第2話

体がどんどん冷えてゆく。冷たいより、痛いと思えるほどに12月の川は冷えていた。いつもは気を付けていたはずなのに、今日に限って川に落ちてしまった。

近所の悪ガキが石を投げてきたのだ。

今に始まったことではないのだが、よけそこなってしまった。

体に衝撃が走り、地面から足が離れるのがわかった。

小さな体はあっという間に冬の川へと飲み込まれる。このままでは沈んでしまう。必死にもがくも前日の雪が溶け、水かさが増えている川には逆らえない。

痛みすら感じなくなってきて、このまま死ぬんだと思った時だった。

暖かいものが体をつかみ、水の中からひきあげられる。

再び吹きつける風の冷たさに一瞬目が覚めたが、何一つ認識することなく意識は途切れた。


今度は体がポカポカと暖かい。春の日差しを浴びているような心地よさに目が覚めた。視界は真っ白で、触れるとタオルに包まれているようだった。

身動きするとタオルがずれ、視界が開けた。

どうやら畳の部屋の中、かごのようなものに入れられていた。

それほど広くはない部屋にはボロい文机がひとつあるだけだった。

閉ざされた障子から日が差していることをみると、日中のようだ。

あれからどれくらいたったのだろ。

考えていると、障子の向こうに人影が現れ、とっさに寝たふりをする。

その人影は部屋に入ってきて、自分の近くに座ったようだ。そろりと、目を開け確認すると、その人間は自分をのぞき込んでいた。

突然現れた人間に本能的に爪を立てていた。人間とは反対側に逃げると、部屋の隅だった。

逃げ場がない、全身の毛を逆立てて威嚇する。

顔をひっかかれた人間は涙目になりながらも声をかけてくる。

「元気そうでよかった。ほら、お腹すいてないか」

平たい皿に入った液体を差し出されたが、信用できるはずがない。

しかし、冷静になってくると自分はこの人間に助けられた様子。

観察すると、薄緑の着物に中には白いシャツを着てグレーの袴をはいている。

人間の中で書生と呼ばれる姿をしていた。

猫又と呼ばれるほど生きてきた自分は色々な人間を見てきた。自ら人間に化け、人間社会で暮らしたこともあった。

気の向くままに人に溶け込み、飽きたらその地を離れる。どれほどそうやって生きてきたかも忘れてしまうほど。

だからこそわかる。

この人間は悪い人間ではないと。

しかし、すぐには気を許せない。

そろそろと皿に近づく。書生は少し離れたところで見守っていた。少しだけなめてみると、甘い。

それは貴重なミルクのようだった。

久しぶりの食事に夢中になって平らげてしまった。

「おいしかったか」

書生の問いに、返事の代わりにすり寄ってみる。思いのほか大きな手がやさしく頭をなでてくれた。

それが猫又の自分と彼との出会いだった。

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