第7話 漆黒の魔王ブラック


 マルティナのおかげで、一足飛びに魔境の森近くのクライノート村まで転移することができた。今回、初めての転移を体験したマルティナが呆けたように僕を見ている。


「……ここって……クライノート村? ……ああっ! あの赤いレンガの工房は精錬所だわ……そ、そんな。高位術者でも転移術には多数の儀式と神聖文字による魔法陣が必要なのに……グリンダルは無詠唱で発動させたわよね……あたし、夢を見てないわよね? ライア姉様、つねってもらえる?」


 マルティナは姉に顔をつねるように頼んでいたが、変わりに僕がマルティナの柔らかいほっぺたを軽くつねってあげた。


「いひゃいっ! グリンダル!」

「マルティナ。グリンダルはこの難しい転移術をいとも簡単に行使できるのよ。凄くない? 王国の歴代の術者でもなし得なかったことを無詠唱でおこなうのっ! まさにこれこそ勇者の力よねっ!」


 姉のライアは僕の力の凄さをマルティナに伝えようと、いつも以上にテンションが高いような気がする。


「ちなみに神術だけじゃないからね。【勇者】ジョブを授けられて、【完全能力】スキルが付与されたことで僕は世界のあらゆる知識やスキルを手に入れたんだ。今の僕を勇者以外で言い表すなら『万能の天才』と呼ばしてあげよう」


 実際にありとあらゆることをやれと言われれば、その世界の第一人者に負けないほどの物を作れる実力を持っている。この前、暇つぶしに父親の顔なじみで、子供の時から僕の剣を作ってくれていた鍛冶工房の親方さんの所で、試しに作った長剣の仕上がりを見た親方さんが余りに切れ味鋭い剣ができたことで絶句していた。ちなみに、その剣は勇者謹製の剣として店頭に飾られていると聞いている。


「……しゅごい……グリンダルがしゅごい人になっちゃったよ……ライア姉様」


 キラキラした眼で僕を見るマルティナのほっぺたから手を放してあげると、彼女は少し赤くなったほっぺたをさする。そして、敬意を表すように片膝を突いて拱手の礼を取った。


「……あ、あたし、グリンダルの従者になれてすごく幸せだよ……」

「マルティナ……私達は神託の勇者様の従者に恥じないように頑張らないといけないわよ。神託の勇者であるグリンダルが、いかに凄い人物であるかを後世に伝えるのが私達の使命。ロウギューヌ様が『神託の勇者に身も心も仕えよ』と言われた意味は、きっとグリンダルの子孫を繁栄させて語り継げということなのよっ!」

「そ、それって、つまり……グリンダルの……」


 ブフゥウーーーーー。姉からの突然の言葉に思わず吹き出してしまう。だが、姉はロウギューヌ様から神託を受けたことを、いいように自己解釈して従者仲間になったマルティナの手を取り訴えていた。


 姉さん……それはマズいですよ。いくらなんでもそれはマズい……僕は勇者として皆の見本になるような清廉潔白の男を目指しているのに、姉さんからそんなことを言われると異常人格者かと思われてしまうではないかっ!


「んんっ!! 姉さん! 子孫云々の話は人前ではしないように! これでも僕は勇者なんでね」

「ああ、そうね。私とマルティナの中で収めておくわ」

「だから、そうじゃなくってね」


 姉は平然とした顔で、マルティナ一緒になって僕の子孫繁栄について、いかように計画を進めていくかを話し始めていた。スラミーが我が家に来てから姉もセクハラ攻撃を体得したらしく、新たな従者であるマルティナもその内参戦してこないかと僕は戦々恐々であった。神託の勇者として従者やメイドと爛れた関係を持つわけには断固としていかなかいのである。これは僕の持つ勇者観であり、始原の魔王を捕獲するまでは力を与えてくれたロウギューヌ様への誓いとして破るわけにはいかない。


 そんなことをしていたら、いつの間にか僕達の周りにはクライノート村を占拠している黒猟犬ブラックハウンド達が取り囲んでいた。その数はざっと見積もっただけでも三〇〇体はいると思われる。


「バカ騒ぎをしている人族がいると思ってきてみたら、最近魔王達の間で噂になっている神託の勇者様御一行だったか。こんなに直ぐにくるとは思ってなかったが、俺を討伐しに来たようだな」


 牛のような体躯をした毛艶の良い黒いモフモフの毛を生やした黒猟犬ブラックハウンドが一体、僕達の前に悠然と歩いて出てきた。その身体からは目に見えるほどの瘴気が漏れ出しており、ハクロウやスラニムよりも更に強力な魔王の気配を漂わせていた。


「君が黒猟犬ブラックハウンド族の王でヘルハンウド種の漆黒の魔王ブラックかい? 君達が不法に占拠している鉱山は王国の臣民を支えている重要な鉱山なんだ。悪いけどすぐに返してくれるかい? 今なら退去すれば討伐しないで済ませてあげるよ。魔狼王とスライム王の二人がどうなったか君も知っているよね?」


 漆黒の魔王ブラックが強い魔素マナを纏っているとはいえ、僕の実力には当然及ぶまでもなく、力の差は歴然なので無用な殺戮をしないで済むように平和的に話し合うことにした。これはスラニムから魔境の森の魔素マナ枯れを聞かされていて、彼ら魔物も背に腹を代えられずに人族領域へ進出していると聞かされていたからだ。


「魔狼王とスライム王がどうなったかは聞いているさ。跡形もなく討伐されて一族は離散し、魔境の森には空白地がたくさんできた。だが、それでも魔素マナは足りてねえんだ。俺は魔素マナの匂いをたどって、この鉱山が良質な魔素マナ産出地だと突き止めた。一族の者のためにこの地を離れることはできないと答えさせてもらうぜ。おい、お前等、死ぬ気でこいつを食い殺すぞ。俺達はここを失えば生きていけねえ!!」


 ブラックはグルルとうなり声をあげると、仲間をけしかけて僕達に攻撃を加えてきた。直ぐに防御結界を二人の従者達に展開する。


「ちぃ、女達は守りやがったか」


 舌打ちしたブラックは、大きく息を吸い込むと僕に向けて数千度には達する超高熱の火炎ブレスを放ってきた。しかし、高熱のブレスは僕に熱さを感じさせることもなく弾き返されて周りにいた黒猟犬ブラックハウンド達を焦がしただけだった。


「その程度のブレスじゃ、僕は燃やせないよ。再度、君に警告するよ。この場を立ち去れば、君の一族を絶滅させることはしない。さぁ、魔境の森へ帰れ」


 二度目の勧告をブラックに行ったが、彼はまったく聞き入れるつもりはなさそうだった。配下の黒猟犬ブラックハウンドに目くばせをすると、再び僕へ向けて高熱のブレスを吐く。


「効かないっていっただろ?」


 先程と同じようにブレスを弾き返すと、背後で姉さんとマルティナの悲鳴が聞こえた。見ると地中から穴を掘って防御結界の下をかいくぐり姉達の元へと到達した黒猟犬ブラックハウンドが今にも姉達の喉元へ飛びかかろうとしていた。


「おっと、動くなよ。動いたら俺の配下がお前の大事な従者の喉を食いちぎるぜ」

「それはどうかな……?」


 ブラックは姉達を人質に取ったことで自分が優位に立ったと確信しているようだった。だが、ブラックは人質に取った人物の強さまでは考慮に入れていなかったようだ。姉は【聖人】として神の声を聴き、剣の腕は王国一と謳われる父ギリアンに伯仲し、神術は僕にこそ及ばないものの、すでに上級術者としての能力を持ち合わせた上に、魔物狩りモンスターハンターとして実戦経験を積んだ人物である。


「マルティナ! 武器を頂戴!」

「わ、わかりました。ライア姉様。この辺りには鉄鉱石がいっぱい埋まっていますから鉄の剣でよいですね」


 姉がマルティナに武器を要求した。すると、マルティナが地面に手を置き詠唱を始めていく。


「地に埋もれし、鉄の鉱物よ。我が魔素マナと等価の交換を経て、敵を切り裂く剣として現出せよっ!!」


 詠唱が進むにつれてマルティナが手を触れている地面に神聖文字を描いた錬成陣が光り輝き始め、鈍く光る剣が地面から盛り上がってきた。姉がその剣を掴むと結界内の黒猟犬ブラックハウンド達の首を一瞬で跳ね飛ばしていた。


 マルティナはレアな【錬金術士】のジョブを持っているのか……姉さんはいつ知ったんだ?


 二年振りに会ったはずの姉がマルティナの能力を知っていたのに疑問符が浮かんだが、もしかしたら、成人前からマルティナは【錬金術士】の能力を開花させていたのかも知れない


「グリンダル……従者である私達にもたまには戦わせてくれるわよね? 今のでお姉ちゃんはスイッチが入っちゃったわよ!」


 姉が金髪の長い髪をまとめ上げて紐で縛ると、マルティナが錬成した鉄の剣を舌なめずりしていた。こうなると、気が済むまで戦わせてあげないと『殺戮天使キリングエンジェル』との異名を持つ姉の戦闘意欲を収束させる方法は存在しなかった。


「ライア姉様が戦うのであれば、あたしも本気で戦っちゃうわよ。埋もれし、鉄の鉱物よ。我が魔素マナと等価の交換を経て、身を護る鎧と敵を貫く槍として現出せよっ!!」


 マルティナが再び錬成陣を光らせると、胸元の開いたロングドレスが鉄の全身鎧に変化して槍を構えていた。マルティナも幼年学校で行った模擬試合大会の槍部門では、優勝するほどの実力を持っているので、そこいらの半端な魔物狩りモンスターハンターよりは十分に戦力として期待はできた。


「仕方ないね。マルティナも姉さんも怪我だけはしないように」

「お、おいっ!! お前の従者が死ぬぞ。俺の眷族は三〇〇体近くいるんだっ!! お前は大事な従者が俺の眷族に食い殺されてもいいというのか?」

「そんなことはできないよ。元々、強いうえに僕が能力向上する神術を付与するんだから、君の眷族程度じゃ、かすり傷すら与えられないさ」


 僕はブラックの問いに答えるように、姉とマルティナに向けて様々な各種の能力強化術を付与していく。虹色の光に包まれた姉とマルティナがそれぞれの獲物を見つけると、嬉々として狩りを始めていた。二人の美しい戦士達が襲いかかる黒猟犬ブラックハウンド達を次々に穿ち、貫き、首を斬り飛ばして黒い霧へと変化させていく。僕はその様子を見て呆気に取られているブラックとともに悠然と見ていた。


「あははっ、勇者グリンダルの加護を受けたお姉ちゃんは、グリンダルの次に強いんだからねー! さぁ、ワンちゃん達、オイタをした躾はキッチリとさせてもらうから、覚悟しなさいよ」


 完全にキャラがぶっ飛んでいる姉であるが、小さい頃はこちらが地の性格で、近所の悪ガキと素手に殴り合いをするほどの好戦的な性格だったのだ。しかし、幼年学校で習った礼儀作法と修身科目のおかげで穏やかな性格を手に入れていた。だが、やはり戦場で気が高ぶると地金である好戦的な性格が前面に押し出されてきてしまう。


 姉さんもアレさえなければ、完璧な貴族令嬢なんだけどなぁ……ハクロウが姉さんのあの姿を見たらビビッて脱糞するんじゃなかろうか……


 完全にスイッチの入った姉の姿に、僕はポリポリと頬をかいて眺めることしかできなかった。一方、マルティナの方も全身鎧を着込んで槍を振り回しつつ、死んだ黒猟犬ブラックハウンドの肉を使って肉人形フレッシュゴーレムを錬成していた。巨大な肉の人形が大きな拳で黒猟犬ブラックハウンドをぶん殴ると肉塊として取り込んでいく。


「グリンダルの足手まといにだけはならないんだからねっ!」


 姉ほどの能力ではないが、マルティナもソコソコに戦える能力を見せつけてくれていた。


「……お、俺の眷族達が、ああも簡単に討ち取られていくなんて……あの女達は何者だ……」

「あの二人は僕の大事な従者さ。勇者の従者もまた普通であってはいけないんだよ。飛びぬけた能力を示さねばならない。今のあの二人はおそらく君より確実に強いよ。けど、魔王を倒すのは勇者である僕の仕事だからね」


 眷族の虐殺を見て呆けていたブラックに向けて、魔力を込めた鉄拳を見舞う。不意を喰らったブラックは土煙を上げて地面を転がっていった。しかし、直ぐに体勢を立て直して僕の姿を探していた。


「へグゥウウ!! 何という力だっ!! クソ、強すぎるじゃねえかっ! しかも、消えやがった!」

「どこを見ている。僕はここだよ」


 ブラックの背後を取った僕は脇腹に向けて回し蹴りを放つ。ビキビキという骨が砕ける音とともにブラックは雑木林の木を何本もへし折って飛んで行った。


「グリンダル。あたしにその子の毛皮くれないかしら……綺麗な毛並みをしているからこの肉人形フレッシュゴーレムと錬成しようと思うの。そうしたら綺麗な毛並みでモフモフしたカワイイ犬の肉人形フレッシュゴーレムができあがると思うのよ」


 近くで戦っていたマルティナが漆黒の魔王ブラックの毛皮に大変に興味を持ち始めていた。確かに今錬成された肉人形フレッシュゴーレムはピンクの皮膚をして、見た目が気持ち悪いので、ブラックの毛皮を一緒に錬成すればモフモフの素敵な毛皮を纏った肉人形フレッシュゴーレムができあがる寸法だ。


「……よし。断然そっちの方がいいな」

「はぁ、はぁ、よくねえよっ!!! 俺の毛皮を使うってことは俺が殺されちまうだろ!!」


 片足を引きずりながら雑木林から這い出してきたブラックが、息も絶え絶えに突っ込んできた。満身創痍のようにも思えるが、突っ込むだけの体力は残っているようだ。


「だって、君は僕の言うことを聞かないだろ? それなら、君の素敵な毛皮を使ってマルティナに新しい肉人形フレッシュゴーレム作ってもらい、モフモフしていた方が毛皮の有効活用だと思わないかい?」

「思うかっ!! お前等は馬鹿かっ! 俺が死ぬだろうがっ!」


 残っている体力を搾り出して三度目の高熱ブレスを吐こうとしたブラックをピンク色の肌の肉人形フレッシュゴーレムが殴り倒していた。


「ぎゃふぅううん。待て、俺は別に人を喰うとは言っていない。この鉱山村の村人も無傷で追い払った。魔素マナが欲しいだけなんだっ!!」


 肉人形フレッシュゴーレムの攻撃を受けて、フラフラのブラックがここにきて僕に譲歩を求めてくる。


「大人しく、あたしに毛皮を渡して新生ブラックちゃんになるのが身のためだわ。大丈夫、一瞬で頭を潰してあげるから痛くないわ」

「ひ、ひぃいい。死にたくねぇえ。やめてくれ!」


 マルティナの錬成した肉人形フレッシュゴーレムが、満身創痍のブラックの頭を鷲掴みにしてぶら下げる。


「君は僕の勧告を二度も無視したのにこの後に及んで命乞いかい? 君の犯した誤判断で眷族の者達はあらたか姉さんとマルティナに討たれてしまったよ?」

「はぅううぁぁうあぁああぁあぁぁ!!」


 仲間を討ち取られたことを認識したブラックが言葉にならない声を発していた。そして、恐怖のあまりブラックは失禁して失神してしまっていた。


「不甲斐ない……魔王がこの程度なら、ロウギューヌ様が言われていた始原の魔王もたいしたことはないか……」

「で、グリンダル。この子はどうするの? 毛皮にしちゃう? するなら、あたしは錬成陣の準備するけど」


 マルティナはどうやら肉人形フレッシュゴーレムを気に入っているようで、ブラックの毛皮で覆いたいらしい。だが、前回のスラニムの件もあるので無力化した上で生け捕りにして王都に持ち帰ろうと思う。


「持って帰ることにするよ。姉さんもそろそろ帰るよ」


 僕は失神したブラックを神術で拘束して動けなくすると、肩に担いで帰り支度を始める。


「ふぅうううううぅうっ!!! グリンダルっ! お姉ちゃん、黒猟犬ブラックハウンド二〇〇体以上狩っちゃったわよっ!! たのっしーー!!」


 姉さんは戦い過ぎてアドレナリンが大量分泌されてハイになっていた。しょうがないので、僕が反対側の肩に担ぐ。


「さぁ、帰るよ。マルティナも掴まってくれ」

「はーい……ごめんね……肉人形フレッシュゴーレムちゃん。また作ってあげるからね」


 マルティナが肉人形フレッシュゴーレムの錬成を解く。そして、僕の身体に抱きつくのを確認すると、転移術で王都に戻った。

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