33 終戦

『……負けた?』


 グラン・トルリギオンの最期。その一部始終を離れた場所から見つめていたフィリウスは、呆然と呟いた。今ここにあるはカルロスの父親の肉体一つ。三つの大罪も、奪い取った化身も、封印から掠め取った本体も全てが霧散して消えていた。何をされたかは理解している。だが頭が追いつかない。

 

『十一番目の神権だって……? 奴にそんな余力は無かったはずだ。いや、そもそもどうやって外界に接触したんだ。二重の封印、僕ら以上に外部への干渉は難しかったはず』


 その件は考えても結論は出ない。まさか、そのグラン・トルリギオンを経由して干渉して来たとは夢にも思っていない。

 

『しかし、人の力か……正直見くびっていたよ。そして勉強させてもらった。次はもっと上手くやろう』


 邪神本体を引き出す器であるグラン・トルリギオンは敗れ去った。しかしフィリウスの意識を宿した人間体は未だ健在。顔を変えたりでもすれば神剣使いであっても容易には見つけられない。

 

『さて、僕はしばらく潜伏させて貰うとしよう。何れ、大陸にもまた戦乱を撒き散らす事が叶う時代が来るだろう』


 残念だが、今回は失敗だとフィリウスは見切りをつける。ここから戦いを煽ろうにも、殆どの国が疲弊している。大陸規模の戦乱は起こせないだろう。ならば、潜んで時が来るのを待つ。フィリウスに時間の制約は無い。たっぷりと時間をかけて、下準備をするつもりだった。

 

『人の力がこれだけ強大だというのなら、僕も人の力を使えばいい。感謝するよ、カルロス・アルニカ。君は僕の理想の問題点を指摘してくれた。それを修正し、試行錯誤して行けば何れは――』

「何れなど来ない。ここで潰えろ、邪神」


 前口上など何もない。フィリウスの耳にそれが届いた時には既に胴と首が分かたれていた。背後から忍び寄ったグランツによる神剣の一閃。何の抵抗も無く人を切り裂いた太刀筋は流石の一言である。

 

『……ああ、酷いな。結構この身体は気に入っていたんだけど』

「貴様のような人外の輩をこの大陸でのさばらせるわけにはいかん。大人しく無間の奥底へと還れ、邪神」


 口惜しい事に、ここで肉体を破壊してもフィリウスの意識は封印の底から飛ばしている様な物だ。それがグラン・トルリギオンの中に会った物とて同じ。この戦いで得た知識は持ち帰られてしまう。それでも自由に行動されるよりは何倍もマシである。

 

「この大陸は我々の物だ。貴様ら邪な神共になど断じて渡さん」

『ははは……寂しいな。昔はあれだけ懐い――』


 首だけになっても囀るフィリウスの頭部を真っ二つに切り裂いた。口さえも分割されては流石に声を出す事も出来ない。無残な死体と変わったフィリウスを見下ろして、グランツは苦渋の表情で呟く。

 

「それこそが我が生涯最大の過ちだ」


 血を振り払って神剣を鞘に納める。そして胸元からロケットを取り出し、その中に収められた肖像画を見つめる。まだグランツが生身の、ただの人間だった時から持っていた物だ。ロケットは幾度と無く取り換えたし、中の肖像画も複写させたのは両手の指では数えきれない。果たして、ここに描かれている人物の顔が、実際の物と同じだったかどうか。それすらも曖昧になる程長い間持ち続けてきた物だ。普段は手に取る事など無い。だが、こうして己の過ちを突き付けられた時にはどうしても触れてしまう。

 

「……俺は一体、どうするのが正しかったのだろうな」


 その答えは返ってこない。そこに収められた人物。その顔は――カルロスがグラン・トルリギオンの中で見た彼女の顔と瓜二つであった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 戦場は静まり返っていた。まだ何か来るのではないかと全身を強張らせて、警戒を続ける。

 エフェメロプテラは最早限界だ。神権と大罪の同時運用と言う無茶のツケは間違いなく機体を苛んでいた。邪神の悪あがきによってチビロスが身代わりとなった。その結果としてサブシート側での操縦者がいなくなり――クレアに操縦させるほどカルロスも無謀では無かった――通常通りのメインシートからの操縦となった。

 他の機体も消耗としては似たり寄ったりである。もしもここに新たな戦力が現れたら逃走か玉砕かの選択をする事となるだろう。自分が動けばそれがきっかけとなってしまうのではないかと恐れて誰も身動ぎすらしない。

 

 その緊張状態が解けたのは、地下へと侵攻していた面々が姿を見せた時だ。一人欠けていたが、突入したほぼ全員が無事な姿を晒した事に全員が肩の力を緩める。

 

「終わった……」


 そう呟いたのは誰の言葉だったか。この場にいる全員の心情であっただろう。中でもカルロスの感慨は深い。五年に及んだ戦い。それが今度こそ完全に決着したのだから。

 

「帰りましょう。カルロス」


 クレアにそう促されて、漸くカルロスは次に取るべき行動を思い出した。大きく手を振る面々――第三十二分隊と何故かいるラズルとマリンカ、そしてアル。機龍の首の上で並んで何事か呼びかけてくるトーマスとイングヴァルド。消えていく神権機を背にネリンとグリーブルが拳を打ち合わせている。ラーマリオンとガル・エレヴィオン、ガル・フューザリオンが並び、各々の武装を構えてこの戦いを讃えた。そうした共に戦った面々に視線を向けて、カルロスは口元に笑みを浮かべた。

 

「そうだな。帰ろう。クレア」


 大陸歴523年11月17日。

 

「……雪だわ」


 その年、ハルスで初雪が降った日。アルバトロス帝国とハルス連合王国の戦争は終結した。アルバトロスは遠征軍の大半は壊滅し、更にはレグルスの死、ログニス残党による決起。そうした要因から戦争の継続が不可能になったのだ。ハルス側も王都で起きたグラン・トルリギオンによって大きな被害を被り、またアルバトロスとの戦いでも戦力を相当に消耗し、立て直しの時間が必要だった。両国共に戦争の継続が不可能だったのである。

 その隙を突く様にログニスはアルバトロスから領土を取戻し――南半分を奪還したところで停止した。旧王都の解放、王族の一部を取戻し、国としての体裁を取り戻した時点でそれ以上の侵攻は困難であると判断したのだった。それにより、大陸内での戦乱は完全に収まった。

 520年のログニス侵攻から始まった一連の戦い。後の世で第一次機人大戦と呼ばれる大陸全土を巻き込んだ戦いは三年の歳月を経てついに終わりを迎えたのであった。

 同時にそれは、517年から続いたカルロスの五年にも及ぶ戦いの終結でもあり、彼と第三十二分隊の誓いが果たされた時でもあった。

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