第68話 鉢合わせ

 私の推理。


『鹿沢口梢先輩はとある男子生徒に何度も何度も告白されて困っている。諦めさせるために榊木彗と付き合っている』


 絶対そうだと思う。まずあのヘナチョコ男がそうやすやすと先輩と付き合うわけがない。それにあいつは私のことが好き。私のことが好き好き。

 白奈が告白する時間が訪れる前にあいつを呼び出して、返事をどうするのか問いただした時、あいつは私のことを愛してる(※言ってない)とはっきり口にした。おまけにおまけしてほんのちょっぴり嬉しかった。(※大嘘 ※めちゃくちゃ嬉しかった)


(やば……火照ってきた……)


 顔が熱くなってきた。

 暖房効きすぎでしょ。


 ある程度行動指針が決まったので私はまず鹿沢口先輩に対してヤンデレ状態の生徒を発掘することにした。どうせゾンビみたいに校内を彷徨い、鹿沢口先輩を探し回っているのだろう。そんな光景を思い浮かべると先輩が可哀想に思えた。あいつと嘘でも付き合うのは癪に障るけど。

 放課後は始まったばかりなのでまだ残っている可能性も高い。時間が経過するにつれ低下していくので早速歩き回った。


「え? 帰った?」


 ヤンデレ生徒の顔も名前も分からないので、私はまた例の三年生に頼った。鹿沢口先輩と同クラスで彼女の友達を教えてくれた冴えない三年生だ。


「ついさっき帰ったって」


 冴えない三年生は『雄大』がいるクラスから戻るとそういった。

 雄大とは鹿沢口先輩へのラブが止まらないヤンデレ生徒の名前だ。この冴えない三年生を拉致して尋問した結果得られた情報だった。


「なぁ。もう解放してくれない? 二度と会わないって言ったのにこれで三回目だよ……」

「すみませんでした、先輩。どうやら今日は行き詰まりのようなので本当にこれが最後です。もう少しその雄大先輩について教えてくれませんか?」


 彼は私の解放宣言に安堵のため息をついた。流石に私に拘束され続ける彼が気の毒に思えたのでこれで本当に最後にしてやることにした。


「雄大は悪いやつじゃないんだ。ただ鹿沢口にベタ惚れでね。月一で告白してるって噂も聞いたくらい」


 病気じゃん?


「鹿沢口も鹿沢口で切り捨てる感じに振らないからドロドロしてるんだろうね。もうそんな関係も三年目。あと三ヶ月で卒業になるから最後の最後でオーケーが出るか?っていう話で盛り上がったりしてるよ」

「叶うといいですねー」

「三年も片思いだからなぁ。ドラマみたいにハッピーエンドが待ってるとは思っていないから期待はしてないけどね」

「そうですよねー」


 適当に相槌を打ち、彼との会話は打ち切った。もうこの人をいくら叩いても血肉だけで有益な情報は出てこない。顔写真と名前は入手出来たのでもう用済みなのだ。

 適当に感謝の意を示して、踵を返した。




 翌日。

 天気は雪で冷え症の私には地獄の日になりそうだ。


 昼休みが待ち遠しい。早く雄大という男を探しに行きたいのに。授業合間の十分間休憩じゃ足りないし、何よりも寒い。暖房の効いた教室から廊下に出ると寿命が縮む。

 ポケットに手を突っ込んでマフラーに顔をうずめて縮こまり、体を温める。スカートはお洒落好き女子校生には最高のアイテムだけど冬は私にとって最悪最恐のアイテムでしかない。ストッキング一枚で冷え症の私が耐えられると思ったのだろうか。私がもし生徒会長だったら女子が冬用ズボンを履けるよう校則をねじ曲げよう。面倒だからやらないけど。

 トイレに立ち寄る時もマフラーは必須だ。本当に死んでしまうくらい寒い。この季節でも生脚剥き出しの生徒の気が知れない。おまけに水道の水も指先に針を刺したような痛みが走るくらい冷たい。どうやらこの学校は私に厳しいらしい。


「お前、校内でマフラーとか目立つぞ」


 トイレから去る時に背後から声がした。


「あら、気持ち悪い声がする。まるで蝉が踏み潰される音のような――」

「マジかよ。その声を聞き続けてきた俺の妹タフすぎじゃね?」

「謝っておきなさい。あんたの妹さんいい子なんだから」

「わかってるな。宇銀は女神」

「シスコンきも」


 淡々といつもの調子でキャッチボールをしているが内心私は心臓バクバクだった。

 こいつは鹿沢口先輩と付き合っているという事柄を私に隠している。都合がいいので私も知らんぷりしているけれどこいつに私が気づいてしまっていることがバレてしまったら面倒になるだろう。

 白奈とこいつが以前ギクシャクしたように私とこいつの間でも不透明な壁がそそり立つだろう。私はそれが嫌だったので不自然な言動をしないよう、現在頭フル回転で会話中。たぶん、おーばーくろっく。


「き、今日は何かするのかしら?」

「ぎこちない腕組みだな」

「……セク、ハラ?」

「はい!? 単にお前が挙動不審だからツッコンだだけで……なんでセクハラになんだよ!?」

「……胸があるから腕組みしづらいって言いたいんでしょ? いっぺんピラニアの池に飛び込んだら?」

「違うわ! 警察呼ぶぞ!!」


(……一体、私は何を言ってるんだろう)


 自分でも馬鹿馬鹿しい勘違いだとは自覚している。残念ながら私の頭は「おーばーくろっく」状態なので純然たるパーフェクトな思考は今できない。


(誤魔化さなきゃ……誤魔化さなきゃ……)


「今日も特に無いから自由だな。ん、つーか最近何もしてないな」

「そ、そう? バ、バス停の唐揚げ?」

「・・・・・・アリナ。放課後付き合ってやるから心療内科に行こう」

「ばぁっ、ばっかじゃないの!? 付き合うとか、バカ!? 壊れてるんじゃないの!?」

「壊れてるのはお前だ。それと意味わからんところでツンデレ発動すんな」


 私は首に巻いているマフラーに顔をうずめて口を閉ざした。発言全てが地雷になりかねない。ここは自重しよう。


「ホントおかしいぞ? 何かあったら言ってくれて構わないからな。まがりなりにも俺はアリナを助けるよう頼まれてるんだ。できる限りの事はする」

「……」

「じ、じゃあそろそろ。……もう少し待っててくれ!」

「?」

「さっさと教室は入れよ! 寒いの嫌いなんだろ?」


 幽霊から逃げるようにあいつは自分の教室へと入っていった。

 何をもう少し待てばいいのだろうか。この場で立ち尽くしていればいいのだろうか。それとも時間的な意味? あーわかんない。

 私は心を無にして教室へと戻った。


 昼休みになった。

 私は白奈たちと昼食を終えた後、すぐ三年生の校舎へと向かった。

 山形雄大。

 私が探すその人物は鹿沢口先輩にゾッコンの男子生徒。彼の情報は前日に冴えない男子生徒から入手しているので後は実物と照合するだけである。

 私はクラスメイトたちと意思疎通をあまり取りたがらなさそうな男子生徒を狙い撃ちして話しかけた。


「この人を知りませんか? 山形雄大という方なのですが」


 写真を提示して、いかにも「私困ってるんです」という表情を作って訊いた。反応は予想通り私に一目惚れ。写真そっちのけで私を見つめるので、殴ってやろうかと思ったけれど雄大先輩を見つける方が優先なので、寛大なる私は見逃してやった。

 そんなやり取りが三回続いて、四人目でまともに会話が成り立った。


「雄大か。売店にいるんじゃね?」


 私はお礼を言うとすぐ売店へと向かった。

 昼の売店は混み合ってるから正直好きじゃない。全校生徒の数に対して規模が小さいので供給が間に合ってない。案の定、人で溢れていた。

 私は少し離れて男子生徒の制服だけに注目した。圧倒的に女子が多いので男は目立つ。私はじっと外野から観察した。

 

「か弱いお前が売店で何を勝ち取ろうとしてんだ?」


(タイミング悪すぎ!)


 榊木彗とエンカウントした。私の隣に立って不敵な目で私を見下ろしている。

 平均より身長の高い私は大抵男子と目線が同一線になるのだがこいつは無駄に高いので毎回見上げることになる。それがちょっと嫌だった。(※実は少しドキッとしている)


「べ、別にいいじゃない」

「なんだいお嬢さん? 何が欲しいかいってごらん。この売店で数多の猛者たちと戦い、百戦錬磨してきた俺に取れないものは……少しだけある」

「あるのね」

「女子バレーと女子バスケがクソ強いんだよ……俺も顔を覚えられててさ、近づくとまず足を踏み潰してくんだよ。肘で鳩尾をぶち抜かれた時は胆嚢が飛び出た」

「あんたよく生きてるわね」

「耐性がついたからな。お前の罵倒に慣れたように」

「そ」

「で、何を買いに来たんだ?」


 何かを買いに来たわけでもないので言葉に詰まった。財布もバッグに置きっぱなしだし、お腹がすいてるわけでもないし。

 

「何も?」

「……なんで売店に来たんだ?」

「人間観察?」

「やっぱり放課後心療内科まで付き合ってやるよ……お前のお母様も心配するだろうから」

「ばばばっかじゃないの!? 付き合うとかなんなの!? 滅ぶの!?」

「滅んでるのはお前の思考だ」


 そうやってガミガミと言い合ってる時だった。


「うおぃ、おいおっおいおいおいおいおいおいーーー!!!」


 絶望的に語彙のボキャブラリーが少なそうな声色。とある男の声が上がった。音源はこちらに近づいてきている。

  その男は両手の人差し指を突き出して古いマンガの百裂拳を繰り出しながら到来した。

 山形雄大だ。


「お前!」

「ん、え!? なんですか!?」


 山形雄大は彗の両肩をがっちり掴んで迫った。私にボーイズラブ属性は無いので特になんとも思わないけれど、属性持ちの人はすぐ絵にすると思う。そのくらいの至近距離だったので私は傍で唖然としていた。


「お前だな!? 梢と付き合ったっていう二年は!?」


 彗は青ざめて私に目を向けた。

 いや、知ってるんで。やべー、って顔されても全部知ってるんで。

 追い詰めるのも楽しい気がしたので私は南極ペンギンも吃驚の極寒のジト目をした。さらに彗は青ざめてソーダ色になった。


「いやあのこれに関してはあのですねチェ・ゲバラがそのですねヴォイニッチ手稿がですね」


 混乱して何を言ってるのかわからないわよ。

 あんたの方がよっぽど心療内科行った方がいいんじゃない? ばーか。

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