鋼鉄武将 凱炎王

鶏ニンジャ

天下御免の風来坊

 どこともわからない空間――周囲に何もなく天には星だけが輝いている。


「時が満ちたか……」


 簡素な真っ白い和服姿の女がどこからともなく現れる。真っ白な長い髪に、狐のような耳と尻尾を持つ女――その美しさは浮世離れしており、常人と比べられるようなものではない。

 女が歩くたびに地面に水紋のようなものが広がっていった。


よ。そなたらの好きにはさせんぞ……」


 女は空を見上げる。そこには常人には気付くことさえできない、暗黒の星が輝いていた――



 ————————————


 昼下がりの寂れた商店街。その入り口にサイドカー付きの大型バイクに乗った、1人の大柄な男が姿を現す。男はバイクを駐車スペースにとめると、商店街に入っていく。


「ずいぶんと変わっちまったな……」


 もう春だというのに季節外れのベージュのロングコートに薄汚れたジーンズ。頭には中折れ帽を被り、手には大きなトランクを持っている。

 頬には大きな傷もあり、ただものではない雰囲気を放っていた。


「さてと、おやっさんは元気かな」


 男はゆっくりと商店街を歩く。シャッターが開いている店はなく、人の気配もない。

 少し歩くと目の前に、目的の定食屋が見えて来た。


「ふざけるんじゃねぇぞ!」


 男がさらに近づくと、店の中から怒鳴り声が聞こえてくる。


「てめぇ、客に向かってどういうことだ! この店じゃあ、虫を食わすのかぁ?」

「なにを言いやがる! 虫なんか入るわけがないだろうが!」


 店の中では、パンチパーマ頭に赤いシャツを着た、ガラの悪い男が店主らしき男が店主と怒鳴りあっている。

 男は店に入るが、二人とも気付かない。


「この野郎! ぶっこ……いててて!」


 男は赤シャツの男の腕をねじりあげる。


「おいおい、カタギの衆に迷惑をかけんじゃねぇよ」


 そして、そのまま外に連れ出すと、突き飛ばす。赤シャツの男は不様に転ぶがすぐに立ち上がる。


「いてぇじゃねぇか! てめぇ、なにもんだ!」


 赤シャツの男の問いに、ロングコートの男は、中折れ帽を親指でクイッと上げた。


「オレの名は、天竜院てんりゅういん ガイ。天下御免の風来坊だ」


 ロングコートの男は、己の名前を言い放つとにやりと笑う。


「この野郎、すかしやがって!」


 赤シャツの男はポケットから折りたたみ式のナイフを取り出し、構える。ガイの目が光った。


おとこの喧嘩に得物なんぞ取り出してんじゃねーぞ」


 ガイは低く、迫力のある声で言い放つ。一方、赤シャツの男は震えている。


「おい、来ないのか? じゃあ、こっちからいかせてもらうぜ!」


 ガイは構えた。赤シャツの男は震えている。彼には、ガイの体が二倍にも三倍にも大きくなったように見えていた。


「お、覚えてやがれ!」


 そして、そう言い残すと背を向け逃げてしまった。ガイはその姿をじっと見つめるが追うことはなかった。


「ガイ! 生きてやがったのか!」


 店の中から店主らしき男が出てくる。そして、親しそうにガイに話しかける。


「おやっさん! 久しぶりだな!」


 ガイとおやっさんは互いにしっかりと手を握る。


「まったく、しばらく顔を見せねぇから死んじまったかと思ったんだぞ?」

「ははは、オレが簡単に死ぬわけないだろ」

「まあ、そりゃ、そうか! おう、はやく店に入れ、メシでも食わせてやるからよ!」


 おやっさんは店に入っていく、ガイもそれについて店に入る。

 古びているがしっかりと清掃が行き届いた清潔な店内、ガイは適当なテーブルに座った。


「おやっさん、商店街もずいぶんと寂れてるが、どうしたんだ?」

「ああ、地上げだ。さっきのやつも地元のヤクザもんなんだが、うるさくてな」

「そうか……おやっさんも大変だな」

「まあ、無駄な意地だとわかっちゃいるんだがな、ここはかかぁとの思い出の店なんでな」


 おやっさんは禿げ上がった頭をかきながらいう。


「意地を通すのは結構じゃねぇーか。短い人生、命を懸けられるものがあるのは最高だろ?」


 ガイはにやりと笑う。


「ところで、おまえはどうだ? いまだに旅をしながら人助けをしてるのか?」

「ああ、神様や仏様に祈ったところで、最後に人を助けられるのは人だからな。おやっさんも困ってることがあったら遠慮なく言ってくれよ」

「そうだな……じゃあ、後で、相談させてもらうか……っと、じゃあ、メシを持ってくるからちょいと待っててくれ」


 おやっさんはそう言うと奥へと引っ込む。すると代わりに、店の奥から元気な少年が現れる。


「ガイ兄ちゃん!」

「おう、ケン坊じゃねぇか! なんだ、でっかくなったなぁ!」

「ガイ兄ちゃんは……あいかわらず、でかいな!」


 ケン坊は座っているガイを見上げながら言った。


「おめぇ、今年で……何年生だ?」

「もうすぐ小学校の四年生だぜ!」

「そうか! じゃあ、後でなんかプレゼントでも買ってやらないとな」

「おいおい。ガイ、あんまりケンを甘やかすんなよ」


 奥から定食のお盆を持ったおやっさんが出てくる。

 お盆の上には煮物と、みそ汁、それに丼ぶりに山盛りになった白米が置かれていた。そのどれからも湯気が立ち上り、空腹を刺激するいい香りを放っている。


「おう、相変わらずおやっさんのメシはうまそうだな!」


 ガイは定食をもの凄い勢いで食べ始めた。どれも素朴ながらも、ガイにとっては、懐かしく、どんな高級料理店にも勝るとも劣らないごちそうである。


「おい、ケン。宿題はやったのか?」

「えー、これから、武人様のとこに遊びに行こうと思ってたのに」


 おやっさんに言われ、ケンはつまらなそうな顔をする。


「武人様……ああ、あの山の神社か。懐かしいな。オレもガキの頃はよく遊んだもんだ」


 ガイは街の外れにある山の上の神社の事を思い出した。


「なんだっけかな? 昔、馬鹿でかい化け物を退治した武将が、祀られてるんだったよな?」

「おう、そうよ。武人様は俺らの守り神様だからな」


 おやっさんは誇らしそうに言う。そして、こっそりと逃げ出そうとしたケンを捕まえる。


「こら! どこに行く気だ。さっさと宿題を終わらせて来い!」

「わかったよ。やればいいんだろ。つまんねぇの」


 ケンは悪態をつきながら店の奥へと消えていく。


「まったく。かかぁがいないとダメなのかねぇ」

「おかみさんが死んでから、もう……四年か」

「ああ、なんとかあいつも元気になってくれたが、やっぱ、男で一つで育てるのは無理があるのかもしれねぇな」


 おやっさんは近くの丸椅子に座りながら寂しそうな顔をする。


「馬鹿言うなよ。俺なんざ、親の顔すら知らない孤児院育ちだが、こんなに立派に生きてるじゃねぇか」

「なに言ってやがる。ガキの頃はどうしょうもねぇ暴れん坊で、今は根無し草の風来坊のくせによ」


 ガイとおやっさんはお互いに笑いあう。しかし、次の瞬間、凄まじい轟音とともに、店全体が大きく揺れた。壁に掛けられたメニューは落下し、テーブルの上の定食がひっくり返る。

 とっさにガイは外に出る。そして、思いもよらないものを目にした。


「な、なんだこりゃ!」


 そこには目の前の店舗を踏みつぶした、二階建ての家の二倍近くある巨大な人型の化け物が立っていた。その体は、黒く鈍く光り、手には槍のようなものが握られている。

 化け物は目のない顔をガイに向ける。そして、ゆっくりと槍を振り上げた。


「ガイ!」「ガイ兄ちゃん!」


 店の中から、おやっさんとケンが、慌てた様子で出てくる。


「あぶねぇ!」


 ガイは二人を抱え、その場を飛びのく。ガイたちは何とか難を逃れたが、定食屋は跡形もなく破壊されてしまった。


「おやっさん! 走れ!」


 ガイはケンを抱きかかえながら叫び、走り出す。おやっさんも同じように走り出す。


「な、なんなんだありゃあ!?」

「わからんが、死にたくなきゃ走れ!」


 二人は必死で商店街の出口へと走る。幸いなことに化け物はこちらに注意を向けることはなく、周囲を無差別に破壊し始めた。


「あぶね!」


 しかし、安心してはいられない。ガレキがガイの横をかすめる飛んでくる。


「ガイ兄ちゃん……」


 ケンは恐怖からか、ガイの服を力一杯握りしめている。


「ケン坊、大丈夫だ! オレを信じろ!」


 精一杯、ケンを勇気づけながらガイは走り続ける。そして、なんとか商店街の入口までたどり着く。


「た、助けてくれ……」


 ガイはそのまま走る抜けようとしたが、落ちた巨大な看板の下から声がしたため、立ち止まった。


「ガイ、どうした!」


 ガイはケンをおやっさんに預けると看板の下を覗き込む。


「うう、助けてくれ……」


 看板の下にはパンチパーマの赤シャツ――先ほどの難癖をつけていた男が下敷きになっていた。


「おい、ガイ! なにやってんだ!」


 ガイは看板を持つと全身に力を込め、なんとか持ち上げる。そして、投げ飛ばす。


「おい、大丈夫か!」

「うう、すまねぇ……」


 ガイは駆け寄ると赤シャツの男を立たせようとした。赤シャツの男は何とか立ち上る。


「ちっ、これじゃあ走るのは無理か……」

「おい、ガイ! やつが!」


 おやっさんの声を聞き、ガイは振り向く。化け物がゆっくりとこちらへと向かって来ていた。


「ガイ、逃げるぞ! そんなやつは放っておけ!」

「おやっさん、そいつは――」


 言いかけた瞬間、化け物の起こす振動で、別の看板が四人のもとへ落下する。


「伏せろ!」

「ガイ兄ちゃん!」


 衝撃。ガイは落下してきた看板をなんとか背中で受け止めた。


「ガイ兄ちゃん!」

「クソが!」


 そして、全身筋肉に力を込め、看板を投げ飛ばす。


「おやっさん、そいつとケン坊を連れて早く行ってくれ!」


 片膝をつきながらガイは言う。


「ガイ、おまえ!」

「必ず追いつく、だから行ってくれ!」


 ガイは叫ぶ。


「わ、わかった……おい、走れなくても死ぬ気で走れよ!」


 おやっさんは赤シャツを無理やり立たせた。


「ガイ兄ちゃん!」

「ケン坊! オレを誰だともってやがるんだ?」


 ケンは心配そうにガイを見つめている。ガイもケンを見つめた。


「天下御免の風来坊、天竜院 凱だぜ?」


 にやりと笑いながらガイは言う。


「……ケン、行くぞ……ガイ! 死ぬんじゃないぞ!」


 三人はその場を離れる。ガイは顔を上げ化け物を見る。化け物はゆっくりとどんどん近づいてくる。


「ちっ……動けねぇか……」


 咳とともに吐き出される鮮血……その痛みから骨も何本か折れたらしいことをガイは理解した。

 化け物はさらに近づく。すでに逃げられる距離ではない。

 ガイは何とか立ち上がると拳を握りしめる。そして、化け物をにらみ付けた。


「舐めんじゃねーぞ……」


 化け物は立ち止まり槍を振り上げ、ガイに狙いを定める。

 ガイも構え、拳を引く。視線は怪物から一切そらすことはない。

 体の痛みはある……だが、絶望や悲観はない。それよりもガイの心は、いきなり現れ、人々の大切なものを壊した化け物に対する怒りが燃え盛っていた。


 化け物の槍が振り下ろされる。その槍に合わせ、ガイは拳を振りぬいた――


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