第4話 さぁどこへ行こう
まずは街の中心部へ移動するためにバス停を目指しました。さらに20分程歩くとガードレールと樹木しかなかった景色から、瓦屋根の家が転々と並ぶ住宅街に入りました。バス停についたといっても田舎ですから、バスは1時間に一本かやってきません。しかし、今回は運が良かったようで次のバスの到着時刻はいまから10分後でした。それにしても、この時代に田舎でバス移動なんてなかなかありません。正直なところ、車で移動しないのかと彼に聞こうか迷いましたが、せっかく若くなった体ですし、何よりもこの可笑しな状況を目一杯楽しもうなんて考えてもいたのです。
「パジャマ姿でバス停って可笑しな光景だよね。しかも午前中から」
そういって彼はバス停と私のパジャマ姿を見比べて、にやにやと笑いました。すると、とたんに自分の格好がとてもつもなく恥ずかしくなってきて思わず、上着の裾を引っ張ります。私はぷぅと頬を膨らまして、そっぽを向きました。
この人こんなにお喋りだったかしら、もう。
バスは乗客がおらず彼と私の貸し切り状態でした。運転手さんは、数回バックミラー越しに私の服装に目をやった気がしましたが、何も言いませんでした。彼は一番うしろに座ろうといって、私を窓際に座らせました。
「景色、よく見えるでしょ。この街も変わったね、僕が知っている街ではなくなってしまった。でも、君は変わらない。それが嬉しいよ」
彼は、私の頭越しに流れる夏の景色を見ながらそう言いました。
久しぶりの中心街は、私が思っている以上に変化はありませんでした。彼が言うには、隣町に業界大手の大型ショッピングモールが出来たらしく、むしろ随分と寂れてしまっている印象を受けました。自分の知っている街に安心すると同時に、これからこのまま寂れていく事を考えると、とても悲しい気持ちにもなりました。
このままでは、きっと孫の琴もいつかこの街を離れてしまうでしょう。若い人には刺激が少なすぎるわ。
彼はバスを降りると『懐古園』でも散歩しないかい?と私を誘いました。
懐古園は、豊臣秀吉の天下統一の際に『仙石秀久』により作られた「小諸城」の城跡です。日本百名城にも選ばれているのです。懐古園の中にはたくさんの桜が植えられているので、最近ではお花見スポットになっています。私も元気な頃は、ブルーシートを敷いて家族集まってお花見をしたものでした。
私の旦那も子ども達も陽気でお酒が大好きなので、とても楽しい会だったのですよ。孫の琴はまだ小さかったので、お酒は飲めませんでしたが…。一度でいいから、琴とお酒を酌み交わして、恋愛話に花を咲かせたかったものです。おばあちゃんとは呼ばれずに、◯◯ちゃんなんて呼ばれたりして。たまには、こんなお婆さんでもそう思うのですよ。
「わ〜懐古園なんて久しぶりに来たわ」
「ここは、何度来ても変わらないね。変わらずに美しい。僕が知っている姿をそのまま残している」
「あなた、花見の時くらいしか来てくれなかったじゃない」
「え? あぁ、そうだったんだね」
「そうよ。あなたはいつも花より団子でしたしね。花が咲いていないこの季節も私は大好きよ」
「そうか、僕と出会う前から君はここが好きだったんだよね」
彼はそう言って私の目を見つめました。そこには、何かこの質問とは違う意図が、はっきりと見えていましたが、彼が何を知ろうとしているのか、わかりません。
「ここは、学生時代の頃からよく来ていたわ。あの戦争で、この場所が、この街が被害を受けなくて本当に良かったと思っている」
「そうだね、君ともう一度桜の下を歩いてみたかったな…」
彼は、枝垂れ桜の木を見つめながら、少し寂しそうな顔でそう呟きました。なぜか、その横顔にある人を重ねている自分がいました。
そのとき、思い出したのです。あなたと出会う前に、確かにこの世にいた大切な人のことを。
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