第6話
あれから5日が経った。一度も誠に会には行かなかった。人々の話によれば、確か今日が出立の日だ。
会いたい気持ちはあるが、人間ではない自分が出来ることは何もない。しかし、体は彼の家へと向かっていた。今日は猫の姿のまま本人に会わずとも、物陰から見ることはできる。
頭の中では行くなという、たしなめる自分がいる。しかし、一目だけでもと考えた時だった。
おぞましい音が頭上から降り注ぐ。本能的に建物に逃げた時だった。
大きな爆発と、悲鳴があがる。
そこから先はよく覚えていない。必死に逃げた。踏みつぶされそうになりながらも、爆発から逃れるためだけに走った。
それからは、生きるのに精一杯で誠のことを忘れていった。焼け野原に焦げる嫌な臭い。すべてを失った人間たちは茫然と立ち尽くしていた。
次々と変わりゆく光景に小春は生きるために姿を変え、土地を転々としてきた。
気が付けばまたこの街に帰ってきた。すっかり変わった街並みでも懐かしさに長いことこの街にとどまり、今に至る。
最近体が思うように動かなくなってきていた。長いこと生きた体は限界が近い。懐かしさに思い出に浸る時間が長くなってきたからか、誠のことをよく思い出すようになった。
二度と会えるはずもないのに、彼の顔が浮かぶ。
今日はやけに冷えると思ったら、ちらちらと雪が舞い始めた。
小春は今日も大木の下にいる。きっとそれは再び彼に会える気がしたからかもしれない。辺りは日が暮れ始めている。
行きかう人々の波はいつもと同じ。時々自分に気づいた人間がエサをくれたり、触れては去ってゆく。いつもと同じ、そう思っていた。
「・・・小春、さん?」
男性の声が懐かしい名前を呼ぶ。反射的に目を開け相手を見た。
自分の勘違いではない、少年が真っ直ぐに自分を見ていた。それは見知らぬ少年、しかしどこか誠に似ている気がする。
「えっと、あなたが、小春さんですか?」
再び少年が口を開く。肯定の代わりに小さく鳴くと、少年が自分の目の前に膝をつく。
「俺、桐谷誠の孫で、
思ってもいなかった人物の名前に思わず声を上げそうになって、グッと飲み込んだ。孫とはいえ彼が何を知っているのか計り知れない。
「祖父はあなたに会いたがっていました。伝えたいことがあると」
静かに少年を見つめる。決して嘘をついているようには見えない。
「・・・戦争に、行ったはずよ」
小さく返した言葉に少年はほんの少し驚いた様子だった。
剛志と名乗った少年は祖父である誠について本人に聞いたという話をしてくれた。徴収され、二度と帰れない覚悟で向かった誠はその先で瀕死の重傷を負いながらも、なんとか生き延びた。
しかし、記憶の一部を失ってしまったらしい。誠は帰国後一人の女性と結婚し幸せに暮らした。妻に先立たれ、誠自身も病に侵された。
最後の直前彼は忘れていた大事なことを思い出したという。
かつて彼が愛したものがいたこと。思いも告げられず、戦争に行ったこと。彼の生きる力になっていたのは、必ず帰って再開すると決めていたからだった。
その彼女に小春と名付けたことも。
彼は正体に気づいていたのだ。
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