第25話 Love is all you need
中谷拓は日羽アリナと同じ中学校に通っていた。そう彼は言った。
日羽アリナを知る人を俺は1人知っている。3年生の峰亜紀先輩だ。以前美術部にアリナを連れて行った時、休憩がてら自販機で買うものを悩んでいると亜紀先輩が登場。そして亜紀先輩はアリナと同じ中学校出身であることが判明した。
あの自販機での会話を思い出す。確か、亜紀先輩もアリナと話す仲だったと言っていたはずだ。となると、中学校の時のアリナは拓が惚れた人物で合っているということになるのか?
日羽アリナは二重人格だ。
最近知った衝撃事実だ。
赤草先生が言うに、高校に入学した時点では既にもう一つの人格が芽生えていたそうだ。それが主人格の毒舌アリナ。俺が知るアリナだ。そして産声を上げ、アリナという名を授かった基本人格の日羽アリナは俺が知らない本物のアリナ。
この本物のアリナがおそらく拓と亜紀先輩がよく知る日羽アリナなのだろう。
「拓、高校に入学して以来アリナと話したことはあるか?」
「ありません。最近アリナ先輩がこの高校にいると知りましたので」
つまり拓は毒舌アリナを知らない。
今でも拓の中では優しいアリナのままなのだ。いずれ彼は知ることになる。その時、辛い現実と向き合うことになる。
好きな人の中身が豹変していると知って、これまで通り接しようにも理性で努めても本能は抵抗してしまう。
これは自己同一性の問題だ。
日羽アリナが日羽アリナたらしめる確固たる要素とは何か。
死んだ最愛の猫に似た猫を飼っても最愛の猫の代用には絶対にならない。言葉が通じなくても愛した猫ではないと心が悲鳴をあげるのだ。人は魂に触れたがる。
拓も苦しむことになるだろう。
あえて助言を与えるならこう言おう。
『君の知るアリナは今、この世に存在しない』
中谷拓にそう告げても彼の想いは揺らぎやしないだろう。実際に会わないとわからない。
しかしここでアリナとの橋渡し役を拒んだら不自然だ。拓の告白を阻止しようとしているように思われてしまう。けれども拓に突きつける現実はキツイ。俺はそれが不憫に思えた。
「アリナに会ってみるか?」
「え!? 是非お願いします! うわぁー話すの中1以来なので緊張します!」
「ん? 2年生になってからは話さなかったのか?」
「話せなかったんです。僕は1年生が終わる頃に引っ越しました」
なるほど。
バージョン:JC2アリナの時はまだ毒舌アリナは存在していなかったということか。ということは毒舌アリナは、中学3年生になった春から卒業までの間に生じたわけだ。
アリナが中学校3年生なったと同時に亜紀先輩は卒業し、拓は転校する。拓も亜紀先輩も基本人格のアリナしか知らないままだ。
中学生活最後の1年間に何が起こったのだ?
「よし、じゃあまず久しぶりにアリナと会ってみるか。セッティングするからちょっと待ってくれ。明日か明後日には場を設ける」
「助かります! 本当にありがとうございます!」
「おうおう。後は任せろ。後日連絡する」
拓は一礼して練習に戻っていった。
任せろとは言ったものの、さてどうしようか。
帰宅し、妹に訊いてみる。
「妹よ。アリナを覚えてるか? あの南極で育ったような奴だ」
「覚えてるよ」
「後輩が彼女に告白したいらしいのだが、後輩が知るアリナと今のアリナは別人レベルで違うんだ。それでもそれを告げずに告白の橋渡しをするのは問題ないだろうか」
「ごめん、意味わかんない」
「チョコが置いてあるとする。見た目は有名な甘くて美味しいチョコだが、味が激辛になっている。
さて、チョコを食いたくて食いたくてたまらないデブが現れました。まさに今、そいつがその激辛チョコに手を伸ばそうとしている。俺はそれを見過ごすべきか、もしくはデブを止めて、『こいつはチョコを独り占めする気だ』と不名誉な勘違いをされるか。どちらを選択すればいいと思う?」
「その場合は止めてあげたら? カワイソーじゃん」
「まあな。アリナの話しに戻して考えてみたらどうなる?」
「単純にアリナさんに告白しようとしている人を止めるべきか止めないべきかってこと?」
「背景は省いているが根本はそれだ。どう思う」
うーん、と宇銀は首を傾げて唸る。
「告白させてあげなよ。人の恋愛を邪魔するのは愚かしいぞ、兄よ」
「妙に説得力のある言い方だな」
「告白しようとしている人にとっては愛を伝えることに意味があるんだからさ、それを止めちゃったら心の中でグツグツ煮えちゃうよ」
「うまいシチューができそうだな」
「とにかく助けてあげなよ。兄ちゃんはわからないかもしれないけど想いを伝えられないままはその後の人生に結構響くと思うよ」
「わかりやした。参考にさせてもらいます」
「Love is all you need . 兄ちゃんはこれを胸に刻みましょう」
「刺青しときます」
妹の考えは正しい。やっぱり相談しておいてよかったと思った。
あとはアリナに話しをつけよう。
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