その名は 凱 炎 王!
「ここで終わりなのか……」
暗闇の中。ガイは落下していく。その体に痛みはない。
「天国には行けないと思ってたが、こりゃぁ地獄行きか……」
頭は妙に冴えている。恐怖心はない。そして、落下しながら彼は思い出す。
「おやっさん……ケン坊……おかみさん……」
真っ黒な鈍く光る化け物……無残に壊される定食屋……そして、風来坊になった自分に優しくしてくれたおやっさんとケン坊……。
「終われねぇ……」
彼は呟く。
「終われるわけがねぇ……」
圧倒的な理不尽――ガイは自分の命を奪われることには怒りを感じる、だが、それだけではない。
おやっさんとケン坊――その小さな幸せを奪われたことにガイは激怒する。
「こんなところで、終われるかぁ!!」
心から叫ぶ。
「うるさいのぉ」
突然、美しい女性の声が聞こえてくる。彼の体は闇の中、逆さまのまま制止する。
「ほほほ、お主、名はなんというのじゃ?」
声の主は見当たらない。その声は彼の頭の中に直接、響いてくる。
「
「ほほほ、わらわの名前なんぞ聞いてどうする?」
「人の名前を聞いたら自分の名前を明かすのが礼儀だろうが」
ガイはぶっきらぼうに言い放つ。心には先ほどの怒りが激しく燃え盛っている。
「ほほほ、面白き人間じゃ。そなたにならやつらと戦えるかもしれぬ」
「やつら? あの黒い化け物か?」
「そうじゃ、やつらはマガツボシ……この国を滅ぼすために空からやってくる鬼どもじゃ」
「国を滅ぼす? 何のためにだ」
「……知らぬ。鬼どもの考えることなど、わらわにはわからぬ」
やや不自然な沈黙の後、声は答えた。
「そんな事よりもお主には、はよ選んでもらわねばならぬ」
「選ぶ……だと?」
「そうじゃ、お主の前にはそやつがいるじゃろ?」
ガイは視線を上に向ける。
「こいつは……ロボット……か?」
そこには一切の飾り気のない、ロボットがあった。
「そやつはこの日の本の守護者、
「鋼鉄……武将……」
「ほほほ、そうじゃ、そこでお主に生き残る機会を与えてやろう……さあ、神になるか、悪鬼になるか……選ぶのじゃ」
「神か悪鬼を選ぶ……だと?」
心の底から不快そうにガイは言う。
「そうじゃ、神となり人を救うか、悪鬼となり魔を殺すか……好きな方を選ぶのじゃ。こやつはそなたの心によって動くのじゃからな」
女の声は真剣そのものだ。
「どっちか選ばなきゃならないのか?」
「そうじゃ、鋼鉄武将の力は人が本来持つべきものではない。だからこそ、あやつを扱うには神のような慈悲の心か、悪鬼のような修羅の心が必要なのじゃ……さあ、はよ選ばぬか」
その言葉を聞きガイは目を閉じる。
おやっさんとケン坊の笑顔が脳裏をよぎる、そして、同時に二人の辛そうな顔が脳裏をよぎった。
ガイは考え、どちらかを選ぼうとした。
だが――だが、しかし! 己の心がそれを拒絶する!
人を助けることができるのは神か悪鬼か――否、人を救うことができるのは人だけだ!
ガイは大笑いする。己の迷いを、己の選ぼうとした無意味な選択を!
「な、なんじゃ、いきなり! 気でも狂うたか!」
「神だ? 悪鬼だ? くだらねぇ……人を救うのは人に決まってるだろうが!」
心の底から、大声でガイは叫ぶ!
「ば、馬鹿な! 人のまま化け物と戦おうというのか!?」
声は驚き狼狽する。
「うるせぇ! おい、てめぇはどうする! 神か悪鬼か、それとも人のオレに力を貸すのか……選びやがれ!」
「な、なにを――」
真紅の巨人は輝きだす。ガイはにやりと笑う。
「そうか、てめぇも神でも悪鬼でもなく、人と戦いたいんだな! 気に入った! 一緒にやつをぶちのめすぞ!」
ガイが叫んだ瞬間、その体はロボットへと吸い込まれていった。。
————————————
「ここは……」
椅子に座ったような体勢でガイはゆっくりと目を開ける。目の前に広がる暗黒……しかし、先ほどの絶望的な暗黒とはまったく違った。
「まったく、何を考えておるのじゃ……」
先ほどの美しい声が聞こえる。ガイは目を凝らした。
「う、うわ! な、なんだてめぇは! それにその格好はなんなんだ!」
ガイは手で目を隠そうとするがなぜか身動きが取れない。目の前には白い長い髪に真っ白な狐の耳と尾を持った女が立っていた。しかも、全裸で淡く光りながら。
「お主も似たようなものじゃろ?」
女は呆れたような声で言う。その声には聞き覚えがあった。あの時頭に響いていた声だった。
ガイは目線を下に向け、なんとか自分の姿を確認する。自分の体も全裸で淡く光っている。
「なんだこりゃ?」
「馬鹿者が! 貴様は鋼鉄武将と一心同体となったのじゃ! まったく、人のままでこやつの力を手に入れるとは……」
女はぶつぶつと不満をつぶやいている。
「そうか! こいつが鋼鉄武将か! じゃあ、さっそくあの化け物をぶちのめさねぇとな!」
「馬鹿が、人のままでこやつを操れる――」
ガイの右腕がゆっくりと持ち上がり始める。
「な、なんじゃと!?」
その腕を前に伸ばす。すると、目の前のなにかが崩れ、光があふれ出す。
「ああ、なるほどな、確かにオレと一心同体だな」
ガイは目を細めながら周りを見る。そこは山の裾野――巨大な妖怪を打倒した武将を祭る神社がある山だった。
「あの野郎!」
ガイは目を見開いた。遠くに黒い化け物が、暴れていたいるのが見えた。家はガレキとかし、煙があちこちから立ち上ている。
「ふざけんじゃねーぞ!」
怒りのままにガイは立ち上がる。それと連動して鋼鉄の赤き巨人も立ち上がった。
「ま、待て! なにをする気じゃ!」
「決まってるだろうが、狐女! あいつをぶちのめすんだよ!」
「き、狐女じゃと! わらわには
立ち上がった鋼鉄武将に化け物が気付く。そして、建物を壊しながらゆっくりと近づき槍を構えた。
ガイは怒りのままに刀を抜き、走り出す。そして、間髪入れずに化け物の頭へと斬りかかった!
「てりゃぁ!」
「ば、馬鹿者!」
白狐の叫び声が響き渡る。しかし、ガイは無視して刀を振り下ろす。
「なんだと!」
刀は化け物の頭をとらえる、しかし、刀は簡単に折れてしまった。そして、化け物の反撃が赤き巨人を襲う。
「ぐわぁ!」
槍の一撃を受け、赤き巨人は吹き飛んでしまう。
その姿を見て、化け物は大きく笑うように体を揺らす。
「いてぇじゃねーか!」
「馬鹿者! 霊験もなにも持たないお主の武器が通じるはずはないじゃろうが! それに、お主とこやつは一心同体。こやつの受けた傷はお主のものになるんじゃぞ!」
「傷? 傷なんかどこにもついてないじゃねぇか」
ガイは自分の体を確認する。痛みはあるが傷どころか、赤くもなっていない。
「当たり前じゃ! 体ではなく魂に傷が残るのじゃぞ! 体が無事でも魂が傷を負い過ぎれば死んでしまうのじゃ!」
怒鳴るように白狐は言う。しかし、ガイは不敵に笑う。
そして、立ち上がりると、再びゆっくりと化け物に近づく。
「は、話を聞いておったのか! 霊験が――」
「れいげんだか、れいめんだが知らねぇが、そんなの関係ねぇ」
ガイは白狐を見ずに化け物を見据える。
「ああ、そうだった。漢おとこの喧嘩に得物を持ち出すなんざ、オレもヤキが回ったもんだ」
ある距離まで近づいたガイは鋼鉄の拳を打ち合わせる。拳からは火花が舞い散る。
化け物は完全に油断しているのか、槍を構えるが攻撃する様子はない。
「おい、相棒。さっきは先走っちまって済まなかったな!」
ガイは叫ぶ。
「そういや、おまえの名前を聞いてなかったな……おい、狐女。こいつの名前はなんていうんだ?」
「だから、狐女じゃないと……こやつの名前? 名前などと言うものはない」
「名前がねぇだと……よっし、じゃあ、今からお前は炎王……いや、オレの名前をくれてやる。そうだな……」
ガイはにやりと笑う。
「よし、今日からお前は凱炎王だ! どうだ? いかした名前だろ?」
「何を馬鹿な、こやつは名前なぞ――な、なんと!?」
ガイの体が明滅する。ガイには凱炎王が喜んでいるのがはっきりと分かった。
「よっしゃ! さっそく、あいつを――って、あぶねぇ!」
化け物は突然走り出し、凱炎王を突く。だが、凱炎王は槍をギリギリで回避。カウンターで鋼鉄の拳を顔面に叩き込む!
化け物はよろめく。しかし、その表面には傷一つない。
「ちっ、馬鹿みてぇに硬いじゃねぇーか」
「ば、馬鹿者! 先ほどから何度も言っておるじゃろ! そやつは人の身では倒せん!」
「だからどうした!」
体勢を立て直した化け物が槍を振り下ろす。今度は避けずにその槍をつかんだ。凱炎王は化け物をにらみ付ける。化け物はその無言の迫力に、槍を掴んだまま後ずさる。
「相棒……オレには、れいげんだなんだと小難しいことはわからねぇ。だが、あいつだけはぶちのめさねぇとならねぇんだ。おやっさんとケン坊……そして、あいつに大切なもんを壊されたやつらのためにもな!」
言い終わると同時に、凱炎王の手から炎が放たれ、掴んだ槍が溶け落ちる。
そして、その炎は激しく燃え上がり、凱炎王を包み込む!
足! 腕! 体! 頭!
炎は真紅の甲冑へとその姿を変えた!
「ま、まさか、人の身でその力を!」
白狐は驚愕し目を見開く。
「行くぜ! 相棒!」
凱炎王は大きく踏み込む! 鋼鉄の拳が顔面に打ち込まれ、その表面が大きく歪む!
「これで、しまいだ!」
凱炎王は大きく腕を引く。その腕が再び紅蓮の炎に包まれる。
もはや怪物に逃れるすべはなし! 荒々しい紅蓮の拳が化け物の黒い体に再び打ち込まれ、「火」の文字が浮かび上がった!
「豪火爆砕拳!」
化け物の体は衝撃で宙を舞い、空中で爆発! そのまま跡形もなく消え去てしまった。
「あばよ……」
ガイはそれを確認すると、静かに目を閉じt。すると、凱炎王の体が光だし消え去る。そして、凱炎王がいた場所には、ロングコートに中折れ帽を被った、いつものガイの姿があった。手には「火」と書かれた、手のひらほどの大きさの真紅の円盤が握られていた。
「相棒、ありがとな」
ガイは言いながら円盤をコートのポケットにしまい込む。そして、あたりを見渡した。そこには見覚えのある看板――おやっさんの定食屋の看板だ。
再びあたりを見渡す。定食屋の面影はなく、がれきの山となっていた。
「後悔はしておらんのか?」
ガイの後ろから女性の美しい声がする。振り向くとそこには真っ白な着物を着た白狐が立っていた。白狐はゆっくりと近づいてくる。その体を地面から少し浮いており、歩いた後には水紋が広がる。
「後悔?」
「お主の戦いでこのような被害が出たんじゃ……後悔の一つもするのが普通じゃろうて」
その問いにガイは大きく笑う。そして、言い放つ。
「そんなもん、地獄に落ちるときにいくらでもしてやるよ」
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