」

と、一気に飲み干す。

蘭「八丁味噌ですからね。美味しいわけですよ。」

秀子「いえいえ、単に真似しただけですよ。」

杉三「誰をまねしたの?」

秀子「え、、、。」

杉三「誰をまねしたの?」

蘭「杉ちゃん、あんまりしつこく質問しないで。」

秀子「私の、母の味だわ。当時は、DVシェルターもないから、母のところへ戻るしかないし。」

杉三「昔だからね。」

秀子「そのときに、母が作ってくれた味が、今でも忘れられないのよ。なんか、いつでもこいよって言ってるみたいで。」

杉三「確かに、今みたいな治療法のようなものがないですものね。」

秀子「でも、娘だけは、ちゃんと育てようと思ったわ。だから、それなりに厳しく接したこともあったのよ。でも、だんだん私を避けるようになって、私よりも、早く結婚して。はじめのころ、あの男は優しかったけど、子供ができないからって、私が受けていたことをしはじめて、だから、私が同居するようにしたのよ。あの子を守りたくて。でも、もう、年だから、孫が大人になったときは、この世にはいないわ。ああ、ごめんなさい、ついつい長話になってしまって。」

杉三「思いすぎたから、じゃないですか。」

秀子「何を?」

杉三「娘さんには、自分がやられてきたことを、させたくないからって。」

秀子「その通りよ。」

杉三「厳しさだけじゃ、だめなんです。だって、厳しい世界と、暴力の世界しか、彼女は見ていない。暴力の、正反対のことを見せてあげられたら、また違うと、思いますよ。」

秀子「そうね。確かにそうかもしれないわ。暴力の世界しか、あの子は見ていない。それは、悲しいことよね。私も、当時は逃げるだけで精一杯だったし。あの子の心までは見切れなかったかもしれない。だから、あの子には、幸せな夫婦という、手本を見せられなかったのね。」

蘭「でも、そうしろと偉い人たちがいくらいっても、DVが減らないのは、人間は歴史から学ぶことはできない、と定義しないからです。お母様も、さんざんに怖い思いをしてきて、それを娘さんにさせたくないから、厳しくした、と結論すれば、やっぱり人間も感情の動物ですよね。偉い人たちには、絶対にわかりませんよ。いつの時代にも、偉い人が、机の上で決めて、従わせるしか、人間には能力がないんです。」

秀子「お二人は、本当にいろいろしっているのね。どうして、あなたたちが政治をしてくれないのか、不思議だわ。」

杉三「バカの一つ覚えと、かんがえてください。」

と、その時だった。

声「い、痛い!」

蘭「誰だ今の。」

杉三「始まったのかなあ。」

秀子「英子、英子!」

と、縁側にすっ飛んでいく。居間でテレビを見ていた美千恵はすぐにテレビを消して、同様に縁側にいく。

美千恵「ああ、はじまったのかな。じゃあ、立てる?部屋に入ろうか。」

英子は、力なく頷き、布団の敷いてある部屋にいく。そこには、天井から綱がついている。いわゆる産み綱というものだ。

杉三「僕らもいこう。」

蘭「男性がいくのは失礼だよ。」

杉三「関係ない!いく!」

と、部屋までいってしまったので、蘭も追いかける。

美千恵「はじめてのお産だからまだまだよ。蘭さん、アリスさんに連絡して。」

蘭「(ダイヤルを回し)アリス、お産が始まったよ。直ぐに病院に電話して。」

蘭は、一度スマートフォンを切る。数分後、もう一度なる。

蘭「もしもし、」

アリス「酷いことになったわ。全部の婦人科に電話したけど、みんな受け入れてくれないわよ。廃科になってたり、うちで、かかっているわけでもないからって。」

蘭「そうか、こまるな、、、。」

アリス「とりあえず、そっちにいくわ。」

蘭「わかったよ。」

と、電話をきる。

秀子「この辺りに、お産婆さんは、いませんか?」

美千恵「ごめんなさい。しらないわ、杉三を取り上げてもらったかたは、亡くなったし。」

杉三「男性のあなたにいうのは、難しいけど、本当にしたい仕事ができないの。私、助産師の資格あるけど、産婦人科をやめたのよ。」

蘭「杉ちゃん、それ、誰のこと?」

杉三「僕が今日、カフェで話した女の人。」

蘭「助産師の資格あるの?」

杉三「うん、そういってた!助産師学校にいったって!」

美千恵「助産師学校なら、岩本助産師学校だわ。あそこは、助産師の東大よ。」

アリス「電話しましょう。産婦人科なんて、信用できません!杉ちゃん、名刺かなんか、もらわなかった?」

すると、インターフォンが鳴る。

杉三「はいはい、どなた?」

声「杉三さん、あたし、立子です!」

杉三「助産師になりたいといった、立子さん!」

立子「はい、杉三さん、この手拭い忘れていたから、追いかけて、人に聞いたりしながら、届けに来たんですよ。どうしたんですか?」

杉三は、玄関の方へいく。

杉三「お願いがあるんです。英子さんを手伝ってあげてくれませんか?」

声「痛い!」

美千恵「ああ、はじめてだから、びっくりしたのね。」

声「これが、続くんですか?」

美千恵「そうよ。でも、女は強いの。誰でもそういうけど、ちゃんとやれるから。」

立子「わかりました!杉三さん落ち着いて!なにも怖いことじゃないのよ。」

と、いそいで靴を脱ぎ、産室に突っ込んでいく。

杉三「ありがとう!僕はちょっといってくる!」

と、車いすを操作して、玄関から出ていってしまう。

声「痛い!」

声「大丈夫よ!美千恵さんの指示通りにやれば!」

声「あんまり指図するなよ、アリス。」

声「あんたたちになんか、わからない!この入れ墨男!」

立子は、声を頼りに部屋へいく。そこでは、痛みに泣きそうになっている英子と、彼女の肩を抱える秀子と美千恵。蘭と、アリスは祈りの姿勢をしている。

立子「はじめまして、私橘立子です。」

蘭「ありがとうございます。彼女を助けてあげてください。もう、陣痛の間がかなり狭くなってきてるから。」

立子「わかりました。皆さん、落ち着いてください!お母さん、大丈夫ですよ。必ず産めますから。」

英子「久は?どこにいったの!」

秀子「こんなときに、バカなこと言わないの!あんな男のことは、忘れなさい!」

英子「じゃあ、やり方を教えて!」

立子「はい、わかったわかった。怒鳴らないで。怒鳴ると赤ちゃんが産めなくなるわよ!ほら、深呼吸して!」

と、英子の肩を叩く。

美千恵「(立子を初めてみて)あなたは?」

立子「橘立子ともうします。杉三さんから、聞いているとおもいますが、岩本助産師学校を出ました!」

秀子「ぜひ、娘をよろしくお願いいたします。」

蘭「すごいことに、なってきたな。」

アリス「経験してない人にとっては、かっこよく見えるわ。」

蘭「あれ。杉ちゃんは?」


一方、杉三は、英子の夫のみがすんでいる、あの屋敷にいた。彼がチャイムを押すと、久は帰宅していた。

久「なんだお前?」

杉三「僕は影山杉三です、英子さんの友達です。」

久「なんだ、浮気でもしていたのか?」

杉三「違います、英子さんの赤ちゃんがうまれそうなんです。彼女にそってあげてくれませんか?」

久「なに、子供までできたのか!」

杉三「ええ。久さんと英子さんの子供です。」

久「お前が英子をそそのかしたのか?」

杉三「はい、僕は読み書きができないので、助けてもらいました。英子さんは、僕のことを好きだといいます。だから、僕も、彼女が好きです。」

久「教えろ!英子と婆さんはどこにいる?」

杉三「僕のうちでくらしてます。」

久「直ぐ、あいつらをつれてこい!」

杉三「ムリですよ。僕は歩けないから、どうやってつれてくれば良いんですか?歩いていける距離ではないから。」

久「よし、車に乗って、道順を教えろ!」


杉三の家の玄関。

アリス「杉ちゃん!杉ちゃーん!」

蘭「いた?」

アリス「いないわ。スマートフォンも操作できないし。」

蘭「市役所に放送で呼んでもらおうか。」

アリス「そうね。」

と、一台の車が近づいてくる。

声「そうです、ここで下ろして!」

車はとまる。自動ドアがあいて、杉三と、若い男性が降りてくる。

杉三「久さん、こちらです。もうすぐ生まれます。早く来て!」

蘭「杉ちゃん!きみは何て言う酷いことをしているんだ!彼女が、一番怖がっている人をつれつきてどうする!」

杉三「どんな人だって、赤ちゃんが生まれる瞬間を目撃したら、悪い時代は終わるよ!少なくとも、そう信じてる!」

と、車輪をふこうともせず、どんどん中に入ってしまう。

杉三「こっちへきて!」

久も部屋に入る。

杉三「これだ!」

と、襖を開けると、爆撃機のような叫び声が、久の頬を打つ。産綱にしっかりつかまり、英子がいきんでいるのだ。それをしっかり、見守る立子と、涙を流している、美千恵と秀子。

久「気持ち悪い、男の俺がみても、、、。

杉三「絶対だめ!逃げるなんて絶対だめ!ちゃんと見て!」

と、そこへ落雷のような呻き声が聞こえ、次の瞬間、産綱から泣き声が聞こえてきた。


立子「おめでとうございます。元気な男の子ですよ、お母さん、よく頑張りましたね。」

といって、久の顔を見る。

立子「ああ、お父さんもきてくれたんですか。お父さんにも、そっくりです。」

杉三「見てくれた?僕らはみんな、こうやって生まれたんだ。だから、人は大事にしなきゃ、いけないんだ。」

久「人は大事にって、俺は、どうしたらいいんだ。毎日毎日借金取りが怖くて、逃げ回ったことしか、親との思いではないよ。もちろん、命は大切なのはわかる。でも、俺は、他の人が幸せにしていると、憎たらしいひとに、見えてしまうんだ!」

蘭と、アリスも入ってくる。

蘭「確かにその気持ちはわかります。商売上、それを越えるため、という目的で、何十人の人の背中を預かりました。でも、お父さんは、お父さんなんです。たった一人の、お父さんなんです。過去に辛いことがあっても、赤ちゃんに向けてはだめです。新しい命が生まれたということは、もう、過去のものとして葬り去り、新しい命といっしょに、新しい未来が始まるということなんです。試行錯誤でいいから、新しい命を、思いっきり抱き締めてあげてください。」

久「こんな俺でも、できるかな。」

杉三「できますよ。だって、お父さんなんですから。」

久は、英子のもとに近付き、彼女の手を握る。

久「よくやってくれた。ありがとう。」

英子「こちらこそ。この子何て名前にしようか。」

久「いま、ふっと思い付いたものでよければ。」

英子「いいわ。あなたが、論理的に考えるのが苦手なのは、知っているから。」

久「俺と、お前に希望をくれたから、光なんて、どうだろう?希望の光で。」

立子「お父さん、抱っこしてみますか?」 久「は、はい。」

怖々、赤ちゃんを抱いてみる。

久「光、だめな父ちゃんだけど、がんばってお前を、いい男に育てるからな。」

と、涙をポロポロこぼす。

蘭「希望の光か。赤ちゃんって、すごいなあ。」

杉三「虹のような存在だね。」


数日後。英子が出産の疲労から回復したため、家族はもとの家に帰っていった。

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