神託勇者は大魔王様 ~超TUEEな神託の勇者は魔境の森でまったり魔物国家建設中~

シンギョウ ガク

第1話 プロローグ


 プロローグ


 僕は今一五歳の誕生日を迎えるにあたって、エルラン王国の全国民が授けられる身分証を交付してもらうための成人の儀式を受けに王都の中央教区教会に訪れていた。エルラン王国の首都であるエルスタシアの中央教区大聖堂と呼ばれるこの教会は、王国一の絢爛豪華な装飾された大きな教会だった。父親と母親の血を受け継ぎ、金髪碧眼で端正な顔立ちの品の良い青年貴族といった振る舞いを身に付けている僕は幼年学校を首席で卒業している天才でもあった。そして、剣の腕は疾風剣閃と呼ばれた父ギリアンに仕込まれ大人の近衛騎士でも僕に勝てる者は少なく、神術に至っては母からの指導ですでに上級神術を行使できる実力を兼ね備えていた。


 まさに、僕は英雄になるべく生まれた存在であり、今日の成人の儀を終えればエルラン王国に数人しか存在しない【赤】持ちになるはずだ。ちなみに、二歳年上の実の姉であるライア姉さんは王国三人目の【赤】持ちと認められ、その上で太陽神ロウギューヌ様の声を聴いたらしく【聖人】の称号を得た聖者として魔境の森の魔物を狩る任務に就いていた。


 僕の方は父ギリアンの嫡男として上級学校である騎士学校への入学が決まっており、学校を卒業したら近衛騎士団で順調に出世して国政を動かす未来が待ち受けていた。そんな僕を同級生たちは『イイ性格をしている』と褒めてくれているのが、幼年学校の教師が教えてくれたとおり、『眼には眼を、歯には歯を、平手には平手を』との金言どおりに幼年学校入学当初から僕をいびってきた教師に、体技の授業中に満座の生徒の前で失禁するほど締め上げてあげたのが、同級生達の評価が上がるきっかけになったらしい。


 まぁ、僕からしてみれば大人しくいびられ続けるのには我慢の限界があったのだが、今では若気の至りと少しだけ反省しないでもなかった。その後の幼年学校の生活は順風満帆で生徒総代を続け、教職員達からの理不尽な要求には断固として戦い抜き、幼年学校の悪習を次々に改める大活躍をしたのだ。


「グリンダル? 考えごと?」


 金髪のサラサラしたロングヘアを垂らし、白く透き通った艶めかしいまでの美しい顔をした女性が僕を見て心配そうにしていた。彼女は僕の姉であるライア・クライン・ディルハダールであった。本日行われる僕の成人の儀をサポートするために魔境の森から帰ってきてくれていた。ライア姉さんは僕の自慢の姉であり、剣技、神術は僕と同等、容姿は待ちゆく男の九割は鼻の下を伸ばして見惚れるといっても過言ではない美女であり、王国美女ランキングでぶっちぎりの一位を獲得している才色兼備な女性であった。


 余談だがプロポーションの方も完璧で上から95・54・88という男を惑わす魅惑のボディを持っていた。僕も幼年学校時代は、いろいろな女子生徒から告白もされたが、姉を身近に見ていたため、すべての女性が色あせて見えてしまいお付き合いをすることはまったくなかった。そんな姉が心配そうな顔をしていたので安心させることにした。


「ライア姉さんの顔を見ていたらボーっとしちゃってたよ。大事な成人の儀でボーっとしていると父上に叱られてしまうね」

「そうよ。グリンダルはディルハダール家を発展させていく大事な人なのを自覚しなさい。貴方もゆくゆくはエンブリィ王の側近として国政を担う人材になるのですからね」

「分かっていますよ。僕がこの国を動かしてみせますよ。天才の僕にとっては容易いことです」


 大好きな姉の前で恰好を付けようと張り切っていた。今日の儀式さえ終えれば、成人として認められ、騎士学校に通う傍らで姉の魔物討伐の手伝いをできる大義名分を得られることに心が湧き立っていた。

姉と二人で儀式の間に向かう間にも国教として祀られている太陽神ロウギューヌ様の神像が灯りよって照らし出されている。神像を眺めながら歩いていた僕に姉が神の声を聞いた時のことを話し始めていた。


「太陽神ロウギューヌ様は私に対して心話コンタクトされてこられました。その内容は『勇者として現れる者の従者として身命を賭して魔王との戦に身を投じよ』と神託を受けています。私はやがて現れる勇者様に身も心も捧げるつもりです。神託によればその方はそろそろ現れる予定なのですがね……まさか、グリンダルが勇者様なわけが無いわよね」


 姉が神の声を聴いていたことは知っていたが、神託の内容までは詳しく知らされておらず、内容を知ったことで僕の心に動揺が走っていた。


 ……姉さんが勇者様の嫁になるってこと!? 身も心も捧げるってことはそういうことだよね? マジかぁ!!!


「そ、そうなの……僕はてっきり姉さんが勇者様かと思っていたんだけど……身も心も捧げちゃうんだ……僕の義兄は勇者様になるんだね……アハハぁ……」


 動揺を隠し切れずに顔に出したことで姉が慌てていた。


「まだ、そう決まったわけじゃないわ。とりあえず、どんな方か見てからだからね」


 姉もまだ結婚までは考えていないようだった。もし、勇者様が変な奴だったら、闇討ちしてでも阻止しなければならないな……姉さんには悪いけど、ずっと僕の傍にいてもらうつもりだからね。


 まだ見ぬ勇者様へ仄暗い感情が芽生えそうになっているが、成人の儀が迫っているので一旦頭の隅に追いやることにした。



 しばらく大聖堂の中を歩くと、儀式の間と思われる広い講堂のような場所に出た。部屋の中央には青白い光を宿した黒い細長い石が地面から突き出していた。その周りを囲むように白い線で描かれた神聖文字の魔法陣が描かれている。


「よう来られた……貴殿がギリアン殿のご子息のグリンダル殿か? 幼年学校でのご活躍は聞き及んでおりますぞ。まことに将来が楽しみな若者ですな」


 突き出した黒い石の前に派手な法衣を着た白髪の老人が立っていた。この老人は大聖堂の最高責任者であるヴェトール大司教で、エルラン王国では王様の次に権威を持つ人物とされ、父親のギリアンとも昵懇の仲であった。この人が僕の父と母の結婚の媒酌人だったと聞かされており、王国内で父が唯一頭の上がらない人物だとも聞いている。


「グリンダル・クライン・ディルハダールです。幼年学校の話はお恥ずかしい限りで……若輩者ではございますが、以後お見知りおきを……ヴェトール大司教猊下には父ギリアンが大変にお世話になっているそうだと聞き及んでおります。私も今後いろいろとお世話をかけると思いますが、なにとぞお引き立てのほどを」


 僕はヴェトール大司教に最大級の敬意を払って挨拶をすませる。王国内で権勢を得ようとするのであれば、この老人の助力なしでは苦労は目に見えているので、へりくだって機嫌を取ることを厭う気持ちはなかった。目端の利かない筋肉馬鹿達はこういった手段を使うことを厭うが、権力を握っている者に引き上げてもらうのが権勢を得る一番手っ取り早い方法だと教えてやるつもりはなかった。


「グリンダル殿は俊英として名高い御方。騎士学校でもいろいろと伝説を残して頂ける方だと見受けますので、この老いぼれも助力は惜しみませぬぞ」


 ヴェトール大司教の方も僕を取り込むことで父ギリアンへ恩を売り、近衛騎士団長に就任した際に影響力を発揮したい下心が見え隠れしているので、言葉通りに僕への助力は惜しまないと思われた。


 ……老い先短い老人の後見とはいえ、あるのと、ないのとでは出世のスピードに差が出るからな……


「ありがたい御言葉を賜り恐悦至極でございます」


 片膝を突いて拱手の礼を取る僕にヴェトールが肩に手を置いて頷いていた。


「頼もしい男子であるな。さて、話が逸れてしまったが、本来の目的である成人の儀式を執り行うことにしよう」


 ヴェトール大司教によって魔法陣の中央へといざなわれた。


「ささ、グリンダル殿。こちらへお出でなさい」


 いざなわれるまま、魔法陣の中央にたどり着くと空中に浮かぶ青白い光を帯びた石に手を触れる。すると、青白い光が一層激しく明滅する。


「汝、グリンダル・クライン・ディルハダールをエルラン王国の成人と認める!!」


 ヴェトール大司教が厳かに石に向い宣告すると、青白い光が講堂内を満たしていく。すると、視界の端がぼやけたかと思うと急に意識を失ってしまった。


 

 目覚めると真っ白な空間に全裸で放り出されていて、上下左右の感覚がつかめず、立っているのか浮かんでいるのかそれとも落ちているのかも分からなかった。やがて、真っ白な空間に人のような輪郭が浮かび上がってくる。人の輪郭は女性のようで心なしか僕の姉の姿に似ているようだった。


 ……やべ、成人の儀の最中に寝たなんて知れたら、僕の評価が下がってしまうではないか……


「夢ではありませんし、貴方は寝てもいませんよ。勇者グリンダル」


 浮かび上がってきた女性は微笑みを絶やさず、優しい声で話しかけてきていた。その顔は大聖堂に飾られていた太陽神ロウギューヌと瓜二つの造形をしている。


「はっ!? まさか、これが神託ですか!! 貴方は太陽神ロウギューヌ様でしょうか?」


 女性に向けて質問をすると、微笑みを絶やさずに答えてくれた。


「そうですね。ワタクシが太陽神ロウギューヌ。天なる国ヘブンスの主柱神の一人でエシュリオン世界の守護者をしております。此度は私の話に耳を傾けてくれてありがとうございます」


 女性は神と名乗っているものの物腰が柔らかく、聞いている者に反発心を起こさせないような声音をしていた。


「ははっ!! 神の声を聞けたのは我が身に余る栄誉です」

「そう言ってもらえると、頼みごともしやすくなるものというもの。実はお恥ずかしい話なのですが、我が天なる国ヘブンスの主神であらせられるサザクライン様が御作りになられた始原の魔王のレプリカがこのエシュリオン世界へ紛れ込んでしまい、追跡を振り切られて行方不明になってしまったのです」


 ロウギューヌは困ったような顔でことの成り行きを説明してくれていた。


「始原の魔王……? それはいったい……」

「始原の魔王は主神サザクライン様のご実弟であられるオルフェーブル様のことで、サザクライン様が我ら主柱神に内密にレプリカを作られていて、そのレプリカが逃げ出したというわけなのです。しかも、オリジナルよりも凶暴性が増しており、能力も上乗せされているという最悪さです」


 ロウギューヌが本当に困ったような顔で僕を見てきている。


「……それって、完全に上司の尻拭いじゃないですかね? ロウギューヌ様……」

「……下界ではそうとも言うようですね。サザクライン様はオルフェーブル様のこととなるとご自分を見失われてしまいまして……このような愚痴を信徒である貴方にするべきではありませんね」


 ロウギューヌは心の奥にしまいこんでいた愚痴を僕に少し漏らしたことで微笑みが戻っていた。


「ですから、グリンダルには勇者としてのあらゆる力を授けますので、どうか始原の魔王のレプリカを捕獲してもらえませんでしょうか……この依頼を遂行したあかつきには貴方には新たな国が授けられることになるでしょう」


 ロウギューヌが縋りつくような眼で僕の返事を待っていた。神である彼女に依頼ごとを頼まれるとは思いもしなかったが、始原の魔王のレプリカを捕えれば新たな国を僕に授けてくれると言われ、図らずも心が大きく揺れていた。


 ……国が授けられるとなると僕が王となるということか……王になれるだと……この世界に新たな国家を樹立できるとなると、それはそれでやりがいがありそうだ。


「い、いいでしょう! 私が太陽神ロウギューヌ様より神託を受けた勇者として必ずや始原の魔王のレプリカを捕獲して参ります。太陽神ロウギューヌ様におかれましては我が力を天なる国|ヘブンスよりご照覧あれ!」

「助かります!! では勇者グリンダルに我が力を授けます!!」


 ロウギューヌは僕が依頼を受けると返事をすると、右手から光り輝く玉を取り出して僕の心臓に埋め込んでいった。玉が完全に身体に埋め込まれると目の前が光に包まれていく。



 やがて、光が収まると僕の手の甲に身分証が浮かんでいた。その身分証の色は僕がロウギューヌ様に言われたとおりの【赤】だった。この国の身分証は五種類に分かれており、下から【黒】、【緑】、【青】、【紫】、【赤】であり、僕は最高ランク証である【赤】が割り当てられていた。


 淡々とした顔で青く光る石の上に浮かびかがっているカードの情報を確認する。


 グリンダル・クライン・ディルハダール 人族 一五歳 カード色【赤】2/∞

 ジョブ 勇者LV∞ 貴族LV15 

 スキル 完全能力

 装備 右手:なし 左手:なし 鎧:布の服 アクセサリ:なし

 使用言語 東方語 魔物語 竜語 獣語 妖魔語 

 読解 東方語 魔物語 竜語 獣語 妖魔語

 称号 太陽神の使徒 偉大なる勇者 完全なる者 

 残スキルポイント:∞


 大司教は黒い石の上に現れた僕のカード情報を見て、ワナワナと身体を大きく震わせながら、意味の分からない言葉を発している。


「まさか……グリンダル殿がライア殿の神託を受けた勇者であったのか……それにこの【完全能力】というスキルはなんだ……見たことも聞いたこともないぞ……」


 姉であるライアも僕のカード情報を見てフルフルと身体を震わせていた。神託を受けた勇者が実の弟であることに戸惑いを覚えているのかもしれない。儀式を受け、カードを交付されるや否や膨大な知識と力が僕の身体の中を駆け巡り、万能感が脳内を支配していった。


 ……この力……今の僕なら魔王でも片手であしらえそうだ……【完全能力】とはすべてのスキルを網羅した力ということか……


 新たに得た膨大な知識の中から、僕の持っている【完全能力】スキルの内容を把握することができた。しかも、【勇者】ジョブには【魔王】を除く全ジョブのスキル取得可能となるジョブ特性が付与されており、現在の僕の構成は地上界においてまさに万能といって差し支えない能力だった。


「姉さん。どうも僕がロウギューヌ様から神託を受けている勇者のようだ。悪いけど従者になってくれるよね?」


 混乱している姉が立ち直る前に従者の件を了承させることにした。こうしておけば、姉が別の男に持っていかれることを封じて、いつまでも僕の傍にいてくれると踏んでいる。


「え!? え、ええ!! ロウギューヌ様の神託に従い、ライア・クライン・ディルハダールはグリンダル・クライン・ディルハダールの従者となることを誓います」


 混乱したままの姉が拝礼を取ったので、ヴェトール大司教の承認もどさくさに紛れてもらうことにした。こうしておけば、教会公認の従者として文句の付けようがなくなるからだ。


「ヴェトール大司教様! 姉の従者の件を承認して頂けますでしょうか?」

「わ、分かった。聖人ライアを勇者グリンダルの従者と認める!!」


 ヴェトールもまた突発事態で慌てているようで、深く考えずに承認をしてくれていた。これで、姉を手元に置く大義名分を手に入れられた。ほっと安堵する暇もなく、儀式の間に傷だらけの神官戦士が走り込んできた。


「た、大変ですっ!! 魔、魔王が攻めてきましたっ!! 魔狼王ハクロウが城門まで迫ってきていますっ!! すでに近衛騎士団、太陽神官戦士団共に壊滅状態! 目下のところ魔物狩りモンスターハンター達が各個に迎撃をしていますが、もの凄い数の魔狼族達が攻め寄せていますっ!」


 傷だらけの神官戦士が息も絶え絶えにヴェトールに報告をしていた。


「な、なんだとっ!! 魔狼王だと!! 奴は魔境の森の奥深くに潜んでいるはずではないのかっ!! どうなっておるのだ」


 ヴェトールが急な魔王の襲来に慌てているが、目の前にLV∞の勇者がいることを失念しているらしかった。


「ヴェトール大司教猊下! その魔王は私が討って参りましょう! 私の力を魔物どもに知らしめてやりましょうぞ。姉さん、悪いけどお手伝いしてくれるとありがたい。なに、姉さんは僕の応援だけしてくれていればいいだけさ。危ないことはさせないよ」


 事態の急変のついていけない姉を抱きかかえるとおもむろに大聖堂を出ていく。


「グリンダル殿!! 相手は魔、魔王ですぞっ!! 身に寸鉄を帯びずに戦われるおつもりか!?」

「ええ、あの程度の魔王でしたら素手で十分ですよ。猊下も城壁からご観戦されるがよろしい」


 僕はそれだけ言うと姉さんを抱きかかえて大聖堂を後にして城門に向かった。



 ロウギューヌ様から勇者の力を授かった僕は常人には見えない速さで街中を駆け抜けると、城壁のてっぺんにたどり着く。そこに抱きかかえてき姉さんを降ろすと敵の姿を確認する。


「グ、グリンダル……本当に勇者になったのね……私が人生を捧げる運命の人はやはりグリンダルだったんだわ……」


 姉が僕を見てウルウルしている。よほど、僕が勇者であったことが嬉しいらしい。まぁ、僕としても綺麗な姉を従者として身近における栄誉に預かってロウギューヌ様に大感謝したくてしょうがなかった。


「ああ、そうだよ。姉さんはここで僕の勇姿を目に焼き付けておいてくれるとありがたい」


 ちょっとだけ気障だなとは思ったが、勇者ならば許される言葉であると思い、姉さんにウインクをすると押し寄せている魔物達の群れに飛び込んでいった。すでに近衛騎士団も太陽神官戦士団も壊滅して城内に引っ込んでおり、魔物と対峙しているのは魔物を狩ることを生業とする魔物狩りモンスターハンター達だけだった。


 だが、その魔物狩りモンスターハンター達も魔狼族の数に押されジリジリと城壁に追いやられていた。


「諸君! 勇者である僕がきたからには勝利は確定した! これより、僕が魔狼王の首を取ってくる! 皆、奮起せよ! これは僕からのお土産だ! 受け取れ!」


 無詠唱で広域大規模回復術である極大回復陣マキシマムリカバリーサークルを発動させる。僕を中心に発生した緑色の光の輪が辺り一面に広がっていく。すると、傷を負い劣勢に追いやられていた魔物狩りモンスターハンター達の傷が急速に癒えてスタミナさえも回復していった。


「おおぉ! これはいったいどうしたことだ。急に傷が癒えてスタミナまで戻ってきたぞ……あの小僧……凄まじい遣い手だな……」


 僕の神術で息を吹き返した魔物狩りモンスターハンター達が士気を回復させて魔物達を押し返し始める。


「勇者だと……あれが聖人ライア様が言われている神託の勇者だっていうのか」


 魔物狩りモンスターハンター達が僕の姿を見て勇者であることを訝しんでいた。確かに自分より年若い僕が勇者だと言われて簡単に認める者が魔物狩りモンスターハンターになるわけがなく、彼らに勇者だと認めさせるのは実力しかなかった。


「右手には劫火! 左手には暴風! 合わせし魔素マナよ! 劫火の大風となりて我が敵を燃やし尽くせ!! 『灼熱暴風バーニングストーム』!!」


 襲いくる魔狼族を前にして神術を詠唱する。発動した神術は魔狼族の密集している場所で発動して、超高温の暴風が魔狼達の毛皮を焼き尽くして次々と消し炭に変えていく。僕はその暴風が通り過ぎた後を悠然と歩いていった。


「あ、危ないっ!」


 魔物狩りモンスターハンターの一人が僕に飛びかかってきた魔狼を見て声をかけてくれたが、すでに気配は察知しており、裏拳で正確に頭をぶち抜いて肉塊にしていた。


「僕は大丈夫さ。この程度の雑魚はいくら束でこようが相手じゃないさ」


 魔物狩りモンスターハンターの男は一撃で魔狼を肉塊にした僕を尊敬の眼差しでみていた。そして、僕が飛びかかってくる魔狼を屠る度に魔物狩りモンスターハンター達からは歓声があがるようになっていく


 ……これで僕が勇者であることを魔物狩りモンスターハンターには認めさせることはできたな。


 勇者として最前線で魔狼達を屠り続けていると、魔狼達は逃げ腰になりジリジリとさがり始めていた。すると、奥から白い体毛で身を包み鋭く尖った犬歯が剥き出しになった巨大な魔狼が同族を押し潰して僕の前に飛び込んできた。


「貴様か!! 我が同族を散々に屠っているという輩はっ!!」


 僕の目の前に飛び込んできたのは魔狼族の王でフェンリル種である魔狼王ハクロウだった。ハクロウは魔境の森の魔王の一人で魔狼族を従えて確固たる地位を築いている魔王であり、気性の荒さと攻撃性から魔物狩りモンスターハンター達から恐れられている存在だった。


「君が魔狼王ハクロウか。悪いけど、僕のために踏み台になってもらうからね。君の牙や綺麗な白い毛皮は王宮を飾るのに見栄えがしそうだ。大事にするから死んでもらおうか」


 僕が不敵そうに笑うと、魔狼王ハクロウは苛立ったように口の端から黒い瘴気を吐き出していた。そして、おもむろに口を開くと地獄の炎と揶揄されるブレスを吐きだしてきていた。


 ブレスによって一気に僕の身体が炎に包まれていく。


「俺様に舐めた口を利くと骨も残らずに消し炭になっちまうぜ……ああ、わりぃな。もう消し炭になっちまったかっ! アハハッ! 所詮、人族か脆い、脆すぎるぞ! もっと俺様を楽しませろ!!」

「グリンダルっ!!」


 魔狼王ハクロウは僕を仕留めたと思っているようだが、先程燃え尽きたのは魔素マナで作った身代わりに過ぎなかった。姉もそれを見破れなかったようで消し炭になった僕の残骸を見て泣き崩れていた。

 

 ……おっとそろそろ、登場しないと姉さんが本気で泣いちゃうね。


 僕は拳に魔素マナを纏うと油断しているハクロウへ気配を消して近づいていった。


「野郎共! 俺様が邪魔者を殺ったぜ! 早い所、城壁を越えて柔らけえ人肉を喰らうぞ……ブフゥ!!」


 ハクロウが配下の魔狼達をけしかけようとしている所に、僕の魔力を帯びたストレートが顔に見事にヒットしていた。その衝撃でハクロウの巨体が地面を毬のようにゴロゴロと転がっていく。


「残念だけど、それはさせてあげられないよ。約束通り、王宮を飾る毛皮になってもらうからね」


 地面に転がったハクロウへ間髪入れずに詰め寄ると自慢の牙を拳でへし折ってやる。バキンという音と共に折れた牙が地面に突き立った。


「お、俺様の牙がぁああぁぁあ!!!」

「もう片方ももらうとしようかな」


 牙を折られて悶えるハクロウに跨るともう片方の牙も拳を打ち込んで折った。


「ひぎぃいいっ!!! 俺様の牙がぁ! 牙がぁああ!!」


 二本の牙を折られたハクロウが恐怖を感じたのか眼から涙を流し始める。


「おや、狂気の魔王ともいわれる魔狼王ハクロウ殿がこの程度で泣かれるのかい? 魔王というのも随分と惰弱なんだね。ガッカリしたよ」

「うるさい! 泣いてなどおらぬっ! このガキ! ふざけやがって!!」


 僕はキャンキャンと吠える躾のなっていない犬のようなハクロウを躾けるため、愛の鉄拳を見舞うことにした。


「手前! 俺様をブフゥ! ふざけやがっ……ギャフ! いい加減にぃ……ゲフッゥ!」

「躾のなってない犬だな。誰に向かって吠えているのか分かっているのかい?」


 僕の鉄拳により散々にぶん殴られたハクロウの顔は腫れ上ってきており、配下の魔狼達も僕にビビッて助けに入ってこようとはしなかった。


「俺様は『犬』じゃねぇえええ!! オ・オ・カ・ミだっつーのっ!!! ゲハッ!」


 犬と言われたハクロウが狼だと訂正しようと躍起になっているが、それを僕は鉄拳で封殺する事にした。


「犬に犬と言って何か悪いかい? 君は『犬』だよね?」


 ハクロウに対して殺すつもりくらいの殺気を込めて拳を振り下ろしてやる。躾の悪い犬には身体で分からせる必要があった。殺気を込めた拳を紙一重で躱したハクロウの下肢から異臭が漂ってきた。


「きゃうふ。こ、殺される。この野郎は魔狼族フェンリル種のハクロウ様を殺そうとしやがった……ひぃいいっ!! い、犬でいいですから! こ、殺さないでくれ!!」


 殺気を込めた一撃は意地を張っていたハクロウの最後の砦を突き崩したようで、小水で下肢を濡らしたハクロウが必死になって助命を懇願してきていた。


「これは、これは魔王様ともいうべき貴い御方が人族の僕に助命を願い出るのですか?」

「し、死にたくない……頼む……頼みます。殺さないでくださいっ!! グリンダル様のしもべとして一生お仕え致しますので、なにとぞ殺すのだけはご勘弁を……それに魔王の卵も差し上げます。それに我が領土も差し上げますのでなにとぞ殺さないでください」


 ハクロウは死の恐怖を感じているようでポロポロと涙を流していた。そして、前脚で折れた牙の根元に隠していた魔王の卵と思われる綺麗な宝玉を僕の眼前に差し出してきた。差し出された卵型の宝玉からは高濃度の魔素マナが放出されており、この卵を体内に取り込んだものは高濃度の魔素マナにより魔王の力を手に入れられる品物だとハクロウが教えてくれていた。


「ふ~ん。そんな品物があるのか……ひとつ、僕が体内に取り込んで人族が魔王になれるのか試してみるのも一興だね」


 ハクロウの配下たちはあらかた魔物狩りモンスターハンター達が討ち取り、残ったのはハクロウだけになっていた。すでに魔王の卵を僕に渡しているため、身体が萎みつづけて子犬サイズにまで縮んでしまっていた。こうなると、本当に室内犬と見分けがつかなくなり、つぶらな瞳で僕の方を向いてフルフルと震えていた。


「グリンダル様……殺さないでください。お願いします」


 フルフルと震えているハクロウを姉さんが抱き上げていた。


「グリンダル、太陽神ロウギューヌ様も無力な魔物を殺せとはおっしゃられないでしょう。この子は私がしっかりと責任を持って管理いたしますので、殺すのはやめてあげて」

「俺様……もう残っている魔素マナじゃ、そこいらの犬にすら勝てねえよ……そんな俺様を憐れんでくれ」


 姉さんの豊満な胸の谷間に収まったハクロウに殺意を覚えたが、撲殺するときっと姉さんが悲しむと思われたのでグッとガマンして助命してやることにした。


「いいだろう! 姉さんの顔に免じて魔狼王ハクロウの命は助命しよう」


 命が助かったことを知ってハクロウが安堵のためか下肢からキラキラと光る滴を垂らしていた。


「きゃぁ! ハクロウ! こんな所で漏らしちゃダメよ! もう、お家に帰って身体洗いましょうね!」


 姉さんは新しい犬を手に入れて上機嫌の様子だが、一緒にお風呂に入るのだけは断固として阻止せねばならなかった。


「ハクロウ……もし、姉さんと一緒に風呂に入ったら一瞬で挽肉にしてやるからな。それだけは覚えておけ」

「きゃいんっ! しませんっ! ライア姐さんと一緒にお風呂なんてしませんっ!!」


 脅されたハクロウが新たな滴を垂らすと姉さんが困ったような顔でハクロウを窘めていた。


「ハクロウ、あんまりお漏らしするようなら、おむつにしましょうか?」

「俺様! おむつなんて無理っす! 漏らさないように気を付けます!」


 こうして、王都を襲撃した魔狼族の王である魔狼王ハクロウは勇者である僕によって撃退され姉ライアのペットとして飼われることになった。そして、勇者としての資質を存分に見せつけた僕はヴェトール大司教よりの推挙で神託の勇者として王宮に上がり、王の近侍として仕えることが決定した。


 ただ、事後処理のバタバタに巻き込まれてハクロウから取り上げた魔王の卵のことを報告するのを忘れてしまい、この件が後日大変な疑いを招く結果になってしまうのを知る由もなかった。

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