32 十一

 爆発。

 

 溢れ出た閃光はカルロスの狙い通りに、莫大な破壊を齎してくれた。その結果、グラン・トルリギオンは|ほぼ(・・)消し飛ばされた。ほんの僅か。尾の先端だけが残り、地面へと落ち、影となって染み込むように姿を消していく。

 

 逃げられる、とカルロスは直感した。フィリウスはこの場での勝利を諦めたのだろう。あそこまで破壊されては再生にも時間がかかる。その最中に同じ攻撃をもう一度受ければ今度こそ完全に消滅させられる。カルロスにとっての誤算はここだった。思っていたよりも破壊力が大きすぎた。まさか一撃で全身消し飛ばせるとは思っていなかったのである。理想としては半身を吹き飛ばし、二発目で残った半身を吹き飛ばす。それならば相手も逃走か継戦かの選択を強いる事で次に行動を遅れさせられた筈だ。

 

「くそっ」

 

 しかし現実はこれだ。カルロスは腹立たしげに操縦席の肘かけに拳を叩きつけた。地脈に潜り込まれてはカルロスには打つ手がない。魔力の吸い上げ無しではあそこから復活するためには長い時間が必要だろう。邪神の本体は一部封印から擦り抜け、対話の神権を僅かとは言え奪い取り、完成された三つの大罪を得た。そして大陸は戦乱で荒れた。結果だけを見れば――恐ろしい事に負けたはずの邪神が一方的に得をしただけなのだ。

 

「逃がさない!」


 だがどうすればいいのか。カルロスは頭を回転させる。地脈に潜む敵を攻撃する手段は、エフェメロプテラにもこの場にいる機体群にも無い。世界のどこかにはその手段があるのかもしれないが、時が経てば邪神の欠片は地脈を通じて大陸のどこかへと移動してしまう。そうなればこの場での戦いは無意味な物となる。いずれ邪神は再び今回以上の器を得て、封印の隙間を狙ってくるだろう。或いは直接封印を破壊し、本体を解き放つかもしれない。

 

『うん、良くここまであいつを叩きのめしてくれた。良くここまで鍛え上げてくれた。お陰で、間に合った』


 そんな声が聞こえて来たのはカルロスがあらゆる手段を検討し、全ての道が断たれている事を察した時だ。エフェメロプテラの中を流れる魔力の反発。それが高まっていく。同時に、手にしていた神剣に変化が生じた事を感じた。その感覚は、何時か模倣の大罪を手にした時と同じ物。権能。失われていた筈のそれが宿った事を理解させられた。

 

『奴の支配力が弱まった。不完全とは言え器が成された。ならば、僕は十一番目の神権を君に託そう』


 アルバの声が届く。それはカルロスにしか聞こえていない様だった。突如として耳を澄ませるように動きを止めたカルロスを、クレアは訝しげに見ている。

 

『どうかこの力を育てて欲しい。そして、願わくば――』


 アルバの願いが、カルロスの耳に残される。その内容は理解しかねる物だったが、吟味するのは後にする。今は、新たに与えられた権能を行使すべき時だった。

 

 だがその力は余りに小さい。それを実用可能にするためには単独では不可能。或いは、だからこそアルバは今、カルロスにそれを与えたのかもしれない。

 

 模倣の大罪を開放する。小さな芽の様な神権を模倣し、色は違えど性質は同じ魔力へと変える。模倣によって性質を真似、しかしその出力だけを引き上げる強引な裏技とでも言える運用。

 

「『|仮想神権・輪廻(テルミナスヴィラルド・ミードラム)』」


 静かに、大罪と神権の混じりあった刃を地面へと突き立てる。

 

 輪廻の神権。それはカルロスにとって、神権の存在意義と言う物に対する仮説を覆すものであった。文明の発展の為に要因。神権とはそれであると思っていた。だがこの神権は、魔力への干渉を全て初期化するという物。誰かが確保している魔力を全て自然に還すものだ。むしろそれは、現在の魔法文明を否定しているのではないかとさえ思う。同時に、それこそが神の望みなのかもしれないと思った。魔法からの脱却。それこそが人の有るべき姿だと。真意は分からない。

 

 確実なのは、その神権がこの状況においては覿面である事だった。地脈の魔力は誰の物でも無い。そこに邪神と言う異物が混ざっている所にこの新たな神権が流し込まれればどうなるか。

 

『おおおおお!』


 答えは簡単だ。その自然の魔力の中に溶かされてしまう。それは即ち消滅と同義だ。堪らず影は地面から飛び出し、帝都で邂逅したようなイビルピースの姿を取った。それでもそこにはかつての様な威圧感は感じる事が出来ない。殆どの力を失ったのだろう。

 

『新たな、神権だと!? 馬鹿な!』


 フィリウスが驚きを隠そうともせずに叫ぶ。

 

『僕らは間違えた! それだけは共通の認識だったはずだ! だというのに更に罪を重ねるというのか!』


 その問いかけは無論カルロスに向けられた物では無い。ここにはいない己が一部とも言えるアルバへと向けた物だ。その言葉への返答は無い。

 地面に突き立てた神剣を引き抜いて。カルロスはエフェメロプテラの右腕を神剣から引きはがす。そうする事で漸く機体を内部から破壊しつくそうとしていて暴れ狂う魔力は鎮静の兆しを見せた。クレアに語った通り、三度目は持ちこたえられそうにない。だがもう十分だった。目の前に立つ敵はもはや碌な力も残ってはいない。輪廻の神権によって元々の器を削り取られたのだ。それはそのまま邪神本体の力が減じられたと言う事でもあった。最早勝ち目は無い。

 

 それでもフィリウスはまだ諦めていない様だった。イビルピースが再度影になってエフェメロプテラを包み込もうとする。

 

『まだだ。貴様さえ取り込めればこの状況も……!』


 未だにそんな事を言いながらエフェメロプテラを――カルロスを取り込もうとする。盾にするように差し出された神剣に影がまとわりつき、フィリウスは狙い通りに操縦者を乗っ取る事に成功した。余りにあっさりとした成功に訝しむフィリウスだったが途端にそれどころでは無い事に気が付く。

 

『体が、崩れる……!? 一体何が――』


 奪い取った肉体の視界が回復した。妙に視線が低い。手足も短い。そもそも人間としての機能に幾つか欠落がある様にさえ思える。更に恐ろしい事に、その僅かな肉体さえも徐々に崩れ去っていくのが分かった。

 

 フィリウスは知らなかった。この機体が実質は神権と大罪、それぞれ別系統の機体二機であることを。その操縦者の片方は模倣の大罪によって作られた分身体であることを。そしてその分身体は神権との反発によって崩壊寸前であったことを。更に、その操縦者と機体の接続は外部から容易に切り離しが出来る事を。神権側に取りついたが為に、チビロスの肉体を奪い、しかし崩壊寸前だったその身体から逃げ出す事も出来ない状況に追い込まれた。

 

 お前を道連れなら上出来だ。その声を聴いたのを最後に、大陸上からグラン・トルリギオンと呼ばれていた存在は欠片も残さずに消失した。

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