第7話 ソプラノが飛び交う体育館
体育館に着くとバド部とテニス部の女子たちが言い争っていた。
まるで地面に亀裂でも入っているかのように一線を引いて両チームとも別れている。周りではまあまあとあやすように男たちが鎮めようと頑張っているようだ。
どっちがバド部でどっちがテニス部か解らない。だから俺は白奈がいる側をテニス部と判断した。
白奈は俺を見るなり満開の花みたいに笑顔になった。事態が飲み込めないのでこっちに寄ってきた彼女に訊くことにした。
「何で喧嘩してるんだ?」
「あのね、雨の日は体育館の場所の一部をテニス部にも使わせてくれる約束なんだけどそれはもうやめにしないってバド部が言い始めて、でもそれは去年いた先輩たちが決めたことだから私たちには関係ないとかなんとかもうわかんないよ……」
この子は何を言っているのでしょう。僕もわかんないよ……。
バド部側に真琴がいる。なんとか女子たちの怒りを鎮火させようと奮闘しているようだが完全に無視されている。部内の権力とパワーバランスが大体推し量れた。
主に言い合いの中心は高校二年生。現高三の生徒たちは夏の試合で引退しているので、もう高校二年生と一年生しかいない。なのでちらほら見たことのある顔が見受けられた。
「お、確かあれは柊結梨だな。白奈の友達の」
「うん。結梨も苛立ってるね……」
「よし。ちょっと話を聞いてみるか」
俺は人間の塊に突入して、言い争いを観察した。
「だから、それは卒業した先輩たちが決めたことじゃん? 別にあたしらが変えてもいいじゃん」
「でも今までずっと雨の日は貸してくれたのに。なんで突然ダメになるの。おかしくない?」
「うちらバド部は部員が多いの。ただえさえバスケ部と一緒に体育館使ってるのにこれ以上場所取られたらうちらもやっていけないんだわ。ずっと我慢してきたけど雨の日くらい筋トレでもしてれば?」
「そうそう。うちら試合近いんだしさ。我慢してくれない?」
「こっちだって大会はある。約束を破るのはひどいよ!」
女子たちの容赦ない言い争いに俺は圧倒された。一見、淡々とやり取りをしているように見えるが一触即発の雰囲気が両者の目つきと表情に浮かんでいる。まるで不発弾みたいだ。自衛隊を呼ぼう。
結論、俺要らなくね?
白奈のために参上したようなものなのに白奈は口喧嘩から抜けて俺の隣にいる。真琴から頼まれた事は終わったと言っていい。後はこの口論に終止符を打たせないといけないのだろうが俺じゃなくてもよくないか。完全に部外者だし。火に油を注ぐような行為になるではないかと俺は思った。
「どうしたら解決するかな」
「解らん。言い分としてはテニス部の方が可哀想だろう。バド部の言い方はキツイが言いたいことは解る。個人的にはテニス部の方は悪くないと思っているけどな。けどこういうのは椅子に座って話し合う方がいい。手を出したら面倒になる」
呑気にそう話している間にも女子たちの口論はますますヒートアップしていった。猫が威嚇し合うみたいに口を尖らせてあーだこーだ喚く。
俺は結梨にコンタクトを試みることにした。腕を組んで真っ向からバド部と張り合う結梨の背後に近寄る。女子たちが俺を警戒した。構うものか、こっちは売店のパンコーナーで戦歴がある。
「結梨、忙しそうだな」
「ん、えぇ〜っと、あっ、白奈のカレシ?」
「ちげーよ。金星に飛ばすぞコラ。味方してやる」
「このタイミングで白奈にアピール? すごいなあ」
どうやら結梨と会話するためには日本語以外の言語じゃないとダメなようだ。おそらくスワヒリ語あたりから単語を引用するのがベストだと思われる。
俺は結梨との意思疎通は不可能と判断し、バド部の女子たちに目を向けた。親の仇のような憎悪を浮かべて俺を睨んだ。とばっちりです。
「なあ、今日はとりあえずテニス部に貸してやれよ。前からの約束だったんなら予告もなしに約束を破るのは理不尽だろ」
「あんたには関係ない」
「へいへい、当事者以外のの意見に聞く耳持たないのなら世界中の裁判員が不要になるぞ。客観的な見解に耳を傾けろ。冷静にな」
「勝手に屁理屈並べてれば? あんたなんかどうでもいい。うちらはバド部と話してんの。あんた何部?」
「帰宅部だ」
「え、ぷっ」
貴様、帰宅部を笑うとはいい度胸じゃないか。
全国の帰宅部を敵に回したぞ。我々は無所属の「組織に属しない部活動」、いわゆる「国境なき部活」だ。この崇高な概念体に口を出すとは、拍手喝采だよ。想像してみなさい。全国の帰宅部が大洪水のように貴殿めがけて全力で走ってくる光景を思い描いてみなさい。
この世の終わりだ。
「何ニヤついてんの……?」
俺に引いているところ申し訳ないが帰宅部を敵に回したお前に、俺も引いている。俺たちに失うものはない。お前たちは出場権という概念を失うかもしれない。この二つの差異はデカイぞ。
真琴はというと俺を見て顔を覆っている。彗がまたやっちまった、と奴の心がそう吐露している気がした。君、自分の部活を侮辱されたら腹立たないのかね。何だと、帰宅部は部活じゃない? お前シベリア送りな。
「貴重な放課後を無駄に浪費しているぞ、お前たちは。今日は引き下がってテニス部にも貸してやれ。そして机上で話し合え」
「黙ってて。君には関係ないから」
解りました。次はモールス信号で会話しましょう。覚えてこいよ、バド部のお前。お前のでかい乳、ちゃんと覚えたからな。
手遅れだと思い引き下がろうとしたその時、テニス部とバド部の境界線に髪の長い女が現れた。
俺たちに背を向け、バド部を向いている。腕を組んで肩幅に足を開き堂々と直立するその女は、まぎれもなく日羽アリナだった。
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