第3話 少女が知らない営業少年
「口の悪い女を更生するには何をしたらいいかアドバイスくれないか、妹よ」
「お嬢様学校に行かせれば?」
「断言しよう。その学校は崩壊する」
妹は活発な女子に分類される。そのため俺と異なる視点で何かいいアドバイスが貰えそうだと思い訊いてみた。
会話とコミュニケーションが大事とは言ったが、あの放課後でその二つを発揮できる人間と言えばあの場には俺しかいない。俺だけとずっと会話していても多少の改善はあるだろうが慣れてまた荒くなる。それは避けたい。
「その人、どういう人なの? 口が悪いそうだけどそんなに酷いの?」
「あぁ。伝説が色々とあってな。馴れ馴れしく話しかけてきた男子生徒に『気持ち悪い。あっち行って。あんたごとゴミ箱に投げ捨てるわよ。焼却炉の方がいいかもね』と言ったそうだ。好意を寄せていたその生徒は心をズタズタにされてスルメみたいになっちまった」
「極端に拒絶するんだね、その人。兄ちゃんは大丈夫なの?」
「俺は言葉では中々傷つかない人間だから大丈夫だ。日頃からジョークしか言わない適当な人間だからな、俺は。早速ゴミと言われたが序の口だ。何せ帰宅する度に妹の顔を見て全回復するのだから理論上俺は無敵だ」
「これからはあんまり顔合わせないようにするね。私が体力吸い取られそう」
妹はソファに腰掛けた。兄妹揃って一緒にテレビを眺め、ぼーっと映像を脳に送っていると妹がぼそっとつぶやいた。
「兄ちゃん部活入ってないんでしょ」
「だからいつも俺が『おかえり』と言うんだよ。妹の『おかえり』を聞いたことがない……F○○K!」
「声にモザイクかけてねー。部活にでも混じってみれば? 二人でさ。色んな人いるし会話の種にもなるしコミュニケーションのいいチャンスじゃない? 人脈も広がるよ」
「それもいいが俺は部活に入る気はない。三秒で幽霊部員になる自信がある。それに今更始めても来年は受験勉強が始まる。全てが遅い」
そっかと残念そうに呟いた。確かにいい案ではあるが入部は無理な話だ。何せ部活動がガチすぎる。その空気に当てられたら俺は速攻蒸発するだろう。身長が百八十センチあるおかげで何度か運動部からのお誘いもあったが全て断った。俺の放課後を侵犯するな。内政干渉はやめたまえ。それに尽きる。
ガチな雰囲気でもアリナは真っ向から虎のように吠えて相手を串刺しにするんだろうが残念ながら俺にそんな気力はない。緩く行こう。平和が一番だ。
「じゃあ、部活動のお手伝いとかは? 私も部活中『あと一人いれば効率よくなるんだけどなぁ』って思うこと多々あるよ。そのお手伝いとかどうかな」
なるほど。それはいいかもしれない。入部しないかつアリナの人間接触のいい機会にもなる。部活動側には労働力の提供でメリットになるはずだ。
「それ貰い。著作権料とか徴収されますか」
「フリーコンテンツなので大丈夫です」
これでいこう。早速赤草先生に相談だ。
昼休みの自由時間。真琴との食事会(弁当食うだけ)を終えた後、俺は職員室に向かった。
「赤草先生、今いいですか」
「あら、彗くん。どうしたの」
俺は妹が考案した計画を詳細に赤草先生に話した。こうすればアリナにもいい影響が出るんじゃないかとセールスマンみたいに売り出す。
実際やってみなければ解らないことだらけだが行動してみることによって解ることの方が断然多い。読書も大事だが文字では表現できないことを体感することを俺はアリナに勧めたいのだ。
「いいんじゃない?」
「本当ですか!」
「えぇ。ごめんね、大変だろうけど頑張って!」
「はい!」
俺は勝機を得たと満足して職員室を後にした。
さて、あとはどの部活が援護を必要としているかだ。需要がなければ我々供給する側は役に立たない。だから残り少ない昼休みを活用して聞き込み調査だ。
教室に戻り俺は真琴に訊いてみた。
「バド部で人が足りない時ってないか?」
「ん~。特にないな」
「マジすか」
「どうして?」
「実はな……」
と言葉の続きを綴るのを俺は寸前でやめた。危ない危ない。そういえば真琴はアリナに告白して玉砕した内の一人だったのだ。真琴は高校一年生の中頃に告白した。現場を見ていなかったがその日部活を休んだそうだ。相当意気消沈したらしい。なのであえて俺は触れない。傷口を掘り返す趣味はない。
「暇だから手伝ってほしいことがあるか訊いてみただけだ。特にないなら問題ない」
「どうしたんだ、彗。もしかして部活に入ってみたくなっちゃった?」
「ノーノー。ただの気紛れだ」
俺は次に中学校が同じだった波木白奈に訊くことにした。白奈は隣のクラス。つまりアリナがいる教室だ。
毎度思うのだが他クラスに入るのは妙にもどかしい。入りにくいというか何というか。全校生徒が多いとクラスが違えば知らない奴ばかりなのだ。だから異世界にしか感じられん。
勇気を出してするっとドアを通り過ぎる。たちまち切り開かれる未知の世界。やはり空気が違う。
白奈を探してぐるぐる頭を動かしていると三人くらい固まってお喋りしている女子生徒たちを見つけた。白奈も発見。
「白奈、ちょっといいか」
「あ、彗。なに?」
「え! 白奈のカレシ? もしかしてカレシ?」
側にいた女子が騒ぐ。それを必死に「違うよ違うよ」とおろおろしながら白奈が否定する。
「どうしたの? 話すの久しぶりだね」
「確かにな。クラスも変わっちまったし、新しいクラスメイトと慣れるので大変だったからな」
「へぇ、白奈と結構いい感じの関係築いてる感じ?」
この女、よく喋るな――。
「白奈とは何もねえよ。中学が同じだったぐらいだ。な?」
「う、うん」
なぜそこだけ吃音症になる。
「あたし結梨。柊結梨。よろしく」
次に隣にいたこれまた元気そうな女子が喋る。
「私は宮中蘭。よろしくね」
なんだこの自己紹介パレードは。俺は白奈に用があって来たというのに。
だが波に乗るしかない。
「俺は榊木彗。隣のクラスだ」
「それで彗は何しに来たの?」
白奈が問う。
「白奈って確か女子ソフトテニス部所属だよな。人手不足とかない?」
「うーん」
悩む白奈。ついでに俺はちらちらと教室を見渡した。どうやらアリナは不在らしい。
「強いて挙げるならなんだけど」
「おう、なんでも言ってくれ」
「うちの部、人が足りてなくてね。練習中ボールを回収するんだけど人数の割に使うボールが多いから回収に時間がかかって効率悪いんだよね」
「なるほど。ということはボール回収係がほしいと」
「うん。それくらいかな」
「お手伝いしてもよろしいかな? 無償で我々の労働力を提供します」
「え、いいの? 大変だよ。というか彗だけじゃないんだ」
「あともう一人我が社には一名女性社員がいます。有能で運動能力も優れているのできっとご満足いただけると思いますが、どうされます?」
「なにその口調……」
「あたしとしてはさ、回収係いるとありがたいんだよね」
結梨が口を挟む。君も女子ソフトテニス部なのか。
「お。では白奈さん、ご契約ということで?」
「うーん。いいよね、結梨」
「全然OK。むしろ歓迎」
「あざす!」
俺は一つ契約できたことに高揚した。これが営業マンの日常か。世の中欺き合いの戦争だぜ。
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