第8話 勇者様、犬を飼う。


 漆黒の魔王ブラックを拘束して王都の自宅に帰還したら、ハクロウがブラックの匂いを嗅ぎ付けてスラニムを頭に乗せたまま走り込んできた。


「犬臭せ、犬臭せぇ、犬臭せぇえぇえ!! グリンダル様っ! 俺様、犬臭さくて鼻が曲がりそうだぜっ!!」

「おおぉ、こやつは漆黒の魔王であるヘルハウンド種のブラック殿ではないですかっ! しかも、まだ魔王の卵を所持したままなのに拘束しているなど……」


 ドサッと床に投げ出したブラックに向かい、ハクロウがキャンキャンと吠えていた。ハクロウの頭の上にいたスラニムも一緒にプニプニと身体を揺らしてブラックを観察している。


「あら、素敵な毛並みの犬ね。ライア姉様……この子の毛皮ももらっていいかしら?」


 白く綺麗な毛並みに眼を奪われたマルティナが、ハクロウに駆け寄り毛並みを撫でる。キャンキャンとブラックに向けて吠えていたハクロウはいつの間にか、マルティナに服従の姿勢である腹を見せてだらしなく床に寝そべっていた。


「はふぅう……あっ、あっ、そんなテクニックをどこで習得しやがった……あっ、あっ、この女やるじゃねえか……だが、俺様にはライア姐さんという……心に決めた飼い主がっ……」


 ドスッ。


服従の姿勢を見せていたハクロウの股下数センチの場所に鉄の剣が突き立っていた。


「ハクロウッ! 私はそんな軟弱に貴方を育てた覚えはありませんよっ! でも、たのっしー! アハハっ!」

「ね、姐さんっ!! ど、どうして!! あっ、あっ、あっぁぁあぁぁっぁぁああぁぁl!! やめて、やめて、やめてぇえ!!」

「あら、ライア姉様の飼い犬でしたか……残念だわ」


 戦闘スイッチが入ったままのハイテンションな姉さんが、マルティナに腹を見せていたハクロウの脚の間を縫うように鉄の剣でカンカンカンと素早く突き立てていく。ハクロウは姉の豹変に驚きながら剣先が毛並みを掠る恐怖でダバダバと失禁していた。


「……う、ぅう、小便臭せなぁ……あ、ここはどこだ? 俺は確か鉱山村に……」


 目の前に流れ出してきたハクロウの小水の匂いで、気絶していたブラックが眼を覚ます。ブラックは辺りを見回すと自分が拘束されて動けないことを知り、自らの状態を悟ったようで命乞いを始めた。


「……勇者グリンダルよ。俺の魔王の卵を献上するし、お、お前をリーダーとして認めてやる。だ、だから、毛皮にするのだけは勘弁してくれ。確実にあそこで失禁している『犬』よりは役に立つぜ」


 ブラックが口にした『犬』という単語に反応して失禁していたハクロウが飛び上がる。


「馬鹿野郎っ!! 俺様はオ・オ・カ・ミだっつーのっ!! ボケ犬がっ!!」

「うるせえっ! 小便臭せえオオカミなんかいるわけねぇだろうがっ! しかも、座敷犬みてえに、だらしなくコロコロと丸く太った自分を見てオオカミだって言えんのかよっ!」

「なっ! 俺様はな。ラブリーでプリチーな癒し系のオオカミを目指してるんだよっ! ご近所の雌犬からは『ハクロウ様、カワイイ、素敵ね』って惚れられって困ってるんだっ!」

「そんなんじゃ、猟にも役に立たないし、無駄飯喰らいだろうがっ! 犬の本分はリーダーの狩猟をいかに効率良く行わせることができるかだ。オオカミも犬の親戚なら、本能を思い出しやがれっ!」


 ワンワンと吠え合い、罵り合う二人の頭を姉が鷲掴みにして持ち上げていた。すでにブラックも大半の魔素マナが抜けており、漆黒の毛並みの美しい大型犬程度の大きさに縮んでいる。


「ふぅ、二人とも躾しないといけないようね。お家の中で吠え合うのはご法度にしましょうか?」


 戦闘スイッチが切れて、清楚モードに移行しつつある姉は二人の無作法にお怒りの様子で、二人の頭をギリギリと搾っていく。結局、姉は清楚モードになっても怖い時は怖いのだ。


「ぎゃうううん。俺様、悪くない。ぎゃわわ、すみませんっ! すみませんっ!! お願い、痛くしないでぇ! あっ、あっ、変な音してるぅ。グリンダル様、助けてぇ!」

「ぎゃわわおーん。すみませんっ! もう絶対に吠えませんっ! 家の中では大人しくしますっ! イデデェ、しますからぁあぁぁ!」


 その様子を眺めていたマルティナがぼそりと呟いていた。


「あの子たちの毛皮で肉人形フレッシュゴーレムを錬成したら、モフモフのフカフカができそうね。じゅるり……」


 ……あー、マルティナ君。欲望がダダ漏れなんだが……マルティナってかなりの毛皮フェチなんだなぁ……知らなかったぞ……


「姉さんもマルティナも待ってくれ。ブラックは王宮に突き出して討伐依頼を完遂した証拠にしないといけない。まさか姉さんはブラックも飼うとか言わないよね?」


 僕の言葉を聞いたブラックがクゥーンと憐みを含んだ声で鳴く。その声に姉さんとマルティナがすぐに陥落して助命側に回った。


「あー、グリンダル。この毛並みは保護するべき一品よ。あたしも責任もってちゃんと飼うから許してあげて……ここまで、弱った者を魔物だからと殺すのはいかがなものかと思うわ」

「そうね……ロウギューヌ様は……」


 二人が助命側に回ったため、すぐに僕も降伏した。二人に反抗したところで押し切られるのが関の山だった。


 おかしい……このまま、魔王討伐を続けていると、僕はそのうちに魔物を家に大量に飼うことになるのではないだろうか……勇者としてそれはいかがなものか……。


「あー、ブラックちゃんだー! 久しぶりー! だいぶ、ちっちゃくなったね。ブラックちゃんもゆうしゃさまの奴隷になるんだねー。それなら、スラミーの方が先輩になるからよろしくー」


 用事を済ませたスラミーが応接間に現れると、ブラックを見つけて姉さんの手から受け取ると高く持上げていた。


「ス、スラミーっ! 肌の色こそ違うけどスラミーだよな……お前もグリンダル頭領の奴隷なのか……スラニムもあんな姿になっちまってるし、俺もこのざまだ……これからは先輩としてよろしく頼むぜ。スラミー先輩」


 スラミーにされるがままに身を任せたブラックが自嘲するような笑いを浮かべていた。


「さて、スラミーちゃん。また、ハクロウがお漏らししているから、例の物おむつを持ってきてくれるかしら。それと、今日から我が家の一員となるマルティナの部屋の用意を手伝ってくれるとありがたいわね」

「はーい。今準備しますー。マルティナちゃんもよろしくねー」

「あらあら、グリンダルは綺麗で可愛らしいメイドさんを侍らせていたのね。それじゃあ、あたしのことなんて忘れているわよね……」


 マルティナがジト目で僕の方を見てくるが、記憶が混濁していただけで忘れていたわけじゃないはずだが、マルティナの視線に晒されると非常に居心地が悪かった。


 その後、ハクロウが衆人環視の中でおむつ装備をしている姿を皆に視姦凌辱されたため、グッタリとして床に『の』の字を書いていたのを生暖かくスルーしてあげた。こうして、ブラックは我が家の番犬として飼われることが決定したことになる。



 翌日、僕は【偽装体ディスガイズボディ】で作成した偽のブラックを担いで王宮に来ていた。すでに昨日の時点でブラックから魔王の卵を受け取っており、【偽装体ディスガイズボディ】の中に埋め込んで疑似人格まで付与してあげている。


 まぁ、魔王の実物を知る者は王宮に一人ともいないので、デモンストレーションがてらちょっと暴れさせて、僕が首をちょん切るという筋立てを考えていた。本来なら、王に対してこんなことをすれば死罪を申し渡されても仕方ない所業だが、一向に魔物問題を深く考えようとしない王に対しての最後の諫言として企図した。


「これは……一体?」


 玉座の間で朝見を行っていたエンブリィ王が玉座の間に放り出された物体を指差してワナワナと震えていた。


「王が所望した漆黒の魔王ブラックを生け捕りにして参りました。ご確認くださいませ」


 シュウシュウと黒い霧を身体から発する偽ブラックに、玉座の間に詰めかけた宮廷貴族や近衛騎士達がザワザワとし始める。王が側近に合図すると衛兵が一人玉座の間に走り込んできた。そして、厳重に拘束されている偽ブラックをしげしげと見ると王に向かって頷く。


「さすが勇者グリンダル殿……わずか一日で魔王討伐を果たすとは……見事な腕前としか言いようがないですな……!?」


王は少し引き攣った顔で僕を見ていた。すると、偽ブラックを拘束していた術が急に解け、偽ブラックが飛び起きると玉座の間は騒然とした雰囲気に包まれた。


「ま、まだ生きておるぞ! 討ち取れ! 討ち取るのだ!!」


 拘束を解かれた偽ブラックは玉座の間を走り回り、宮廷貴族や近衛騎士達を次々に弾き飛ばして王に迫る。不意を突かれた護衛達は王を護るのに逡巡するが、父上だけは王の前に出てブラックと対峙していた。


「我は漆黒の魔王ブラックなり、エルラン王国の王、エンブリィの首はもらったっ!!」

「そんなことはワシがさせんっ!」

「ひぃいいいっ! ギリアンっ! 私を護れ! 護るのだ!」


 エンブリィ王の喉元に喰い付こうとした偽ブラックの牙を父上が自慢の愛刀で斬り飛ばす。驚いて腰を抜かしたエンブリィ王は情けなくもずり這いで逃げ出そうとしていた。


 そろそろ、頃合いかな……あんまり、脅しすぎるのも逆効果になるといけないしな。


 頃合いと見た僕は偽ブラックに一気に近寄ると派手に首を斬り飛ばして、黒い霧を大量に噴出させて一気に絶命させてやった。そして、斬り飛ばした首を持って腰を抜かしている王に献上する。


「エンブリィ王……このように魔境の森に隣接する村々は、日々魔物達の襲撃に怯えております。ですので、一刻も早くオーレン王国との戦を終わらせて、魔物討伐に注力するべきかと私は愚考しております」


 玉座の間に飛び散った黒い霧は壁や床にべっとりと張り付き、黒い瘴気を未だに放ち続けていた。


「……グリンダル殿が進言を受け入れよう……なれば、ここにグリンダル殿にエルラン王国公爵位を授与し、領地として私の直轄領であるブライアー村を授ける。そして、魔物討伐軍の総司令官として魔境の森からの魔物の一掃を王命として申し付けるが受けて頂けるであろうか?」

「エンブリィ王っ! それはなりませんっ! 今の我が国に魔物討伐などする余力はっ!」


 父親のギリアンが必死の形相で王を押し留めていた。周りにいた宮廷貴族達も同様に王に再考をするように促していた。だが、エンブリィ王は一段と大きな声で言った。


「勇者グリンダル殿よ。我がエルラン王国を救うために、是非とも受けてもらえないであろうか!!!」


しめた。王はこれで魔物討伐に心を傾けていくことになるだろう。


「……若輩者ではありますが、エンブリィ王よりのたっての願いとあれば、謹んで魔物討伐軍総司令官職を拝命いたします」

「グリンダルっ!! 貴様っ! 父の顔に泥を塗るつもりかっ! この痴れ者めっ! 私がお前の浅はかな考えを読めぬとでも思ったかっ!」


 激高した父ギリアンが素早く抜き打ちをしかけてくるが、勇者になった僕には止まって見えるスピードだった。短く後ろに飛んで躱し、父の手を打って刀を取り上げる。


「父上、王の御前でございます。お戯れをされまするな」

「ギリアン、控えよ!」

「クッ!」


 父はキッと僕を睨みつけると刀を受け取り、王の脇に下がる。


「どうやら、何か含む物がある者達もいるようだが、私はグリンダル殿には期待しておりますので、魔物どもを一掃するために協力していただきたい」


 王が僕の手を持って拝むように縋りついてきた。どうやら、少しだけ脅しが強すぎた様子であった。しかし結果としては、僕はエルラン王国の公爵となり、ブライヤー村を領地として手に入れて魔境の森の魔物討伐軍総司令官という肩書きを手に入れることに成功していた。

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神託勇者は大魔王様 ~超TUEEな神託の勇者は魔境の森でまったり魔物国家建設中~ シンギョウ ガク @koura1979

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