第4話 始動するプロジェクト
「というわけだ」
「はあ?」
俺は図書館に転がり込んだ。予想通りアリナを発見した。こいつは本が好きで図書室が第二の故郷なのだ。文学少女ってわけではないだろうがとにかくアリナは本を読むようだ。
「放課後は女子ソフトテニス部の手伝いだ。アンダーストゥッド?」
「理解はしたけど。どうして私が……」
彼女は図書室にいると弱い。
図書室といえば静寂を守る厳密なルールがある。マナーを弁えている律儀なところを利用して、俺は放課後に説明することをやめ、緊急で昼休みの図書室を選んだ。牙を隠している今がチャンスなのだ。
「アリナ更生プロジェクトの一環だ。受けてもらう。安心しろ、俺も参加するからな。放置プレイはしなッ――」
本の角で殴られた。俺は飛びそうになる自我を奮い立たせて三途の川から何とか引き返した。死んだペットが川岸にいた。
「暴力はいけない」
「死んで」
「昼休みの残り時間も少ない。そいういうわけだから放課後はまずあの元職員室に集合で。じゃ」
「ちょっと」
「図書室ではお静かに。あと体操着持って来いよ」
「ッ! ムカつくッ!」
俺は勝利を手にした気分になった。
今日も授業という名の啓発セミナーが終わり、俺は早速元職員室に足を運んだ。
しばらくするとドンドンドンッとドアを破壊する勢いでノックしてきた。学校の備品もお構いなしに破壊活動をしやがる野郎に心当たりは一人しかない。
「ちょっと開かないんだけど。いるんでしょ! 開けなさい!」
「ただいま榊木彗くんは着替え中です。どうしても見たいのならば今すぐ開けますよ。いや、開ける」
「え、ちょっ! 窓から飛び降りろ! 死ね!」
「右腕が止まらないんだよなぁ。ドアを開けたくてしょうがないようだ。クソ! 右腕が俺の意思に反してッ!」
ガチャ。
「許せ、アリナ。俺は一つの次元を超越した。なに、開かないだと?」
ドアの曇りガラスにアリナの輪郭がぼんやりと映る。どうやらドアを必死に押さえているらしい。
「いいから、着替えろ! もうやだァ!」
俺は本気を出した。身 長 百 八 十 セ ン チ フ ル パ ワ ー い く ぜ 。
「きゃぅ」
勢いよくドアが開かれる。アリナは眩しそうなものを見るかのように両手を顔の前に持ってきて、指の隙間から俺を覗いた。あれ、見るんですね。
「お前も早く着替えな。俺は廊下で待ってるから」
半裸で暴れ回る趣味など俺のステータスに書かれていない。基本的に紳士なのだ。当然俺は着替え終わった状態でアリナとご対面した。
呆然とするアリナ。こんな呆けた表情のアリナを見たのは人類史で俺が初めてだろう。
そんな感嘆を味わっていると俺のみぞおちに隕石が落下した。正確にはアリナの鋭いパンチが俺の全内臓を揺さぶった。その衝撃で俺は蹲った。大腸を口から吐くところだった。
「入ってきたら殺すから。鎖に繋いで暗い部屋に閉じ込めて、鼓膜が破れるくらいの大音量でアンパンマンマーチを永遠と聴かせてあげる。水とパンだけは与えてあげるわ。ゆっくりと消耗させてあげる。嫌でしょ?」
俺は力なく「へい」と頷いた。
コスチュームチェンジが終わってアリナがダンッと引き戸を開けた。体育座りしていた俺は反射的にビクついて立ち上がる。
髪型がポニーテールになっていたので意外とやる気あるんだなと感心した。黙ってれば可愛いのにな。
「また殴るわよ」
「いかんいかん、暴力は。平和主義は幻想だが努めることに意味がある。キング牧師を見習え。知ってる? キング牧師」
「知ってる。行くんでしょ。さっさとして」
流石博識なだけある。キング牧師の名を出しても知っている高校生などそうそういない。この会話が出来ることに正直俺は嬉しかった。
「女子テニス部は今日も汗をドロドロかいて部活だ。いくぞ」
そんなわけで黄色い声が飛び交うソフトテニス部にやってきた。
みんなスカートみたいなひらひらするアレを着ている。詳しくない俺にはアレが破廉恥にしか見えない。男の目を考えろこの野郎。男子高校生の脳の構成成分を考えてくれ。俺に関しては八割「誠実」ニ割「食欲」で構成されているが、平均的な男子高生の脳みそは十割「性欲」で構成されている。そう、性欲の塊なのだ。覚えておけ、女子テニス部たちよ。俺以外の男子は基本的に穢れている。
アリナは日差しにやられそうになっていた。しょうがなく俺は帽子を貸してやった。やけに素直に受け取ったな、と思ったら「まさかミジンコが帽子を持っているなんてね」と俺に言い放ちやがった。
「あ、彗だ」
白奈が駆け寄ってきた。すると俺の隣にいた人物を一目見てギョッとした。
「あ、アリナさん!? どうしたの!?」
ぷいっと視線を外すアリナ。人見知りのクソガキか、君は。腕を組んで機嫌の悪さを表した。
「白奈。俺とアリナが回収係だ。部長さんには掛け合ってくれた?」
「うん。歓迎するって。というか部長は結梨だし」
「そうなのかよ!」
「あの場で言っておけばよかったね。ラケット持ってあの芝生のほうに飛んでいったボールを打ち返してくれればいいから」
「了解、ほれ、アリナ行くぞ」
「今日はよろしくね、彗とアリナさん」
「任せろ」
「えぇ」
テニスコートは二面ある。が、フェンスがない。ネットを挟んで片面は壁があるが、もう片面の向こうには芝生が広がっている。だから芝生側に飛んでいくボールを回収して欲しいとのことだ。確かにこれは練習時間の大幅なロスにつながる要因だ。
俺とアリナはラケットを拝借して芝生に向かった。既に芝生にはボールが散在している。確かにあの少ない部員では回収に時間がかかるな。
早速俺はボールを一つ掴んでラケットを豪快に振った。
「何、当たらないだと?」
左手でボールを持ち、ちょっと浮かせた後、素早くラケットで風を切るが如く振る。しかしぶんぶんと振っても当たらない。
「クソ、玉が、俺を、避ける!」
何回目かで当たった。が、ラケットの網の部分ではなく縁の部分に当たり、あらぬ方向に飛んでいった。
「難易度高すぎだろ……何だよこのスポーツ……」
俺はテニス未経験者だ。今日が初めてテニスに触れた記念すべき日である。これがテニスと呼べるのか解らない。ラケットを触ったのも初めてだ。このクソでかい網に当てるとか超楽勝となめていたがどうやらラケットは俺を嘲笑っているようだ。
そんなウルトラアマチュアのすぐ側でパコンッパコンッと気持ちのいい音を出して打ち返すアリナがいた。なんだこいつ。プロか?
俺はその姿を模倣しようとじっくり観察し、そして勢いよく振った。玉が、避ける!
「あんたバカァ?」
どこの弐号機パイロットですかお嬢さん。使徒と闘わなくていいんですか。
「テニスが難しすぎまず、アリナさん」
「あんたが引き受けたんでしょ。真面目にやってよドジ」
「そうは言われましても。玉が俺を避けるんですよ」
「そ」
そ、ってなんだよ。英語のSoか? 何か付け加えろよ。あぁまた綺麗に打ち返す。どうすりゃそう打てるんだよ。
パコンッ、パコンッとアリナは落ちているボールを拾ってはコートの方に打った。心なしか楽しんでいるように見えた。読書をしているときはフランス人形のように儚げで美しいがどこか生気がない。でも今のアリナは生きている気がする。気のせいかもしれないがプラスに働いていると思った。
さて。当たれェッ――
どうやらボール君は芝生と寝そべっている方がお気に召しているらしい。芝生に吸い付くように落ちてゆく。ラケットにかすりもせず芝生とベッドイン。ふざけんな。重力め、もうちょっと遠慮しろ。
「そんなんじゃ当たるわけないじゃんバカ」
弐号機パイロットが話しかけてきた。
「なんでガットじゃなくてフレームに当てようとしてんの。刀じゃ無いんだから。闇討ちしたいの? 江戸に帰れば?」
え、何ですかその専門用語。
「日本語でお願いします」
「もう! 網の部分じゃないと当たりもしないし飛びもしないでしょ!」
「当たらんなぁ……」
「ちゃんとラケットの面が地面と垂直になるよう意識すれば当たるから! もうバカ! ハエと喋ってた方がまだ楽しいわよ」
バカを連発するのでBAKAが世界共通語になりそうな気がする。ともあれ俺もどうにか挽回したいので弐号機パイロットの言うとおりやってみる。
すると不格好ではあるがボールに当たり、ひゅーんと飛んでいった。
「飛んだぞ!」
「うるさい。飛ぶに決まってるでしょ。どんどんやって」
コツを掴んだ俺はパコンパコンと次々と送球した。これが中々面白い。音もいいが手に伝わる感覚も心地よかった。
おら、おら、と声を上げながら打ち返す。いやあ楽しい。少し離れたところではアリナが綺麗なフォームで打っていた。素人の俺でも上手いと思う。纏うオーラが違う。それもあってかコートにいる女子たちがちょこちょこアリナに注目していた。
人気者じゃねぇかお前!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます