第2話 お久しぶり


 ここに入ってどれくらいの月日が経ったのでしょうか。

 毎日同じことの繰り返しが続きます。部屋は個室でゆっくり出来ます。何かあれば職員の方が気にかけてはくれますが、知らない方です。迷惑をかけたくないので、気軽には物事を頼めません。静かな夜は、とても心が寂しくなりました。

 はじめは顔を出してくれていた娘や孫達も日に日に頻度が減っていきました。あなたは何をしているのかしら、ご飯は食べているのかしらと、毎晩寝る前に思ったのでした。

 同じことを繰り返していくうちに、私は自分が老い衰えていくことを感じました。足が鉛のように重くなり、腕も他人のもののように上手に動かせなくなりました。そして、だんだんと昔のことばかりを考えるようになりました。

 朝起きると琥珀色の天井が見え、起き上がれない私は朝ごはんが来るまでそれを見ては、目を閉じることを繰り返します。今日の朝ごはんは、なんだろうと食事に対しいての欲求すらなくしていました。職員さんへの反応を返すことすら億劫になっていたのです。


 その日も同じように琥珀色の天井をただ呆然と見つめていました。突然、ひょこりと影が顔を出したのです。

「おはよう。ゆっくり眠れましたか」

 ぼんやりとした影が若い男性であることは理解できましたが、既に衰えているこの瞳でははっきりと顔を捉えることはできません。

「どこかでお会いしましたか?」

 言葉になっているかはわかりませんが、私はそう言いました。

 影の男性は、にこりと笑ったような気がしました。そして私にこういったのです。

「僕は特別な時間をいただきました。たった3日間ですが、僕と旅行にいきましょう」

 彼がそういうと、不思議と視界が開けてきました。靄が掛かった世界が、輪郭を取り戻しはっきりと彼の顔を認識しました。そして、その時毎日見つめていた天井が、本当は琥珀色ではなく茶色であることを知りました。

「僕の顔、見たことがあるでしょう?」

 私は息を呑みました。彼の顔は、あなたの若い頃にそっくりだったのです。

「あなた、おじいさんの若い頃にそっくりね」

 自分の声がいつもより若返っていることに違和感を抱き、そのあとにはまるで自分の体がわたあめのように軽くなっていることに気が付きました。

「さぁ、起きて鏡を見てみて」

 彼に言われるがまま起き上がろうとすると、鉛のように重かったはずの足を自由に動かすことが出来ました。

 恐る恐る、備え付けの洗面所まで歩みを進めます。こんなに歩いたのは何年ぶりかしら、自由に手足が動くんですもの、心も弾みます。そして鏡に映し出された私の顔は、ゆで卵のように白くつるんと張っていました。見るからに20歳といったところでしょうか、それほどまでに私は若返っていたのです。

「驚いた? 君のそういう驚いた顔が見たくてね。何も説明せずにいきなりすまなかったね」

「嘘、これって、私どうなってるの」

「僕と3日間だけ、一緒に歩んで欲しい。君の行きたいところに行こう。まずは、その似合わない寝間着から着替えないとね。服を買いに行こう」

 そう言うと彼は私の手をとり、この老人ホームから抜け出したのです。

 今日はこっちんが来るかもと、職員の方が言っていたのでそれが気がかりでしたが、それよりも目の前で手を引く若返ったあなたに私は釘付けでした。


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