柴犬五郎

市民会館の展示室。人形展示即売会が行われている。沢山の、布製のぬいぐるみが展示されており、客が、ほしいぬいぐるみを買っていく。

主催者の藤田まりこは、門下生たちの作った人形が、次々に売れていくのをみて、そっとほくそえんだ。

展示されているのは、人形ばかりではない。犬や猫などの、動物を型どったものもある。

その一番奥の、犬のぬいぐるみの前で、杉三は止まった。

蘭「どうしたの?」

杉三「これ、」

そこにあるのは、三十センチほどの、黒い柴犬のぬいぐるみだった。

蘭「かわいいね。」

杉三「ほしい。」

蘭「ほしいって、これは非売品じゃないか。ほら、ここに非売品って。ああそうか、杉ちゃんは何も読めないのか、、、。」

杉三「非売品ってなに?」

蘭「そうなっちゃうよね。いわなきゃよかったなあ。」

杉三「今日は、人形を買いにきたんじゃなかったの?」

蘭「これは、すごくよく作ってあるから、きっと、他の展示会に出すつもりなんだよ。これは、お金では買えないの。」

杉三「だって買いにきたんでしょうが。」

蘭「こうなってしまうと、とめれない、、、。ああ、どうしよう、、、。」

声「あの、」

蘭「はい?」

そこには、三十代くらいの女性が立っていた。

女性「この柴犬、私がつくりました。」

杉三「え、まりこ先生が作ったんじゃないんですか?」

女性「いえ、私が作りました。私は、古賀明子と言います。」

蘭「しかし、作者名に、藤田まりこと書いてありますけど、つまり、ゴーストライターみたいな感じでしょうか?」

明子「まあ、そういうようなものです。この間、音楽家の人が、似たようなことをやっていましたけど。」

杉三「そういうことだったんだね!この犬、藤田まりこの作風ではないので、おかしいと思っていたんです。鼻の位置が違うしなによりも表情がちがいます。明子さんは、独立したほうがいい。そんな、馬鹿な人たちと同じことして、おこぼれに預かっているよりも、独立して、新しいぬいぐるみを作ってください!だから、この柴犬を僕にください。悪人と同じことから卒業証書をもらったきもちで。お代はなんぼでも、出しますから。」

蘭「杉ちゃん、そんな無茶なことをいわないでよ。それに、師匠に背いたら、どうなるのかくらい、知っているでしょう?」

杉三「だから、卒業したと思えばいいじゃない。美しい心を持ちながら、悪事に荷担するのは、一番悪い。」

蘭「すみません、聞き流してください。このひとはひどい自閉症のために、こうなってしまうのです。僕がよく言い聞かせますから。」

明子「いえ、自閉症の方に感激してもらって、とても嬉しいです。材料費だけ払ってください。5000円でどうでしょう?」

蘭「杉ちゃん、女の人の顔が書いてある紙を一枚だして、この人にあげて。」

杉三「これでいいのかな?」

蘭「めずらしいね。一発合格だよ。」

杉三「嬉しいです。ありがとう!」

と、5000円札を明子に手渡す。

明子「領収書を書きましょうか?」

蘭「おねがいします。」

明子は、着ていたスーツのポケットから紙とペンを出し、領収書を書く。

明子「お名前は?」

杉三「はい、影山杉三です。こちらは、親友の伊能蘭です。」

明子「はい、恐れ入ります。素敵な関係ですね。二人ともイケメンで、羨ましい。また、来年の展示会にもきてください。」

杉三「いや、そのときは、明子さんの個展を見に行きたいです。」

明子「まあ、うれしいわ。がんばらなきゃ。じゃあ、こちらの黒柴ちゃん。新しいご主人のもとで、しあわせに、暮らしてね。」

と、ぬいぐるみを紙袋に入れ、杉三に手渡す。

杉三「ありがとう!本当に!また来年も来るから!」

と、ぬいぐるみを抱き抱えるようにおき、車いすを動かして、展示室をでる。

蘭「ありがとうございます。まりこ先生によろしくです。」

と、杉三のあとをついていく。


バスの中。

杉三が満面の笑顔で、黒柴を撫で回している。

蘭「どうしてそんなに、その犬を気に入ったの?」

杉三「亡くなった父が、飼っていた犬にそっくりだったんだ。」

蘭「杉ちゃんのお父さんって、いつ亡くなったの?」

杉三「五歳の時。」

蘭「そんなときに飼っていた犬なんて、普通の人には、思い出せないだろうに。やっぱりすごいな。もう、40年前でしょうが。」

しばらくすると、バスは杉三の自宅近くにきた。

二人は運転手に下ろしてもらって、礼をいい、それぞれの自宅に帰っていく。


杉三の家

テーブルに、ぬいぐるみを置き、いつまでも頭をなでてやる。

ドアが開く音がして、美千恵がかえってくる。

美千恵「ただいま、あら、どうしたのそのぬいぐるみ。」

杉三「買ってきたの。」

美千恵「まあ、五郎にそっくりなのを買ったわね。あんた、五年しか五郎と一緒にいなかったのに、なんで、そんなに覚えられるのか、ふしぎだわ。ほんとに。」

杉三「五郎、これからはずっと一緒だよ。僕と一緒に暮らそうね。」

と、柴犬を抱き締める。

蘭「やれやれ、君って人は、本当に偉いのかまぬけなのか、わからないよ。」

と、突然、杉三の家の前にピカピカの高級車がとまる。自動でドアが開く音がして、高級な着物に身を包んだ、女性が降りる。インターフォンが鳴り、

声「すみません。」

美千恵「はい、どちら様でしょう?」

声「藤田まりこです。」

美千恵「まあ、人形作家の!何のようでしょうか。」

まりこ「あがらせていただきます。ここに、影山杉三という方がおありですね。その方が、うちで展示していた柴犬のぬいぐるみを無断で買い取ったとききました。私の作品を売り付けた古賀明子は、教室から除名処分と致しました。その、柴犬、返していただきたい!」

杉三「いやだ!五郎をお前なんかに渡すもんか!」

蘭「杉ちゃん、でも、ルールはルールなんだから、返そうよ!」

杉三「ルール違反をしているのは、そっちじゃないか!五郎はあんたが作ったもんじゃない!五郎は明子さんが作ったものだ!それをあんたが作ったと間違って表記していた!絶対に五郎はわたせない!あんたみたいにずるいひとに、五郎は渡さない!」

美千恵「すみません、息子は自閉症なんです。よくいって聞かせますから。」

まりこ「あら、親御さんがいたんですか。なら、窃盗法をこっぴどく聞かせてあげてくださいね。自閉症なんて、親のつとめでかなり変わるとききましたわよ!」

杉三「いやだ!絶対にいやだ!五郎は渡さない!五郎は渡さない!」

美千恵「沼袋!はやくこのカスを、取り押さえて!」

運転手の男性が、杉三を取り押さえ、ぬいぐるみは美千恵から、まりこの手に。

まりこ「沼袋の、ガソリン代も払ってくださいね。」

美千恵「わかりました。本当にすみません。」

蘭「もうしわけないです。」

高級車は、走り去ってしまう。

杉三「五郎!五郎!五郎を返して!五郎を返して!五郎を返して!お願い!」

美千恵「いい加減にしなさい!世の中には、こういうことも、たくさんあるのよ!」

蘭「杉ちゃんは、学習できないから、かわいそうだな、ある意味。」


数日後。

杉三の部屋は、襖がぴったりと閉まったまま。

美千恵「(襖を叩いて)ごはんよ、はやく出てきなさい。」

杉三「食べたくなんかない。」

蘭「今日もだめですか。僕がわるかったかな。人形展示会に連れていったりして。」

美千恵「貴方のせいじゃないわよ。貴方がいなければ、杉三は、外へでるきっかけを失うわ。」

蘭「もしかして、ハンガーストライキをするつもりなんでしょうか。もう、一週間なにも食べてないんですよ。彼。」

美千恵「そうね、、、。本当に、自閉症の子を持つのは、つらすぎるわ。」

と、インターフォンがなる。

美千恵「はいはい、どなた。」

と、ドアをあけると、紙袋をもった、若い女性が立っている。

美千恵「あなたは、」

明子「古賀明子ともうします。数日前まで、藤田まりこ先生に師事していました。杉三さん、いや、影山杉三さんは、いらっしゃいませんか?」

美千恵「いることにはいますけど、いま、人と言葉が交わせるような状態ではありません。」

明子「そうですか、、、。杉三さんが、黒柴を藤田先生にとられたとき、とても悲しそうだったときいたので、新しい犬を作ってきました。今回は、私のミスで、杉三さんには、本当に辛い思いをさせたみたいで、申し訳ありません。頭の片隅で、私のことを覚えていてくれたら幸いです。ごめんなさい、さようならと伝えてください。」

美千恵「こちらこそ、母親である私の、不行き届きでごめんなさい。」

明子「じゃあ、受け取ってください。本当に、短い間でしたけど、人形作家のゆめを見させてもらえて、ありがとうございました。さようなら。」

蘭「ちょっとまってください。あがってくれませんか? 」

明子「え、、、?」


翌日。再びピカピカの高級車がやってくる。

まりこが、インターフォンもならさずに、杉三の家に入ってきて、

まりこ「どういうつもり!私の最愛の弟子に、自殺をほのめかすなんて!」

蘭「いや、しりませんよそんなこと。僕らのもとに来たことは認めますが、僕も、杉三も、自殺しろとは、いいませんでした。」

美千恵「彼女は、自殺どころか、新しい犬を作ってくれて、私も杉三も、満足しています。どうぞお引き取りを。」

蘭「自殺したとわかったのはいつなんですか?杉三は、読み書きができないので、かわいそうだからテレビがないんですよ。」

まりこ「ニュースで、古賀が、あなたたちの家に行くとメールをのこして、行方不明になったと散々報道されていますわよ!

そして、今朝、近くのため池に古賀の靴と、手紙が置いてあったと言うニュースがあったのよ!世間知らずね!」

蘭「まあ、僕らはテレビというものは、苦手ですからね。きっと、彼女は、実家にでも帰ったんでしょう。」

美千恵「それにあなた、近くの公民館で人形教室を開いてはいるけど、お弟子さんの口コミをみると、最悪じゃありませんか。できない人には感情的だし、できる人は溺愛する。それでは、やめていく人が多くて当たり前だと思いますわよ。」

すると、襖があき、杉三が黒柴のぬいぐるみを抱いてやってくる。

まりこ「まだ、その犬を持っていたの!」

杉三「違うよ、これは、明子さんが最期だといっておいていった。」

まりこ「あなた、窃盗ということで、訴えられてもいいの?」

美千恵「あなたは、生徒に対し、学歴などで、差別していたそうですね。」

杉三「あたしは、、、高校時代に、体調をくずして中退したんです。別な学校へいくよりも、大好きな人形つくりをして、まあ、高校は通信制なんかでも、賄えるし。」

美千恵「通信制高校から、教室に通っていた明子さんに、あなたは指導ではなく、虐待をしていたんですね。できないから、怒鳴り付けたりして。」

蘭「他の受講生が、彼女をいじめていたのは、知っていましたか?」

まりこ「いじめていた?」

蘭「はい、聞きましたよ、彼女から。なんでも、彼女がすごく意欲はあるけど、手先が不器用でしたから、他のお弟子さんたちは、彼女の靴を燃やしたり、人形を川に投げ捨てたりしていたそうです。」

まりこ「そんな、」

蘭「そうでしょう。原因を作るひとは、回りのことなど把握しませんよ。」

まりこ「でたらめだわ!」

蘭「だから、彼女には人間ではなく、犬を作らせた。展示会のときだって、一人だけ犬を出品するのは、恥ずかしいから、自分が作ったものにして、彼女は社中に、存在しないようにしたんでしょ。」

まりこ「しらないわ。そんなこと。」

杉三「あたしは、人形作りには、向いてないかもしれません。だって、これだけ先生にはおこられるし、家族にも無理してかような、といわれます。でも、一度か二度は、誰かに必要とされてみたい、、、。そして、その悲しみを悪用にして、あなたは、彼女の柴犬を、展示会に出してしまったんだ!彼女は、なくなる前に、人間は上の人に従うしかない、と、いいましたよ!」

まりこ「恐ろしい!なんであんたは、そういって、いったことそのものを記憶できるの?もしかしたら、捏造?」

蘭「違いますよ。この人の記憶力は、機械より正確です。」

まりこ「しかしそれは、あなたたちだけの仮説でしょう?」

杉三「まりこ先生は、となりの席の人に、私の作品と似たようなものを作らせて、余計に劣等感を持たせました。展示会終了後の打ち上げだって、私たちの打ち上げでは、ありませんでしたから。私たちではなく、まりこ先生を称えるための打ち上げだったんです。」

蘭「具体的にどんな?」

杉三「まりこ先生の前で、日本舞踊をやったりとか、漫才を披露したりとか、、、。稽古の時だって、欠席した人の悪口をいって、他の人に追い出させたりとか、ひどかったですよ。」

まりこ「そんな、下手な芝居をやったって、私がそのようなことをしていた、証拠にはなりません!」

杉三「顔に書いてありますよ。」

蘭「証拠、ありますよ。犯罪を防止するため、公民館には、監視カメラがあるんです。そのときの映像が、投稿されてますよ。」

と、スマートフォンの動画アプリをひらく。

公民館の一室がうつる。

十人ほどの生徒が、まりこの講義をきいている。説明したあと、まりこは一人一人の作品作りのアドバイスをしたり、生徒の質問に答えたり。やがて、明子がうつる。他の生徒の何十倍もはやく、人形を作っている明子。

別の映像にかわる。明子が人形を縫っている。そのスピードは、極めてはやい。

まりこ「あら、よくできたわね。それに比べて明子さん、あなたは縫い方ががさつすぎるわ。もっと、上品な縫い方をしなさい。」

明子「どうしたらいいんですか?」

まりこ「自分で考えなさい。あんたは、身分が低いのよ。」

となりの席の生徒が、明子のひじをつく。

蘭はスマートフォンをとめて、襖をがらりとあける。

女性「つまり、先生は、私が高校中退で、一日暇があるから、人形作りに時間がとれることを、妬んでいたのですね。」

まりこ「明子さん!あなた、自殺したはずじゃ、、、。」

明子「あれは捏造です。でも、先生の、捏造の方がもっとひどいです。私が作った犬を、先生が作ったことにしたのですから!高校をやめて、人形作りを始めるって、そんなに悪いことなんですか?時間がたくさんあるって、そんなに悪いことなんですか?」

まりこが、両手で顔を覆う。

まりこ「私は、、、学校をやめたくても、やめられなかったのよ。」

杉三「先生、、、。」

まりこ「あなたは、恵まれているの。そうやって、学校をやめれるんだもの、私からみれば、良い時代に生まれてるわ。いじめられて、子供が死ぬ例が、本当に増えているから、親御さんもすぐにわかってくれたんでしょう。でも、私にはできなかったのよ。いくらいじめがあったとしても、親は、団塊の世代だから、仕事に没頭してこちらはみてはくれない。姉は優秀だったから、いろいろチヤホヤされたけど、私は付録か、付属品くらいのものでしょう。私も、いじめられて、もうこの学校とおさらばしたい、と、いくら泣いても叶わなかったもの。」

杉三「どうして人形作りに?」

まりこ「父母が仕事でいつも不在だったから、遊べる友達がなくて。そうしたら、祖母が、人形を作ってくれたの。私、友達もなかったし、祖母もそのあとすぐに亡くなったから、人の形をしたものを、いつのまにか、人間だとおもいこんでしまって。それから、人形作りを始めたのよ。」

明子「先生も、同じなんですね、、、。私と、まったく同じことを考えていたんですよ。」

杉三「二人とも同じ発想だったなら、どうして、いかみあうようになってしまったんだろう。人間ってそこが不思議ですね。」

まりこ「明子さん、五郎を杉三さんに返しなさい。私は、小さなこととはいえ、罪を犯したから、しっかりと償ってきますから。」

と、顔に黒い布をかけて顔を覆う。

まりこ「ありがとう、明子さん。ありがとう、杉三さん。」

杉三「こちらこそ。こんどは、きちんとした、人形を作ってくださいね。」

と、右腕を差し出す。

まりこは彼の手を握る。

まりこ「明子さん、あなたはうちの教室では、一番才能がある。だから、新しい教室をつくりなさい。そして、よく似た人たちを、助けてあげてね。では、、、みなさん、ありがとう。さよなら。」

と、顔を覆って、一同にせを向け、ドアをガチャン、と開け外に出る。

明子「先生!ありがとうございました!」

まりこは、少し振り向いて、軽く手を振り、静かに道路へ出ていった。

杉三は、ドアが再びがちゃん、と、閉まるまで、手の甲を向けて、バイバイした。今回は、ピカピカの高級車ではなく、パトカーが待っていた。

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