第2話 勇者様、王宮に出仕する
ハクロウの襲来から一ヶ月が経ち、王都がある程度の平穏を取り戻していた。僕は騎士学校に入る予定をキャンセルして、一足飛びに宮廷付きの勇者として王様の側近入りを果たしていた。これは、ハクロウ戦で見せた僕の実力を評価したヴェトール大司教の押し出しもあり、宮廷付き勇者という新たな役職を創設して王に進言をして僕を任命してくれていた。
そして、国王より魔王討伐の褒賞として、新たに僕個人に爵位を与えられ、父ギリアンの子爵位よりも上位の伯爵位を授与されて、それに伴い新たな屋敷も拝領され親元を離れてその屋敷へ姉と共に移り住み二人っきりの生活を甘受することになった。
「グリンダル! ハクロウ! 御飯ができたわよ」
「うぃぃい!! 飯だぜ! 飯! 飯! ライア姐さん、俺様腹減ったー!」
ソファーに座っていたハクロウがタタタと姉の用意した御飯へまっしぐらに駆け出していった。この一ヶ月で完全に飼い犬化したハクロウはどこからどう見ても室内犬にしか見えない。ただ、少しほかの犬とは違うのは人語を解して自ら喋るという一点だけが違っているにすぎない。
これが一か月前に王都を恐怖のどん底に陥れた、魔狼王ハクロウの成れの果てだと思う者は誰もいないだろうなぁ。
僕は読んでいた書物を棚に戻すと朝食を食べるためにテーブルに向かう。今日の朝食は姉が手作りした物で柔らかい食パンの上に甘い匂いが漂う蜂蜜と濃厚なバターが組み合わさったハニートーストと半熟卵がのった季節の野菜サラダが準備されていた。先に自分の器にたどり着いたハクロウ用にはウサギの生肉が山盛りに積み上げられている。
「ハクロウ、グリンダル。まだ食べちゃダメよ。ロウギューヌ様へ感謝の祈りを捧げてから」
「へいへい、わかってますよ。ライア姐さん! 俺様は信仰心厚い犬なんで!」
「分かっていますよ。僕はハクロウと違って獣じゃありませんからね」
「分かっているならいいわ。この前グリンダルがつまみ食いしたことは黙っておきましょう」
「きゃうんっ! グリンダル様!! 一人だけつまみ食いなんて卑怯だぞ! ライア姐さんの御飯の独り占めには断固反対を要求する!!」
「じゃあ、キャンキャンとうるさいそこの犬を材料に犬鍋でも作るとするか……姉さん鍋ってあったっけ?」
鍋を探す僕から本気を感じとったハクロウの下肢からは湯気の立つ水溜りが勢いよく拡がっていった。
「ひぃいいぅ! 食べないでっ!! ライア姐さんからもこのラブリーで愛らしい癒し系の俺様の有用性をグリンダル様に説明して……?」
ハクロウのお漏らしを見た姉が無言で席を立ち、奥から白いおむつを持ってくると、そのままハクロウに履かせていた。
「あっ、あっ、ライア姐さん!? だから、俺様はおむつ無理って! ああっ! そんなムリィ!!」
「ハクロウ、お漏らししちゃダメって言ったでしょ。罰として今日はおむつ外したらダメよ。グリンダルもハクロウを苛めてないで早くご飯を食べて出仕の準備をしなさい」
「分かっていますよ。じゃあ、お祈りを『太陽神ロウギューヌ様が与えてくださる実りの恩恵に感謝し、日々を誠実に健やかに暮らして参ります』」
僕の聖句に合わせてハクロウも姉も聖句を唱える。ハクロウも食事の祈り聖句だけは完璧に覚えているようでスラスラと唱えていた。
これが、神への反逆者といわれている元魔王の姿とは口が裂けても言えないなぁ……
ハクロウを助命したことは、あの場に居合わせた一部の
朝食を手早く食べ終えると出仕用に仕立てた騎士服に着替え、姉と共に王宮へと登城した。ちなみにハクロウは連れて行くわけにはいかないので、お家のソファーで食後の惰眠を貪っている。そのうち、丸々と肥え太った犬が爆誕しそうな気もするが、姉が可愛がっているので好きにさせるつもりだ。
王宮に出仕すると、姉とは従者の間にて別れ、僕一人が玉座にて朝見を行っているエルラン王国の王であるエンブリィ・エル・オルランの元へ向かった。本来なら、王が朝見をする前には臣下は登城して玉座の間に詰めておらなければならなかったが、王都を壊滅の危機から救った功績により、王より特別待遇を賜っていた。
「エンブリィ王、本日もご尊顔を拝せること恐悦至極でございます」
僕が朝見を行っている玉座の間に入り、王への挨拶を大声で行うと詰めかけていた宮廷貴族や近衛騎士達がザワザワとし始める。その中でも一番苦い顔をしているのは父親であるギリアンだった。
「これは……勇者グリンダル殿。本日も登城して頂きご足労をおかけする」
エンブリィ王は先代王の末弟で先代王の子がすべて病死や戦死したために国王より王太弟として後継者指名されていた人物で、五年前の魔物討伐の際に先代王が戦死したことで王の座に就いたいわくつきの人物だった。
「エンブリィ王! 以前より私が提案しておりました隣国オーレン王国との停戦は実施していただけるのでしょうか? 彼の国とこれ以上争いを続けても我が国に利は薄く、昨今の王都への魔物襲来によって受けて被害を考えればこれ以上の戦費負担は国民が窮乏してしまいます。なにとぞ、エンブリィ王のご聖断を仰ぎたい」
ヴェトール大司教の押し出しによって王の側近に上がって以来、一貫して隣国オーレン王国との停戦を王に進言しているのだが、王はなにかと理由を付けて僕の提案を取り上げようとはしなかった。
「グリンダル殿のご意見もごもっともであるが……相手方が停戦する気を見せなければ止めるわけにいかぬのだ……」
「今は人族同士が争っている場合ではありませんっ! 年々、東に広がる魔境の森から溢れ出た魔物によって辺境の村々が襲われておるのです! これを見過ごすことは臣民を見捨てるのと同じことですぞっ!」
僕の物言いに玉座の間に詰めている貴族や近衛騎士から敵意の視線が突き刺さってきた。臣下達の視線はエルラン王国を神より治めるように遣わされた王に対して不遜すぎる物言いだとでも言いたそうにしている。
「グリンダル殿が諫言、余も熟慮を重ねておる。そこで一つグリンダル殿に頼みたいことができたのだ」
「頼み事ですと?」
王が隣に控えていた父ギリアンへ眼で合図を送った。そして、父から頼みごとの内容が告げられる。
「勇者グリンダル殿に王より魔境の森にほど近いブライアー村に巣食った
父は苦渋に歪む顔で息子である僕に魔物討伐を依頼していた。本来なら、こういった魔物の討伐は近衛騎士団や太陽神官戦士団、または
「
「普通の
父は淡々と喋っているが内心では息子である僕に助けを求めることに葛藤を感じていると思われた。
「そうでしたか……分かりました。暴食の魔王スラニムは私が討伐して参ります。スラニムを討伐したあかつきには、オーレン王国との停戦の話を進めて頂けますよう再度お願い申し上げます。では、私はブライアー村へ出立いたしますので下がらせてもらいましょう」
「わかった。スラニムを討伐した際にはオーレン王国との停戦を打診することをしよう。頼んだぞグリンダル殿」
「御意」
王に拝礼して玉座の間を辞すると従者の間に行き、控えて待っていた姉に新たな王命を下ったことを伝えた。
「ブライアー村が……そう、それは早急に魔王を討伐しないといけないわね。魔境の森に一番近い村だから何度も行ったけど、村人達はいい人ばかりだったから……無事に逃げてくれているといいのだけど……」
聖人としてこの二年間魔境の森で魔物を狩り続けてきた姉のライアは、人族の中でもトップクラスの実力の持ち主で普通の魔物であれば軽々と討伐できる実力を持ち合わせているが、今の僕はその姉を上回る実力を持ったことで彼女を戦わせるつもりは毛頭なかった。
「まぁ、サッと行って魔王をぶちのめすつもりさ。姉さんはブライアー村に行ったことがあるんだね。じゃあ、転移術を使う触媒になって欲しい。行ったことのある人がいないと転移術は使えないみたいだからさ。一旦、家に帰って準備したら日帰り討伐に行ってこよう」
「え!? あっ!? グリンダルは転移術も使えるの!?」
僕が最上級の神術である転移術を使えると知った姉の顔が呆けたようになる。
「当り前さ。なにせ僕は神託の勇者様だからね。僕に使えない神術はないよ。必要なら『
姉が更に呆けたような顔をする。呆けた姉の顔も実に美しいと思ってしまう僕であった。
「……神を身に降ろした者しか使えないはずの『
蕩けたように目をウットリとさせた姉を抱きかかえると、転移術を使い自宅へ帰還して昼食の用意だけ持つとハクロウと姉を連れて一足飛びに王国の辺境の村であるブライアー村へ転移術を使い飛んだ。
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