第26話 初めての再会

「さて、アリナ君。話がある」

「黙って」

「そうはいかん。重要な話だ」

「やっと刑事罰の判決が下ったのね。一生監獄にいるといいわ」

「違うし俺は紳士だ。悪いことは決してしない。赤草先生を見るとどこからかイケないことを指示する悪魔の声が聞こえてくるが何とか俺は理性を保てる。だから大丈夫だ」

「なんで世界はこの性犯罪者を野放しにしてるのかしら」

「面倒だから話を戻すぞ。アリナ、お前が話の中心にいる」

「そ」


 俺はテニス部からまた支援要請があった、という嘘話を持ち出した。中谷拓がアリナに近づけるきっかけはそれしかない。ただえさえ行動範囲が狭いのだから放り出すしかないのだ。

 中谷拓の存在は一切伝えない。

 あくまで中谷拓の元へ誘導するだけ。彼の恋愛事情には干渉しないことにした。


「ちょっと待って、そう言えばあんた。どうだったの?」

「何がだ?」

「ほら、白奈があんたと2人っきりになりたいって言った件よ」

「あぁ。――てか、お前この部屋の花をなんで撤去しなかったんだよ! マジで入った時ビビったわ! どんだけ花持ってきてんだ!」

「ふふ。結婚式会場みたいでいいじゃない。それで、ちゃんと愛は成立したの?」

「告白じゃねえよ……」

「なら何だったのよ。せっかく素晴らしいセッティングをしたのだから教えてくれてもいいじゃない、オランウータンくん」

「中学時代の話を少ししただけだ。恋愛がらみじゃない。残念ながらな」

「ま、だと思った。あんたの遺伝子は引き継がれなさそうだもの。ほら、あんたのミトコンドリアが叫んでるわ」

「うるせえ。俺は独身貴族でいい」


 これ以上の無駄話は時間が勿体無いので中断し、俺は薔薇園を出てトイレで体操着に着替えた。レディーに優しい彗くんはアリナさんに室内を譲ったのだ。二階級特進レベルだと思う。

 アリナが着替え終わるのを待っている間に俺は白奈にメッセージを送った。


『今からそっちに向かう』


 間も無くして返事がきた。


『あい。待ってる』


 白奈との打ち合わせは問題ない。あとは拓がどう動くかだ。

 そして勢いよくドアが開かれる。


「見てた?」

「いいえ」

「マジで見てたら殺すから。ピラニアの池にブチ込むわよ」

「見てません見てません。ほれ、さっさと行くぞ」


 ポニーテールにした彼女は顔には表さないもののやる気が出ている。未だにこいつのやる気スイッチがわからない。




 ファイトーファイトーと黄色い声が飛び交うテニスコートに来た。相変わらずファイトが好きだな、運動部は。“戦え! 戦え!“と言いまくる我々を外国人が見たら驚くだろう。まるで戦闘民族みたいじゃないか。

 帰宅部の俺には十分すぎるほど熱のこもった練習だ。読書家のアリナにとっても異次元の世界だろう。過去にバスケ部に入っていたそうだが記憶にあるのだろうか。アリナは日差しはそこまで強くないのにもう帽子をかぶっていた。

 男子テニス部が活動しているコートに目を向け、中谷拓を探す。彼はすぐ見つかった。こっちをガン見してたからな。


「何すんのよ、今日は」

「ボール拾いだ。ラケット持ってあっちに行くぞ」


 素直に従うアリナ。本当は楽しみだったはずだ。ラケットを振るときは生き生きしてるからな。このツンデレめ。

 当初よりラケットの扱いに慣れた俺は次々と飛んで来たボールをぱこんと打ち返した。いやあ快感だ。この腕に伝わる振動! foo!





「休憩ー!」


 女子テニス部部長の柊結梨の合図で休憩となる。それに便乗するかのように男子テニス部側も休憩に入った。

 俺とアリナはみんながたむろするところに向かい、溶け込むように座った。

 ぼんやり2人で野球部やサッカー部の練習を見ていると俺のスマホが鳴った。


『アリナさんに拓くんが突撃するから退避』


 空襲かよ、と思いつつ俺は指示通り退避することにした。


「アリナ、ちょっと白奈に話があるから行ってくる」

「ここで発情とかサイテイ。ウサギみたいね」

「俺はなんて最低な野郎と思われてるんだ……それにお前、それ変態発言だからな? 忘れんぞ?」

 

 殺される前に素早く逃げ、そそくさと白奈に近寄り、


「よう。状況は?」

「そろそろ拓くんがこっちに来る――あっ、来た来た! アリナさんのところに!」


 拓が体育座りするアリナの側に立った。

 アリナはアリナらしく無視を通した。


「アリナ先輩、お久しぶりです」


 拓は緊張で顔を強張らせてそう言った。対してアリナは気怠そうに首を動かして拓を見る。


「あなた、誰? 出会いを求めてるならネットでも利用してなさい」


 拓は目を点にして唇を震わせた。そして苦笑いを浮かべて続ける。


「覚えてませんか? 中谷拓です。中学1年生の時にお世話になった拓です」

「知らないわそんな名前。虚言癖? とにかくあんたなんか知らないし、覚えてもいない。鬱陶しいから消えて」

「先輩怒ってるんですか? 何かしました? 俺――」

「黙って。気安く傍に寄ってこないで」


 見てる俺も辛かった。流石に拓が可哀想だ。好きな人にここまで拒絶されるとは思ってもみなかっただろう。

 彼が知っているアリナは眠っていて、今は凶暴なアリナがそこにいる。俺はアリナが二重人格と解っているから理解できる状況だが、拓にとっては理解不能なはずだ。「ガラリと性格が変わった先輩」としか彼は判断できない。

 アリナは畳み掛ける。


「いつまでそこで立ってるの? 気持ち悪いわ。あっちへ行って。二度と話しかけてこないで」


 拓はアリナが冗談で言っているわけではないことを感じ取ったのか、悔しそうな顔をして、背を向ける。その背中がひどく小さく見えた。

 アリナはまた虚ろな目で視線を正面に戻した。去っていく拓を彼女は一瞥もしなかった。

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