クリスマス・イヴの日に
長束直弥
わたしは待っていた
クリスマス・イヴの日に――
わたしはJR京都駅ビル四階の室町小路広場で、彼を待っていた。
この時期になると、京都駅のビル全体がファンタジックな空間へと変わる。
東広場、空中径路、駅前広場、中央コンコースと、各所は煌びやかなイルミネーションの装飾で溢れ、ここ室町小路広場には高さは22メートルのもみの木タイプの巨大なクリスマスツリーが設置される。この期間、定刻になればツリーがライトアップされ、大階段にはグラフィカルイルミネーションが写し出される。
大階段に腰掛け、腕を絡めて仲睦まじく寄り添う男と女――。
ツリーに立ち止まり須臾見上げては、肩を
多くの人が行き交う中、わたしは胸を躍らせながら彼を待っていた。
彼と初めてのデート――。
どこからともなく聞き慣れたクリスマスソングが聞こえてくる。
彼とはバイト先で知り合った。
わたしも彼も、夏休みの期間だけの短期アルバイト生。
シャイでドジな彼は、時々先輩に叱られていた。
それを見ているわたしに気付くと、少し気まずそうに
わたしがその先輩と二人きりで話していると、誰かの視線を感じた。
視界の端に彼がいた。
確認するように視線を移すと、彼とわたしの視線と視線が
休憩時間には同僚と楽しそうに談笑している。
まるで、子供のような純粋な笑顔で――。
夏休みが終わりに近づき、バイトの期間も終えた二人は、何事もなかったかのようにお互いに別々の生活環境へと戻った。
それから、数ヶ月が経った。
JR京都駅の中央改札を出て、左側にあるエスカレータを上がっていったところで、わたしは彼と再会をした。
それは此処――
今日の待ち合わせに指定したこの場所で――。
それは、偶然? 必然?
そんな有り触れた言葉ではなく
そう、それは卒然に――。
その時、ふたりの周囲の景色は薄れ、照れくさい沈黙が襲ってきた。
懐かしい彼の声が、わたしの心を和ます。
彼がわたしに告げる。
ぎこちなく真っ直ぐな目をして――。
彼からの言葉は辿々しく宙を飛びわたしの心に。
それは優しい風に乗ってわたしを包んだ。
クリスマス・イヴの日に――
今日が、その時に約束したの初デートの日。
その日は彼の十九回目の誕生日。
わたしは京都駅ビルの室町小路広場で彼を待っていた。
約束の時間よりも少し早めに来て、わたしは彼を待っていた。
通り過ぎる景色の中に彼の姿を見失わないように、彼の声を聞き漏らさないようにしながら――。
突然、知らない女性から声をかけられた。
わたしの名前を確認すると、その女性は安堵の表情を浮かべた。
彼女は、自分は彼の姉だと名乗った。
そういえば何処となく彼に似ているような気がする。
そして、彼のお姉さんが唐突にわたしに告げた。
彼は今、病院に居ると――。
(えっ!? どういうこと?)
彼は今朝方倒れて、緊急入院したそうだ。
そして、彼がわたしに会いたがっていたと――。
(すぐに行かなくちゃ!)
お姉さんの話では、彼は幼い頃から心臟が弱かったらしい。
中学生の時までは幾度か病院生活もしていたという。
(知らなかった⋯⋯)
でも、高校に入ってからは身体の調子も良くなったのか、二ヶ月に一度の通院生活になったらしい。そして念願の大学へ入学。
その彼から、夏休みに入ってバイトを始めたと聞いた時は本当に驚いたと言う。
心配しながらも、家族のみんなは応援しつつ見守っていたと言う。
その彼が、嬉しそうに初めてのアルバイトが楽しいと言っていたらしい。
そして、生まれて初めて好きになった人ができたとも⋯⋯。
(⋯⋯えっ?)
でも、バイト先の先輩が、その娘のことをモノにしたいからお前協力しろ! って彼に言ったらしい。
彼は、その場で「イヤです!」と、きっぱり断ったという。
その日から、先輩の嫌がらせが始まった⋯⋯。
今まで何人もの新人バイト生をモノにしたと自慢して、俺にかかったら落とせない女はいないと、その先輩は豪語したらしい。
それからというもの、その先輩は彼女の前ではいい人を演じて、言葉巧みに彼女に近付き、何かとちょっかいを出している様子が目につくようになったらしい。
(その好きな人って――)
「でも、彼女は⋯⋯、何も知らないからなのか……、あんな奴に好意を持っているようなんだ⋯⋯。彼女に言ったほうがいいのかなぁ? どうすればいいのかわからないよぉ⋯⋯」と、彼は悔しそうに半べそでお姉さんに語ったらしい。
好きな人を守ってあげたい。
でも、願うだけじゃ駄目なんだね。
彼女のことが心配だよ。
だから、心が苦しい――って。
この痛みは何なの?
この痛みは今までの痛みと違う、初めて感じる痛みなんだ――って⋯⋯、
心臟と心は違うんだな――って⋯⋯。
「この前、その娘と再開したんだ! これってめぐり愛だよね!」――嬉しそうに彼はお姉さんに語ったらしい。そして、「思い切ってその娘をデートに誘ったんだ」――照れくさそうに彼は言ったそうだ。
(――わたし?)
わたしは知らなかった。
わたしは何も知らなかった――。
その時何が起こっていたのか⋯⋯。
その時何が⋯⋯。
そして最後に、お姉さんが嗚咽を漏らしながら、わたしに告げた。
「先程、弟は安らかに息を引き取ったの⋯⋯」
えっ!?
息を引き取ったって――何?
どういうこと?
えっ? えっ? 何? どういうこと? どういうこと⋯⋯?
ねえ⋯⋯、どういうこと⋯⋯?
ウソ!
ウソ?
嘘でしょ!
嘘でしょ?
ねえ、嘘でしょ!?
クリスマス・イヴの日に――
二人だけで過ごすはずだったイヴ。
まだ、わたしの気持ちは伝えていない。
(わたしもおんなじだよ⋯⋯)
頬に何か冷たいモノを感じる。
見上げた空に白いモノが飛び交う。
それは宙を舞い、冷たい風に乗ってわたしの躰を包む。
(生まれて初めて⋯⋯)
クリスマス・イヴの日に――
今日、彼に渡そうと思って編み上げたマフラー。
下手くそだけど気持ちを込めて一生懸命に編んだ。
そして――伝えるはずだった言葉が零れる。
(好きに⋯⋯)
わたしの口から零れる。
(なった人)
わたしは――
(涙が)
彼を――
(止まらないよぉ!)
待っていた。
(涙が止まらないよぉ!)
クリスマス・イヴの日に――
わたしは待っていた。
約束の時間――
涙の向こうの世界に――
ファンタジックなイルミネーションが
<了>
クリスマス・イヴの日に 長束直弥 @nagatsuka708
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