第5話 勇者様、ひねくれる。
スラミー達が家にきて二週間が経ち、ようやくブライヤー村でのスラニム討伐が僕の功績として認めてもらえることになった。ここまで時間がかかったのは、現地に赴いた急使が村の家々が破壊されていないことを訝しみ、本当に
もちろん村人達は僕がスラニムを倒し、家々を神術で修復してまわってくれたことを伝えたのだが、中々信じてもらえなかったようで二週間もの時を費やしてしまっていた。
その間、僕は我が家のメイドとなったスラミーと姉さんからの執拗なセクハラ攻撃に晒されて、何度も貞操の危機を迎えることとなったが、このたび二人と僕との間で画期的な協定が結ばれることとなった。協定の内容は奇数日の背中流しと添い寝はスラミー、偶数日の背中流しと添い寝は姉さんといった風に二人を分けることで、セクハラ攻撃の威力を分散させることに成功していた。
……これで、しばらくはしのぎ切れるはずだ……
爽やかな笑顔で調印した書類を見つめる僕をハクロウが小馬鹿にしたように見ていた。
「グリンダル様も甲斐性がねえなぁ……雌なんてのは強い雄に惚れちまうもんで、強い雄がモテるのはしょうがねえことなのさ。俺様も魔狼王だった時は雌狼をいっぱい侍らせてだな……むぐぅ」
「ハクロウ君、僕は知性派なんだよ。君みたいに下半身では動かない男なんでね。それに今は各個たる地位を築かないと二人とも面倒を見てあげられないだろ」
ソファーで寝そべっていたハクロウの上に足を置いて腰をかける。足を重り代わりに置かれたハクロウが哀愁を誘う鳴き声で姉を呼んでいた。そして、僕の足置きから脱出したハクロウは鳴き声を声を聴いて応接間にやってきた姉さんに向けて走り寄っていった。
「グリンダル。また、ハクロウを苛めているの? ダメよ。この子はもう昔の魔狼王じゃないんだから……今は無力な子犬なの」
姉さんの胸の谷間に甘えるように顔を埋めているハクロウを見て一瞬で殺気が迸る。
奴め、僕の姉さんで楽しんでやがるなっ! そのおっぱいは僕の物なんだから犬ころに楽しませるつもりはねぇ!
「苛めるなんてとんでもない……ハクロウ、今日は天気がいいから僕と散歩に行こうか? 本当にいい天気だ。こういう日は割と隕石とか降ってきてクレーターができることもあるんだよね」
本当にできるだけ爽やかな作り笑顔でハクロウを散歩に誘うと、僕の殺気を感じ取ったハクロウは、ガクガクと大きく震えてジョバジョバと大量の小水を漏らしていた。
「ああっ! スラミーちゃん、ハクロウがまたお漏らししたからおむつ持ってきて」
「はーいなの。ハクロウちゃんのおむつ、おむつ……あったー今もっていくねー」
恐怖で失神寸前のハクロウが、美女二人によっておむつを当てられているのを横目に見る。
「スラミーさん、ライア姐さん、おむつは俺様かぶれちゃうから……あっ、あっ、そんなキツクしたら蒸れちゃう。あっ、あっ、俺様、そろそろ齢四〇〇歳を迎える魔狼なんだけど……二人とも聞いてます? あぅ、あぁ~~~おむつラメェエ!!」
二人によって抵抗する暇もなくおむつを当てられたハクロウは、グスンと涙ぐんで日中の居場所であるソファーへ駆け出していった。駆け出していった後にはおしっこではない別の水滴が点々と床を濡らしていたのは見なかったことにしよう。
ハクロウを弄って遊んでもよかったけれど、午後入り火急の要件があるから王宮へ出仕せよとの使者がきたので、騎士服に着替えて姉とともに登城することにした。いつものどおりに姉とは従者の間で別れると、玉座の間に向かう。そして、玉座の間に到着すると室内は騒然とした空気に包まれていた。
「おおぉ、グリンダル殿が参られたぞ! 皆、道を開けよ」
詰めかけていた宮廷貴族や近衛騎士達は僕の姿を見ると一様に安堵したような顔をしていた。
「よう参られた。火急の呼び出し申し訳なく思うが、実はまた別の辺境の村が魔王に襲われてしまっているのだ。すまぬが、グリンダル殿の御力をお借りしたい」
エンブリィ王は慌てた様子で身を乗り出して僕に救援を求めてきていた。二回の魔王討伐を果たしたことで、戦う力だけは認めてもらっているようだが、肝心の人族和平に向けてのオーレン王国との件は一向に進む気配を見せていなかった。
「……エンブリィ王、以前も申しましたがオーレン王国との停戦を推し進めて頂けませんでしょうか!! 前回、魔王スラニムを討伐した際に王は私に停戦を打診すると約束されたはずっ! なのに遅々としてオーレン王国への外交使節団が編成されないのは一体どうなっておられるのですかっ! 魔王スラニムを討伐した際に奴より魔境の森の
「わかっておる! グリンダル殿が懸案のオーレン王国との停戦交渉使節団は今日出立させるつもりだ。そちらのことは私に任せて、グリンダル殿はクライノート村に現れた漆黒の魔王たる
エンブリィ王は僕の話を遮ると、新たな魔王討伐を申し付けてきた。王の気配から今日外交使節団をオーレン王国に出立させるのは限りなく口約束に近いニュアンスを感じられた。そして、王とのやり取りを見ていたヴェトール大司教も同様に何か言いたそうな顔で僕を見ていたが、無視することにした。
……このボンクラ王では埒があかない……側近とは名ばかりで僕の意見など耳を傾ける気も更々なさそうだ……このままだと、僕は対魔王用の用心棒で一生を終えてしまうかも知れない。それではこの国を危機から救い出すことをできないのが王には分からないのか……今回、魔王を倒しても意見を取り上げられなかったら、宮廷付き勇者の役職を辞してブライヤー村に移住でもして辺境を魔物から護る国を僕自らが立ち上げるしかないな……ロウギューヌ様は始原の魔王を倒したら国を与えると言っていたけど、どうやらそれは前倒しになりそうだ……
エンブリィ王への諌暁を受け入れてもらえない可能性が増えたので、次善の策を考えることにした。それは辺境部の村々と魔境の森に新国家を樹立して魔物の侵攻を阻む防波堤を築くことだ。そうでもしないとこのエルラン王国はそう遠くない未来に魔物かオーレン王国によって滅ぼされる未来しか見い出せなかった。
「……わかりました。漆黒の魔王ブラックの討伐はお受けいたします。ですが、オーレン王国への外交団の派遣の約束をお忘れなきようにお願い申し上げます」
王に拝礼すると玉座の間から足早に立ち去ることにした。
※エンブリィ王視点
玉座の間から私室に戻ると後を追いかけてきたヴェトールが入ってきた。
「エンブリィ王……あのグリンダルという若造は私の眼鏡違いでした……神授を受けたエンブリィ王への侮蔑とも取れる物言いを見れば、あの者はやがて王家へ仇なす者となりましょうぞ……いかに神託を受けた勇者とはいえ王に従わない者をのさばらせるわけには参りませぬぞ」
この目の前にいるヴェトールという聖職者は神に仕える身でありながらも、物欲と権勢欲に溺れた背教者ではあるが、私が部屋住みの肩身のせまい王弟であった地位から王にまで引き上げてくれた恩人でもあった。
「……だが、あの者の力は魔王すら凌駕するほどの実力だぞ。近衛兵や騎士達がいくら束になっても適わぬのだ」
「……所詮はケツの青い若造です。此度、見事に魔王を討伐してきたら、名誉公爵位と褒賞として辺境の村を一つ領地としてくれてやり、王命で魔境の森の魔王討伐を申し付ければよろしいのです。この王都から外に出せば忘れっぽい臣民は勇者の存在など忘れ、領土問題に直結するオーレン王国との戦も捗るはずです。なにせ、勇者様が侵攻する魔物を撃退してくれますからね」
ヴェトールの示した案は私にとってとても魅力的に映っていた。ここ数年、魔物の襲来により東部辺境の村々からの救援要請は増えていたが、オーレン王国との戦を有利に進めるために討伐を怠ってきていた。だが、神託の勇者という新たな切り札を得たことで東から押し寄せる魔物に対する防波堤をしてもらい。その間に苦戦しているオーレン王国との戦争へ戦力を傾注できれば領土を拡大できるチャンスが広がると思われた。
「勇者に領地を与えるのは良いが、奴が私に牙を剥いてきた時はどうするのだ? 奴も青臭い若造ではあるが、馬鹿ではないぞ」
「そうなった時は父親のギリアンと母親のラスメイヤを人質に取って謀反人として処刑すればよろしいかと。勇者といっても所詮人の子。両親を人質に取られてまで無茶はしますまい」
ヴェトールが邪悪そうな笑いを浮かべていた。本当にこんな男が国教である太陽神教会のトップでいいのかとも思うが、王都の僧侶達は皆一様に腐敗臭を放つ悪徳坊主ばかりだった。すでに信仰生活とはかけ離れ、世俗の権力を欲する者達でしかなかったのだ。
「そなたも相当に悪い男だの……ギリアンとは昵懇の仲であったと思ったが……」
「ええ、ギリアン殿とは媒酌人も務めさせてもらったほどの仲です。ですが、王様の権威を否定するような息子をもったのがギリアンの不幸とでも言っておきましょう」
ヴェトールは長年の付き合いのあるギリアンですら、自らの権威を犯そうとするものから身を護る道具として使おうとしていた。
……こやつを長く使うのは私の寿命を縮めることになるかもしれんのぅ……
二人三脚で王国を取り仕切ってきたが、ヴェトールの見せた冷徹さに自らの危うさを感じたため、新たな庇護者探しをしなければならないと感じ始めていた。この後、グリンダルについての対応を二人で更に深めていったが、私の心にはヴェトールの冷徹さが刻み込まれることとなった。
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