4−7
目覚めると、外はとてもしずかだった。あれほど激しく降り続いていた雨はすっかり止み、かすかに鈴虫の声が聞こえる。俺は身体を起こしてあたりを見た。となりで井原さんが眠っている。
「井原さん」
肩を揺らすと、彼女は「んん……」と声を漏らしながら目を開いた。こちらを見て「せんぱい……?」と寝ぼけたような声を出す。
外はまだ暗い。彼女の目が覚めるのを待ったあと、彼女の手を引いて立ち上がった。彼女は制服を整えながらついて来た。駅舎の出入り口から外へ出る。そのとたん、俺たちは息を飲んだ。
「うわあ……」
「きれい……!」
俺たちの頭上には、綺麗な星空が広がっていた。台風一過、雲ひとつ見えない夜空を埋め尽くす、たくさんの星。
彼女は駆け出した。視界を遮るもののない広いところへ出て、彼女はまた天を仰いだ。両手を広げ、空を見上げながらくるくる廻っている。俺も空を見上げる。黒と青が混ざった絵の具で塗り潰したみたいな夜空に、数百、数千の光の粒が散りばめられている。大きな光、小さな光、明るい光、弱い光、赤い光、青白い光——さまざまな表情を持った星たちが、俺たちふたりを見下ろしながらきらきらと瞬いている。
「……きれい、きれい!」
「ああ」
俺も思わずうなずいた。井原さんは綺麗な星空に夢中で俺の返事なんて聞いてやしないんだが、それでもうなずかずにはいられなかった。だってこんなにも綺麗なんだ。
「先輩、これぜんぶ、星ですよ!」
「そうだね」
「この光、ぜんぶ星! すごい、きれい!」
「うん」
ひとしきりきれいキレイと叫んだあと、彼女は戻ってきて俺のとなりに立つ。
「……アイルランドの話、覚えてますか?」
そう訊ねてきた彼女に、俺はゆっくりとうなずいた。アイルランド。アイベラ半島。世界一綺麗な星空。彼女が自分を傷つけ続けてまで、どうしても行かなければならなかった場所。
「わたしの両親が、行った場所なんです」
「……両親が?」
「はい。彼らの、新婚旅行に」
俺はとなりの彼女を見た。彼女の瞳はあふれる星たちを映し続けている。
「そこで、決めたらしいんです。お腹のなかにいた、わたしの名前を」
「……名前」
「はい。美しい夜と書いて、『美夜』。世界一きれいな星空がわたしの名前の由来なんです。わたしの知らないうちに事故で死んじゃったふたりが、わたしに遺してくれたもの……それが、美夜という名前」
俺は息を飲んだ。
「だから死ぬまでに、いちど行ってみたかったんです。彼らにとってたいせつな場所。そして、わたしという存在の原点」
「……ごめんな、連れて行けなくて」
彼女はふるふると首を横に振る。
「いいんです、高科先輩。わたしのたいせつな場所は、ここです。先輩といっしょに見た、この星空です」
「……うん」
そうして俺たちは、また手を取り合いながら、きらきらと光る星たちをいつまでもいつまでもながめ続けた。
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