第3話 暴食の魔王スラニム


 転移術で飛んだ先のブライヤー村は魔境の森が見渡せる山間部にある湯けむりが漂う温泉郷だった。姉によればこの地は魔物狩りモンスターハンター達が狩猟の疲れを癒すために作られた温泉地として栄えていたらしい。しかし、今は宿屋も倒壊し、村人が住んでいたと思われる住居は見るも無残な姿に変化していた。


「グリンダル様! 俺様の鼻がひん曲がりそうだぜ。ここは硫黄の匂いが臭すぎる!!」


 姉さんの腕に抱きかかえられたハクロウが硫黄の匂いに鼻をやられて顔を顰めていた。


「とりえあえず、お前はこれを詰めておけ!!」


 臭い臭いと文句を垂れるハクロウの鼻に綿を詰め込んでやる。


「きゃいんっ! これじゃ、俺様の鼻が役立たずになるぞ! それに俺様は鼻呼吸じゃないと息が詰まる」

「元々役に立たない犬だから大丈夫だ」 

「きゃいんっ!! グリンダル様が苛めるよぉ。ライア姐さん……くぅん」


 完全に飼い犬化したハクロウが姉さんの豊満な胸の谷間に顔を埋めて、飼い主である姉さんに向けて哀れさを誘っていた。姉さんはハクロウの頭をヨシヨシと撫でると頬ずりをしている。


「ハクロウ、可哀そうな子……」


 その姿を見た僕はハクロウに対して嫉妬の炎を燃え上がらせていた。この腐れ犬がぁぁああぁっっ! いっぺん挽肉にしてやろうかぁあ!!


 僕の殺気を感じ取ったハクロウがこちらを振り向いた。嫉妬の炎を纏った僕の姿を見たハクロウがジョバーっと勢いよくお漏らしをしていた。


「きゃあ! ハクロウ……お漏らしはする子はどうなるんだった?」

「ライア姐さん……違うんですっ! グリンダル様がラブリーでキュートな俺様をぶっ殺すみたいな目で見ていたから……あっ、あっ、ダメ! おむつ当てるのはラメェエエえぇ!!」

 

 姉さんの早業によっておむつ装備をされたハクロウはグッタリとしていた。あれだけ姉に辱められれば僕の溜飲も下がったので、本来の目的であるブライアー村に巣食う暴食の魔王スラニムを討伐する準備を始めた。


「これは酷い……壊滅といっていいほどの破壊の痕だ」

「村人は逃げ出せたかしら……」


 おむつを装備したハクロウを再び抱きかかえた姉さんが姿の見えない村人達を心配していた。


「ちょっと待って今から探知サーチするから……」


 意識空間に発動させた探知サーチによって近隣の人族の生命反応を青い輝点として反映させていく。人族の生命反応の青い輝点はある一点に集中していた。


「みんな集まっているようだ。最低でも五〇人分の反応はあるね。輝点が重なり合って分かりづらいから、実際はもっといるかも」


 輝点が余りにも重なりすぎていることを不思議に思ったため、念のために探知サーチの内容を人族と魔物に変更してみた。すると、魔物を表す赤の輝点が青の輝点を包囲するように何百体分も輝点を発している。


 村人は包囲されているのか? それにしては輝点が重なりすぎているような……


「……姉さん!! ハクロウ!! 急ぐよ!」


 嫌な予感がするので急いで輝点の輝く場所に向けて走り出していった。



 輝点の輝く場所に到着すると、そこには最悪の光景が広がっていた。僕が予想したとおりに村人達はすでに天を突くほど巨大な不定形生物スライムに折り重なるように取り込まれていた。生命反応こそしているが、意識はまったくといっていいほど感じ取れない。


 ……不定形生物スライム達は村人を魔素マナ集めの道具にしているのか……


 勇者となったことで雪崩れ込んできた知識から、不定形生物スライムの繁殖方法を引っ張り出す。彼等は自身で取り込める魔素マナの量が少ないため、魔力を持った別種族を体内に取り込み、魔素マナを少しずつ吸い出しては魔力によって自然回復させて、分裂に必要な魔素マナを補給するようだ。


 不定形生物スライム達がこの村を襲ったのは、繁殖用に魔力を持った手ごろな人族が欲しかったわけか……


「グリンダル……あの人達は大丈夫?」


 姉が村人達を心配して聞いてきたが、その問いかけを邪魔するように不定形生物スライム達が僕に向かって集まり始めていた。


「とりあえず、村人達は生きているよ。繁殖用の魔素マナを集める道具にされているようだけど。とりあえず、雑魚を先に片付けるよ」


 不定形生物スライム達が寄り集まって大きな群生体となり、巨人のような恰好を形成し始めていた。僕はそんな不定形生物スライム達に一瞥をくれると、両手に無詠唱の巨大火球メガファイヤーボ―ルを発動させ、更に複合神術化させた『超巨大火球ギガンティックファイヤーボール』として撃ち放っていた。


 超巨大な火球が空気を切り裂く音を残して巨大な巨人と化していた不定形生物スライム達の身体に着弾すると、超高熱の熱風と爆風によって一気に不定形生物スライムが蒸発していき黒い霧を漂わせて消え失せる。


「……グリンダル……凄いわね……さすが私の運命の勇者様だわ……」


 鮮やかに不定形生物スライム達を吹き飛ばした僕の姿にウットリと陶酔する姉の顔を見ていたら、何だか照れてしまいそうだったので、村人を捕獲している巨大な不定形生物スライムから村人を救出することにした。しかし、その時、巨大な不定形生物スライムの中から現れた人影が僕の前に飛び出してきた。


「私の配下をいともたやすく葬るとは、人族にしてはまずまずの遣い手だな。だが、これ以上は近づけさせるわけにはいかぬ。この暴食の魔王、スライム族のスラニムが貴様を喰ってくれるわっ!!」


 飛び出した人影は青い半透明の肌をした精悍そうな顔つきの男で、暴食の魔王といわれるスライム族の王スラニムだった。彼の身体からは身体に収まりきらない魔素マナが黒い瘴気となって漂っていた。


「生憎と僕は不定形生物スライムの粘液でネトネトにされて喜ぶ性癖を持ち合わせていないのでご遠慮させてもらうよ」

「小僧……ちょっと術が使えるからといっていい気になるなよ」


 スラニムが不敵な笑みを浮かべて僕を挑発する。


「暴食の魔王と言われるスラニムも老いぼれたな。俺様のご主人様の強さすら見抜けないなんて……お前死ぬぞ」


 姉さんの胸に抱かれておむつを履いているハクロウの姿を見たスラニムが憐みの視線を投げかけていた。


「魔狼王と呼ばれたハクロウも先だって勇者に討伐されたと聞いてはいたが、そのような恰好で生きながらえていると同族が知れば死んだものも浮かばれまい」

「うるせえ!!」


 ハクロウがスラニムに向かってキャンキャンと吠えているが、あの格好で吠えても負け犬の遠吠えにしか見えなかった。


「ならば、魔狼王を打ち負かした小僧の力を見せてもらうとするか」


 スラニムがスッと姿を消すと左側から急に現れる。だが、僕の能力はすでに極限までに引き上げられているため、スラニムの動きはスローモーションにしか見えなかった。スラニムが高速で放ったパンチを片手のみで簡単にあしらっていく。


「クソ、人族の癖に私の拳を見切るとは……ならば、これならどうだっ!!」


 スラニムが魔素マナを凝縮させていくと、背後の巨大な不定形生物スライムから五体の分身体が飛び出してきた。そして、六人になったスラニム達が僕に一斉に襲いかかってくる。


「オラオラオラ!! この打撃スピードにはついてこれまい」


 分身体が攻撃に加わったことでスラニムの攻撃網が濃密になり、打撃数は先ほどの五倍となっており、片手のみでは捌くことが難しくなって、両手で捌かざるを得なくなった。


「これすらも防ぎきったかっ!? 人族でこれを防ぎきった者はお前が初めてだ。それだけは褒めてやろう」

「この程度のスピードなら、僕にとったら余裕だよ」

「舐めるなよ。小僧。これからが本番だっ!!」


 僕の言葉にプライドを傷つけられたスラニムが更に五体の分身体を追加して僕を攻撃しようとしてきた。いいかげん、スラニムの肉弾攻撃に付き合うのも飽きてきたので攻撃に出ることにした。


「悪いけど、これ以上付き合う気はないよ。僕は君を討伐して人族同士が争い合う愚かな戦を停めるという崇高な使命があるんだ」

「馬鹿にしよって!!」


 数の増えたスラニムが一斉に僕に襲いかかってくるが、防御結界を張ったことで拳が虚しく結界に弾き返されてしまう。


「我が身に宿りし魔素マナよ! 神をも砕く剣となりて我が敵を滅ぼせ!! 『神殺しの剣ラグナ・ブレード!!』


 スラニム達の攻撃を結界で阻む間に、最上級神術として禁呪指定されている神殺しの剣ラグナ・ブレードを発動させてると、剣を実体化させていく。


「……まさか、本当に神殺しの剣ラグナ・ブレードまで発現させることができちゃうの……私でも実体化なんて無理なのに……凄いわグリンダル……」


 黒い稲妻と瘴気を刀身から迸らせた剣が、僕の魔力によってどんどんと実体化されていくのを見たスラニムが嘲弄するような顔で見ていた。


「馬鹿者め……人族風情の魔力で神殺しの剣ラグナ・ブレードの実体化などできるわけがあるまいっ!! その術は魔術に長けた魔王ですら実体化は困難だと言われているのだぞ!! 人族風情では魔力をスッカラカンにして気絶するのがやまだ」


 スラニムが言ったとおり、この神殺しの剣ラグナ・ブレードの実体化には膨大な魔力が消耗されているのだが、【勇者】ジョブと【完全能力】スキルを持った僕の魔力回復量は膨大で消費より回復量が上回っていた。なので、常時実体化させようと思えばできるのだが、万が一暴走した際に街が一個消し飛ぶほどの爆風を伴うため、必要に応じて実体化させることにしていた。


「そうなるかどうかはスラニムが確かめればいい」

 

 僕は実体化が終わった神殺しの剣ラグナ・ブレードを正眼に構えると、ニヤリと笑っていた。そして、一足飛びにスラニムと間合いを詰めると一瞬で分身体を細切れにして黒い霧と化していた。


「……馬鹿なっ!! 実体化させているだと……そんなはずがっ!!」

「驚いている暇はないよ」


 ただ一人となったスラニムの四肢に向けて神殺しの剣ラグナ・ブレードを振るう。ジュウジュウと切り口が泡立ったかと思うと、四肢を斬り飛ばされたスラニムが地面を這いずっていた。


「ぎゃぁあああぁぁ!! 馬鹿な! こんな強い人族がいるわけ!! 嘘だ!!」

 

 地面を這いずって巨大な不定形生物スライムに戻ろうとするスラニムの背中に無慈悲にも神殺しの剣ラグナ・ブレードを突き立てた。


「ぐおおぉお!! 私が負けるだと……ありえぬ……強い……魔王となった私を簡単に無力化できるなどとは……スラミーお前は逃げろっ!! お前だけでも魔境の森へ逃げ延びるのだ」


 スラニムが急速に魔素マナを失って萎んでいく。その時、巨大な不定形生物スライムからピンク色の人影が僕の前に飛び出してきた。


「兄さん!! スラニム兄さん!! ゆうしゃさま……スラミーが兄さんの身代わりになりますから、どうか兄さんを助けてください」


 僕の前に現れたのは、ライア姉さんに負けず劣らずの綺麗な顔立ちをしたスライムの美少女だった。しかも、その胸には姉さんのものよりも大きな双丘が盛り上がっており、ぷるぷると柔らかそうに揺れていた。

 

「スラミー!! 逃げろ!! お前ではこの男にはかなわんっ!!」


 どんどんと魔素マナが流出して萎んでいくスラニムがスラミーを追い払うような仕草をしていた。


「ゆうしゃさま……スラミーが奴隷となって、なんでもいうことを聞きますから、兄さんを助けてください。お願いします」


 全裸のスラミーが僕の前で頭を下げると胸に鎮座しているぷるぷるの双丘が魅惑的な動きをして誘惑してきた。


 クッ、これが魔物の誘惑というものか……だが、僕はそんな誘惑には屈しないぞ!


 僕が魔物の誘惑に屈しないように我慢していると後ろから姉さんの呟く声が聞こえてきた。


「……グリンダル……まさかそんな魔物娘に魅了されてないわよね……私なにか至らなかったのかしら……」

「ね、姉さん!! ちが、違いますよ! 別に魅了されてなんか……ふぁあぁあぁあぁっ!!」


 姉の呟きに反応して後ろを振り向いた僕の背中にプニプニとした感触が直撃する。絶対に今僕の背中に当たっている感触はスラミーという子のアレおっぱいだった。


「ゆうしゃさま……スラミーが何でもしますから……兄さんを……」


 急に背中に発生した、蕩けるような感触に鼻の下が伸びそうになるが、幼年学校時代に鍛え上げてきたポーカーフェイスを総動員して何とかキリッとした顔を維持することに成功する。


「そうはいっても無理なものは無理だ!!」

「そこを何とか……してほしいの……」


 耳元で囁いたスラミーの息が耳に吹きかかると背筋がゾクゾクとする感覚に陥っていく。この一撃により僕の心はスラニムを助命する方へ一気に傾いてしまっていた。


「グリンダル様……? ありゃあ、堕ちたな……イデデェ、ライア姉さん、俺様の尻尾が握り潰されていくんですけど……姐さん! 姐さん!? ぎゃひぃいいい」


 スラミーに篭絡されかけている僕をみた姉さんから陽炎のような闘気が立ち昇っているように見えた。


 ヤ、ヤバイ……姉さん絶対に怒っているよ。

 

「グリンダル殿……今までの無礼許してくだされ……私の命は差し上げますので、どうか我が妹だけは助命して頂けませんでしょうか……頼みます……私の魔王の卵を差し上げます……ですから……妹だけは……」


 スラニムが通常サイズ以下の不定形生物スライムに縮まったことで身体からハクロウと同じく卵型の宝玉が飛び出していた。この魔王の卵は高濃度の魔素マナを含んだ宝玉で体内に取り込むことで魔物が成長するとハクロウから聞かされていた。


 し、仕方ない。魔王の卵さえ取り上げてしまえば、スラニムは無力な不定形生物スライムにすぎなくなる。魔王を討伐したことにしてスラミー達を逃がしてやるか……


 大量の魔素マナと魔王の卵を失ったスラニムは脅威ではなくなり、むしろこれから他の魔物に襲われる可能性もあった。そう思うとちょっとだけスラミーが可哀そうだと思う気持ちが芽生え始める。


「……あー、もし良ければだが、スラミーもスラニムも我が家に招待しないこともないよ。実に我が家は広くてね。今は姉と犬しかいなんだ。人族の街だが僕が隠蔽術で細工すれば誰も見破れないさ。まぁ、このまま放置して君等に野たれ死なれると寝覚めが悪いからね。魔王の卵と引き換え条件としてどうであろうか?」

「グリンダル!? まさか、その二人を街に連れて帰るの?」


 急に二人を連れ帰ると聞いた姉がスラミーを見てソワソワしている。


「まぁ、すでに魔物としてスラニムは最弱の部類になっているし、スラミーもさほど強い魔物ではないからね。それに村人を殺してもいないんで滅ぼすのは可哀そうだなと思っただけさ。姉さんだってハクロウを救っただろ? それと同じさ。ロウギューヌ様はむやみな殺生を禁じておられるはず」


 姉の視線が僕の背後にいるスラミーに注がれている。なんだか、非常に居心地の悪い時間が流れたが、やがて姉が諦めたようにふぅとため息をついた。


「そうですね。ロウギューヌ様は魔物であってもむやみな殺生をしろとは言われない方……神の思し召しと思い我が家へ迎えることにいたしましょう」

「……ゆうしゃさま……ありがとうね」


 スラミーが僕のほっぺたにやさしくキスをしてきた。すぐさま、僕の全身が火照ってしまった。こうして、ブライヤー村を襲った暴食の魔王スラニムは討伐され、我が家には一匹の青スライムとピンク髪をした超絶美少女メイドが誕生する事となった。


 ちなみに、破壊されたブライヤー村は僕の神術によって一日と掛からずに修復され、我が家のお風呂場として僕の転移点として登録されることとなった。

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