第4話 勇者様、風呂場にて……


 ぴちょん、ぴちょん、と天井から垂れる滴を見ながら、白濁した湯にゆっくりと身体を沈めていた。先日のスラニムとの戦いで訪れたブライヤー村は山間地域にあり、昔からいろいろな効能を持った温泉がわき出している湯治村として賑わっていた。そこを繁殖用の人族を手に入れようとしたスラニムが襲い壊滅的な打撃を与えていたが、スラニムを討伐した後で僕が神術を使い元通りに修復していた。


 おかげで村長からは、この温泉付きの別荘を譲ってもらい、王都の我が家と転移門トランジションゲートを常設して繋いでいた。なので、王都の屋敷のお風呂場を開けるとブライヤー村の別荘の脱衣所に繋がっているのだ。


「ふぅ、やっぱ温泉は生き返るね。王宮で腹が立つことがあったけど、これでリフレッシュできそうだ……」


 腹が立ったこととは、スラニムを日帰りで討伐してきた僕に対して、宮廷貴族やヴェトール大司教までもが胡散臭げな目で見てきて、討伐の証拠を見せてくれと言われたことだ。なので、スラニムを倒して手に入れた魔王の卵のことを伝えたが信用して貰えず、王都からブライヤー村まで急使が出され帰ってくるまではオーレン王国との停戦案は保留とされてしまった。


 ……いっそのこと転移術を使えるのを教えて、王様を連れてこれば良かったのだろうか……


 黙考する僕の隣ではハクロウが犬かきをしながら、風呂を楽しんでいた。ハクロウはオオカミの癖に温かい湯で湯あみをするのが好きなようで、温泉が使えるようになってからは毎日浸かりにきていた。


「わふぅ……毛穴に染み込むこの温泉の湯は最高だぜ……これで、ライア姐さんに身体を洗って……ぎゃひん、あっぷ、あぷう、グリンダル様、俺様溺れちまう、助けて! 助けてぇぇ!」


 姉さんと不埒なことをしようと考えていた座敷犬を浴槽の底に沈めると、湯の上を漂っていたスラニムに話しかける。


「ところでスラニム達はどうして人族の領域で繁殖しようとしていたのさ? 普通は魔境の森の中で行うだろ?」


 湯の上を滑るように漂っていたスラニムがプルプルと震えて答えた。


「お恥ずかしい話ではありますが、魔境の森も魔物の数が増えてかなりの魔素マナの不足に陥っておるのです。我らが一族も住んでいた場所の魔素マナが枯れて、泣く泣く人族の領域へ移ってまいった次第で……」

魔素マナ枯れ……そんな事態が起きているのか……だとしたら、今後人族の領域に移ってくる魔物も増えるかもしれないね……」

「ですなぁ……魔境の森もいたるところで魔素マナ枯れしておりますからなぁ……」


 魔境の森の現状を知らされた僕は魔素マナに困窮した魔物達が人族領域へ押しかけてくる気がしてならなかった。しばらく、湯に浸かったまま考え込んでいると、背後から声がかけられた。


「ゆうしゃさま……スラミーがお背中流しますー。さぁ、洗い場へどうぞ!!」


 振り向くとそこには何一つ覆い隠していない全裸のスラミーがニコニコと笑顔で待ち受けていた。更に驚いたことにスラミーの後ろには布で前を隠した姉さんまでが立っていた。


「ちょ、ちょっと待って!!! ここは男湯だよ!! 姉さんもスラミーもこっちはダメ!!」


 なるべく二人の裸体を見ないように隠蔽術を発動させて衣服を着ているように偽装した。そうでもしないと、あらぬ妄想で夜が寝付けなくなってしまいそうだったからだ。


 姉さんも傍には居て欲しいけど……その、男女の関係はマズいよね。それにスラミーは魔物だし……勇者である僕が魔物の女の子をそういった関係になるのは不適切だろう。こんなことはロウギューヌ様がお許しになられるはずがない。


「だって……スラミーちゃんだけ背中流すのは不公平でしょ……姉さんにも洗わせて……勇者の従者として身体を洗うのは正当な従者の仕事だと思うのっ!」

「スラミーはゆうしゃさまの奴隷だからお背中流さないといけないのー」


 二人の美少女が僕の背中を流そうとして上目遣いで瞳をウルウルとさせていた。途端に良心が咎めたてるが、ここは心を鬼にして……


 ダメだぁ……断れない……僕の意志と身体が相反する行動を行ってしまう……


二人のウルウル圧力に屈した僕は渋々ながら、背中を洗うことを了承した。すると、途端に二人の顔が輝きを増して笑顔になる。


 これは……二人に謀られたか……僕が手玉に取られるとは……まだまだ、僕も経験が足りていないな……。


「し、仕方ない。背中を洗うだけだからね。あとは自分で洗える」


 二人に謀られたと知ったが、諦めて布で前を隠して洗い場に座ると二人が争うように僕の背中を洗い始めた。


「ライア様、ゆうしゃさまの背中はスラミーが洗うのぉ」

「待ちなさい……グリンダルの背中は従者である私が先に洗うべきです」


 二人が僕の背中を洗う順番を巡って争っているのだが、後ろで暴れるたびに二人の大きな双丘が僕の背中にビタン、ビタンと当たって何とも言いようのない感触を伝えてきていた。


 ……視覚偽装だけじゃ、感触までは変えられないもんなぁ……この背中に当たっている感触は二人のアレおっぱいなんだろうけど……やばい、そんなこと考えていたら動けなくなってきた……ぞ。


 二人の争いは僕の背中を半分に分けることで話がついたらしい。背中に当たる煽情的な刺激のせいで動けなくなっていた僕はひとまず安堵しようとしていた……


 ふにょん、ふにょん。安堵しようとした僕の背中に新たな感触が追加されていた。とても柔らかくて温かくみずみずしい感触をもった餅みたいなものが背中を上下に行ったりきたりしている。


「ゆうしゃさまのお背中はこうやって流すのが決まりごとらしいのー。ライア様もやってみてー」

「ふえぇ!? ほ、本当にそんなことを……ああ、ロウギューヌ様、お許しください。これも神託の勇者であるグリンダルを癒すための従者としての務めです」


 ふに、ふに。新たに右半分の背中に弾力のある毬のようなものが押し当てられて上下に動き始める。四つの物体はそれぞれに石鹸を付けているらしく、ヌルヌルとした感触まで追加されていた。


「あー、二人ともどうも僕が想像している背中を流す行為とまったく違う行為が行われているように思えるのは僕だけかい?」

「大丈夫なのー。ゆうしゃさまも気持ちいいよね?」


 スラミーが僕の耳元で悪魔の囁きをする。気持ちいいかと聞かれれば、まぁ、気持ちいいと答えてしまうのは男に生まれた者のサガであるとしかいえない。


「姉さんにこんなことをさせるなんて……さすが、グリンダルは運命の勇者様ね」


 姉さんもスラミーに毒されたようで、恥ずかしいと思わなくなっていた。こうなると、僕は動くに動けずに二人にされるがままにしていたら、余りに気持ちいいのを我慢したためか、そのまま気を失ってしまった。



 目が覚めると僕は別荘のベッドに寝かされていた。右隣ではスラミーが寝息を立てて寝ている。そして、左隣りでは別のベッドで寝ているはずの姉さんが寝息を立てて寝ている。


 ……目が覚めても生き地獄とはこのことか……


男女の営みに関しては勇者になった時に得た膨大な知識で分かってはいるが、実際に行うつもりは今のところは考えていなかった。


「うぅぅん。ゆうしゃさまのエッチー。スラミーのおっぱい揉んでましゅ……」

 

 スラニムの妹であるスラミーは人族の街である王都で暮らせるように、僕が色素変化の神術を構築して姉と同じように白く透き通るような肌とコバルト色の瞳、そしてピンク色のセミロングになっていた。


 ……思わず、助けて連れてきちゃったけど……これは僕の貞操の危機が早々に訪れるかもしれないなぁ……


「ふぅう。スラミーちゃん。そんなことしちゃダメ……ロウギューヌ様が許されませんわ……そんな破廉恥な……」

 

 姉さんも何だかよく分からない夢を見ているようだが、美女二人に囲まれたまま夜を過ごすというのは健全男子にとって生き地獄でしかないな。


 美女二人に挟まれたまま夜一睡もできなかった僕が寝不足のため、次の日の出仕を諦めることになった。

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