第6話 勇者様、幼馴染と出会う。
クライノート村へは姉のライアも行ったことがないと言われたので、転移術の触媒とするため、村に行ったことのある人物を探しに、姉を連れて王都の外れにある大きな石造りの二階建て建物のハンターギルドにやってきていた。
「ああ、これはライア様と……グリンダル様!? このような場所へ来られるなどどうされた?」
ギルドの中に入るなり、カウンターの奥にいた鋭く細い目をしたにやけ顔の男が僕達に声をかけてきた。
「これはギルドマスターのリョウエン殿でしたか……実は我が勇者であるグリンダルがクライノート村に一回でも行ったことのある者を探しているのですが……」
「クライノート村か……今、漆黒の魔王に占拠されちまってる村だろ? 魔王討伐に勇者様が狩り出されているわけですかい?」
リョウエンと呼ばれた男は、僕を値踏みするように細い目でこちらを見ていた。ちなみに、このリョウエンは荒くれ者が多い
「そうですね。誰かいませんか……」
「ああ! これは失礼をした。正式な
リョウエンが少し困ったような顔をしていたことで、僕が正式な
「グリンダル殿の依頼は承った。仲間を救ってくれた勇者殿の頼みとあれば依頼料はギルドが持つぞ! おいっ! 誰か、クライノート村に行ったことのある奴はいるか?」
リョウエンが細身の身体からは想像もつかないほどの大声で施設内にいた
「あっしがクライノート村なら行ったことありますぜ。勇者殿には、この前の魔狼族との戦いで助けてもらった恩義がある。依頼料はいらねえから手伝わせてくれ」
年嵩の
「あ、あたしが行ってあげてもいいわよ。グリンダルっ!! つい最近、
ガタンと椅子を鳴らして立ち上がった女性
誰だ……綺麗な顔をした子なんだけど……つい最近まで見ていたような……う~ん、思い出せないなぁ……
女性
しかし、顔はどこかで見たことがあるのだが、一向に名前が思い出せずにいてもどかしさを感じていた時、姉が答えを導き出してくれていた。
「ああっ! 久しぶりね。そう言えばマルティナは幼年学校を卒業した後で
姉さんが口にした名前を聞いた瞬間に顔と名前が僕の頭の中で一致した。
そうだ、マルティナだ。幼年学校時代に傲岸不遜、唯我独尊と教職員達に言われ、恐怖の象徴とまで恐れられた生徒総代の僕の片腕として副総代をしてくれていた幼馴染のマルティナ・ツィーゲその人だ。どうも、名前が出てこないと思ったが、幼年学校の時の制服じゃないから別人かと思ったぜ。そういえば幼年学校の時に僕に告白をしていたが、あの時はなんとも思ってなかったけど、今あらためて見ると姉さんには及ばないが王国美女ランキング不動の二位なのは納得できるな……。
幼年学校を共に過ごしたマルティナの名前を忘れるとは不覚であったが、勇者となった際に流れ込んだ膨大な知識のせいでいささかの記憶の混乱もあったのは事実だ。
「ああっ! マルティナかっ! 一瞬誰だか分からなかったよ。そうか、君は
僕は幼馴染のマルティナが手を上げてくれたので、最初に手を上げた年嵩の
「あっしよりもマルティナ嬢の方が実力は上なんで文句はねえっす。勇者様が困ったことがあれば、またいつでも助力しやすぜ」
年嵩の
「じゃあ、勇者様の
ことの成り行きを見ていたリョウエンが依頼遂行者をマルティナにするかと尋ねてきた。
「ええ、そうさせてもらうわ。ちょっと、三人で依頼について話したいから二階の個室を貸してもらえるかしら」
「あいよ。いつものライア嬢専用部屋の鍵だ」
姉が僕が答えるよりも早くにマルティナに決めてリョウエンから鍵を受け取っていた。姉は
「そういうことだから、詳しい話は個室でしましょうか? マルティナも二階へ行くわよ」
「あ、はい。ライア姉様」
僕達は二階にある姉の専用個室へと場所を移して詳しい話をすることにした。
二階の個室内は四人掛けのテーブルが一台あり、灯り用のランプが置いてあったが、日中であったため、窓からの日差しで室内は明るくなっていた。
「さぁ、座って。それにしてもひさしぶりね。私が成人して
姉は幼い時から家が近所だったため、二歳年下のマルティナを妹のように可愛がっており、いろいろと交流していた。その繋がりで僕も幼馴染のマルティナとは子供時代から一緒に遊んでいた仲間だった。彼女の家は僕と同じく貴族だが騎士爵の家柄で下級貴族だった。そして、両親ともにエルラン王国翻訳官として王国に仕え、資料収集のため大陸各地に出張することが多く、両親が共に不在になる時はマルティナの母親が僕の父親の親戚筋だったため、僕の家で一緒に食事や風呂に入ったりして一緒に生活していた。
幼年学校に通うようになってからは、母と姉が公認した僕の世話係として毎朝の着替えや、昼食時の給仕など一切の身の回りの世話をしてくれていた記憶が蘇ってきた。なので、身の回りの世話をしてくれた礼も兼ねて家族以外で僕を唯一呼び捨てにできるという特権を与えていた。呼び捨ては身内以外ではマルティナにしか許していない特権であり、それ以外の者が僕を呼び捨てにした際は、実力行使を伴う呼び方の訂正を相手に求めたことは若気の至りだと今では反省している。
「ライア姉様こそ、更に美しくなられたようで……しかも、神託の勇者様がグリンダルだったとか……これで、お姉様の願いは成就されたみたいですね……ああ、この話は内密でしたね」
「マルティナ!? からかわないで……でも、グリンダルは凄い勇者様なのよ。ロウギューヌ様に選ばれし者で世界を救ってくれる方よ」
姉さんが瞳をウルウルさせながら、マルティナに向かって僕の凄さを喧伝していた。実の姉に褒められるとこそばゆくもあるが、僕がロウギューヌ様に選ばれた勇者であることは間違いないので威儀を正していた。
「……あたしの知ってるグリンダルが神託の勇者様だなんて……今でも信じられないわ……確かに規格外の男子ではあったと思うけど……」
「マルティナも酷いな。僕はより良い学生生活を皆が送れるように、旧態依然とした学校の規則を教職員へ指摘し、改善を促して改めてもらっただけさ。一部、教職員は僕のことを恐れらてたけどいい仕事をした自負しているのだが。まぁ、改革案を実現化するためにマルティナが奔走してくれたおかげでスムーズに移行できたのは認めるよ」
幼馴染のマルティナは僕の学校改革案を推進する際に、副総代として学校側との折衝を一任して見事に教職員から改革案受け入れをもぎとってきたほどの実務家であり、両親と姉の次に信頼をしている人物でもある。
「……長年、グリンダルの世話をしてきたあたしじゃなきゃ。貴方の補佐は務まらないでしょうね……あたしの仕事は天空高き所から見ているグリンダルの視点を地べたに這いずっている人達に翻訳して聞かせることよ。そういった意味で言えば、グリンダルは二人目の従者を必要としないかしら? あたしとしてはグリンダルが声をかけてくれるのを待っていたけど、今日ギルドで会えたのは運命だと思うから是非、従者にさせてもらいたいの」
マルティナが悪戯っぽい目で僕にウインクしてきた。だが、目の色は真剣そのもので僕を見据えていた。
「マルティナが従者にっ! グリンダル……是非、受けなさい。彼女の力は貴方の希望を叶えるのに絶対に必要となってくるはずです」
「そうだな……マルティナ。また、いろいろと面倒をかけると思うけど僕の世話をしてくれるかい?」
マルティナが僕の問いかけに眼に涙を浮かべていた。やはり、彼女としても長年の習慣として僕の世話をしてきていたので、成人後にそれができなくなって寂しい思いをしていたのかもしれない。
「そ、そんなのぉ……ひっく、答えるまでもなく『する』に決まってるでしょ! グリンダルは私の勇者様でもあるんだからぁ……」
マルティナが僕の胸に飛び込んできてエグエグと泣いていた。別に泣くほどのことじゃないと思うのだが、僕としても身の回りを安心して任せられる人物であることは知っているので助かったとの思いがあった。
「……じゃあ、話を本題に戻して、クライノート村の漆黒の魔王ブラックを手早く討伐してきましょう。今からいけば夕食でマルティナの歓迎会ができそうだし」
「へ!? 日帰り? ライア姉様は何を言っているんですか? クライノート村まで片道一週間はかかるはずですが……」
日帰りで討伐できると言った姉の言葉にマルティナが眼を点していた。
「神託の勇者である僕なら可能さ。なにせ勇者様だからね。じゃあ、この三人で行ってこようか……悪いけどマルティナの手を貸して」
僕はマルティナの手をギュッと握ると、転移術を発動させるためにマルティナの中の記憶からクライノート村の情報を抽出していく。そして、抽出を終えると意識空間に浮かび上がった地図にクライノート村の座標を打ち込む。
「え!? え!? 何?」
マルティナは何が起きるのかと不安そうに僕の顔を見ているが、爽やかに微笑みだけを返して黙っていた。
「さぁ、飛ぶよ」
そして、手を繋いだ三人をクライノート村へ転移させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます