31 不確定

 砕かれた神剣を完全に元に戻す事は出来ない。それは嘗てグランツが語ったように二百年という長い時間が必要だ。或いは常識外れのカルロスならば短縮も可能かもしれないが、少なくともそれを一年足らずにする事など不可能だった。

 

 故に、クレアの修復もやはり不完全。器となるべき神剣に折れた刀身を接いだため、以前よりも誤魔化せる時間は長いだろう。それでも持ったとしても――。

 

「三合。それ以上は神剣が持たないわ」


 三度の攻撃で決着を着けろと、クレアはそう言った。権能無き神剣。ただの魔力増幅装置であるが、それだけを維持するのにも手一杯だ。再度触れたクレアは改めて思う。これは人が触れていい物では無い。

 

「大丈夫だ。そもそも三回もエフェメロプテラが耐えられない」


 先ほどの魔力の反発。それを考えれば二回目さえも怪しいところだ。レグルスとの戦いから続く連戦で、エフェメロプテラ・セカンドも機体が悲鳴を挙げているのが分かった。元々、二代目も初代と同じ問題点を抱えているのだ。つまりは、新式の筐体に規格外の機法を乗せるという物。大型機となった事で動力系等にも余裕が出来たが、まだ不足だ。ましてや今回の様な、意図して魔力同士の反発を引き起こすともなれば尚の事。

 

「興味深い現象よね。通常魔力が反発するなんてことは無い。魔法へと変化する直前の色の付いた魔力でしか起こらない……研究のし甲斐のあるテーマだわ」

「……クレア、操縦してるんだよな?」

「ええ。敢えて別の事を考える事で身体の事は考えないようにしているわ。私の残りの仕事はチビロスに身体を好き勝手にされる事だけね」

「言い方!」


 風評被害を招きかねない発言にチビロスが抗議の声を投げる。カルロスとしても、小さい分身を使ってクレアの身体を弄り回した何て言われたくないので渋面を浮かべた。

 

「だから、この戦いが終わったらこの研究をするわよ」

「そうだな。それは楽しそうだ」


 今の会話でカルロスの肩の力も抜けた。グラン・トルリギオンの姿を視界に収める。左側の二本腕で神剣を引き抜いた。黄金に輝く刀身。それを見た神剣使い達は感嘆の息を漏らした。失われたと思っていた共存の神権。その残滓がまだここにはある。

 

「危なかったね……私の機体ももう限界だよ。悪いけど先に下がらせてもらうよ」


 ここまでグラン・トルリギオンの攻撃を防ぎ続けてきたヴィラルド・カルベストが後方へと下がり膝を着いた。権能の解放を常時続けた事による機体疲労。これ以上の戦闘は神権機の損失も考えられる。その判断は妥当な所だった。ヴィラルド・ウィブルカーン同様に、機体が姿を消していく。そこから飛び降りたシエスタはグランツを追う様に生身で姿を消した。フィリウスの人間体を仕留めに行くのだろう。

 

「遅いぞ! とっとと決めちまえ!」

「待ってましたわ!」


 グリーブルとネリンが歓喜の声をあげた。ネリンの待ってましたわ、はどことなくカルロスの帰還では無いような気がしたが、カルロスは気にしない事にした。深淵を覗きこみたくはない。この状況でも何時も通りのネリンは実は一番この中で大物なのではないかと思えてくる。

 

「神剣抜刀」


 無銘の神剣を開放する。僅かに背後でチビロスが身動ぎした気配があったが、カルロスにはそれを気にする余裕はない。むしろここからが本番。

 

「『|大罪・模倣(グラン・テルミナス)』」


 金色の右腕が輝く。今回模倣するのは敵の攻撃でも味方の物を束ねるでもない。その右腕で、左腕で握る神剣の柄を握り締める。

 

「ぐ……!」


 途端に機体が怪しげな振動を始める。規格外の魔力の流れに、機体が耐えきれていない。握り締めた神剣を中継点として神権と大罪の魔力が混ざり合い、反発を始めたのだ。それは『|滅龍の炎獄(インフェルノ)』と『|封龍の永久凍土(コキュートス)』を束ねた時の反発とは比較にならない。長くはもたせられない。だが同時にそれは朗報である。これだけの力。完全な制御は不可能とは言え、間違いなく最大の一撃となる。

 

『神権と大罪を同時に……!』


 フィリウスの声に驚きが滲む。神族にとってさえ、その使用は想定外。大罪機も神権機も、互いに喰らい殺し合う関係だ。こうして一つの機体の中で共存するなど有り得ない事の筈だった。

 

『やはり人間は、その行動の中に生じる不確定(イレギュラー)は危険だ』


 フィリウスの中でその結論は動かない。危険因子を排除すべく、全ての首がエフェメロプテラへと向かう。他の機体からの攻撃は全て無視である。

 

『何故理解できないんだ。管理された世界。全てが定められた世界。不運も事故も無い、完全で平等な世界。それならば人は皆幸せに生きられる! 妬みも羨望も無く、瑕疵の無い世界で!』

「レグルスにも言ったんだが、幸福の追求も、理想の実現もその時に生きている人間が成し遂げる物だ。今を犠牲にして、得る物じゃない。ましてや、誰かが一人だけの意思で与えるような物じゃない、絶対に!」


 カルロスは己に出来る事は限られている事を知っている。これまでに見て来た為政者たちが、魅力的な面と駄目な面の双方を抱えていた事を知っている。神とて万能には程遠い事を知っている。一人に託す世界などそんな物は不完全で欠陥がどこかに潜む世界だ。今だって完璧には程遠いが、そんな不完全な人間たちが少しでも完全に近付けようとしている。カルロスはそっちの方が好きだった。一人で完結してしまう世界何てそんなにさびしい事は無い。

 

「というか、これだけ俺達から散々に出し抜かれている間抜けが世界を任せろとか言われて、任せるのは正気の沙汰じゃないね!」


 これがもし、人を遥かに超えた全知全能たる存在がそう言ってきたのならばカルロスもここまで言い切れなかったかもしれない。しかし実際はこれだ。管理する側が余りに未成熟ではとても怖くて任せられた物では無い。これならばまだレグルスの治世の方がマシであろう。現状、邪神は何一つ実績を残せていない。アルバトロスと言う国を建てなおしたレグルスの方が説得力があった。

 

「相手に商品買って欲しいならスペックと、それを実現可能な技術を示せよ! じゃないと買ってくれないんだよ!」

「カス、話が少しずれているわ」


 思わず、学院時代の資金稼ぎを思い出してしまいカルロスの声に過去最大の熱が籠る。あの時は苦労したと、生身だったら涙無しで語れない思い出だ。そのまま過去を振り返りそうになるカルロスだったがクレアの突っ込みによって正気を取り戻す。そして一番言いたかった事をフィリウスへ叩きつける。

 

「ぶっちゃけお前は悪徳詐欺師にしか見えない!」

『詐欺、だと』


 まさかの詐欺師呼ばわりにフィリウスは愕然とした声を返す。腐っても神である。詐欺師呼ばわりされた事などこれまでに一度たりとも無かったのだろう。崇め奉られる存在だったが故に、その言葉はアイデンティティにさえ関わってくる物だ。動揺のあまり、迎撃の魔法さえも止まり、完全に無防備な姿を晒した。

 

 そこへ切り込む。神剣がグラン・トルリギオンの装甲を切り裂き、深々と傷を刻む。だがそれはまだただの斬撃だ。その切断面を通じて、最後の仕上げを施す。

 暴発寸前までに高まった魔力。反発しあい、結果として互いの色を無くした無色の魔力。その奔流が、神剣を通じて流れ込んだ。傷口が輝き、目を開けていられない程の光となる。その光を背に、カルロスは機体を大きく下がらせた。間違いなく、先ほど以上の爆発が発生する。二度目ともなれば何が起こるかも分かっている。全機全力で退避する。

 

 そして――。

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